第14話 ぬいぐるみを取るぞ!
この世界の人形は、日本でいうドール人形に近い。だが景品のぬいぐるみはデフォルメされている。どれも見ただけで、もこもこふわふわとしているのがわかる。それが、クレーンゲーム内いっぱいに詰まっている。
「あー負けちゃいました」
兄さんの声に気を取られたせいか、ヴィヴィはゲームで負けてしまったようだ。
彼女の声にハッとした兄さんはわざとらしく咳払いする。そして、普段通りの冷静沈着の仮面をかぶるように表情がなくなる。
ただ、耳は赤い。
「それがクレーンゲームというものか」
なぜか組んだ足に置いた手を見ている。クレーンゲームを見ずに。
姉さんとヴィヴィがクレーンゲームのところまでやってくる。ヴィヴィが歓声を上げる。
「これ可愛いですね! こんなの見たことないですよ」
「あらそうね。珍しい形の人形ね」
姉さんはあまり興味なさそうだ。
「ぬいぐるみって奴だよ」
「へー」
姉さんは可愛いものは好きじゃないのかな。兄さんは先ほどからチラチラとこちらを見ているのに。ソファーから立って、こっちに来ればいいのに。
「あれ、どうやって取るんですか」
コンコン、と透明なプラスチックを叩く。ヴィヴィは取り出し口を見つけると、腕を入れる。
「ここからじゃ無理ですね」
気持ちはわかるけどやっちゃダメだよヴィヴィ。
「あなた、レッドオーシャンをやったばかりでしょ。これも、このボタンを操作するのよね」
姉さんは俺を見てくる。説明しなさい、と目が言ってくる。
「そうだよ」
俺は一通りクレーンゲームの説明をした。とりあえず一度やってみよう、ってことになる。
「私がやります! お金は持っているので」
ヴィヴィが腕を精一杯伸ばしてアピールする。
「ダメよ! それは私の、でしょ」
姉さんがヴィヴィの腕を押さえる。
「そうですけど、けど、これもやりたいじゃないですか」
「ヴィヴィ、もう一枚持ってないの」
「ないですよ。仕事中に何枚も持ちあるかないです。これはお使いのお駄賃ですよ、お駄賃」
お駄賃……そんなの貰ってたのか。
押し合いは姉さんが圧倒していて、ヴィヴィの腕は体の真横にピタリとくっついる。負けじと対抗しようとするヴィヴィだが、まったく動く気配はない。
姉さん、そんな力強かったんだ。
「それじゃ!」
兄さんがバッと立ち上がる。その声はなぜか上擦っている。
「……僕がやろう。話は聞いていたから、硬貨も持ってきている」
大きく深呼吸してから、話し出す兄さん。ポケットから、硬貨が十枚ほど取り出す。
「それなら私が――」
「いや、領地運営にも関わることだ。これも僕の勤めだ」
ヴィヴィを制する兄さんは、ササッとクレーンゲームの前に移動すると硬貨を投入する。
派手な音がなり、姉さんとヴィヴィは驚く。
『横ボタンを押してクレーンを動かしてね』
筐体から発せられる声。
「ジャンの出すゲームっていうのは、どれも不思議ねぇ。こんな音楽、聞いたことないし、ライドウさんもだけど、声も出てくるなんて」
関心する姉さんは、まじまじと筐体を観察している。
兄さんはそれらに反応せず、一心不乱にぬいぐるみを見ている。ボタンを押すと、クレーンが動く。
「動きましたよケヴィン様。あ、止まった。ケヴィン様、あの猫ちゃん狙っているんですか?」
『縦ボタンを押してクレーンを動かしてね』
クレーンの導線には、こちらを見る猫のぬいぐるみがある。ぬいぐるみ全体も露出していて、掴むにはいい位置にある。
兄さんはヴィヴィの言葉を無視して……というか聞こえていない様子で、ジッと猫を見つめる。
慎重にクレーンを動かす。ボタンを放すと、クレーンがお目当てのぬいぐるみへと下がっていく。
筐体の縁を掴む兄さんの手に力が入っているのか、指先が赤くなっている。
ちょっと真剣になりすぎじゃない。
クレーンは猫のぬいぐるみを持ち上げる。
花が咲いたような笑顔を浮かべる兄さん。
その笑顔に、僕は気味悪い感じを覚える。俺と同じ気持ちなのか、姉さんの表情が俺にそっくりだ。
冷笑ぐらいしか見たことのない、真面目な兄さんが、まるで乙女のような笑顔を浮かべている。
しかしその顔は、絶望に染まる。途中で、クレーンからぬいぐるみが落ちる。
「あぁ……」
その場に兄さんは崩れ落ちる。
落ち込みすぎだよ兄さん。クレーンゲームって、こういうものだから。
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