トライ

 一か月は、あっという間い過ぎた。梅雨入りこそ遅かったものの、それが明けるのは平年並みだった。霖雨は、湿度だけを日本列島に置いていき去っていったが、後から暑さがやってきた。不快指数が高い、日本の夏だ。

 市民グラウンドに降り立った有来高校ラグビー部一年生一行は、目の前に広がるグラウンドに小さな感動を覚えた。高校のグラウンドは、擦り傷生産機たる土だったが、市民グラウンドは一面が天然芝だった。皆一様に、芝だとテンションあがるな、などと言い合っている。そんな中で俺は、皆とは別の種類の感動を覚えていた。このグラウンドは、小学校から九年間プレーしたグラウンドだからだ。この市のラグビークラブチームの活動拠点が、市民グラウンドだった。

 グラウンドに到着したら、早速ウォーミングアップだ。コートの外周を走るが、何度も走り続け、つい最近まで走っていたはずのグラウンドなのに、もう他人の家のような感覚だ。走りながら、このクラブチームでの経験に思いを馳せる。

 ラグビーに出会ったのは、小学校一年生の秋。親の世代はラグビーがちょっとしたブームだったらしい。ことあるごとに、やってみないか、と勧められたが、俺はどうにも乗り気しなかった。俺はサッカーのほうが好きだった。しかし、何度も根気よく進めてくる親に根負けし、一度体験入会に顔を出した。どうだ楽しいだろう、と親に加えてコーチ陣たちも波状攻撃で勧誘してくる。なんだか面倒くさくなって、入るよ、と口にした。その時の親の喜びようたるや、今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。

 俺は、運動神経は悪い方ではなかった。チームのエースでは決してなかったが、そのエースと俺のタッグはなかなかどうして悪くなかったと思う。そいつと一緒に県代表の練習にも顔を出した。ただ、当時から引っ込み思案だった俺は、代表練習には一回行ったきりだった。

 俺は当時から、ラグビーはそれなりにやっていた。消して不真面目ではない。県大会決勝で敗れ、涙したこともあるし、次の大会で雪辱を果たし、歓喜の涙をしたこともある。ただ、無意識の中にエースと自分自身を対比し、自分で勝手に限界を決めていたのかもしれない。実際にそいつは、高校ラグビーで何度も全国制覇している名門校に進学した。対して俺は、ラグビー部が存在するだけの一公立校だ。

 ランニングと準備体操を終えると、そのままグラウンド上でミーティングが始まった。松落は、心なしか、いつもより声を張っているようだ。

「さあ、初めての対外試合だ。もうお前らも十分に把握していると思うが、ラグビーの得点は四種類。豪、言ってみろ」

 松落に促され、砂田が答える。

「トライが五点、ペナルティゴールが三点、ドロップゴールが三点、そしてコンバージョンゴールで二点です。」

 松落は満足げに頷いた。

「そのとおり。ただ、『ゴール』と名の付く得点方法は、全てH型のポールの間に、キックでボールを通さなければならず、ラグビーを初めて一か月のお前らにはハードルが高い。よって、本日はトライのみによって勝敗を競う」

 ラグビーのコートは、乱暴に言えば、サッカーのコートと同じだ。ただ、サッカーと違うのは、ゴールがあるその位置にはH型のポールがあり、また、ゴールラインのさらに数メートル後方にも線が引いてある。これがデッドボールラインだ。ゴールライン、デッドボールライン、そしてサイドの線であるタッチラインにより囲まれた長方形のエリアは『インゴール』と呼ばれ、相手陣のインゴールにボールを置くとトライとなり、得点が計上される。

「だから、今日のお前らの任務は、ボールを確保し、そのボールを相手陣のインゴールへ置く。それだけだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る