1-6

 王鳴館。

 それは豊かな緑に囲まれながら、ひっそりと佇む緑色の館。


 妖精でも住み着いていそうな王鳴館は、見る者に安らぎを与える、と志貴は自然に溶けこんだ王鳴館を前にして、そのように思わずにはいられなかった。


 館の正面には三教室分の豊かな芝生があり、芝生の両サイドにはこれでもかと成長した草木。

 地面からはツタが伸びていて、それが館全体を覆っていた。


 志貴が王鳴館を眺めていると、聞いてもいないのに、隣にいる幻冬が館の説明を勝手に始めた。


「今は両親が所有していますが、元より、この王鳴館は祖父母が所有していたものです。

 不思議なことに、祖父母から両親の手に渡ると、いつの間にか館の外側にはツタが絡んでいまして……祖父いわく、館は今の主を認めていない、と言うのですよ。

 それを聞いた父は大変激怒し、王鳴館の管理をすべて母に任せてしまったのです。で、ついに母も館の管理を怠りましてね。そしたら――」

「大宮家の期待の大馬鹿野郎、つまりは息子のお前が管理を任されることになった……そうなんだろう?」


 幻冬は苦笑しながら、うなずいた。


「あっぱれ、まさにそのとおりです」

「……そして無事、王鳴館はおれたちの部室となるのでした。めでたし、めでたし」


 志貴は勝手に話を締めくくると、「鍵を出せ。入るぞ」と幻冬を顎でしゃくってみせた。


 幻冬はため息をつき、「やれやれ……差し詰め、わたしは暴君に仕える哀れな支配人、といったところでしょうか」といかにもかったるそうにスクールバッグから鍵を取り出す。


「早くしろ、このおれを待たせるな」

「暴君の真似事、やめにしませんか……?」


 すまん、と志貴が謝る前に、王鳴館の扉は開かれた。


「よっしゃ、おれが一番乗りぃ」


 幻冬に謝ることも忘れ、さらには靴を脱ぐことも忘れ、志貴は王鳴館の廊下を闊歩した。


「ふはは……って、こら! 志貴殿、ここは土足厳禁ですぞ」


 すかさず幻冬は志貴を注意。

 そんな幻冬を志貴は茶化した。


「おっ、『七三分けの大馬鹿野郎』が、おれに注意をするってか? そりゃあまた、難儀なこった。――あ、いや、今のは冗談だってば。まあ、そう怖い顔になるなよ」


 志貴は来た道を戻り、幻冬に愛想笑いを浮かべながら、玄関で靴を脱いだ。


 志貴は幻冬が靴を脱ぐのを待ってから、幻冬とともにスリッパに履き替えた。


 二人仲良く、横並びになって歩く志貴と幻冬。


 腰高の羽目板に囲まれたホールに着いたとき、志貴は正面の壁にかけられた風変わりな額縁を見た瞬間、「お?」と驚きの声を上げ、立ち止まった。


 それは王鳴館の「一階」「二階」「三階」の見取り図が描かれた三枚の大きな額縁だった。


 志貴がこの館を訪れるのは、まだ三度目。

 しかし記憶にある限りでは、こんなところに立派な額縁はなかったはず、と志貴は眉をひそめ、いぶかしんだ。


 志貴が舘の見取り図を発見したことに気づいた幻冬は「ふはっ。盟友よ、どうですか。趣向を凝らされた額縁に飾られた立派な見取り図……あれこそ、この偉大なる舘にふさわしいものとは思いませんかね」と得意げになって説明した。


 額縁の四辺には「青龍」「赤龍」「緑龍」「黄龍」の四匹の龍がいて、それらは額縁に飾られた見取り図を守っているようにも見える。


 なるほど、確かに趣向を凝らされた額縁だ、と志貴は納得。


 志貴は額縁を指差し、「これ、どうしたんだ。見たところ、なんとも真新しい額縁と見取り図だが……まさか、これらは特注品か?」と幻冬に尋ねた。


「ふふふ……ふははははは!」

「勝手に笑うな、この馬鹿野郎が。ちゃんと言葉を返せ」


 志貴は幻冬の脳天にチョップし、ついでに彼の脇腹もど突いた。


「うぐっ! ――ええ、そうですよ。特注品です。というか、きょうの志貴殿、少々暴君が過ぎませんか……?」

「いや? いつものおれだけど」

「そうですね……いつもの志貴殿でしたね」

「ははは」

「ふはは」

「……つまらん」

「ええ、同じくです」


 志貴と幻冬は同時にため息をついた。


 なぜ志貴たちは「えっち会」に女性を加えたがっているのか。


 それは――。

「……野郎二人が集まっても、これくらいしか盛り上がらない」

「だからこそ、わたしたちは『えっち会』に女性を加えたかった」

「この部室で、女性とともに盛り上がりたかった」

「それだから、わたしたちは『乙女たちのえっち会作戦』を……さらには『ダークレモネード作戦』を実行した」

 なのだった。


「それなのに……」

「けれども……」

「なぜ、この場に女性がいない!」

「どうしてわたしたちは女性から嫌われるのか!」


 志貴と幻冬は互いに吠えた。


 それに答えてくれる人物は、この館には誰もいない。


 ここにいるのは、志貴と幻冬。

 二人だけだった。


「……おれたちの使命。それは魔王に捕らわれた姫君を助けることだと思うんだ」

「なるほど、RPGですね。ゲームでしたら、一階のリビングに山ほどありますよ」

「行くぞ、幻冬。……協力プレイで、姫君を救おうぜ」

「はい、勇者殿!」


 志貴と幻冬は白を基調とした十六帖ほどのリビングに行き、そこにあるコの字のソファでテレビゲームをやり始めた。

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