遠い楕円球

 運動部はどこもそうかもしれないが、一年生はまず体力作りからスタートだ。つい最近まで中学生だった者が、成人年齢を迎えるような者とぶつかり合いをするのだから、それは合理的だった。このラグビー部もそうだった。


 体操着で体験入部をしたあの日から、結局僕は毎日練習に参加することになり、よせばいいのに慎吾もそれに付いてきた。つまり俺たちは正式にラグビー部の部員となった。慎吾だけでなく、あの日あの場にいた体験入部のメンバーは全員入部し、さらにどんどんと人は増えていき、最終的には新入部員は十名となった。マイナースポーツにしては上々だろう。さすが昇降口で、悪徳セールスばりの強め勧誘をしているだけある。十名は、今日も今日とてランニングだ。否、昨日はひたすら筋トレだったから、今日「は」、ランニングだ。……一昨日もだったが。


 俺たち新入生は、四百メートルトラック……は陸上部が走っているので、さらにその外側を邪魔にならないように走らされていた。今日はこれを三十周だ。十五キロくらいあるんじゃないのか、これ。


「あーーーーー。あーーーーー。」

 慎吾が声にならない叫びを発しながら走っていた。

「やめろよ、それ。気が滅入るから。」

 俺が苦言を呈すると、近くを走っていた同じく新入部員の砂田が小声で注意してきた。

「おい、しゃべってんなよ、顧問に聞こえるぞ。」

「大丈夫だよ、聞こえない距離計算してるから。」

 当たり前だ。これは運動部で生き残るための必須スキルだろ。

「なんだその無駄な頭の使い方。」

 砂田は呆れ顔だった。

「あーとも言いたくなるよ、これ。ゴールが遠すぎて気も遠くなるよ。」

「まあ、それは同感だ。」

「だいたい筋トレした翌日に走り込みして効果出るのか?それスポーツ科学的に立証されてる?無駄じゃない?」

「お前元気だな。」


 とはいえ、その疑問はもっともだった。ただ闇雲に走らされているようで、俺もむしゃくしゃした気分になる。もっと自分を追い込めば、もっと早く走ることもできる。ただ、そこまで刻苦研鑽する気にもなれず、友人との無駄話を(顧問や先輩にバレないように)挟みつつ、十数キロの道のりを延々と走り続けた。


 何となく走っていると、ノルマの十五周に到達し、その頃には下校時刻も迫っている。そうして、今日もしんどかったなどと仲間内で言い合い、帰り支度をする。

 何よりも楽しいのは、帰路の寄り道だった。高校の近くには、おばあさんが趣味でやっているような、失礼な言い方をすれば小汚い店があった。何店と言ったらよいのだろうか、うどんを百円、かき氷を二百円で提供してくれる、高校生にはうってつけの店だった。その店には看板らしい看板も掲げられていないので、俺たちは「ばあちゃんち」と呼んでいた。

 部活が終わったときに、ばあちゃんちでうどんを食べながら、慎吾たちとしょうもない話をするのが、高校生活で一番楽しい時間だった。大人たちがビールを飲んだ時に言う、「このために生きている」とは、今僕が味わっているこの気持ちと似た感情なのだろうか。そうなのであれば、僕はもう歳をとる必要はなさそうだ。若くしてその快感を知っているのだから、だったら若いままに越したことはない。

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