恋する乙女を巡って
その後、志貴たちは王鳴館でおしゃべりをしたり、ゲームをしたりして過ごしていた。
その時間は志貴にとって楽しいものだったが、同時に苦しいものでもあった。
いつ、冬華は志貴と幻冬と話し合いを行うのか、志貴には分からなかったからだ。
そして時刻は午後六時を回ろうとしたとき。
そろそろ家に帰ろうか、というとき、冬華が羅奈に向かって言った。
「ウチさ、ちょっと志貴と幻冬に話したいことがあるから、あんたは先に帰ってていいよ」
ついにきたか、と志貴は瞬時に表情が強張った。
しかし、そんな裏事情は知るはずもなく、羅奈は「うん、いいよ」と快諾した。
それを知らないのは幻冬も同じで、冬華の言葉を聞いた彼は首をかしげた。
「ほう、冬華嬢はわたしたちに話があるのですか。気になりますな、志貴殿」
そう幻冬は志貴に同意を求めたが、すでに志貴は言葉を返す気力もなかった。
そのとき、志貴は羅奈と視線が合った。
ニコリ。
そのように羅奈はほほ笑んだ。
一瞬だが、志貴は形容しがたい恐怖を抱いた。
けれど、この恐怖の正体はなんなのか、志貴には分からなかった。
それを志貴が分からないまま、羅奈は帰り支度を終え、この王鳴館をあとにした。
羅奈がいなくなっても、冬華は口を開かなかった。
彼女は険しい顔で黙りこみ、何も言葉を発しないまま。
そしてそれは志貴も同じこと。
頑として、志貴も口火を切ることはせず、ただただ冬華の出方を待っていた。
不思議なことに、幻冬も神妙な顔で沈黙しているため、ムダに時間だけが過ぎていく。
…………。
時間だけが過ぎていく。
と、そのときだった。
幻冬が深いため息をつき、いつもの口調ではないクールな口調で、このようなことを言い出したのは。
「ふん、なるほどな。やはりそういうことか。……王鳴館に入る前から、羅奈と冬華が険悪なムードだったのは……いつにもまして、志貴が元気ではなかったのは、やはり『ダークレモネード作戦』のことを志貴が冬華に打ち明けたからだな。把握、理解、納得」
「げ、幻冬……お前、気づいていたのか」
志貴は素になった幻冬に目を向けた。
直後、幻冬はキッと志貴をにらみつけた。
たまらず志貴は萎縮した。
「馬鹿者め。おれを誰だと思っている? たとえ『七三分けの大馬鹿野郎』を演じているおれでも、それくらいは察することができるぞ。
……それとも何か、お前はおれのことを本当に大馬鹿野郎だと思っていたのか?」
「ご、ごめん」
「ほう、それでおれに謝るときたか。残念だよ、志貴。お前もずいぶんつまらぬ人間になったものだな。
この一週間、おれはお前とともに色んな作戦を実行し、成功やら失敗やらしてきたが、これほどつまらぬ作戦の終わり方をしたのは、初めてだぞ。
何が『おれを信じろ。信じてみろ、幻冬』だ。おれはお前に失望したよ、志貴」
「分かってる、分かってるよ……すまない、幻冬」
志貴は幻冬のきつい言葉を、なんとか耐えた。
けれど、それはまだほんの序章に過ぎなかった。
それまでずっと黙りこんでいた冬華、その彼女が堰を切ったように話し出したのだ。
「なんだか仲間割れをしているみたいだけど、あんたたちは同罪だからね。加害者のくせして、何を言っているんだか。
てかさ、あんたたちのせいで、あんたたちのせいで、羅奈は……あぁ!
おい、てめえら、この落とし前、どうつけてくれるんだよ。
羅奈は自分を好きでもない男の口車に乗せられて、恋する乙女になったんだっての。
ねえ、どうすんの、どうすんの? 真実を打ち明ける? これらは全部、あなたを騙すための演技でした、そうあの子に真実を打ち明ける?
ひ、酷い……鬼畜じゃん、こんなの。
あんたたち、全員地獄に落ちてしまえばいいのに。一人の乙女を大切に扱えないあんたたちなんて、この世から消えてしまえ!」
冬華はヒステリックに叫ぶと、ワアと泣き出してしまった。
志貴はというと、
「違う!」
そう声を張り上げた。
一方の冬華は泣きながら志貴をにらみつけることで、マグマのような怒りを志貴にぶつけているようだった。
けれど、それには臆さず、志貴は先ほどの言葉を継いでみせた。
「確かにおれは……クラスメイトがいる中、教室で羅奈に嘘の告白をした。それは本当だ。けど、今のおれは羅奈のことが好きなんだよ、好きなんだって」
「この……嘘つきぃ!」
冬華は対面に座る志貴を罵った。
それから彼女は思い立ったようにソファから立ち上がると、志貴のいる場所まで突進してきた。
とっさに志貴は腕で防御。
そのおかげで、志貴は冬華の突進でケガすることはなかった。
が、突進のあと、冬華は志貴の膝の上に乗っかったのをいいことに、そのまま志貴の脇腹を拳で殴りつけた。
「痛い、痛い……この、やめろっての!」
思わず志貴は冬華の肩を全力で押し、その結果、冬華は床にひっくり返り……したたかに頭を打ちつけてしまった。
それで冬華は大泣き。
さらには志貴もワアワアと泣き出す。
そのとき――。
「ええい、泣き止め、このアホンダラどもが!」
そう幻冬が一喝した。
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