始動した青春サークル

 それから五分は経っただろうか、息を切らしながら、レモンティーのペットボトルを抱えた幻冬が館に戻ってきた。


 そんな幻冬を志貴はねぎらってやった。


 幻冬は何か言いたそうにしていたが、乱れた呼吸を整えるのに精一杯らしかった。


 あまりに幻冬が汗まみれだったので、羅奈は「服、着替えたほうがいいよ。カゼを引いちゃうから」と幻冬に着替えを勧めた。


 息を切らした状態のまま、幻冬はうなずき、ゾンビのような動きでリビングをあとにした。


 そして十分後――どこかで緑色のジャージに着替えてきた幻冬は、キセキの復活を果たした。


「ふはは……大宮幻冬、ここに参上!」

「復活早っ」


 冬華が幻冬にツッコミを入れる。


 そのやり取りを見ていた志貴と羅奈は、思わず吹き出した。


 そのとき、いきなり羅奈はこんなことを言い出した。


「ボクらもさ、『えっち会』に入ってもいいかな?」

「えっ、いや……はあ?」


 志貴と幻冬が驚くよりも前に、まず冬華が驚いた。もしくはあきれた。


 遅れて、志貴と幻冬も驚く。


「あ、いや……それ、マジの話かよ、羅奈」

「そ、それはつまり……羅奈嬢と冬華嬢が『えっち会』に入る、ということに相違はないですか?」


 こうして「ダークレモネード作戦」は平穏な終わりを迎え、役目を終えるのだろうか。

 そうだったら、どんなに嬉しいことか、と志貴は涙を浮かべながら、羅奈のほうをじっと見つめていた。


 しかしそのとき、冬華が片手でテーブルを叩いた。


 それで志貴は我に返り、今度は冬華のほうを凝視した。


「聞きたいんだけどさ、羅奈……どうしてウチも『えっち会』に入らないといけないの?

 やめてよ、そうやってウチまで巻きこむの……志貴と幻冬じゃないんだし、そういうのは普通にやめて」


 羅奈をにらみつける冬華。


 しかし、あくまでも羅奈は純粋だった。


「だってさ、みんなといるの、ボクは楽しいんだもん。……冬華だって、そう思うでしょう?」

「羅奈、あんたってば……ん」


 純粋ゆえに、その言葉は冬華にとって毒矢となったのだろう、冬華は顔をしかめ、胸を押さえた。


 その毒矢は冬華のみならず、志貴の胸にも突き刺さることになった。


 志貴は自分のしてきたことについて、あらためて反省した。


 冬華は志貴に一瞥をくれると、それから羅奈に向かってうなずいた。


「分かった。ウチも『えっち会』に入る。……でも、それは羅奈を悪漢から守るためだから。いつでもウチが羅奈のそばにいて、あんたを守るためだから」

「ちょっと何を言っているのか分からないけど……要するに、冬華はボクのことを大切に思ってくれているんだよね。ありがとね、冬華」


 羅奈は冬華にほほ笑んだが、一方の冬華は羅奈のことを見ずに、手元の空になったペットボトルを神妙な顔で眺めているだけだった。


 冬華の表情を見て、志貴の心は痛んだ。

 すべては自分のせいなのだと、志貴は自分を責めた。


 しばらくのあいだ、沈黙が流れる。


 その沈黙を打ち破ったのは、幻冬だった。


「さて、どうしますかね、志貴殿」

「どうするって……何がだよ」


 志貴は質問を投げかけた幻冬を見ると、怪訝な顔になって言葉を返した。


 幻冬は人差し指を左右に振った。


「もちろん、『えっち会』のことですよ。

 とうとう……いいえ、いよいよ我ら『えっち会』は始動したのです。

 ですから、『えっち会』のリーダーや活動内容や規則など、色んなことを決めなくてはなりません」


 ああ、そのことか、と志貴はぼんやりとした頭でそう思った。


 けれど、そこで思考はストップしてしまう。

 罪悪感のため、そこで考えるのをやめてしまう。


「……どうしますか?」


 再び幻冬が志貴に訊いてきた。


 志貴は心の中で舌打ちすると、無理やりにでも頭を働かせ、こう幻冬に答えた。


「リーダーはお前だよ、幻冬。

 活動内容とか規則とか、まったく決めずにいこうぜ。というか、大人特有の規則に縛られるのは、お前だって嫌なはずだろうに」

「なるほど、そうでしたね。この幻冬め、思い違いをしていました。反省!」


 幻冬が自分の頭を叩くのを見て、志貴は覇気のない声で笑った。


 そのとき、幻冬がソファから立ち上がった。


「ふはっ。羅奈嬢、冬華嬢……『えっち会』へようこそ。

 今こそ、我らは乾杯するとき。いざ、乾杯!」


 すっかり中身を飲んでしまったペットボトルを掲げ、そのように幻冬は力強く言ってみせた。


 けれど――。


「おい、奴隷一号。ウチのレモンティーさ、もう空っぽなの。……その言葉の意味、分かるよね」


「幻冬くん、悪いんだけど……ボクはミルクティーが飲みたいかな。だからさ、買ってきてくれない?」


「ほら、幻冬。キンキンに冷えたレモンティーとミルクティー、二人のために急いで買ってきてやれよ。もちろん、おれの分のレモンティーも忘れずにな……?」


 そのように志貴たちは幻冬の乾杯に水をさした。


 当の幻冬はというと、爽やかな笑顔になってうなずいていた。


「分かりました。わたしは主人のため、ボクッ娘のため、鬼のため、飲み物を買ってきましょう。――それっ、それっ、それぇ」


 そのように幻冬は言ってから、空になったペットボトルを投げ捨て、またもや飲み物を買いに行った。


 幻冬がリビングを出てから少しして、冬華はつぶやいた。


「絶対あいつ、自分の分の飲み物を買うことを忘れていると思うんだけど。うん、賭けてもいいし」

「だな」

「だね」


 そうして志貴たち三人はうなずき合うのだった。

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