オレの性別を言ってみろッ!

沙崎あやし

【一】これは愛と勇気の物語である



「 ラ イ ダ ー キ ッ ク ッ !!」



 聞き覚えのある掛け声と共に、オレの身体は宙を舞った。それはもう見事に舞った。ハリウッド級だった。桜坂の坂道を、上から下まで転げ回り、桜の木に叩きつけられる。舞い散るは桜の花びら。ははっ雅だね。学ランに花びらが纏わり付く。


 だがそれで諦めるオレじゃあない。

すくっと立ち上がり、残像を残しながら(※本人の感想です)坂上へと駆け上がる。


「だ、大丈夫、アキラちゃん?」


坂の上には眼鏡を掛けた美少女が、おろおろしている。絹糸の様な長髪に桜の花びらがついている。うん雅だね。だが君の美しさには叶わないよ。ハハッ。


「ああ大丈夫さ、楓。邪魔が入ったね。さ、場所を変えて愛の告白を続けようじゃないか」

「しつこいッ!」


 少女の声が響いて、風を切る音がする。だが二度も食らう間抜けじゃ無い。オレは身を屈め、相手と同じ上段回し蹴りを繰り出す。空中で交差する脚と脚。


「楓が嫌がってるっていってるでしょ!」


 蹴りの主は女子高生だった。おいおいスカートでの上段回し蹴りは、はしたないぞ。女の武器はそうほいほい見せるもんじゃあない。


 女子高生の名は君銀桐子きみがねとうこ。オレの幼馴染みなので、えー誠に遺憾ながら(※国会中継的な顔で)知り合いなのでアリマス。このオレの恋路を邪魔する天敵だ。ちなみに同じ空手の道場に通っている。


「と、桐子ちゃん、わ、私は別に嫌がっているわけじゃ……」


 そして今、桐子の制服の袖口をちょんと引っ張っている可憐な少女(同じ女子高生だ)が美佳原楓みかはらかえでちゃんだ。眼鏡が似合う超美少女で、オレの愛の君だ。眼鏡が似合い超美少女で! 眼鏡が似合うち(以下無限ループ)。


「でもコイツに告白されて困っているでしょ?」

「そ、それはそうなんだけど……」

「はは、そんな馬鹿な。この超絶美形のオレを拒む理由がどこに?」


 歯をキラーンと輝かせる。破紙十部はしとべ流空手奥義、螺衣音らいおんである。なに、空手は全てを解決する。おはようからおやすみまで。奥義を極めればこの程度簡単である。


「……その自信は、本当にどこから出てくるのかしら?」


 桐子がこめかみを押さえている。失敬な。オレは客観的事実しか述べていないぞ(※個人の見解です)。


「はあ。まあいいわ。面倒だからさっさと終わりにするわ」


 桐子は溜息と共に、手を伸ばした。楓の方へと。


「?! ま、まさか貴様ッ!」


 出遅れた! オレも手を伸ばすが、桐子の方が一歩早い。桐子の手は楓の……眼鏡に触れ、そして外した。


「うわああああああああああッ!!」


 オレの絶叫が桜坂に響き渡った。魂を引き裂く様な、そんな叫びだった。坂の上にある高校から学生たちが出てくる。下校途中の学生たちがそんなオレを見つめては、苦笑して坂を下りていく。


「き貴様ッ! 眼鏡っ娘の眼鏡を取るとは、ななななんたる暴虐ッ! 超美少女が、ただの美少女になってしまったではないかあああッ!」

「なにいってるのか分からない。アンタと同類に見られたくないから先帰るわね。いこ楓」


 何か非常に見下す様な視線で桐子がこちらを見ている。不覚ッ! この様な蛮行をオレの眼前で許すとは! だがあまりのショックにオレの脚はガクガク震えてしまって、反撃出来ない。

 くそ、不甲斐ない! それでも眼鏡っ娘保護保全同盟の特攻隊長かッ!


「ごめんねアキラちゃん……アキラちゃんのこと好きだけど、その、ごめんね」


 桐子に手を引かれて、眼鏡を失った楓が去っていく。ああ、我が君よ……。オレはただそれを見送ることしか出来ず、その姿が坂の下に消えるとバタリとその場に倒れた。ああ、無念……。


「あー、高畑。こんなところで寝るんじゃないぞ」


担当教師の非情な声が聞こえた気がした。







 ——オレ、高畑晶タカハタアキラは、青春真っ只中だった。







 ——翌日。

オレはちゃんと登校していた。校舎の四階が一年生の教室だ。オレの席は一番窓際の一番後ろだ。なぜかって? 定番だからな(※個人の見解です)


「ようアキラ、お前またやったんだって?」


 頭髪をスポーツ刈りにした男子生徒がオレに話掛けてくる。名前を本条武士ほんじょうたけし。入学早々サッカー部期待の星となった男だ。ちなみに中学時代は茶道部。つまり天才ってやつだ。このオレも、ヤツの蹴り技には一目置いている。惜しいな、空手の道に進めば蹴りだけで世界を獲れたかもしれないのに……。


「やったって、何をだ?」

「楓ちゃんのことだよ。入学早々何回目だよ。もはや校内でお前を知らないヤツいないんじゃないの? ぶはははっ」

「ふん。オレはオレの気持ちに正直なだけだ。何を憚る必要がある」

「まあ、そりゃそうかもしれないが」


 なんか周りがきゃあきゃあ五月蠅い。主に女子だ。ふん、また仕方あるまい。オレは超絶美形、本条もオレには劣るがまあ美形だ。女子が姦しくする理由も分からんでも無い。


「……ん?」


 オレは窓の外に意外なものを見つけた。桐子だ。桐子が校舎裏を歩いている。それだけでは無い、彼女は数人の女子と一緒だった。


「どうした?」

「んー、なんかね」


 様子がオカシイ。周りの女子たちは桐子を取り囲む様な感じで歩いている。それはやがて体育館裏へと消えた。




  —— ※ —— ※ ——



「なんか用?」


 周りを女子で囲まれた桐子が、リーダーらしい子に話しかけた。強気だ。リーダーっぽい子は髪を金髪に染めていて、スカートは足の踝ぐらいまでもある長いのをはいている。なんだか分かりやす過ぎて、実は良い子なんじゃないかと思えてきた。


「おい一年坊ッ! おめえよくも昨日ダチに手ぇだしてくれたじゃねぇか」


 そんなことは無かった。見たままでした。


「なによ。今時カツアゲなんて天然記念物でもしないわよ!」


 桐子が今にも逆に食って掛かりそうな勢いで吼えている。なるほど見えてきた。あの見てから分かりやすい不漁、いや不良たちの仲間がどこかで人間国宝行為であるところのカツアゲ行為をしていたのだろう。

 それを桐子が見かけてライダーキックしたと。そんなところだろう。桐子は子供の頃から正義感が強かったからな。オレも昔はよくダブルライダーキックをさせられたものだ。


「粋がるのも、その辺にしておいたほうがいいぜ?」


 リーダー子が一歩歩み出る。


「!」


 桐子が何かを察して一歩下がる。その前髪を、吹き抜けた風が乱す。

リーダー子が前回し蹴りをしてきたのだ。うむ。なかなか悪くない。と中空に静止したリーダー子の足が更に動く。下右左と、足を地面に下ろさず連続で蹴りを入れてくる。

 桐子は全て躱した。口元を拭って、ゆっくりと「構え」を取る。


「蛇蝎脚ね……」

「ふひひっ、空手を使えるのはおめえだけじゃねぇんだよ!」


 刹那、桐子とリーダー子の拳と脚が空中で激しく交わる。桐子の正拳突きを流し、しかしリーダー子の足払いも跳んで躱される。いい勝負だ。だが……


「ぐはっ!」


 リーダー子の身体がくの字に曲がる。桐子の膝が腹部にめり込んだ。更に後頭部に肘を落とそうとしたところを、リーダー子は横に転げ回って辛うじて躱す。うむ、破紙十部はしとべ流空手奥義、天槌牙鞘てんついがしょう、最後まで決まらなかったな。桐子が未熟というよりは、相手が良く躱したというべきか。


「もう懲りた?」


 桐子が事実上の降伏勧告を行う。勝負あったな。桐子はまだ得意の蹴りを出していない。


「ま、まだだよおおッ!」


 しかしリーダー子は諦めない。立ち上がり、正拳突きを繰り出す。だが悲しいかな、桐子は見切っている。繰り出した正拳は鼻先で止まった。


 この瞬間、リーダー子はにやりと笑った。


ぱっ。


何かが捲かれた。


「?!」


 桐子が思わず目を閉じる。体勢が崩れる。リーダー子がすかさず前蹴りを繰り出す。それは桐子のみぞうちに命中する。その場に倒れ込む桐子。


「…く、う…卑怯よ……」


 桐子が目を擦る。その目は赤い。たぶんリーダー子が砂を拳に握り混んで捲いたのだろう。


「ひはははっ、何言ってんだよう! 勝った方が正義なんだよおっ!」


 ここは世紀末都市ですか? 仮にも女の子がそんなこと言っちゃいかんと思うよ。


 見かねてオレは体育館の影から歩み出た。


「桐子、まだまだだなあ。目つぶしなんて基本中の基本だろう?」

「……アキラ?!」


 桐子が驚いた表情でこっちを見る。オレは桐子のところまで歩み寄り、腕を引いて立たせてやる。スカートをの埃を落としてやり、桐子の顔を両手で挟んでじっくりと見つめる。目は、大丈夫そうだ。


「なっ…、なにすんのよ!」


 桐子が赤い顔をして両手を引き剥がす。なんだよ、折角見てやったのに。


「んだよでめえはよッ!」


 なんとなく無視されたリーダー子がオレに殴りかかってくる。正拳突きだ。オレは後の先で、相手に正拳突きを見舞う。後の先。つまりオレの拳の方が先に届く。


「ぐはッ!」


 リーダー子の顔面に拳が弾着する。鼻血を出しながらよろよろと後退し、しかし回し蹴りを繰り出してくる。おお、その体勢でよくもまあ。しかしそれもオレの方が速い。回し蹴りを回し蹴りで迎撃する。桐子の時は引き分けだったが、リーダー子とはオレが勝った。蹴りの勢いに負けたリーダー子の身体が宙を舞い、地に落ちる。その周りに取り巻き連中が「リーダーッ!」と集まってくる。


「てっ、てめえ卑怯だぞ! 『男』の手を借りるなんて!」


 誰かがそう言った。誰が言ったかは分からない。リーダー子だった様な気もするし、そうでない気もする。しかし、それは些事だった。そう、全くの些事だ。






「——誰が『男』だって?」







 オレはもう無意識に動いていた。桐子がオレを止める何かを言っていた気もするが、もう耳には入っていなかった。

まさにスイッチが入ったのだ。


「もう一度、


 はあああっと全身に怒りがこみ上げ、それは学ランの上着のボタンを弾け飛ばした。それどころかシャツのボタンも飛び散り、そしてその下から矯正ブラの拘束を突き破って胸が露出した。



 胸。



 それはそれは大きな胸が。




 不良たちの顔が青く染まる。しかしもうオレは止まらない。をつかまえて男呼ばわりとは、どういうことだッ!




 ——第一限の授業開始のベルと共に、校舎裏に不良たちの悲鳴が響き渡った。








 高畑晶タカハタアキラ。高校1年。性別、超絶美形美少女。

——これは彼女の、愛と勇気の物語である。


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