第4話 異世界転生後

 元日本人のジャン=ヴィエイラです。ガードレールに頭をぶつけてこの世界に転生して、もう12歳。


 生まれたばかりの頃はなにがなんだかわからないし、体は動かないし、目はよく見えないわ周りの人間がなにをしゃべっているのかわからず、脳に障害が残ったのかも!?と戦々恐々だった。


 唯一できたのが泣くことなのも、よかったのかもしれない。泣き疲れると、段々と冷静になってくる。それから何週間も周りの状況を探ってみてようやく、自分が赤ん坊になっていることに気づいた。気づくまで時間がかかったのは、ほとんど寝ていたからだ。赤ちゃんならしょうがない……。


 ここが異世界だとわかったのは、ハイハイができるようになってからだった。世話係のメイドが魔法を使ったからだ。ブツブツとつぶやいたあと、天井付近に光りの玉が現れたんだ! まさかの魔法に、大興奮してもらしてしまったのはもう思い出したくない……。


 それまで、母さんに連れられて外に出たことはあったが、そのときは、ここが過去の外国なのかと思っただけだった。両親も街の人たちも、日本人みたいな顔つきの人はいなかった。ただ、着ている服や家が妙に古く、中世を舞台にした映画のセットみたいだったから、きっと昔の外国なんだと思っていたが、異世界だったとは……。どうりで両親が話している言葉も聞き覚えがないわけだ……。日本語の知識が邪魔をして、話せるようになるまで苦労しました……。


 正直なんで自分が転生したの、なんで異世界に、とは思った。生まれてから数年は日本の家族を思い出してギャン泣きした。


 あれほど嫌いだった実家のゲーセンも、もう行けないとわかると、妙に懐かしく感じる。店長と店員として店を取り仕切っていた父さんと母さんは、今頃どうしているんだろう……。


 生まれてからそういうことばかり考えていたが、12歳まで生きていると吹っ切れる。


 いまは、この世界の家族がいる。


 父さんに母さん、兄さんに姉さん。三人兄妹の末っ子が俺だ。


 そしてなんと、父さんは領主!


 この街・ゴーンラプの領主!


 ゆくゆくは兄さんが領主になり、俺が補佐としてこの街を支える。将来の不安がまるでない、素晴らしい家だ。


 ゼロイスト国ではゴーンラプは小さな街だが、それでも俺の就職先が消えることはない。


 ……ただ、兄さんとは気が合わないから、苦労しそうだけど。兄さんは、真面目で勤勉なんだよな。就職先が決まっているんだから、そこそこ頑張ればいいのに。


 今日だって、兄さんだけは家で領主補佐の仕事をしている。俺の祝福の日だっていうのに。


「ほら見ろジャン、もうみんな集まっているぞ」


 父さんのジュストが俺を持ち上げて、肩車する。40歳手前のジュストは、年齢に反して若々しい。領主としては、やや威厳が足りないが、住民たちからは親しみやすいと評判らしい。


 おっと……。俺はとっさに父さんの髪の毛をガシッとつかむ。緩くうねっている茶髪は、ほどよく縮れているのでつかみやすい。


「いたた……おい、あまり強くしないでくれ」


「そうよ。頭に手を置くだけにしなさい」


 母さんのジョゼフィーヌは、そう注意したあとボソッと「最近少なくなっているんだから」と言う。


 母さんは、父さんと違って目鼻立ちの通った顔立ちで、一言で言えば美人だ。肩まで伸ばしている金色の髪は、つやつやのさらさら。それがまた美しさを引き立てている、と館で働いているシェフのおっちゃんが熱弁していた。


 ……俺の髪は父さん譲りのくせっ毛なので、うらやましい。


「大丈夫よ父さん。友達のお父さんよりも、まだ髪があるから」


「アニエス、友達のお父さんには絶対に言わないであげてね」


 もちろん、と笑うアニエス。


 俺の姉で、母譲りの金髪を背中まで伸ばしている。俺の2歳上の14歳だ。街でも、領主家の美人親子として名を馳せている、とシェフのおっちゃんが教えてくれた。


 ちなみに、美人親子には、兄さんも入る。男だけど、美人が似合う顔だ。美人親子に、俺は入らない。このくせっ毛めぇ……。


 俺はどちらかというと父譲りだ。くせ毛で、顔も平凡。まあでも、父さんはちょっと抜けているところがあるけど、真剣になると格好いい、という母さんの言葉を信じるなら、まだまだ将来に希望が持てる。ハゲるかもしれないけど……。


 ただ、髪の色は、家族の誰にも似ていない。真っ黒だ。父さんの祖父が黒髪だったようだが、これは日本人だからだと思っている。


 髪の毛の将来を思い落ち込んでいた父さんは、気を取り直して言う。


「ま、まあ、それよりも、教会を見てみろ」


 教会前には、20人ぐらいの大人たちが集まっていた。そんな大人たちに囲まれて3人の少年少女いた。彼らはみな緊張した面持ちだ。


 なぜなら、今日でこれからの人生が決まるからだ。これは言い過ぎではない。


 これから教会で行われる祝福。今年12歳を迎えた子供たちが、ネスト教に入信する。その際、ネスト教の神様からひとりひとつずつ、スキルを授かるのだ。


 魔法スキルを授かれば魔法が使え、剣士スキルならば剣の腕前が格段に向上する。


 戦闘に役立つスキルなら冒険者や兵士、商売に役立つスキルなら商人に……そのスキルによって、将来へのレールが敷かれるのだ。

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