キック 吉田ラグビースクール戦

前半8分


有来ありく高校ラグビー部 5対0 吉田ラグビースクール


 トライ後の試合再開は、再びキックオフによって行われる。ラグビーの一般的なルールでは、トライを取られたチームがキックオフを行うが、中学生以下のカテゴリー、すなわちジュニアラグビーでは、トライを取ったほうがキックオフを行う。

 俺は、グラウンド中央で、二度三度、地面にボールをバウンドさせると、まだトライの興奮冷めやらぬといった感じのチームメイトに相手に声を張った。

「ここのディフェンスしっかりいこう。全員で包囲網を作るように、一列になって相手を囲むんだ」

 先制点を付けば、弾みがつく。だが、敵の奮起を誘うことにもなる。今回のように、まともにやりあったら勝てない相手を出し抜き、勝利をもぎ取ろうとするときは、そのことが大きく響いたりする。逆に、先制点の後をしっかり守り切れば、だんだんと敵は焦り、どんどん流れはこちらに来る。

 ボールを頭の上に軽く掲げ、ハーフウェイラインに一斉に並ぶ仲間たちに、キックの合図を送る。そして、先ほどより、少し浅めにボールを蹴りこんだ。ボールを敵陣深くに蹴りこむと、敵陣ゴールに近い位置でプレーできることになり、陣地獲得上は有利だ。その位置でボールを奪うことができれば、得点のチャンスとなるからだ。また、相手にとっても、自陣深い位置からだと、こちらのゴールは遠く、守備の観点からも余裕ができる。一方で、敵陣深くボールを蹴りこむと、こちらのディフェンスが敵のボールキャリアに迫るまでに時間的・空間的猶予ができる。攻撃側としては、攻撃方法を考える時間や選択肢を多くとれるため、ディフェンスを突破される危険は高まる。最初のキックオフで、ディフェンスラインを突破されているため、安全のためにここは浅めに蹴りこんだ。

 先ほどはディフェンスラインが突破される懸念から、彼らの後を追ったが、今度はセオリーどおり相手のキックを警戒し、ハーフウェイライン付近にとどまった。期待したとおりに、味方ディフェンスは、敵にタックルし、接点と呼ばれる倒れた攻撃選手とそれをサポートする仲間、それにタックルした守備側選手たちの集まりができた。俺は、相手の布陣から感じ取った。蹴ってくる。予想に違わず、ボールが飛んできた。ちょうど、ハーフウェイラインから五六メートル前進したところまで飛びそうだ。すばやく落下点に入り、ボールをキャッチした。相手がボールをキックして、それをキャッチしたときは、相手選手と自分の間にスペースがあることが多く、あらゆる選択肢が取りうることが多い。

 ラグビーとは、簡単に言えば陣取りゲームだ。ボールをより、陣の前に進め、ゴールまでたどり着くことで得点になる。陣取りに当たって、ラグビーにおいては、大きく四つ選択肢がある。ラン、パス、キック、ヒットだ。すなわち、自身で走って前進する、味方に球を渡して味方の前進を期待する、ボールを蹴って前進する、ボールを持った状態で相手に体当たりして接点を作り再度攻撃の機会を伺う、だ。一番いいのは、ランだ。走ってそのままインゴールに行き、トライをできれば一番いい。それに準ずるのがパス。味方がランで得点まで行ければ、これももっとも楽な得点方法だ。それらができないときに、キックを使うと、ランよりはるかにボールを前に進めることができるが、多くの場合において、相手にボールを取られてしまう。ヒットは、相手に捕まるため、前進できないばかりか、相手にボールを取られる可能性も出てくる。これらのどれを選択するのかが、ラグビーにおける戦略であり、これは複雑だ。ランの選択が一番いいとはいえ、自陣深くでは、万が一ボールを取られた場合に失点につながるおそれがあるから、キックを選択したほうがいい場合もある。味方にパスができる場合でも、キックによって、相当程度ボールを前に進めることができる場合には、キックを選択するなど、それぞれの選択のベネフィットとリスクを衡量してプレーすることなる。

 俺は、ボールをキャッチすると、周りを見渡した。近くには、味方はフルバックの酒匂のみ。前方からは、多数の選手がこちらに迫ってくる。これには、味方も敵も入り乱れている。ここで敵に捕まると味方の援護は期待できず、ボールを失うリスクがある。さらに敵の陣容を観察すると、敵ディフェンスはボールを追いかけ俺に迫ってくるのに必死で、グラウンドの右前方に選手がいない。俺はゆったりと余裕をもったモーションで右奥へのボールを蹴りこんだ。誰もいない地点に落ちたボールは、しばらく転がると、そのままグラウンドの外へ出て行った。ちょうど、二十二メートルラインを少し入ったあたりだ。この場合、ボールの所有権は相手に移り相手ボールのセットプレーで再開だが、二十二メートルラインを超えたところという敵陣深くまで入ることができたので、プレーとしては成功になる。

 さあ、前回のセットプレーでは、こちらの得点となった。セットプレーで、よく試合は動く。ここは、前半のターニングポイントだ。

 

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