【対決】探偵から挑戦状を叩きつけられました 後日談4

 数日後。≪梟亭≫。

 参った様子の二宮が頭を掻き毟っていた。

「一応、業務指導という形で済むことにはなりましたが……今回の件はちょっと堪えました」

「勇み足だったな」

 瀬田はやや同情したような表情だった。

「金谷さんの家であの証拠物を見た時に、興奮してしまって我を忘れてしまったんです」

 そう言って二宮は頭を垂れた。

「それにしても、ニュースで急にこの件の報道が止みましたね」

 高槻の言葉に二宮がうなずく。

「あのヨネハラグループの会長なんで……まあ、色々とありまして……」

「豊橋から聞いたぞ。米原が放火や殺人の容疑を否定してるって」

「かなり大きいヤマになってまして……たぶん、年単位で長引くかと」

「その前にあのジジイくたばっちゃうぞ」

「とは言いましても、時効撤廃前に時効を迎えた事件は追えないので、どうにもならないですし、とにかく件数が多すぎて。証拠や目撃証言も極端に少ないんですよ」

「あのジジイの力がどこまで影響してるかによるな」

「もちろん、一部の住人からはタレコミが来てますよ。それによれば、米原さんは≪小津の社≫やそこに入った人の監視や情報収集をしている人にかなりの額を投じていたそうで、そういう役目を引退した人とか職を失った人とか生活困窮者が担っていたというんですよ」

「ああ、一種の社会保障的な……」

 高槻が相槌を打つと、二宮がうなずく。

「だから、誰に話を聞いても喋りたがらないんです」

 瀬田は溜息をついた。話題を変えるように二宮に尋ねる。

「社の下から見つかったのは誰なんだ?」

「若い男性というのは分かっていますが、全裸の状態で埋められたらしく身元を特定できるようなものが見つかっていないんです。今は当時の失踪記録から身元を特定できないか調べているところらしいです」

「どこも道が塞がれてるな」

 暗い顔でコーヒーを啜る瀬田は、いつもと違ってすっきりとしない様子だ。高槻は同じような表情の二宮に目を向けた。

「米原さんの家の出火原因は分かったんですか?」

「それは明らかになっています」その表情が少しだけ明るくなる。「大量の天かすが入っていた容器が内部から燃えた形跡がありまして、それが原因ですね」

「天かす……」

「あのジジイ、うどんに天かすを入れるのが好きだとか言ってたな」

「いや、天かすで火事って起こるんですか?」

「消防の話だと、熱を持った天かすを狭い場所に大量に入れておくと発火することがあるようです」

「じゃあ、祟りなんかじゃなかったわけですね」

 胸を撫で下ろす高槻を瀬田が鼻で笑う。

「最初から祟りなんてなかったんだよ」

「しかしですね……」二宮が不安げな声になる。「祟りだっていうウワサがめちゃくちゃ急速に広がってるらしいんですよ」

「あのジジイが取り乱してたからな。無理もない」

「あの状況ならだれでもそう思いますよ」

「晴れて≪小津の社≫は名実ともに祟りをもたらす場所になったわけだ」

 皮肉った笑みを浮かべて瀬田はコーヒーを口に運んだ。

「それで、金谷さんの方はどうなったんですか? ニュースじゃ金谷さんが警察を提訴する可能性がどうとか言ってましたけど」

「それがありがたいことに提訴はしないということで金谷さんから連絡をいただきまして……」

「ああ、それはよかったです」

「あいつのことだから、騒ぎ立てるかと思ったぞ」

 瀬田が笑う。二宮のスマホが鳴る。電話に出た彼はしばらく話すと、電話を切って席を立った。

「私はもう行きます。ちょっとまた放火があったらしいので」

「放火?」

 瀬田と高槻の声が重なった。

「米原さんを取り調べしたり、≪小津の社≫に出入りして調査をしてから、警察関係者の自宅に放火が相次いでいるんです」

「報復行為だな」

「そうかもしれません。お二人も気をつけてください」

 二宮は頭を下げると店を出て行った。高槻は瀬田を顔を見合わせた。

「だから言っただろ。動画にできないかもしれないって」

「いや、でもですね……」

「だが、やりようはある」

 そう言って、瀬田は高槻にカメラが回っていることを確認させた。そして、悔しそうな表情で天を仰ぐ。

「あの野郎……」

 瀬田が悔しそうに拳を握った。


* * *


 瀬田は金谷宅を訪れていた。負けエンドの動画を撮影したため、高槻とは別れた。部屋の中には、すっきりとした髪型になってスーツに身を包んだ金谷の姿がある。

「大変じゃないか?」

「大変だよ。もう三社落ちた」

「その歳からの就活は厳しいだろ」

「まあね」

 ネクタイを締める金谷は、それでも晴れやかな表情だった。

「マスコミはどうだ?」

「もう影もないよ。あいつら、本当に蜉蝣みたいにパッと湧いてサッと消えるんだな」

 瀬田は溜息をついた。

「世間じゃ、お前を犯人だと思ってる連中も腐るほどいるだろうな」

「いるだろうな。だけど、まあ、オレ自身が疑われる素地を作ってたのは確かなんだ。何十年もほっつきまわって、そのくせ放火犯に出くわしたこともない。オレが犯人だと考える方が自然だろ」

 その言葉を瀬田は身に刻んだ。摩耶に言われた言葉が脳裏によぎったのだ。無精ヒゲだらけの顎をさすったのは、ヒゲ剃りをちゃんとしようと思ったからなのかもしれない。金谷はビジネスバッグの中に忘れ物がないか覗き込んだ。

「まあ、でもさ、遅いかもしれないけど、今から人生をやり直せるかもしれないなら、ダサくても足掻くしかないんだよな」

「そういう時が人生で訪れるかもしれないな」

 金谷は瀬田を見た。

「あんたの動画で勇気もらってたんだぜ」

「知ってる。同類憐れむってやつだろ」

「ちげーよ。あんたさ、謎解きしてる時、すげー楽しそうにしてるの気づいてないのか?」

「別に楽しかないさ」

「いーや、楽しそうだね。オレには分かる」

 金谷はそう言ってバッグを片手に部屋を出る。階段を降りて母親に声を掛ける。

「気をつけて行っといで」

 奥の方から母親の大きな声が返ってくる。

「母親が死ぬ前にまっとうな職に就かないと」

 小さくそう言って、玄関に置いた革靴に足を入れる。瀬田も一緒に家を出た。外には春の日差しが降り注いでいた。風もなく、穏やかな日だ。

「なんで万年ニートのお前に俺が楽しいかどうか分かるんだよ?」

 駅までの道を並んで歩く。金谷は笑った。

「目が輝いてる」

「気のせいだ」

 金谷は含み笑いをして、瀬田を一瞥した。

「じゃあ、動画の配信なんてやめりゃあいいだろ。面倒臭いはずだ」

 瀬田は応えなかった。

 しばらく歩くと、駅が見えてくる。小津駅だ。

「面接官はさ、絶対にオレに聞いてくるんだよ。『今まで何してたんですか?』って」

「何もしてないって答えるしかないだろ」

「オレは生きてただけなんだよ。でも、あんたは探偵をしてるだろ。ずっと何かをやってて、〝探偵の瀬田海山〟になった。それが羨ましいよ。オレは〝ただの金谷幸吉〟だ。名前の食いつきが良いだけだな」

 金谷は手を挙げて改札を通って行った。線路の向こうから電車のやってくる音が近づいてくる。

 瀬田は小さく呟いた。

「十万、返してもらっときゃよかったな……」

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