大きな中学生

プラン

 俺たちに作戦はない。なぜなら、作戦を組み立てるだけのチームワークの練度がない。たとえ経験者が集まったとしても一か月でのチームプレーには、限界がある。そうであるならば、俺たちが勝つ道はどこにあるか。それは、個人技だ。当たり前の話として、中学生より、高校生の方が圧倒的にフィジカルで勝る。さらに言うならば、殊俺に関しては、フィジカルでも技術でも優位にある。俺がこのクラブチーム出身なのだから当然だ。俺たちは、よりシンプルな試合運びを目指す。シンプルなプレーこそ、基礎的身体能力が勝負の鍵となるからだ。

 ラグビーは、十五人でプレーするスポーツだ。その中でも大別すると、フォワードとバックスに分かれる。簡単に言えば、フォワードは八人のパワー集団だ。スクラムと呼ばれる押し合いのセットプレーや、モールと呼ばれる密集などで、力を発揮する巨漢が多い。対してバックスは、七人のスピードとテクニックの集団だ。フォワードが力ずくで獲得したボールを、技術と走力を駆使して相手ゴールまで運ぶ。そのため、俺たちが勝つには、フォワードが力で圧倒するか、バックスが速さで圧倒するかだ。ラグビーには、このような明確な役割の違いがあるため、試合前のミーティングは、フォワードとバックスに分かれて行われることも多い。俺は、小学生のころからずっとバックスだったため、今回もバックスとしてプレーをする。

「ポジションごとの役割は覚えてきたか?」

 俺は、バックス陣に話しかける。バックス陣は、砂田豪、俺、小田聡志、長山昭雄、佐藤翔太、鈴木孝弘、酒匂だ。彼らは神妙な顔で一様に頷く。それは、試合へ向かう引き締まった表情というよりは、初陣の緊張のほうが強そうだ。

 バックスの中でもいくつかのポジションがあり、それぞれ役割が別れている。まず、前提として、ラグビーにはオープンサイドとブラインドサイドという概念がある。ラグビーでは、ボールの位置は常に動き続けるため、多くのケースにおいて、グランドの左右中央にボールがあると言うことはなく、常にどちらかのタッチライン(ほかのスポーツでいう、サイドライン)に近いところにボールがある。そのとき、広い側をオープンサイド、狭い側をブラインドサイドという。通常は、オープンサイド側に、オフェンスラインと呼ばれる攻撃陣の布陣を斜め後方に引いていく。斜め後方に引くのは、ディフェンスラインと呼ばれる守備側の布陣から距離を取り、攻撃を仕掛けるための余裕を確保するためだ。

「今日のゲームプランは至ってシンプルだ。最速でウイングにボールを集める。ウイングは、全力で走って、相手から逃げながらゴールを目指す、それだけだ」

「つまりどういうことだ?」

 鈴木は、いまいち理解が追いつかないようだ。俺は、短く言い切った。

「ポジションごとに順を追って説明していく」

 俺はまず砂田の目を見た。

「豪はスクラムハーフだ。フォワードが獲得したボールをスタンドオフへパスするのが役目だ。だから、お前は常にボールがあるところへ駆けつけろ。そしてボールを確保したら、スタンドオフである俺へパスするんだ」

「分かってる。スタミナには自信があるよ」

 ランニングでも常に真面目に走っている砂田が、自信げに胸を張る。俺も頷いた。初日の練習で繰り広げていた暴投の連発は忘れることにする。

「俺はスタンドオフとして、基本的には常に豪からボールを受け取る。俺が司令塔としてゲームを組み立てるわけだが、さっきも言ったように今日はシンプルな試合運びを目指すため、そのまま小田にパスすることが多くなるだろう」

 小田がやや緊張した面持ちになる。小田は、第一センターと呼ばれるポジションだ。スタンドオフからオープンサイド側の隣にいるのが第一センターだ。続いて、第二センター、ウイングと並んでいく。

「小田は、一センだ」

「一セン?」

 小田が聞き返してくる。

「悪い、第一センターの略だ。スクラムハーフからまずボールを受け取るスタンドオフと、コートの一番外側にいるウイングの間にいる二人がセンターだ。スタンドオフに近いほうから第一センター、第二センター。今日のゲームプランは、ウイング、つまり一番外側にいる人間にボールを集めることだ。お前も俺と同様、今日はパスに徹するケースが多いだろう。」

「そうか」

 小田は少しほっとした表情を浮かべた。シンプルな役割で緊張がややほぐれたのだろうか。

「ただ、本来は、相手のディフェンスラインの中央突破も図るポジションだ。隙があれば、正面突破も狙っていいぞ」

 小田は、いけそうだったらな、とはにかむ。

「第二センターの長山は、小田の隣だ。今回は、難しく考えすぎず、小田と同じ役割と思ってもらって構わない」

 「そして佐藤と鈴木。お前らは、ウイングだ。佐藤が右ウイングで、鈴木が左ウイング。簡単に言えば、佐藤は常にグラウンドの一番右、鈴木は一番左にいろ。グラウンドの一番端が定位置のということは、お前らより外側には選手がいないことが多いってことだ。つまり、快足を飛ばし、追いつかれずに外側へ逃げ切ることができれば、あとは敵陣に向かって一直線だ」

 佐藤と鈴木は、同時に頷く。

「最後に酒匂、お前はフルバックだ。フルバックはその名のとおり、フィールドの最後方で、相手の攻撃を食い止める最後の砦だ。フィールドの後方には、相手のキックしたボールが飛んでくることもある。それをキャッチしてカウンターを仕掛けるのもお前の役目だ。キックをキャッチするため、落下地点を目測するのはコツがいる。そういう意味では、元野球部の酒匂は適任だ」

「佐藤と鈴木は二人とも五十メートル六秒台前半。佐藤に至っては六秒フラットだ。中学生でそこまで早い奴はなかなかいない。今日は、佐藤と鈴木にボールを集めて、二人が逃げ切る。これで行くぞ」

 おう、と男たちの声がこだまする。その声の響きには、勝てる、という楽観があった。確かに、いくら技術がないとは言え、五十メートル六秒の佐藤を中心に、自力で揺さぶるプレーで中学生たちを翻弄すれば勝ち筋はある。簡潔明瞭な試合プランは、彼らの緊張をほぐす効果があったようで、笑顔さえも見える。一方で、俺は、彼らの緊張を吸収してしまったかのように、手に汗をかくのを感じた。いくらシンプルな組立てとはいえ、一か月目の初心者にそれらをさせるのは、容易ならざることだ。少しのほころびが出れば全体に波及する。そのバランスをコントロールするのは俺しかいない。

「スタンドオフか……」

 俺は、誰にも聞こえないように呟いた。ゲームの司令塔たるそのポジションは、小中学校を通じて、エースの影で、俺がずっと手の届かなかったポジションだった。

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