懲罰 吉田ラグビースクール戦
「なぜ俺が前半で交代なんですか。」
半ば怒り露わに、俺は松落に詰め寄る。いつの間にか後半のホイッスルは既に鳴っており、相手ボールのキックオフを山本がキャッチした。松落は、グラウンドを見つめたまま、少し間をおいて答えた。
「試合は何のためにするんだ。」
「勝つためです。」
俺は間髪入れずに答えた。勝負事に勝とうとする。なんと当たり前な疑問を松落は呈するのか。俺の答えに対し、松落はただ視線をくれただけで、それ以上問答を続けようとはしなかった。リズムを崩され、俺も黙り込む。先ほどまでキックオフからカウンター攻撃をしかけていたはずの有来高校は、いつの間にか相手にボールを奪われ、自陣深くまで攻め込まれていた。見ているだけでわかる。圧倒的に経験値が足りない。あれは、砂田だろうか、自陣ゴールラインの十五メートルほど手前のグラウンド反対側で、何とか相手の足首にすがるようなタックルで敵の攻撃を止めたが、吉田ラグビースクールは既にその接点を起点にした攻撃を展開する準備ができている。対して、その攻撃に対応するためのディフェンスラインを、有来高校は全く整備できていない。吉田ラグビースクールは、セオリーどおり、奥から手前に展開すれば、有来高校のディフェンスは追いつけず、トライを奪われるだろう。松落との間で止まった会話を、再開させたのは俺のほうからだった。
「なぜ山本を俺と交代で使ったんですか。いくら経験が浅い段階でポジションも流動的とはいえ、あいつはフォワードでしょう。バックスの俺と代えたらバランスが崩れます。」
「スタンドオフは、砂田がお前の代わりにセンスでなんとかこなすはずだ。そして、砂田が前半でこなしていたスクラムハーフだが、このレベルの試合なら、極端な話、器用であればスクラムハーフは務まる。山本は器用だったろう。」
「ポイントはそこじゃないです。手前味噌ですが、うちのチームの攻守の要は僕でした。」
ちょうど長いホイッスルが鳴ったところだった。吉田ラグビースクールのトライだ。前半辛くももぎ取ったリードは、前半開始後プレーが切れる間もないままに無くなった。
「抜けたとたんに……」
「お前は勝ちたいのか。」
松落が俺に問う。
「もちろんそうです。」
「本当にか。」
「決まってるじゃないですか。」
「違うだろう。」
ずっとコートを見つめていた松落が俺のほうを向いた。その瞳は、情熱に燃えているようにも、ひどく冷めきった諦観に染まっているようにも見える。
「お前は、ただ負けから逃げてるだけだ。」
それは勝ちたいことと何が違うんだ。松落は、俺の考えを見透かしたように話を続ける。
「この言葉の意味がわからない奴がグラウンドに立っても意味がない。」
「あいつらは全員分かってるっていうんですか。」
むきになって言い返す俺を、松落は何の気になしにいなす。
「今日までは分かっていない奴もたくさんいただろう。もしかしたら、ずっとわからないままの奴もいるかもしれない。でも、こういう敗戦を経験することによって気づける奴はたくさんいる。今日はそのための”負け試合”だ。」
松落は、黙っている俺から視線を外し、再びグラウンドのほうを見やる。
「ただ、お前は、今日の敗戦から何も学べない。そう判断したから前半で代えたんだ。お前、自分はラグビーがうまいと思ってるだろ。」
相変わらず沈黙する俺。
「実際にうまいよ、お前は。中学の頃も県選抜だったんだろ?」
「結局何が言いたいんですか。」
「それは自分で考えろ。ただな、これだけは言っておく。俺はこのチームで花園に行きたい。だからな、お前にも生まれ変わってもらわなきゃいけないんだ。」
高校ラグビー全国大会の通称を口にする松落。急に熱くなった顧問に対し、俺は反抗期の少年のように口答えする。
「行けるわけないじゃないですか。俺たちは、何の変哲もない県立高ですよ。ラグビーに番狂わせが起きづらいのは、先生も知ってますよね。」
「知ってる上で言ってるんだ。」
力強く言い切る松落に、俺は黙るしかなかった。防戦一方の試合は、その後も反撃ののろしが上がることもなくノーサイドとなった。
五対五十五。その大敗が俺たちの初陣だった。
スタンドオフ @maisakashu
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