四人だけの部室

 王鳴館の玄関でスリッパに履き替え、玄関を抜ける志貴たち四人。


 きのうの志貴のように、羅奈と冬華はホールの壁にかけられた見取り図の額縁に見とれ、きょう二度目となる感嘆の声を上げた。


 ここぞとばかり、館の管理を任されている幻冬は「どうです、すごいでしょう」と鼻を高くした。


 コクコクとうなずく羅奈と冬華。


 それで幻冬はすっかり舞い上がってしまったようで、「どうです、三枚まとめて三百万円……三枚まとめて三百万円! お二人とも、すべての貯金を使い果たし、これらをお買い上げになりますか?」と言ったため、羅奈と冬華をしらけさせてしまった。


「いらないよ、幻冬くん……?」

「誰もこんな粗大ゴミ、三百万円出して買わないし。あんたさ、馬鹿じゃないの」


 もっともだ、と志貴はうなずいた。


 すると、真顔になった幻冬は志貴のほうを見て、「……そのようですよ、志貴殿」とこの場がしらけてしまったのは、すべて志貴のせいだというふうに責任転嫁した。


 この大馬鹿野郎め、殺してやろうか、そう志貴は幻冬に殺意が湧き、彼を鋭い目つきでにらみつけた。


 幻冬はありもしないメガネをクイッと押し上げ、「誰にだって間違いはあります。ですから、あまりお気になさらず」とかっこつけたように言い、ついには志貴をあきれさせた。


 羅奈は何度かうなずくと、「さすがは『七三分けの大馬鹿野郎』だね」と言って、さらにうなずいた。


 そのとき、冬華が「てかさ」と抑揚のない声を上げた。


「ウチ、早くソファとかに座りたいんだけど」


 幻冬は指をパチンと鳴らした。


「なるほど、確かにそのとおりですね。ふむ……ではそろそろ、みなさまをリビングにでも案内しますかね」


 幻冬が答えると、遠慮がちに羅奈は手を挙げた。


「ちなみに、リビングには何があるの?」

「七〇インチのテレビはありますし、色んなゲーム機もあります。で、ゲームソフトやアニメや映画などのディスク、マンガや小説などもありますね。

 そしてなんとなんと、さらには……」

「あ、分かった分かった。そのあとは言わなくてもいいよ。……なんとなくだけど、ボクには想像つくからさ」


 幻冬の言葉を遮り、気まずげにうなずく羅奈。


 少し悩んだが、志貴は幻冬が言うはずだった言葉を口にすることにした。


「にっしっしっ……アダルト――」

「言うなぁ!」


 志貴は冬華からアッパーを食らい、そのまま床に倒れ、危うく意識を失いかける。


「お、おのれ……凶暴な女め」


 志貴は悪態をつきながら、フラフラと立ち上がった。


 冬華はヘラヘラと笑い、「馬鹿じゃん」と志貴を罵った。


 もう少しで志貴と同じような目に遭うはずだった幻冬は、ガタガタと身体を震わせ、「神よ……おお、神よ」と必死に祈っていた。


 羅奈は――。


「志貴くん、大丈夫……?」


 志貴の身を案じてくれているようで、思わず志貴は涙した。


「……何泣いてんの? 気色悪っ」


 どこまでも非情な冬華の罵倒。


 志貴はムッとした。


 けれど、次に羅奈が言い放った言葉で、志貴は反省した。


「志貴くん、女の子にセクハラはダメだよ? そこはちゃんと反省しないとね」

「ア、ハイ!」


 素直に志貴はうなずき、羅奈と冬華に向かって「ごめんな」と頭を下げた。


 こうした志貴と羅奈のやり取りがシャクに障ったのだろう、冬華は志貴に見向きもせず、こう幻冬に命令した。


「おい変態二号、ウチをリビングに連れて行け」

「は、はい!」


 冬華は怯えたような幻冬とともに、リビングに行ってしまった。


 あとに残されたのは、志貴と羅奈だった。


 志貴はふて腐れ、「けっ……つまらねえの」ときびすを返し、王鳴館から出て行こうとする。


 そんな志貴を羅奈は「志貴くん」と呼び止めた。


 立ち止まり、後ろを振り返る志貴。


「大丈夫だよ、志貴くん。そんなに気にすること、ないからさ」

「さあて、どうだろうな」

「だからさ、大丈夫だって。――ほら、ボクらは思春期なんだから、もっとこう、今のようにはっちゃけてもいいんだよ。

 確かにセクハラはよくない。ついでに言えば、友達に向かってアッパーするのもよくない。

 ……でもさ、そういうのも引っくるめて、ボクらは奔放に振る舞ったほうがいいと思うんだ」

「……そうか。お前の意見は、それこそが“青春”だと、そう言いたいんだな」

「まあ、つまりはそういうことだよね」


 うなずく羅奈。


 しばらくのあいだ、志貴は言葉を発せずにいた。

 なぜかと言えば、羅奈の言葉を聞いて、志貴は感銘を受けたからだ。


 やがて、

「……す」

「す?」

「……好きだ、羅奈ぁ!」

 と志貴は叫び、羅奈に抱きついた。


 最初、羅奈は「ひゃあ」と驚いていたが、すぐに驚きは愛へと変わったようだ。


「ありがとね、志貴くん……ボクも志貴くんのこと、好きだよ」


 甘い言葉をささやく羅奈。


 それで我に返った志貴は、あわてて羅奈から離れる。


 そして今度は志貴のほうから、羅奈と手をつないだ。


 ハチミツのように心が甘くなる志貴。


「じゃ、じゃあ……おれたちもリビングに行こうぜ」

「だね」


 そうして志貴と羅奈は手をつないだまま、リビングに向かうのだった。

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