第2話 プロローグ2

 突然の登場に、店内の注目がイネスに集まる。


 うわぁ……鼻血出てるじゃん。痛そう。


「あの、これで拭いてください」


 心配そうな顔のヴィヴィが、ハンカチをイネスに渡す。


「た、助かります」


 ハンカチを鼻に当てて落ち着いたイネスは、注目されていることに気づく。かぁ……と顔が赤くなり、恥ずかしさからハンカチで顔を隠す。


 血が顔につくぞ。


「イネスさん、どうしたんですか?」


 ヴィヴィに言われて、イネスはハッとする。グッとハンカチを握りしめると、大声で言う。


「魔物の群れがすごい勢いで近づいています! スタンピードです!」


 店内に緊張が走る。


「冒険者はすぐにギルドに集まってください!」


 イネスの必死の訴えに、店内にいる冒険者たちは誰も動き出そうとせず、ただただ黙っている。


 違和感を感じたイネスは、困惑の表情を浮かべる。


「あのー、聞こえてましたか?」


 冒険者たちがスーッと目をそらす。


「え、なんで黙ってるんですか? 魔物ですよ。大量の魔物が来るんですよ!」


 冒険者たちは、こそこそと話し出す。


「どうする?」


「行かなきゃまずいよな」


「でもよぉ、これから決勝だぞ。俺たちがいない間に、優勝者が決まる!? ありえないだろ」


「大会を見届けるのは俺たちだ!」


 そうだそうだ、と店内中から声が上がる。


 おい、冒険者がそれでいいのかよ!


「え、え~みなさんちょっと!」


 イネスが声を張り上げるが、冒険者たちはステージに向かって、けっしょう! けっしょう! と声を上げて叫ぶ。


 ステージの上のジャネットは、俺を見ている。どうするのか、と目で聞いてくる。対戦者のフランクとリディーは、冒険者に混じって声を張り上げている。


 弱ってしまったイネスは、情けない顔で俺を見る。


「ジャンさん、どうなってるんですか? この人たち、早くギルドに行かせてくださいよ」


「俺に言わないでくださいよ。冒険者の相手はギルドの役目なんですから」


「この店はジャンさんので、ジャンさんは領主様のご子息じゃないですか!? 早くどうにかしてください」


 ジャネットに言って、大会を中止させるか。そうしないと、こいつらはギルドに向かいそうにないしな……。


 ジャネットに指示を出そうとしたとき、ヴィヴィが、チッチッチッ、と舌を鳴らし、人差し指を揺らす。


「店長、大会を中止にさせようと思っているんじゃないですか?」


「ああ。スタンピードが発生しているんだ。どっちみち、こんなことやっている暇はないだろ」


「ダメダメですね、店長は!」


 したり顔でヴィヴィが言う。


 イラッとする。


「この大会は、街中の人たちが注目するイベントなんです。この街の最強が決まるのを、いまかいまかと待っているんです! いいですか、大会を中止にしたら、暴動が起きます」


 ヴィヴィは声を潜めて言う。


「スタンピードの前に、ここの観客たちによって、街は滅びます」


 なんて最低な客たちなんだ。ヴィヴィの言葉は冗談にしても、いま中止にしたところで、ここにいる冒険者は街のために全力で戦うのか?


 観客たちがあげるコールはだんだんと大きく、力強いものになっていく。


 ……無理だな。


「ジャンさん、早く……」


 イネスが俺の袖をくいくいと引っ張る。


「わかった」


 俺はステージに向かう。観客たちは、俺が歩いているのに気づいて、道を開けてくれる。


 ステージに上がると、すぐさまジャネットが駆け寄ってくる。


「店長、どうします?」


 マイクに声が入らないように言うジャネットから、俺は無言でマイクを取る。


 この状況を収めるには、これしかない……。


 観客たちに向かって宣言する。


「決勝は続行。ただし、メダル授与式は、一週間後のこの時間に行う」


 マイクをジャネットに押しつけて、ステージから降りて、来た道を戻る。


 歓声が爆発する。観客たちは嬉しいのか、歩く俺の肩や腕をビシバシと叩く。


 ヴィヴィは立てた親指を向けていて、イネスは愕然としている。


「店長の許可が出ました! この街最強のゲーマーを決める戦いのはじまりだ!」


 二度目の爆発が起きる。間近で聞いてしまった俺は、とっさに耳を塞ぐ。


 耳がジンジンする。


 そのおかげで、イネスの抗議の声が聞こえずにすむ。


 はぁ……スタンピードよりゲームだなんて。


 やっぱり、ゲーセンは好きになれそうにない。


 店やるの失敗したかな……。

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