【二】勝ったら告白できる制度はありません
僕の名前は
—— ※ —— ※ ——
教室に入った僕は何度か瞬きをした。ちょっと驚いたからだ。窓際の一番後ろの席に、ぼんやりと外を眺めている同級生がいる。僕と同じ学ランを着ているが、女性だ。
以前、どうして学ランを着ているのか訪ねたが、答えは「え? こっちの方が似合ってない?」だった。まあ困ったことに、よく似合ってるんだな。身長170センチ、足もスラリと長い。この高校の中で、たぶん一番学ランを着熟している学生だろうな。
ちなみに校則には違反しない。この高校、学生服として男子は学ラン、女子はブレザーを設定していたが、性別までは校則に記載されていないのだ。記載ミス? どうもワザとらしい。高畑の学ランも問題視されなかった。
噂によると、この高校には制服逆転祭という奇祭があるらしい。その為に校則に性別による制服指定が無いというのだ。サッカー部の先輩に奇祭のことを尋ねてみたが、皆薄ら笑いをするだけで答えてくれなかった。不安だ。
僕が瞬きをしたのは、制服の件じゃない。
教室にそのまま入り、自分の席、つまり高畑の隣の席に座る。そしていつも通り挨拶してから切り出した。
「その髪、どうしたの?」
「……んあ? ああ、これか?」
高畑はあくびを噛み締めながら、ざらりと頭頂部の髪を自分で撫でた。短い。というかスポーツ刈りだった。確かに高畑は短髪だったが、それにしてもこれは短い。サッカー部で短くした僕よりも短いんじゃ無いだろうか。
「いやさ、昨日髪が伸びたなーと思って美容院にいったのよ」
「うん」
「そしたらさ、いつも行ってるトコが臨時休業でさ。さりとて『もう切ろう』って気分だったから、近くにあった千円カットに行ったのよ」
「ああ。もしかして千円カットと言う名の、料金千二百円に値上げしたあの」
「そうそう。あの実は千二百円だったカットの店で切ってもらったの。でもさ、オレ、いつもお任せで切り方とか指定したことなくって。丁度隣で、同じくらい短い髪の女の人がカットしてもらっていたから『隣の人と同じで』って言ったの」
「え? その女の人もスポーツ刈りに?」
「んにゃ。可愛いボブカット」
「んん?」
「……それがさ、オレの右隣はその女の人だったんだけど、左隣に野球小僧が座っていたんだよね……」
「ああ」
なるほど。だからスポーツ刈りになった訳か。でもあれだな。スポーツ刈りで良かったな。五分刈りだったらさすがに僕も笑いを堪えきれない。
「日本語って難しいよなー……」
憂い顔で外を見つめる高畑の横顔は、確かに絵になるなと思う。理由はヒドイが。
—— ※ —— ※ ——
——放課後。
「高畑はいるか!」
教室の扉をガラリと開けて、一人の男子生徒が乱入してきた。すっと高音が伸びる、ちょっと幼い感じの声。聞き覚えがある。まあほぼ毎日聞いているからな。
桜ノ坂高校一年。
名字から察する通り、西園寺グループの御曹司だ。目鼻立ちのはっきりした、ちょっと日本人離れした顔。そして少し青みがかった瞳。スペック通り、(ごく一部の層を除いて)女子に大変人気がある。
特に上級生女子の受けが良く、先日行われた生徒会主催の総選挙で弟にしたい男子生徒ナンバーワンを獲得した。でも普通総選挙って、生徒会メンバーを決める為にするんじゃないのかな。ただの人気投票だった様な気がする。
西園寺はまだ席に座っていた高畑の所までやってくると、腕を組んで胸を反らした。
「勝負だッ高畑! 勝ったらデートしてもらうぞ」
直球だ。いつも通りといっていい。まだ入学して間もないが、高畑から美佳原、そして西園寺から高畑への求愛はもはや桜ノ坂高校の名物といっていい。少なくとも全校生徒で知らぬ者はいないだろう。ちょっと美佳原は巻き込まれで可哀想な気もするが……。
「お、髪切ったんだね。よく似合ってるよ」
「お前喧嘩売ってる? ねえ売ってるよね?」
珍しく高畑が噛みつく。結構意外かも知れないが、高畑から喧嘩を売ることはまず無い。そこは空手家としてのポリシーなんだろうね。しかし怒るってことは、さすがの自称超絶美形美少女もスポーツ刈りは似合わないと自覚しているのか。あと西園寺、何でも褒めればいいってもんじゃないと思うよ。それは僕でも分かる。
高畑がすくりと立ち上がる。西園寺と胸を突き合わせて、バチバチと睨み合う。
いや訂正する。
高畑の胸と、西園寺の顔が突き合っている。
——西園寺は何でも持っていたが、ただ一つ。背だけは持ってなかった。
—— ※ —— ※ ——
勝負はサッカー場で行われた。周囲は野次馬に囲まれている。いやみんな暇なのかな。
今の時間はサッカー部が部活動をしているのだが(僕サッカー部)、なぜか部長はあっさりとサッカー場を西園寺に引き渡した。西園寺が部長に何か手渡していたシーンは、墓場まで持っていこうと思う。
勝負の内容はPK対決。先に五ゴールした方の勝ちだ。なお高畑が勝った場合は、一週間西園寺が学食から定食を教室まで運んでくることになっている。ちなみに今まで西園寺が勝ったことはない。前回はあんパン買いに行かされていたな。
「さあこいッ!」
西園寺が両手を叩く。日本代表のレプリカユニフォームを着ている。どこで着替えたのか。
高畑が蹴る。綺麗なフォームだ。さすがスポーツ万能と豪語するだけのことはある。ボールは勢いよくゴールポストの右上隅へ跳ぶ。西園寺は背が低い。絶妙なコースだ。
だが。
高くジャンプした西園寺の左手がボールを宙で掴む。片手でがっちりとキープしたまま、地に降りる。西園寺もやるな。
「はははっ、残念だったな! そんな見え透いたコースで点が取れると思ったか!」
「ほう、なかなかやるな」
高畑の目がきらーんと光る。どうやらスイッチが入った様だ。あまり良い予感はしない。
次。西園寺のキック。これは高畑が易々と弾いた。西園寺のキック、悪くはないが相手が悪い。高畑は手も足も長いからなー。
そしてまた高畑のキックになる。
「さあこいッ! このボクから点を取れるのならなッ!」
西園寺が両手を広げて挑発する。それに対し、高畑は冷静だ。深く息を吐く。駆け込むことはせず、ボールの傍に立っている。ゆっくりと足を上げ、
「……
そして振り下ろす。
バチッ
何かボールが発してはいけない音がした様な気がした。
がくりと前のめりに倒れ込む西園寺。ぎりぎり見えた。高畑が蹴ったボールは西園寺の腹を直撃したのだ。腹にめり込んだボールは地に落ち、ころころと転がってゴールラインを越えていく。一点だ。
「これで勝負ありだな」
高畑が勝利宣言する。しかし西園寺は立ち上がる。胃液で口元を汚しながら、足をがくがくいわせながらも、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……ま、まだ…勝負はこれからだぜ……」
「ほほう」
高畑が感心した様に腕を組む。あー、完全に高畑のスイッチが入った。たぶん手加減しないね。
「
「鳳凰乱舞ッ!」
「天地牙爪ッ!」
「狼麗騎通ッ!」
「ぐはあッ!」
結局、西園寺は五回吹き飛んで負けた。まあそりゃ西園寺はガクガクで満足にボール蹴れなかったからな。終わってみれば、高畑のワンサイドゲームだった。
高畑は満足した顔で、西園寺に歩み寄った。
「勝負はオレの勝ちだが、お前結構根性あるんだな。見直したぞ」
「くっくく……これで勝ったと思うなよ……第二第三の西園寺がお前を……」
ふらふらと西園寺が立ち上がる。意識朦朧としているな。何やら訳の分からんことを口走っている。
「いやーホント、オレの奥義を五回も受けて立ち上がるなんてね。道場の連中に見習わせたいものだ」
「ふん、世辞はいい。」
「まああれだ。なんでそんなにオレに告白したがるのさ? オレ好きな人いるから絶対受けないよ」
「そこは関係ない。僕が好きになったから告白する。ただそれだけだ」
「なるほど。ますます気に入った。好きにはならないけど」
不意に。高畑は西園寺の顔をがっとりと掴むと、
——キスをした。
野次馬たちが沈黙する。僕も思わず固まった。あれ? 今までの流れでそういう雰囲気あった?
「……まあ、これで勘弁してやってくれ。ん、酸っぱいな? ああ、お前の胃液か」
高畑は屈託泣くと笑った。
野次馬たちが騒ぎ出す。悲鳴、怒号、囃し立てる声、様々だ。西園寺はその渦中で、完全に放心していた。
「……うっ、うわあああっ!?!」
やがて正気に戻った西園寺は、顔を真っ赤にして悲鳴とも泣き声とも分からない嗚咽を残して走り去っていった。うん……まあ、気持ちは分からなくも無い。
「なんだよ西園寺、礼ぐらい言ってもいいだろ」
急に居なくなった西園寺に目を丸くした高畑は、ちぇっと少し毒づいた。
「高畑……今のは西園寺が可哀想だよ。それは僕にも分かる」
「え?」
——桜ノ坂高校一年。
オレの性別を言ってみろッ! 沙崎あやし @s2kayasi
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