1-5

 誰もがホッとし、どこもかしこも騒がしくなる昼休み。


 志貴と幻冬の二人は、例の作戦を実行するにあたって、大きな壁にぶち当たった。


 そう、いつも羅奈と冬華は教壇前で雑談に興じていて、めったに二人は離れることがなかったからだ。


 なので、志貴は羅奈に近寄れないし、幻冬も冬華に近寄れない。


 これではまずい、と焦る志貴だが、そのとき邪神からの思し召しか、ひとつの妙案が思い浮かんだ。


 早速、志貴は隣で牙を研いでいる幻冬に耳打ちした。


「……というわけだ、幻冬。いけるか?」

「この幻冬め、必ずや、必ずや……やり遂げてみせますぞ」


 言うが早いか、幻冬は教室にいるスイーツを愛してやまない女子生徒に近づくと、真顔で「スーパーやコンビニで売り切れ続出のスイーツの中のスイーツ……フルーツ王女クレープが、ここから近くのコンビニで秘密裏に売られているそうです。秘密裏というのはですね、なんでも合い言葉を店員に言わなければいけないそうですが……肝心の合い言葉、それはなんだったか。詳しいことは、冬華嬢に訊いてみることをオススメします。そのクレープ、すでに彼女は“朝食”として“平らげた”そうなので」とホラを吹いてみせた。


 果たして、幻冬の流言はうまくいくか、と志貴が案じていると、スイーツ好きの女子生徒だけじゃなく、耳をそばだてて聞いていた同級生の半数が、これを本気にし、ただならぬ殺意を冬華に向けていた。


 冬華は顔面蒼白となり、

「え、何これ。ウチ、襲われるの? てか……こわっ、こわっ!」

 と大慌てで教室を出て行き、唖然とした様子の羅奈を置き去りにしてしまった。


 そんな冬華を私刑に処すとばかり、スイーツ大好き連合は、ゆらりゆらりと冬華を追いかけていった。


 これでよし、と志貴はうんうんとうなずき、幻冬に目配せした。


 幻冬はうなずき、冬華と接触するため、逃げていった冬華を追いかけていった。


 さて、と志貴は舌なめずりをし、まだ唖然としている羅奈に大股で近寄った。


 大勢の人を巻きこみながら、こうして「ダークレモネード作戦」は開始された。


「なあ、羅奈。ちょっといいか?」


 羅奈は汚いものでも見るかのようなまなざしで、「なんかボクに用?」と志貴をねめつけた。


 そのまなざし、恐ろしいといったら、ありはしない、と志貴はわずかに身震いした。


 だが、と志貴は自分を鼓舞し、羅奈に向かって「さっきはごめん」と頭を下げ、謝った。


 ほかの言葉はいらない。

 言い訳や弁解など、かえって状況を悪くするだけ、と志貴は考えたからだ。


 誠意のこもった謝罪こそ、最大の防御であり、最大の攻撃。


 だからこそ、志貴は頭を下げたまま、微動だにしなかった。


 下心ありまくりの志貴の謝罪は、羅奈が言い放った言葉――「いいから、さっさと顔を上げてくれないかな。しっかり目を見ながら、話してよ」という苛立った声により、中断させられることになった。


 志貴は顔を上げ、羅奈を見つめる。


 目を見て話せ、と言った羅奈当人が志貴を見すえることなく、そっぽを向いていたので、志貴は少しばかりムッとした。


 そのとき、いきなり羅奈は志貴に視線を戻したので、思わず志貴はドキリとした。


「きみさ、なーんか怪しいんだよね。いきなり謝罪だなんて……怪しいよ」

「怪しいことなんて、何もありゃしない。……それともなんだよ、まーたおれたちがお前たちを『えっち会』に無理やり加入させようと、無茶を企んでいるって?

 ふっ……それだけは断じてない。そう、断じてだ」

「……そう言い切れる根拠は?」


 根拠など、何もない。


 ゆえに志貴は言葉を詰まらした、まさにそのとき。


 追い詰められた志貴は瞬時に思考を巡らし、たちまちこの関門の突破口を見いだした。


 この場を乗り切るには、これしかない、と志貴は覚悟を決めると、

「おれ、お前のことが好きだ……好きなんだ、羅奈! おれと交際してくれ」

 このように。

 同級生が十人ほどいる教室で、志貴は羅奈に告白の言葉を叫んだ。


 青ざめる羅奈。

 ざわめく同級生。

 大まじめな顔のまま、羅奈を見つめる志貴。


 やがて、羅奈はハッとしたかと思えば、

「きみたち、まさか……」

 と意味深な言葉をつぶやき、そのまま脱兎のごとく、教室から出て行ってしまった。


 すると、志貴の行為をとがめる同級生の声がちらほら聞こえ、志貴は舌打ちした。


「お前たちには分かるまい……このおれの恋心」


 肝心の羅奈がこの場からいなくなり、さらには分が悪いときた。

 ここはいったん、引くべきだ、と志貴は判断すると、そそくさと自分の席に戻り、荷物をまとめた。


 スクールバッグを肩に提げた志貴は、早足で教室をあとにする。


 階段を使い、二階から一階まで降りたとき、志貴はフラフラと歩く幻冬とばったり遭遇。

 が、幻冬の薄汚れた学ランを見て、志貴はすべてを察した。


「……さては全員に嘘がばれ、集団リンチを受けたな」

「ふはは! なんのこれしき。『ダークレモネード作戦』のためなら、この幻冬め、命をも捧げてみせましょうとも」

「あ、その例の『ダークレモネード作戦』のことなんだが……」


 志貴は教室での一部始終を幻冬に話した。


 幻冬は顎に手を当て、「なるほど、確かに羅奈嬢の言葉が気になりますな」と目を細めた。

 志貴は「うむ」とうなずく。


「羅奈の奴、さてはおれたちの作戦に気づいているんじゃないだろうな。だとすると……」


 非常に嫌な予感がする、そう志貴が言おうとしたとき、幻冬は指をパチンと鳴らした。


「何はともあれ、ここは退却するのが吉ですよ、盟友よ」

「だな」

「ふはっ。……それでは友よ、わたしは教室に戻り、早退のための準備をしてきます。

 志貴殿は校門でお待ちください。わたしもすぐに向かいます」


 言うが早いか、幻冬は謎の笑い声を上げながら、一段飛ばしで階段を駆け上がる。


 それを見て、志貴の心はすっかり晴れた。


 こうして志貴と幻冬は不良生徒さながら、教師に無断で学校を早退。


 そんな二人が徒歩とバスで向かうのは、志貴たちが部室と呼ぶ三階建ての館――王鳴(おうめい)館だった。

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