10 夢では『■分』を知りたい
母さんも疲れているようなので、今日は冷凍うどんを使ったうどんになった。みんなきつねうどんとごはんである。きつねうどんの油揚げは、どうしてあんなにおいしいのかね。俺は味噌汁に入っている油揚げも好きだし、そのまま焼いて醤油でいただく油揚げも好きけども。あ、厚揚げも好きですね。豆腐も捨てがたいわー。
ちにみにちゃんと、クマ次郎の分も作っていますよ? 小さめのどんぶりと小さめのお茶碗にうどんとごはんをそれぞれよそっている。クマ次郎曰く、クマ次郎は食事をしなくとも生きていけるようなのだが、こちらだけじっと凝視されるのは反応に困ってしまうからな。だからクマ次郎も一緒に食べさせることにしたんだよ。食べたものは食べた側から魔力に変換しているらしく、排泄の必要がないのは楽だよなー。他の生き物はその楽ができないから一苦労があったりするんだよね。トイレに行かなければならないという。
クマ次郎との風呂を終えて、ベッドへと横になる。あれだよ。話のとおりにひとりで風呂に行こうとしたんだけどさあ、見上げてくるつぶらな瞳には勝てなかったんだよぉ。その上、縋るような小さな声でマスターと呼ばれてみろって、絶対に置いてはいけなくなるから。負けたんだよ、俺は! 完全敗北だよ!
クマ次郎は剣と袴は脱げるようだが、眼帯を取ることは頑なに拒否したため、眼帯込みでの入浴となった。またクマ次郎曰くだが、薄い結界を躯に纏わせているので、汚れたり濡れる心配はないらしい。それはいいな! と俺もやろうとしたが、魔力量の関係で無理だった。頑張ったけれども、発動しないわ、頭が痛くなりすぎるわで断念したわ。おそらくは夜嗣やお嬢様たちなら可能だろうことを庶民の俺がやり遂げようものなど、勘違いにもほどがある。そもそも、庶民とお貴族様とでは、生まれた時から確固たる魔力量の違いがあるのだから、無理なものは無理なのだ。庶民が出しゃばってはいけないんだよ。
風呂場で無理なことをした代償は、こうして払うこととなった。横になっても、目眩と気持ち悪さが消えてくれない。実は入浴も躯を拭くのも、寝間着に――ジャージに着替えるのも、果ては部屋に戻るのも、クマ次郎に手伝ってもらいましたわ。情けなくて泣きたくなるよね。
「あー、バカなことをしたぁ」
「マスターが頼ってくれたので、クマ次郎は嬉しい限りです!」
体調を気遣ってなのか、優しく腹に頬擦りをしてくるクマ次郎は、やっぱりできるテディベアに違いない。紳士度か高すぎだよね。クマ次郎の性別はいまいち判断できないけれども。声はかわいらしい系なんだが、見た目は武士だしなあ。ついているかいないかでいえば、ぬいぐるみな分、ついているわけがないしね。いやまあ、性別にこだわっているわけではないんだけれど。
疲れたし、もう寝てしまおうと寝ることにする。この時間は課題をやるか好きなアイドルグループが出ているラジオを聞くか、動画を見るかだし。今日は課題はないし、さっさと寝ても大丈夫なんだよね。
布団に入り直せば、リモコンで明かりを消して寝る準備をしてしまう。「おやすみ、クマ次郎」と布団ごと腹に乗ったクマ次郎の頭を撫でてから目を閉じた。体調が少し戻ったのはよかったわ。寝る時までも世話になるのは悲しいからな。
◆◆◆
――子どもたちだけでここに入ったのは、ただただ好奇心が強かったためだ。大人たち――いわゆる門番の隙を見て入れてしまったのは、彼女がいたからであろう。冒険者の登録証を持つ騎士の彼女が。
彼女が入り口で管理者という名の騎士たちと話をしている間に、姿を消していた俺たちがここに足を踏み入れた。簡単にいきすぎたのには驚きしかなかったが、おそらく二度目はないはずだ。こんなザルでは、騎士団の沽券に関わるだろうしな。
目の前に広がる世界には声も出せず、ただただ魅入ってしまっていた。美しい森林が広がっていたのだから。どうやらこのダンジョンには粋な演出があるらしい。
俺は進んだ先にこういう風景があると思っていたので、まさか初っ端から始まるとは思わなかったんだよね。「すごいなあ」と隣に立つ男の子に声をかけると「うん。すごいね」と短く返ってくる。「早く行こう」と手を引くと、「お待ち下さいっ」と、凛とした声が聞こえてきた。多少は慌てていたが。
「危ないですから」
「あ、そうだよな。ごめん」
そりゃあ、子どもたちだけでは危ないよな。ここはダンジョンなんだから。彼女には口止めという駄々をごねた形なわけだし、言うことはちゃんと聞かないといけない。
彼女の指揮により、俺の隣りにいた男の子を先頭にして、一列になって移動を開始する。男の子、俺、もうひとりの男の子、女の子、騎士の彼女という順番ね。
森を進む内に狼型のモンスターが出現していたが、一応ケガもなく倒せている。中心部に近づくに連れて狼が大きくなっていっているが。なんでもありなダンジョンの性質上、本当になんでもありだからなあ。
警戒は怠っていなかったのだが、いままでのうまくいっていた戦闘によって気が緩んでいたのかもしれない。
――禍々しい気配を感じた瞬間が遅かった。
「――様っ!」
叫びながら騎士の彼女が前に出た時、そこにはドス黒い気を発している狼がいた。変質するにしても、歪んでいることが見て解る。躯の大きさは三メートルを超えているが、森の覇者だという雰囲気もあった。
対峙して解るのは、この狼は歪ませられたということだ。誰がなんのためにしたのかは不明だが、考えられるのは実験だろうか。ダンジョン産のモンスターならいくらでも使えるとかいう考えかね?
睨み合いという膠着状態が続いていたが、愛用の杖を握る手の汗が止まらない。巻き散らかされるドス黒い気のせいだろうか、気分も悪くなってきたようだ。
立っているのがやっとであっても、背中を支えてくれる手はみっつ。この子たちを守らなければ。もちろん、騎士の彼女もだ。それが、『ダンジョンを見てみたい』と言った俺の責任だ。行動に移してしまった罪滅ぼしだ。俺以外の子どもたちは、危ないからと付いてきてくれただけなのだから。
――生まれ変わったこの世界は、前世とはまったく異なっていた。だから俺は、前世にないものを見たかった。王城の中で聞かされるのではなく、自分の目で見たかった。
ヤバすぎるモンスターにかち合うぐらいなら、やめておけばよかったと後悔しきりだが、ここで嘆いてももうどうしようもない。
俺には授けられた力がある。だから――。
湧き上がる気持ち悪さも強くなる躯の怠さも飲み込んで杖を握り直す。離さないと言わんばかりにぎゅっと。
「下がって! 早く!」
騎士の彼女にそう伝えると、代わりに走り出す。叫ぶ彼女を振り返らずに、狼に近づいていった。
走り寄る間に片手持ちから両手持ちに切り替えた杖は、地面すれすれの位置を掴んでいる。つまりは、振り下ろせば武器になり得るわけだ。金属バットよろしくってね。
「っらあぁあああっ!」
狼の顔面に向かって振り下ろした杖は、予想どおりに綺麗に入る。だがしかし、筋力の問題で深く叩き込むことはできなかった。一瞬緩んだだけで、振り払われてしまう。俺ごと。
地面に転がった俺は、駆け寄ろうとする者たちに対して強く首を振った。こちらに来るなと言うように。
「っぐ――!」
できた隙を見逃すことのない狼は、前足で左腕を踏んだ。ヤバげな音と激痛が走った躯だったが、すぐさま痛みが引いていった。
「な、に……?」
「――見つけましたぞ!」
なにが起きたのかと混乱する中で聞いた安堵した声に意識が持っていかれる。痛みが引いたのは、誰かが狼を退かしたからだ。重さもないし、おそらくは正解だろう。
今度こそ本当に走り寄ってきた小さな影と大きな影。
見るに俺は泣かせてしまったらしい。
――誰を?
◆◆◆
揺らぎ始めた視界に目を開けると、薄い金色が見えた。いままで見ていたものはなんだったのかと思えば、額を撫でられる感触がする。
大丈夫、大丈夫だよ。俺がいるからね。大丈夫。
夜嗣の優しい声に対して、「な、にして、る、わけ?」ととぎれとぎれに声を出すと、なぜか抱き起こされてしまう。いやもう本当になにをしてるんだ? 不法侵入か? さすがの俺も、犯罪行為には引くぞ?
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