花の記憶



「咲いたものが散るのは、無くなることと同等なんでしょうか。」


彼女のこういう感性が好きだ。

続きを聞きたくて、窓際にそっと頬杖をつく。


「私は、散っても有り続けるものだと信じているんです。例え、ないと世界中に言われても。」


「うん。」


「私は咲いていた記憶があって、確かに存在していたことを私自身で証明できます。」



だから、一瞬でも存在したものが目の前にないからと言って、否定するような人にならないで。


そう微笑んだ。初めて花火を見たその日、きっとこの花火は永遠にあるのだと。永遠に僕たちの思い出なのだと言いたかったんだろう。



「俺は、その感性がとても好きだ。」


暗闇の中で顔は見えていないから、どんな感情なのか分からない。けど、


「…。」


間違いなく。確信を持って言える。

きっとあの時泣いていたんだ。もう終わりが近いって感じていた君は、泣くことで気持ちを伝えてくれていたんだろう。


「こんな始まり方をして、本当にごめん。」


もっと早く生まれていたら。もっと早く出逢えていたなら、こんな気持ちに悩まされる事もなかったんだろう。


「全く、暑いだけで何の役にも立ちませんね。夏って季節は。」


あの日に出逢ってからどれほどの月日が経ったのか。それすら分からないほどに一緒にいた。

この、水に透けるくらい純粋な恋を。


もう、終わり。だ。


涙を乾かすことすらできない季節を、酷く恨んで微笑んでくる彼女は、一生忘れることができない人。


「結婚、しようと思います。」


心がグッと痛んだ。震えるほどの涙が零れる。


「…この前、結婚しませんかって言われました。

まだお付き合いしてないんですが、人となりは良く分かっているつもりです。」


「…うん。」


「彼も私をずっと見ててくれたみたいで。

…だから、彼なら大丈夫かなって。」


誰のものにもならず、僕の…俺の傍にいてくれと言えたらどれだけ幸せなんだろう。


正直ずっとこのままでもいいんじゃないかと思っていた。けど、彼女の幸せを思えばそれはあまりにも酷だ。なんでもっと早く気づかなかったかなぁ…。


「いつか忘れてまうんですかね。こんな日のことも。」


「…人間だから仕方ないかもね。」


声が震えてもう出ない彼女に、どうしても伝えたくて。


「でも、俺が覚えてるから。この日の事をずっと覚えてるから。」


「…。」


「幸せになってくれたら、それがこの日の証明になるんだと思う。」


人生に色を付けて、意味を持たせてくれた君が幸せになれば。それは、俺が生きていく様になると。


「私は……。」


唇を噛んで口ごもった。聞きたい。けど、怖くてもう聞けない。


こんなにも好きで愛した人は、この先も現れないと言いきれる。そう思えるくらいに好きだ。

会う度恋に落ちる。どれほどまでに愛してると伝えても言い足りないくらいに。


「きっと、これからの人生で思い出さない日はないと思います。」


初めて触れてしまった。手の感触が、そっと伝わっていく。


「あなたのことが好きでした。」


我慢していた涙腺が崩壊していく。

頭が揺れるくらいの衝撃と、出し切れないほどの想いがひたすら交差する。


ずっと言おうと思ってはいたんだ。ただ、言ってしまったら何かが壊れる気がして怖くて言えなかった。


「とても、大好きでした。」


もう彼女には見えているのだろうか。

俺の流した涙が、行き場をなくしては零れていくのを。


「俺は…、愛していますよ。」


「…もう、やめましょ。」


「愛してる。」


やめて、と。俺の胸に手を押し当てる。

彼女の髪が風に揺れる。


「これ以上言われたら、ずっと一緒にいたいと願ってしまいます。」


そんなの困るでしょ?と、月明かりに照らされて悲しく揺れる笑顔で言われた。


「私、一番好きな人とは結ばれなかったんです。」


「…。」


「だから今日は、せめて。」


明日は承諾の返事をしに行くのだろう。

とても律儀な彼女は、今日の日まで考えてそして。

もう俺を一番に考えることもなくなって、俺を想うこともなくなると伝えたくて。

そんな彼女をとても好きだと感じる俺は、あまりにも非情な人間かもしれない。


「あなたに伝えたかった想いとか、そういうの全部言わなくてよかったと心から思ってますよ。」


もう、心が壊れる音がして。


そう言われて、俺はなぜだか腑に落ちた。

時折見せる悲しそうな顔とか、辛そうな顔とか。なにか仕事とかで悩んでいるんだろうかと呑気に考えていたけど、違った。

ずっと言いたかった何かを飲み込む姿だったんだと。


「つくづく思いました。周りを不幸にしかねないような事態になった時、自分が一番辛いものを背負う覚悟が無ければいけなかったな、と。」


「……それに気付くべき人は俺だ。」


「そうかもしれません。でも、」


少し茶色く当てられた髪が揺れる。

月明かりで、今まで見た彼女よりも一番綺麗だと言いきれる。

背負わせてしまった物を今更下ろせとも半分持つとも言えない。


「でも。醜い感情を抱いた時点で私も同罪なんです。」


「…。」


「これ以上ここに居てはまずそうですね。」



残酷に愛してしまってごめんなさい。


玉響の声とほんの少しの香りだけを残して去っていった。

残酷な愛を教えたのは俺だ。



「…、あー…。」



この想いに終わりを告げるなんて到底できない。


切なく記憶に留めて置くから。





去る背中にそう告げて、空を飲み込んだ。









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夏立たず 柊 ポチ @io_7

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