第11話 ヴィヴィと姉さんの攻防

「そうだわ!」


 急に大声を上げた姉さんは笑顔で俺を見る。まるで自分自身の考えを褒めるように、姉さんは言う。さりげなく、右手が持ち上がっていて、いつでも俺を捕らえようとしているみたいだ。


「あなた、ここにもゲーム出してよ」


「えー」


 狂気を孕んだ姉さんを館で見たくない。


 姉さんの右手が俺の顔を掴む。ガッ、と素早い動きだ。


「いいから出しなさい」


 俺から見えるのは姉さんの手のひらだけ。だけど、背筋を凍らせるような声音に、弱ったゴブリンを殺す直前のような顔を浮かべているのを、幻視した気になった。


 それからの行動は速かった。スキルで、レッドオーシャンの筐体を一台、この場に現す。


「どうぞお姉様」


 つい敬語になってしまう。


「きゃーーーー!!!!」


 声にならない嬌声を上げて、筐体に頬ずりする姉さん。


 姉さん……。


 なぜだか、姉さんが遠くに行ってしまったような気持ちになる。


 ドアが勢いよく開く。勢いのせいで跳ね返り、ドアを開けた人にぶつかる。


「ぎゃ」


 ゴブリンが潰されたときのような声がした。


「悲鳴が聞こえましたが! 大丈夫ですか、ジャン様、アニエス様!」


 お盆を盾のように持ち、室内を見回すのは、我が家のメイドのヴィヴィだ。普段はたるみきった表情を引き締めて、油断なくお盆を構えている。


 姉さんの悲鳴を聞いて、非常事態が起きたと思われたようだ。


「驚かせてごめんなさいね。好きなものが出てきて、思わず声が出てしまったの」


 パッと淑女スタイルになった姉さんが説明する。筐体に頬ずりしながら。


「ああ、そうだったんですね」


 ヴィヴィは、安心していつもの緩みきった表情に戻る。


「でも、アニエス様のそれはなんですか?」


 メイドとは思えないほど気楽な足取りで、姉さんが頬ずりするゲームを見る。好奇心に目を輝かせているヴィヴィ。


「なんでもないわよ。仕事もあるでしょ。もうここは平気だから」


 ヴィヴィの様子を見て、姉さんは腕を広げてゲームを背中に隠す。


「でも、それってなんなんですか?」


 ヴィヴィはゲームをのぞき込む。


「くっ……」


 こうなったヴィヴィを諦めさせるのは無理と判断したのか、姉さんはゲームの説明をする。


 説明を聞いたヴィヴィは、ポケットから硬貨を取り出す。


「そんなすごいんですね! 私もやらせてもらいますね」


「な! ダメよ。これはジャンが私のために出したものだから!」


「ここに、二枚あります。アニエス様は、普段お金を持ち歩いていますか?」


 サッともう一枚の硬貨を取り出すヴィヴィ。その顔は優位を確信した者の笑みを浮かべている。


 姉さんは、ヴィヴィの考えがわかり、絞り出すような声で、


「……わかった。先にやっていいわよ」


 と席を譲る。


 ヴィヴィは、口笛でも吹きそうなほど上機嫌で、席に座る。


 主とメイドといえど、その格差はないに等しい。それが我が家の方針だ。


 だから姉さん、呪い殺そうとするような顔でヴィヴィを見ないであげてください。


 それにしても、ゲームを出すとき、スキルの項目は増えていたんだよな。ちゃんと確かめなきゃ。

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