2-4

 志貴、羅奈、冬華の三人は外に出ると、徒歩で近場のバス亭まで向かった。


 しばらくすると、バスが停留所にとまり、志貴たちはバスに乗りこむ。


 乗客は志貴たちを除くと、五人しかいなかった。


 優先席に座る老人が二人、降車口付近の一人掛け席に座る若者と二人掛け席に座る母と娘が二人。


 志貴たちは一番後ろの席に陣取った。


 バスが発車してから数分後、いきなり羅奈が志貴の手をつないできた。


 思わずビクッとする志貴。


 志貴は恐る恐る羅奈のほうを見た。

 羅奈も志貴のほうを見る。


 羅奈は照れたように笑った。


「スキンシップだよ、志貴くん」

「そ、そうだよな。おれたち、付き合っているんだもんな」

「うん!」

「ははは……」


 志貴はフワフワとした高揚感に襲われ、自然と心臓の鼓動が速まる。


 冬華は志貴と羅奈の手つなぎを見ているはずだが、そのことには何も触れず、構わずスマートフォンを操作していた。

 なのだが、途中から冬華は「死ね」「消えろ」「クズが」などとつぶやき始め、志貴をヒヤリとさせた。


 おっかない女だ、と志貴は思った。


 数十分後、バスは王鳴館近くの停留所にとまった。


 志貴たちはバスから降りると、志貴の案内の元、一同は王鳴館へと向かった。


 天気は曇天だったが、長袖一枚で過ごせるくらい、外はちょうどいい気温だった。


 やがて志貴たちは緑色の館、王鳴館へとたどり着いた。


 ふかふかとした天然芝、生き生きとした草木、RPGのダンジョンにでも出てきそうな館を覆うツタ……。


 そんな王鳴館をこの目で見た羅奈と冬華は「おお~」と感嘆の声を上げ、スマートフォンを使っての写真撮影を始めた。


 志貴は何も言わずにその場で突っ立っていた。


 と、そのとき、不意に羅奈は神妙な顔になり、冬華に耳打ちした。


 だが――。


「ん、なんて?」

「あ、だからさ。…………」


「ん、なんて?」

「いや、だからさ。…………」


「ん、なんて?」

「うん、だからね。…………」


「ん、なんて?」

「……冬華はさ、ボクと喧嘩でもしたいの?」


「んんっ。まっさかぁ。キャハッ、ウチはあんたと志貴の恋を応援していますとも」

「……それ、嘘」


「嘘じゃないし。本当のことだけど~? ……てかさ。むしろ、あんたを応援しすぎて志貴と幻冬が憎いんだけども」

「何それ、ボクには意味が分からない。……いや、そうじゃなくて!」


 羅奈は髪を掻きむしりながら叫ぶと、志貴のほうを一瞥してから、冬華をキッとにらみつける。


「ボクと志貴くんの写真を撮ってほしい、そうさっきからボクは言っているんだけど。冬華さ、お願いだからボクらを撮ってよ。じゃないと、シメコロスヨ?」

「いやん、こわ~い」


 ふざけたような冬華の言葉。


 顔を引きつらせた羅奈が拳を握るのを見て、志貴は仲裁に入った。


「冬華、煽るな。羅奈、必死になるな。とにかくさ……お前ら、二人とも落ち着けって」


 沈黙する羅奈。

 そっぽを向く冬華。

 女性同士の争いを見て、たまらず青ざめる志貴。


 なんとも気まずい空気になってしまったことか。


 志貴はどっと疲れが押し寄せてきて、やれやれとため息をついた。


 そのときだ。


 後ろから志貴たちを呼ぶ声がしたのは。


 志貴たちは後ろを振り返る。


 そこには黒いTシャツと迷彩柄のカーゴパンツ姿の幻冬がいた。


「おおっ、これは……なんという光景、なんという事件!

 部室の前に、女子(おなご)が二人とは……この幻冬、どういうような顔をすればよいのでしょう。

 なるほど、泣けばいいのですね。どれ……」


 直後、幻冬はオイオイと泣き出した。


「泣くな、この馬鹿野郎。おれが泣きたいくらいだ」


 冬華に追い詰められている志貴は、意味は違えど、たまらず幻冬のように泣き出した。


 が、それを見た羅奈と冬華は同じタイミングで「キモッ」と志貴と幻冬を罵倒。


 それにより、志貴のみならず、幻冬も現実に引き戻されたようで、二人してピタリと泣き止んだ。


「キモッ」


 さらにもう一度、羅奈と冬華のきつい一言。


 幻冬は鼻をすすってから、女性二人に内情を打ち明けた。


「聞いて驚くことなかれ。……実はですね、我ら『えっち会』は女性を部室に招き入れようと、王鳴館に招き入れようと、ずっと思っていたのですよ。

 そしてとうとう、長年の夢が叶った……万歳、万歳、万歳!」


 幻冬は勝手に盛り上がり、涙をにじませる。


 そんな幻冬を冷ややかに見つめていた冬華は、突然志貴のほうを振り返った。


「あれ? でもさ、あんたたちがいかがわしいサークルを立ち上げたのって、一体いつなんだっけ? 別に長年の夢、っていうわけじゃないんだよね」


 そう冬華はもっともな質問をした。


 志貴は答える。


「ああ、それは一週間くらい前のことだな。というと、おれが初めて幻冬と出会ったときのことだ」

「ん、それってつまりぃ……入学式のときだよね、変態一号」

「……誰のことを言っているんだ、お前は。あぁ、おれか。――そうだよ、入学式のときだ。

 奴と親友になって以来、おれたちは『えっち会』を立ち上げた。

 まっ、といっても、まだ創設には至っていないがな」

「なんで?」

「……それは『えっち会』に女性がいないからだよ」


 冬華はギョッとしたように目を大きく開き、それから耳をつんざく悲鳴。


 志貴は顔をしかめる。


「うるせえよ、冬華」

「うわ、うわっ……うえっ。何それ、何それ……気持ち悪っ。オエッ」

「そ、そこまで気持ち悪がらなくても……いいじゃんかよ。――なあ、羅奈?」


 志貴は苦笑いしたまま、羅奈に同意を求める。


 だが、

「ごめん、それはない」

 と志貴たちを一刀両断。


 思わず志貴は頭を抱え、

「なんでだぁ……おれたちのどこがキモいんだよ。

 青春をする者なら、誰だって異性と一緒にいたいだろう? なら、おれたちはキモくないじゃんかよ。

 なあ、教えてくれ……おれたちのどこがキモいんだ?」

 と羅奈と冬華に迫った。


 二人は顔を見合わせ、

「いや……」

「だって……」

「サークルが……」

「あれだから……」

 といったように口をモゴモゴとさせる。


 結局、どれだけ待っても、二人は志貴の質問に答えてくれなかった。

 それに気のせいか、羅奈と冬華の顔は赤かった。


 これでは埒が明かない――そう志貴は苛立ち、ついに「おれの質問に答えろよ、お前ら」と羅奈と冬華に声を荒らげた。


 直後、冬華は真っ赤になった顔で叫んだ。


 このように。


「あのさぁ……『えっち会』って、絶対にいかがわしいサークルじゃん。でもそんなこと、絶対にウチらはしないから!」


 冬華の心からの叫びに、羅奈はコクコクとうなずいた。


 それを聞いた志貴と幻冬はというと、

「……お前ら」

「お二人とも……」

 と二人の言葉に引いていた。


 だから、志貴と幻冬は羅奈と冬華に教えてあげた。

「えっち会」の本当の名称を、この場で教えてあげた。


「えっ、わたしたちは青春が好きだけど、あなたは違うんです会」――その略称が「えっち会」だということを、二人は大まじめな顔で教えてあげた。


 そしてこれは羅奈と冬華の反応。


「もう! こんなややこしい略称、今後はなしにしてよね。

 というか……うん、もう二度とそんな変な略称を考えないで。

 今後、それをやられると、さすがの温厚なボクも怒り出すかもよ。ううん、絶対に怒り出す」

「いや、本当に……マジ笑えない」


 おかしな雰囲気になる前に、志貴は幻冬に目配せをした。


 早く王鳴館の扉を開けろ――そう志貴は幻冬に目で合図。


 幻冬は小さくうなずいた。


 彼は王鳴館の鍵を取り出す。


 それから幻冬は王鳴館の玄関ポーチまで早足で向かうと、王鳴館の扉を開け放した。


 幻冬は志貴たち三人にニコッとほほ笑み、このような歓迎の言葉を口にした。


「ようこそ、王鳴館へ……ようこそ、我らの部室へ」

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