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 そのとき、志貴は覚醒した、と言ってもいいだろう。


 言うなれば、今の志貴は青春のためなら、非道なことを平気でやってのける“鬼”と化していた。


「幻冬、おれは最高の作戦名を考えついた。……おそらく、これは『えっち会』最大の作戦だろうな」

「……一体、それはどんな作戦か」


 幻冬は期待するようなまなざしで、志貴を見た。


 志貴は「おう」とうなずいた。


「『告白は突然、恋は盲目! 善悪の青春作戦』……コードネーム『ダークレモネード作戦』」


 この志貴の言葉を「恐ろしい」と思ったのか、志貴が口を閉じたとき、絶妙なタイミングで学校のチャイムが鳴り止んだ。


 幻冬の目が大きく見開かれる。


「コードネーム、だと……? 馬鹿な。略称ではなく、コードネームを使うということの意味、お前はよく分かっているのか、我が友よ」


 志貴は小さくうなずいた。


「ああ、分かっている。……これを使うということ、それはおれたちが悪人になってもいいときに使うってことくらい、分かっているさ」


 呆然と口を半開きにした幻冬は後ろに後退し、それから狂ったように大笑いした。


「志貴よ、お前は最高の漢にして、もっとも恐るべき漢だ。――して、どのような作戦なのか」

「ああ、そのことだけど……」


 志貴は身振り手振りを交え、考えついたばかりの作戦の詳細を語った。


 作戦はこうだ。


 まず、志貴は羅奈に接触し、好感度を高めるようなことをする。

 同じように、幻冬も冬華に接触し、冬華と仲良くなるようにする。


 志貴は機を見計らい、羅奈に告白。

 志貴の告白を羅奈がオッケーしたのならば、志貴は羅奈と交際スタート。


 一方の幻冬は、その時分までに冬華と友達以上の関係までになっていること、それで幻冬の役目は終わり。


 そうして、志貴と幻冬は羅奈と冬華に信頼される人物になる。


 で、クリスマス・イブの日――四人は集まり、そのときに志貴と幻冬は「えっち会」に加入するよう、羅奈と冬華に頼みこむ。


 志貴と幻冬の苦労は報われ、羅奈と冬華の二人は「えっち会」に加入し、ついに「えっち会」は誕生。


 ……以上、“鬼”と化した志貴が考えついた作戦、コードネーム『ダークレモネード作戦』の詳細だった。


 これを聞いた幻冬は宙をにらんで「うむむ」とうなったのち、ハタと志貴に目を遣った。


「いや、しかしな、志貴よ。そんなにとんとん拍子に事がうまく運ぶとは、おれは思わん。

 それどころか、お前の姉貴……蓮華先輩がそれを知ったら、おれたちはどうなることか、知れたことではないぞ」

「馬鹿野郎、幻冬め。リスクがあればあるほど、おれたちは燃え上がり、突き進むんだろうが。

 しかもな、羅奈の攻略は比較的簡単そうに思える。

 ……それで、だ。正直言って、おれは臆病だ。先ほどの『乙女たちのえっち会作戦』のときも、おれはちびりかけた」


 だがな、と志貴は話を続けた。


「おれにはお前がいた。『七三分けの大馬鹿野郎』のお前がいたんだ、幻冬。その言葉の意味、分かるか?

 確かに『えっち会』はまだこの世に生まれ落ちていない。

 けど、おれとお前がいれば、『えっち会』は無事に産声を上げることができるんだ。

 ――なあ、幻冬……おれはお前とともに、このつまらない学校生活を面白おかしくさせたいんだ」

「志貴……」

「おれを信じろ。信じてみろ、幻冬」


 志貴は幻冬の前に片手を差し出した。


 逡巡する幻冬。


 だが、やがて幻冬は口を一文字に結び、固く決意したとみえ、志貴との握手に応じた。


 志貴はニヤリと笑った。


「青春を謳歌するおれたちは無敵だ」


 ここぞとばかり、幻冬もニヤリと笑う。


「ゆえに、おれたちは一度の敗北もしたことはない」

「今回も勝つ」

「今回も負けぬ」


 そう、それが「えっち会」なのだと、志貴は自分たちの可能性を信じた。


「教室に戻るぞ、幻冬」

「ふはは……仰せのままに。正直言って、教師の説教や同級生の視線など、なんにも気になりませんな、志貴殿」

「もちろんだ」


 こうして志貴と幻冬は休憩真っ只中の教室に戻り、待ち構えていた島原教諭から説教を食らうのだった。

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