1-7

 志貴は時間を忘れるほど、幻冬とのゲームに没頭した。


 ふと志貴が腕時計を見たとき、時刻は午後五時を優に過ぎていた。


 あわてて志貴は幻冬に時刻を教えてやった。


 幻冬は顔をしかめ、明らかに志貴とのゲームを続けたそうにしていた。

 志貴だって、このまま幻冬とともにゲームがしたかった。


 だが、志貴たちはまだ子どもだ。


 日が沈む時間までに家に帰らないと、家族が心配するし、なんなら叱られもする。


 そのように志貴は思ったが、それは幻冬には伝えなかった。


 自由を謳歌する子どもとしがらみに縛られる大人の狭間にいる幻冬には、この言葉はきついものとなるからだ。


 だから志貴は「またゲーム、やろうぜ。今度ゲームをやるとき、おれは攻略本を持ってくるからさ」と幻冬に励ましの言葉をかけた。


「ええ、そうしましょう」

「おう」


 こうして志貴と幻冬はゲームをやめ、後片付けを始めた。

 それが終わると、志貴たちは王鳴館をあとにした。


 この日の夜はけっこう冷えこみ、寒さを忘れるため、志貴と幻冬は夜の道を走った。


 やがて、志貴たちは寂れたバス亭でバスに乗りこんだ。


 バス車内は混んでいて、乗客は仕事帰りの男性や女性が多く、次に多いのは大学帰りとおぼしき学生たちだった。


「なんだろうか、すごく居心地が悪い」

「同じくです。なんだか、ここは大人の匂いがきつすぎますね」


 つり革につかまりながら、そのように志貴と幻冬は互いに不満を漏らした。


 それから数十分後――。


 バスのアナウンスは、志貴の自宅付近の停留所名を読み上げた。


 志貴は降車ボタンを押し、幻冬に「またな、相棒」と声をかけ、バスから降りる準備をする。


「ええ、また会いましょうとも」


 幻冬はそう言うと、いつものように笑い声を上げた。


「おい馬鹿、バスの中で上機嫌に笑うな」


 志貴が幻冬に注意したとき、大勢の乗客を乗せたバスは公園近くの停留所にとまった。


 志貴お馴染みの停留所だ。


 志貴は逃げるようにバスから降りると、やれやれとため息をついた。


「あいつ、マジで馬鹿なのか……?」


 そんなこんな愚痴をつぶやきながら、志貴は日が落ちた夜の道を歩いた。


 五分ばかり歩くと、志貴の自宅は見えてきた。


 志貴の家は十階建ての分譲マンションで、煉瓦色に塗られている。


 マンション名は「トールハウス滝灘」


 東堂家はというと、その四〇五号室に住んでいた。

「さあてと……階段を使おうか、それともエレベーターを使おうか」


 志貴は腕組みをしながら悩んだが、結局は健康のため、階段を使うことにした。


「東堂志貴、発進!」


 志貴は四階まで一気に駆け上がると、四〇五号室の前までダッシュした。


 志貴はゼイゼイと息を切らしながら、自宅の鍵を財布から取り出す。

 そして鍵穴に鍵を差しこみ、遠慮なく回すと、玄関の中に入った。


 ただいま、そう志貴は言おうとしたが、瞬時に東堂家の異常を感じ取り、口をぴったり閉じた。


 耳を澄ませてみると、仕事を終え、帰宅してきた志貴の父、洋介(ようすけ)のイラついた声がリビングダイニングキッチンから聞こえてきて……話の内容が分かると、志貴は息を呑んだ。


「志貴があんな出来損ないの息子に育っちまったのは、一体誰のせいかとおれは聞いているんだよ、明日香(あすか)に蓮華。

 母親と娘のお前たちが志貴の教育を怠ったから、この現状を招いたんだろうが。

 仕事で忙しいおれには、家庭のことを考える余裕なんぞ、あるわけがねえ。

 というか……はん。あんな“ろくでなし”の馬鹿息子を好きになる奴がいるとしたら、まずおれはそいつの正気を疑うぜ、ほんと」


 志貴は頭の中がぐちゃぐちゃになり、手に持っていた鍵を取り落としてしまった。

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