第5話 『ブルーローズ』

005 『ブルーローズ』


だがその時、事件は起こった。


「おい!このカードは偽物だったぞ!」

それほど大きくもない会場に怒鳴り声が響き渡る。

「うちの店では、そこまでは保証していませんよ、あなたの買われたカードは委託販売分でしょう」店員らしき男が激高した男に言い返す。


店舗が売っているカードもあれば、委託販売(店舗の棚に置いておいて、委託者と買い手が相対取引を行うのである。店は取引が成立すれば手数料を貰う。あるいは、場所代を定期的に貰うのである。)として販売しているものもある。


そして、その激高する男の手にあったのが、そう『ブルーローズ』である。

あまりにも高額であるため、偽物を偽造し販売するような輩が存在し、又、そのカードが本物かどうか鑑定する鑑定組織まで存在するのである。

さほどかように人々の蒐集への執着は凄まじいのである。


「奴の住所を教えろ!」

「住所は教えられませんよ、連絡先だけしか」

「連絡がつかないんだよ」

「こちらでも、そこまでは何とも」

「お前の店が紹介したんだろうが!」


男と店員は揉み合いになる。

一枚をいくらで買ったのかは知らないが、相当な値段であることは間違いない。


揉み合いの最中、激高した男は、ナイフを取り出した。ナイフの刃が怪しく光る。

会場で悲鳴が上がる。


「この野郎!殺してやる!」

男は店員目掛けて切りつける。

「ひっ、やめろ!」店員もさすがに驚いて腰がぬけるように、座り込んでしまう。


その時、ナイフをもった男は、盤上のカードを見た。

今置かれたばかりの本物の『ブルーローズ』を。(ワイザードのカードはすべて本物である。)


ナイフをもった男は対戦中の盤に近づく。

「その、カードを渡せ!」ナイフ男の眼には、もはやカードしか映っていなかった。

ナイフ男が、ウィザードに近づく。俺はそれをゲーム卓の反対側から見ていた。


「逃げろ、ウィザード!」こう叫ぶ筈だった。

その時、俺とウィザードの場所が入れ替わった。

「え?」

「邪魔だ!おらあ!」ナイフ男のナイフが深々と俺の脇腹を突き刺してえぐる。

「グハ!」あまりの痛みに俺は何が起こっているのかがわからなかった。

さされた場所が熱い、手を当てると、ドクドクと生暖かい液体が手のひらへと溢れて流れ落ちてくる。

「え」血まみれの真っ赤な手のひらがそこにある。

「うそだろ」


「逃げろ、ナイフを持ってるぞ」

「助けてくれ!」


「はやく救急車!を呼べ」

「警察へ電話しろ!」廻りで絶叫がこだまするが、すでに遠い声としか認識できない。


これは、キャスリング!チェスのルールの一つにあったはず。

俺はウィザードと場所を入れ替えられた。

なんでだ。いきなり、ウィザードの椅子に座っていた俺。

ウィザードは俺が立っていた場所で驚いた顔で俺を見ていた。

「なに・・・」すでに声もでない。

何が起こったのかと言いたかったのだが、明らかに意識が混濁していく。


しかし、周囲の人間はそんなことに気づくことはなかった。

遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。

「大丈夫か、君」

「おい、しっかりしろ」

揺さぶられても、返事すらできる状態ではなかった。

ストレッチャーで運ばれる俺をもう一人の俺が見ている。


なんでだ。なんで・・・・・・・。


こうして、俺は死んだのだ。

何者かに嵌められて。

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