01 学園では平穏にいきたい(1)



「――どうして来てくれないのですか!?」



 女子生徒の大きな声が響くは、ランチタイムで生徒がごった返す食堂だ。それはいい。いや、本音を言えばよくはないのだが、横に置かなければ話が続かない。なぜこの女子生徒は大きな声を出したのだろうか。大いなる謎だ。学園で一番有名であろう女子生徒が、である。


 だからか、いますごい注目の的っぽい。ああ、嫌だ。俺はなるべく目立ちたくないんだよなあ。平穏に暮らしたいんだよ。マジでやめてほしい。ひそひそ話をするなら、俺の見えないところでやってくれないかね、頼むからさあ。――とは思っていても、口には出さない。いや、出せないが正しいのか。要らぬ災は呼ばないに限るから。


 じっと俺を眺めるままの美少女。淡い金色の長髪に薄緑の瞳が印象的だ。その名を流々是るるせ静伊しずい。エルフの血を引く彼女は、婚約者である男を横に引き連れながらもその場に留まっている。隣に並ぶ男は男で柔らかな笑みを浮かべており、特進科在籍の美男美女カップルはそれはもう有名だった。ちなみに、この婚約者の方も、エルフの血を引いているらしい。そりゃあ、美男美女になりますわな。


 婚約者の方も淡い金色の髪であるのだが、こちらは短髪で青い瞳である。名を守青もりあお黒和くろわ。流々是さんの方は女子の平均より少し高い背であったが、プロポーションが抜群だ。モデルかなんかやっているという噂も聞いたことがあるし、なんといっても、テストにおいては不動の一位である。守青さんの方は背も高いし、物腰も柔らかいし、一途だし。この人も流々是さんに続いて不動の二位なのだから、凡人には羨ましい限りだ。


 そしてそんな人たちが、俺になんの用があるというのか。俺にはまったくないというのに。頭にはクエスチョンマークしか浮かばないんだけども。


「えっ、と、俺なにかしましたかね?」


 聞かずにはいられないことを頬を掻きながらとうとう口に出すが、一番聞きたいことでもあるので当然だろう。気まずさもあるが。


 特進科の校舎は隣にこそ建てられてはいるのだが、フェンスという名の高い塀で区切られつつも魔術具による防犯装置の数が物凄く、普通科の生徒は遠くで眺めているだけである。一年に一度あるオリエンテーションたるダンジョン実習において、ようやく姿を拝めるぐらいだ。


 世界に誇る叡智を学べる学園には、毎年数多くの受験生がいた。受かるのは一割あるかないか。特進科になるとかなり厳しくなるようなので、涙を飲むものもそれはそれはたくさんいる。


 俺のように運良く受かった者でさえも、特進科の凄さには打ちのめされるしかない。こう、なんというのか、違いすぎるのだ。待遇が。この学園は校舎や体育館、訓練棟や寮といった施設は特進科用と普通科用の二種類あり、ふたつの校舎の中央に食堂があるという、少々変わった作りをしている。普通科の者は早々に割り切る必要があるんですよね。諦めるというのか、悟るというのか……。『ああ、住む世界が違うんだなあ、根本的に』と遠い目になるか、悔しがるか、羨ましがるかだ。


 食堂については真ん中に厨房が鎮座ましましており、食べる場所は左右に別れている。本当にうまく作ったものだよな。出入り口だって、それぞれの校舎渡り廊下から直結しているので、どちらかからしか入れないし。だというのに、お嬢様はここにいる。つまり、この人たちはわざわざこちら側の校舎に来たのだ。その行動原理がさっぱり解らない。理解不能。


津々浦つつうら沙千しぜん。ダンジョン実習のパーティーに選ばれたというのに、どうして会いに来ないのですか!」

「え……? パーティー?」


 え、え? なに? なんだって? と混乱している間に助けが入る。薄い金髪が視界の端で揺れたかと思えば、目の前に現れたのだから。


「失礼。お嬢様、普通科に伝えられるのは明日だと思うのですが?」

夜嗣やつぐ!」 

「はい。夜嗣くんですよー」


 助かったーと肩の力を抜くと、ぽんぽんと背中を叩かれる。大丈夫だ、足の力は抜けていないからな、夜嗣くんよ。いや、やっぱりちょっと震えているかも……? あとは数センチあるこの身長差が憎いぜよ。いつまで経っても身長差が埋まらないものだから、年々諦めに似た境地にいたが、反面、成長期に期待している自分もいますよね。


 夜嗣こと在茶あるさ夜嗣やつぐは俺に視線を遣ると小さく頷いた。任せてくれる? と言いたげに。解った、後は任せるわと伝えるべく、こちらも頷き返す。長年の友なのだ、これだけでもお互いの考えが解るようになっていた。


 コイツも顔がいいし、背が高いし、頭もいいし、なんでいまだに俺と友人をやっているのかが謎なんだよな。しかもコイツ、特進科の推薦合格を蹴って普通科を一般受験した変わり者でもあるからね。ちなみにこの学園の推薦合格は一般的なものではなく、学園の先生方三人ばかりのお眼鏡に叶う必要があるので、高い壁が聳えていたが。


 やんわりと夜嗣が前に出ると、お嬢様は「そうだったのですか……」と勢いが削がれた声を出す。あー、確かにダンジョン実習のパーティーは能力に関係なくランダムで選ばれるらしいが、特進科の方が早く教えられているのか。やっぱりあれかな。気に入らない人だと変えてもらう必要があるからかな? 特進科ならそれぐらいの優遇処置は当たり前だし。


「お嬢様たちがわざわざこちらに来た理由は解りました。いまはお昼なので、授業後に再度お会いできませんか?」

わたくしは構いませんよ」

「ええ、私も異存はないですね」


 俺の言葉に対し、「それでは授業後に」と優雅な挨拶をしてお嬢様たちは颯爽と去っていったが、え、俺はあの人たちの足手まといにしかならないんですが? いくらランダムといえども、能力差はないはずだろうに。魔術具の故障かね? 故障や障害はあり得ないらしいが、魔術具は精密機械でもあるのでなにが起きても不思議ではないだろう。それなら、二人に会った後にでも先生に相談するか。


「夜嗣、昼飯食おうぜー」

「はいはい」


 諸々考えなければならないわけだが、ひとまずは夜嗣を連れ立って食券の前に立つと、本日のお昼をいただくことにする。つゆだくカツ丼を。夜嗣はざる蕎麦セットだ。噂によれば使われる食材も特進科と普通科とで等級やら産地やらで違いがあるらしいのだが、俺の舌ではよく解らない。


「夜嗣はさあ」

「どうかした?」

「よくお嬢様に物怖じしなかったよなあ」

「まあ、慣れだよね。こちらも一応、それなりの血筋だから」

「あー、言われてみればそうか。夜嗣の家もエルフの血筋だったな。……なんだよ、俺だけ凡人かい」

「まさか」


 少し拗ねたような声を出すと、肩を少し越したほどの長さの金髪を緩く後ろでまとめている男は肩を竦める。夜嗣はいちいち所作が綺麗なのでバカにされた感はないが、同時に細められた薄赤の瞳がなにを表しているのかが解らない。コイツはだいたいにこにこしているから、考えを読めと言われても無理だけども。いくら友人だといっても、俺が解ることなんて少ないわけでね。


 そもそも、俺の家はリーマン家庭だからな? 庶民も庶民であってだね、夜嗣の家の足元にも及びませんって。夜嗣は時々俺を坊っちゃんのように話すことがあるけどな、金持ちの考えは解らんよね。


 目立ってしまったからか周りの視線が痛いが、そのまま食事を続けるしかない。まあ、普段も目立つ夜嗣が隣にいることで多くの視線があったけれども、それは夜嗣に向けられたものであって、俺に向けられたものではないと完全に解り切っているから切り抜けられている。つまりは、我慢できる範囲だからなんとかなっているわけだ。


「お前の半分でもいいからモテたいわー」


 そう呟いた言葉に返るのは、「それは困るな」という真摯さを滲ませた声だった。ああ、大丈夫だ。安心してくれ、夜嗣くんよ。俺にハーレム牙城を崩す力はないからさ。見て解るだろ? ただの凡人には大した力はないのだよ。

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