11 目覚めた後には気持ちを解りたい

 どうしてここにいるのかと問いたいが、うまく口が開かない。頭痛が継続しているからだろう。夜嗣はそれを感じ取ったのか、ただひとこと「無理はしなくていいよ」と言った。小さく頷き返すと、頭を撫でられる。いまは叩き落とす元気はないのだから、されるがままだ。


「酷くうなされているとクマ次郎から連絡があったんだよ」

「それは、解った、けど……」

「けど?」

「なんで、そこまでするんだよ……?」


 俺たちは親しい間柄の友人同士ではあるが、夜中に呼び出されるなんていうのは面倒臭さが先に立つ。しかも、魘されているなんて聞いていれば、なおさら億劫になろう。それなのに、夜嗣はこうしてここにいる。ここまでしてくれる意味はなんなのか。俺は夜嗣に対してなにもできていないというのに。見返りなんてまったくないのに、どうして――。


「しーちゃんには答えが必要かな?」

「知りたい」


 でなければ、俺はずっと考えるだけだ。しかも考えに考えた結果、沈んだ思考になることは解り切っている。だって俺は、そこまでされるほどの人間ではないんだし。


 頭を撫でていた手を離した男は、「簡単な話だよ」と微笑んだ。たとえ月明かりしかなくとも、輝いて見えるのは謎だ。いや、月明かりだからこそ、輝いているのかもしれない。なんて罪作りな月明かりなんだ。


 答えを待っていると、ぎゅうと左腕に抱きついてきたテディベアが「マスター、躯の調子はどうですか?」と上目遣いに聞いてきた。頭を撫でられている間に癒やしの魔法を受けたお蔭か、まあまあ痛みが引いている。


「大分治ってきてるわ。クマ次郎も夜嗣もありがとな」

「いえ、クマ次郎ではマスターを助けることができないので、人を呼んだだけです」

「俺はしーちゃんを放っておけないだけだから。放っておくとなにをしでかすか解らないし」

「最後の言い方酷いな!」


 なんてことを言うんだ、コイツは。失礼な奴である。俺はなにかをしでかしたことなんてないのに。――本当にないよな? 俺が覚えていないだけで、実は振り回しているなんてことがあったりするんじゃないのか? 夢の中の『俺』はそうだったわけだし。


 そう理解したとたん、激痛が走る。声にならない声を上げると、「しーちゃん!?」と慌てる様子の夜嗣が俺を抱きしめてきた。本当に慌てすぎだろ。切れ切れに大丈夫だと伝えるが、離す素振りはない。それならばと、頭を胸板に押しつけるようにして躯を預けてやる。あー、この体格は羨ましいよなあ。細く見えても、筋肉はちゃんとあるもんな。俺と同じようにしていても、全然違うんだよな。生活環境の違いが出ているよね。腹立つぅ!


 痛みを逃がすように小さな息を吐きながら、だらだらと違うことを考えていたが、ここからが本番だ。少しでも夢を整理をしなければ、ぐちゃぐちゃになってしまいそうだったから。


 俺を『』と呼ぶ人が近くにいたのなら、俺はそう呼ばれている人なんだろう。夢の中なのだし、実際には解らないのだが、様呼びされている位置にはいるらしい。違和感はなかったし、呼ばれ慣れているはずだ。


 さきほどの夢からも解るように、三人ほど仲のよい人たちがいて、四人で行動をともにしている。特に、隣りにいた男の子との仲はすこぶるよい。手を繋いでもお互いに嫌がってはいないのだから、それだけの友情は築いているように見える。


 思えば、聞いたことのある声――聞き慣れた声だったのが不思議な感じだが、男の子はいまも元気にしているんだろうか? なんか、近くにいるような気がしてくるんだが、気のせいですかね?


 いちいち激痛と戦いながらなので、もういいや、解らないわという結論になったが、背中を撫でてくる手が優しすぎて、睡魔が襲いかかってくる。


「眠たくなっちゃった?」

「お前が悪い。寝る」


 ひとこと噛み付くと、そのまま布団にお世話になる。夜嗣の気持ちは解ったし、寝てもいいだろう。聞きたいことは聞けたんだからな。「おやすみ」と返ってくる笑みをどこで見たんだっけ?


 そう、たとえば、夢の――。



 ◆◆◆



 正解に辿り着きそうで着かないこの気持ち悪さは、ただただ不快感しかない。夢の中の俺と現実に生きる俺とでは、大きな違いがあることも拍車をかけている。俺はいったい誰だというのだろうか?


 俺は俺で何者でもないし、何者にもなれないのだときちんと解っているのに、夢と現実とが不安を煽りに煽っていくんだよなあ。生きるのが辛いとはこのことか。


 新しい一日がまた始まるが、夜中のできごとが尾を引いていた。体格差が憎いのだとして。なんなの、ジムに行けばムキムキになれるの? あ、違うわ。俺はムキムキになりたいんじゃなくて、モテる体型になりたいんだよな。


 やっぱり真ん中に挟まれたままの登校時にそんな話をしたが、「はいはい」と聞き流されている。クマ次郎も夜嗣も冷たすぎるだろ。俺がモテるのが憎いのかぁ? はは、そんなことがあるはずもないんだけれどもさあ!


 負けじと放課後になってからもこうして朝と同じ話をしたのだが、夜嗣もクマ次郎も冷めた目をしていた。なにを言っているんだろうコイツはと物凄く物語っている。授業中や休み時間は我慢してたんだぞ、褒めろよ!


「というわけでさ、モテる体型になれる道具も買いたいんだよね」

「ゴリゴリのマスターは、マスターであってもクマ次郎は好きではないです」

「俺はゴリゴリマッチョになりたいんじゃなくて、夜嗣みたいに細マッチョになりたいんだって! モテたいの!」

「しーちゃんがモテる必要はないけど」

「お前に言われる俺の身にもなれや」

「あのね、俺は誰にモテても嬉しくはないよ」

「なんだって!? お前それは傲慢すぎるだろ! いくらモテているからってなあ、言っていいことと悪いことがあるぞ! 女の子たちに謝れ!」


 傲慢は許さんぞと肩を思い切り揺すると、夜嗣は「解りました」と短く返した。本当に理解しているのかが解らない言い方だが、ひとつ咳を払う。とたん、俺を眺めながら、「すみません」と謝罪をしてきた。


 いやいやいやいや、違うだろ!?


「俺に向かって謝っても意味がないだろー!」

「それはすみませんね。さっきも言ったけどね、しーちゃんは無理をしなくても問題はないんだよ?」

「嫌だ。モテたい」


 はーと嘆息を吐いた夜嗣は俺の頬を伸ばしてきた。「男は論外なんだけど、女の子にモテるのも嫌なんだよね、俺は」と告げてくるのはなんでなんだ。すぐに離されたけれどもさ。


「け、牽制しても無駄だからな!」

「無駄かどうかは解らないでしょう? しーちゃんがモテたいと言うのなら、俺は全力で邪魔をするけど、頑張ってね?」

「なんだと!?」


 応援ではなく邪魔とは意地が悪いぞ! 開いた口が塞がらないのはしかたがないのだ。一番の友人がなんでだか冷たいんだからな。


 言わずにひっそりやるべきだったんだと悲しみに暮れたのはすぐだった。クマ次郎も慰めにこないのだから、この問題は根が深い。とはいってもですね、友人だけがモテるのは、哀れでしかないだろ? 悲しすぎるよなあ?



 ◆◆◆



 モテたい問題はいったん棚上げしてからの話し合いの結果、買い物は後日一緒にという話になった。やっぱり腕輪型端末越しの連絡は楽だなあ。開発した人には感謝しかない。監視されているという側面からは逃れられないが、何事も利便性の上には勝てないのである。便利を知ってしまえば、不便には戻れないわけだ。


 一緒に帰っていても言葉はなく、沈黙が広がっている。だが確実に進んではいるわけであって、「じゃあ、明日な!」と夜嗣の家を通り過ぎようとした時には、強い力で引っ張られた。勢いで後ろに倒れそうになるが、大きな躯に受け止められて無事だ。


「な、なんだよ?」

「俺が傲慢なのには理由があるんだ」

「へー、どんな理由なわけ?」

「心に決めた人がいる。まっすぐだから放っておけなくてね。だけどね、姿は愛らしくてかわいらしい人だよ。――とても大切な人なんだ」


 真剣な表情に、夜嗣がどれだけ思っているのかが伝わってくる。そういう人がいるのなら、そりゃあ、言ったとおり、誰にモテても意味はないわな。俺だって傲慢になる可能性が高いわ。モテていたらの話だが。だけどさあ、ずっと隠されていたのは悲しいなあ。だから伝えられて胸が傷んだんだよな。


 俺も言えてないことはたくさんあるというのに、夜嗣にだけ求めるのは違うよね。ちゃんとそうだと解っていても、胸が苦しいのはなんでだろう?

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