06 学園では平穏にいきたい(6)

 叩きつけられた現実に膝から崩れ落ちそうになるがしかし、ここでそんなことになれば心配されるに決まっている。最悪、保健室か医務室か、そんなところに運ばれるであろう。生徒はほとんど残っていないはずだけども、目立ってしまう行動は避けたい。あの凡人は何者なんだと騒がれるのは嫌なんですよ。居心地が悪すぎるんだから。


 その思いでどうにか踏ん張って堪えると、「夜嗣、帰ろう」と夜嗣の腕を引いた。夜嗣は「はいはい」と軽い返事をしつつも笑みを向けてきており、なんだかんだで帰ることには同意みたいだ。ここに長くいてもやることはないしなー。


 帰る間際にちゃんと「また会いにくるからさ、それまではネクタイで我慢してな?」とクマ次郎の頭を撫でて、今後こそ本当に部屋から出ていく。「もう少しだけ一緒にいたいです! マスター! マスターぁ!」という、クマ次郎の必死の呼び止めを振り切って。あー、なんかもう胃が痛いわ。


 豪華なドアを見つめながら胃のあたりを押さえると、隣に立つ夜嗣から「あんなことを言ってはいたけど、クマ次郎は大丈夫だよ。しーちゃんのネクタイ嗅ぎ始めたし」とあっけらかんと言われる。なにが見えているのかは、聞かない方が身のためだ。


「あれだけシリアスだったのにか!?」

「クマ次郎としては、引き止められればよし、引き止めがうまくいかなくとも、贈られたネクタイがある分我慢ができるというわけだね」

「意外に賢いんだな」

「賢いよ。狡賢い」


 なんか後半の言い方にかなりの棘があるようだが、気にしても突っ込んでもいけない。夜嗣が不満タラタラな時に言葉をかけるのは得策ではないことを解っているからな。どうあっても、俺が愚痴か八つ当たりに付き合わされるだけだし。


 そういうのはいいからと態度で示す如く、なんのアクションも見せずにただただ「帰ろうか」とさっさと歩を進める。長い階段を見て思い出したが、そういえばここは地下室だったな。ということはなにか、この場所は秘密基地みたいなものか? そうだったらかっこいいな……! やっぱり秘密基地には憧れもあるし! ドアから豪華な秘密基地はいいな! まあ、特進科の中にあるから、通いとなると大変かもだが。


 階段を登り切った後からは夜嗣に続いていき、ようやっと迷路のような特進科校舎からも抜け出ると、ふぅと息が漏れた。お嬢様たちとも対面したし、知らない場所だしで、無意識下で緊張していたのだろう。


 入ってきたフェンスを潜ると、もう一度息を吐く。見慣れた校舎に対して。やっぱり俺は普通科の人間なんだなあ。特進科の校舎は、一目見るだけでも金がかかっていると解るもんな。なんというのか、緊張しかしないよね。


 その緊張から開放された後はといえば、ふたたび職員室へと向かう。担任はいなかったので、近くにいた先生に認証を解いてもらい、家に帰ることとなる。先生がいなくてよかったわー。また突っ込むのは疲れるだけだからな。本当にいなくてよかった。



 ◆◆◆



 普通科校舎を後にし、夕暮れの道を歩いていた俺たちはといえば、きっかり寄り道をしていた。どこにいるのかといえば、ゲームセンターである。


 前時代の科学と異世界から齎されたダンジョンと魔法が合わさった結果、日常生活は進化増し増していた。国民ひとりにひとつの腕輪型端末が配布されていたし、学生証は魔石の加工品だ。冒険者もフリーランスの仕事のひとつとなっている。ダンジョンに慣れるようにと、どこのゲームセンターにもVR型ダンジョン探索機が置かれているのもそうだ。形としてはパイロット型といえばいいのか、コックピット型といえばいいのか、そんな感じになっている。カプセル型ではないとは断言できてしまうので、このへんは前時代を引き摺っている。


 併設されたゲーム機の中、準備を終えた俺たちは、お互いにマイクを通してゲームを開始する。いざダンジョンへ! ゲームだけど!


 ――広がる世界は茶色だ。洞窟の中にいるのはまあ、多くのダンジョンが洞窟型だからだろう。進む先でダンジョン産のモンスターを倒し、ダンジョンボスもはっ倒す。クリアー画面の数秒後に現実へと帰ってきたが、今回もなかなかよい感じで終わった。前衛の夜嗣に後衛の俺。プレイする度に前衛と後衛を入れ替えているが、俺は後衛に向いていると思うなー。躯の反応が違いすぎるし。あれだな、目立ちたくない精神が影響を与えているのかなこれは。


 このゲームはあくまでダンジョンの雰囲気を掴むものでもあるので、現実の細かいところは省いているが、プレイする度に新たな発見があった。モンスターは毎回違うし、宝箱から出現するお宝はコンプリート要素が高い。決められたシナリオがあるわけでもないダンジョンなので、さすがに全てを集めるのは無理だろうが、ゲーム好きの心を大いに擽ってくるよね。取得したお宝は次回のプレイに引き継がれるし。たとえゲーム内で使用不可能であってもね。


 ダンジョン実習が始まるのは再来週の半ばからだから、それまでにゲームでもっと慣れ親しんで、買い物もしよう。


 そう計画を練る俺の様子を見に来た夜嗣により筐体から出されて、休憩所でジュースを奢られる。


「躯は問題ない?」

「大丈夫。毎回そうやって聞くけどさあ、その問いかけって必要か?」

「昔吐いたことがあったでしょ?」

「子どもの頃の話をするな!」


 確かに初めてプレイした時にはモンスターのあまりの生々しさに泣きながら吐いたけども、さすがにもう慣れている。よくここまで引っ張ってきたなお前ぇ!


「心配なんだよ」

「それはまあ、ありがたいけども……」

「けど?」

「いまは大丈夫なんだから、いちいち聞くなよ」


 オレンジジュースをちびちび飲む俺はそう答えるが、夜嗣は「聞くけど」ときっぱりと言った。ひとの話を全然聞いてないよな? いつものことだけど。


 空けたミニ缶ジュースを近くのゴミ箱へ投げ捨てると、夜嗣はゲーム機を指し示す。


「もう一回やる?」

「今日はもう帰る」


 あんまり遅いと母さんが怒るわ。こちらも説教が長いんだから嫌になるね。


 ゲームセンターの窓から見える夕闇に変わった空を眺めてから、腰を上げた。「ほら夜嗣、帰ろうぜー」とどこか落ち込んだように見える夜嗣の手を引いてやる。


 俺とそこまでゲームがしたいのかよ、やっぱり変わった奴だなあ。



 ◆◆◆



 夜嗣の家の方が近いがためにお別れとなるが、「また明日ね」と頭を撫でてくるのは謎でしかないんだよな。小さな頃の俺と同じように、丁度よい位置に頭があるのがダメなんだろうが。これはもう対処法がないからなあ、諦めるしかないんだよ。俺の身長は伸びてくれないんだから!


「はいよ。また明日!」


 手を叩き落とした勢いのまま、駆け足で自宅の門を潜る。玄関ドアを開けて、二階にある自室へ行くのにも早足になっていた。あ、ちゃんとただいまは言いましたよ? 言わないと文句しか返ってこないし。


 制服を脱いで部屋着に着替えると、一階へと下りて母さんの手伝いをする。キッチンに立つ母さんの横に立つと、すぐさま問いかける。


「あのさ母さん」

「なにー? どうしたの? 学園でなにかあった? それとも、夜嗣くんとケンカでもしちゃった?」

「俺は俺だよな?」

「――なに言ってるの?」


 こちらを見る母さんは、動きを止めて目を丸めている。それも解る。なにを言い出しているんだという気持ちも全部。


 クマ次郎が言った。夜嗣が言った。俺は俺でも、俺ではないような感じのことを。


 だから不安が襲った。着替えている間ずっと考えていたんだ。俺は俺なのかと。俺自身では解らなくなってしまったから、誰かに聞くべきだと思ったわけだ。

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