ラインアウト 吉田ラグビースクール戦
前半 十一分
有来高校ラグビー部 五-〇 吉田ラグビースクール
タッチランの外へボールが出たら、相手ボールから再開する。これは、多くの球技と共通する点だ。ラグビーの場合は、ラインアウトによって試合が再開される。スローインのようにボールを頭の上から両手で投げ入れることはサッカーと共通しているのだが、ラインアウトには、フォワードのみが参加し、バックスは離れたところにいなければならず、それぞれディフェンスラインとオフェンスラインを形成することになる。フォワードの数名がタッチラインに対して両チームそれぞれ垂直で一列ずつに並び、そこにボールを投げ込む。投げ込まれたボールを、両チームは取り合うことになる。このとき、ボールを投げいれるチームは、暗号(サイン)を交わすなどして、どのタイミングで、どこに、どの速度で投げ入れるかを仲間内で共有し、相手にボールを奪われないようにする。
先ほどにキックで、俺は、自陣から見て右サイドにボールを蹴り出した。向かって右のタッチラインにフォワードが集結し、相手オフェンスラインと俺たちのディフェンスラインは、向かって左方向へ引かれる。
「サイン」
頭の上でボールを構える吉田ラグビースクールのスローワーが、声を発する。
「サイン」
これを、吉田ラグビースクールの一列に並んだフォワードのが復唱する。
「五、二、一、八」
「五、二、一、八」
同様に、スローワーの言ったサインを、ほかのフォワードが復唱する。この暗号のような言葉に、こう言ったらここに投げる、というのを予め決めておくのがラインアウトのサインだ。
「アップ!」
掛け声とともに、吉田ラグビースクールのフォワードが二人がかりで、一人のフォワードを持ち上げる。こうして、プレーヤーを持ち上げることで、相手より高い位置に行き、ボールを邪魔されることなく、安定的に受け取ることを狙う。
吉田ラグビースクールは、慣れた様子で難なくボールをキャッチした。フォワードから、スクラムハーフへ、そしてスタンドオフへとボールが渡る。スクラムハーフがボールを手放した瞬間、バックスも動くことが許される。俺たちは、相手のほうへ走りだし、プレッシャーを掛ける。相手スタンドオフは、すんなりと第一センターへボールをパスした。そのとき、視界に違和感を覚えた。何かが通常の配置と違う。その原因に思い至るより先に、俺は、グラウンドの左後方、ほぼ対角線のコーナーを目指して走り出した。
吉田ラグビースクールの第一センターは、これまたすんなり第二センターにボールをパスした。さらに第二センターは、ウイングにボールをパスする……と思いきや、ウイングと第二センターの間に走りこむ敵の影があった。敵フルバックだ。
通常、ディフェンスのときには、自分と同じポジションの敵をマークすることになる。スタンドオフは、相手のスタンドオフをマークし、第一センターは第一センターをマークする。ただし、フルバックは、ディフェンスラインに参加しておらず、後部で最後の砦としてディフェンスの最終防衛を任されるとともに、キックに備える。このため、相手のフルバックが攻撃に参加すると、それをディフェンスするプレーヤーが足りなくなる。これを「余る」という。もちろん余った場合でも、直ちにディフェンスライン突破、引いては失点に繋がるわけではない。ただし、それは余った場合のディフェンス方法を心得ていた場合だ。そう、俺たちは、その技術がまだない。
マークを外した敵フルバックは、ボールを受け取ると、有来高校ラグビー部のディフェンスからタックルを受けることなくディフェンスラインを突破した。クリーンブレイクだ。こうなると、フルバック同士の一騎打ちだ。
「酒匂!内側には抜かれるな!」
俺は、大声でフルバックの酒匂に指示を出す。相手を外側に追い込めば、タッチラインに阻まれ、やがて相手は取りうる進路が限られるようになる。しかし中央側に抜かれてしまうと、相手にプレーの幅を与えてしまう。
酒匂はベストを尽くした。体を半身内側に構えながら、相手のステップを読み切ろうと腰を落とした。敵フルバックが迫る。敵もやや沈み込み、内側に重心を落とした。敵の左足に重心のあるのを見た酒匂は、無意識に同じ方向へ重心を置いた。その時であった。敵の左足は、強く地面を蹴り上げた。鋭く切り裂くようなステップであった。敵は、反復横跳びでもしたかのように急速に進路を右、すなわち外側に変えた。重心を内側に置いた酒匂はなすすべもなく置いて行かした。敵は、ハーフウェイラインをあっという間に超え、自陣二十二メートルラインに迫る。デンジャラスゾーンだ。
しかし、いくらスムーズなステップとはいえ、直進するよりは遅くなる。俺はその間も、一心不乱に左後方を目指す。酒匂は、内側だけは絶対に抜かれないようにすることで、外側に敵を導いてくれた。つまり、敵が走るコースは俺と同じ、左後方だ。
俺は、足が速くない。小学校でも中学校でも、コンプレックスに感じていた。それでも、俺がラグビースクールにいたときは、エースに敵いこそしないものの、チームに貢献し続けた。ただ、プレーの先を読むことによって。俺は、ずっと前から走り続けていた。ラインアウト後に、敵スタンドオフが、第一センターにパスをしたその時から。足の遅い俺でも、酒匂の献身もあり、相手の走るコースを潰すことに成功した。ゴールラインまで、十メートルのところに引かれた十メートルラインに相手が差し掛かるとき、俺と敵フルバックは一対一のマッチアップになっていた。そしてタッチラインまでは約五メートルだ。
一対一の対決では、ラグビーでは攻撃のほうが有利だ。ただ目の前の敵に捕まらないように走り続けばよい。さらにここは十メートルライン上。捕まったとしても勢いでインゴールになだれ込むことができる。
ただ俺には一日の長がある。一対一の対決、さらに得点機のそれは、緊張するものだ。確実に点を取りたいという意識が働く。それに、彼はここまで長い距離を独走してきた。体勢からすれば、外側をこのまま逃げ切るほうが、彼にとっては楽だろう。逆にここで内側に切れ込むのは、自分にかなり自信がなければできない。いったん自分の勢いを自ら殺すことになるからだ。
俺は、誘うように、ほんのわずか一瞬だけ、右肩、つまり内側の肩を落とした。敵フルバックもラグビー歴は長い。その一瞬を見逃さず、内側に切れ込むフェイントを入れると、外側へステップを踏んだ。酒匂を抜き去った時と同じ動きだ。酒匂と俺が違ったのは、酒匂は重心を内側に落としたのに対し、俺は重心を内側に落とすふりをしたことだ。つまり、相手に外側にステップを踏まれても、すぐについていくことができる。俺は、左肩を相手の胸元に突き刺すようにタックルをする。そのまま敵もろともフィールド外に倒れこんだ。レフリーが笛を吹き、ボールがフィールドの外に出たため、所有権が有来高校に移ったことをジェスチャーで指し示す。すんでのところで無失点を貫く、トライから味方を救うタックル、トライセーブタックルであった。
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