【対決】探偵から挑戦状を叩きつけられました EP4

≪梟亭≫に戻ったころには辺りはすっかり夜の帳が下りて真っ暗になっていた。瀬田は温かいコーヒーで緊張を解したが、すぐに考えを巡らせてジッと考え込んでしまう。

「瀬田さん、聞き込みしてみてどうでしたか?」

 このままでは見た目汚らしいおじさんが無言で過ごす動画になってしまうと危惧した高槻が慌てて瀬田に問い掛けた。

「高槻くんさ、ずっと引っ掛かってることがあるんだけどさ、犬がいる家に行ったでしょ。誰かれ構わず吠える犬がいるなら、放火された時もバカみたいに吠えてたはずなんだよね」

「バカというか、犬ですから仕方ないと思いますけどね」

「犯人はさ、吠えられても火のついた新聞紙のボールを投げ込んだわけよ。あの犬ってさ、結構距離があっても吠えてくるじゃん。もしかしたら、それで誰かが起きて来て犯人を目撃する可能性もあるわけよ。なんで犯人はそれでもあの家にしようと決めてたんだろうか」

「どうしてもあの家じゃないといけなかったとか?」

 正解を言い当てたというように、瀬田が高槻を指毛だらけの人差し指で指さした。

「そうなんだよ。あの家がターゲットだったんだよ、初めから。つまりさ、犯人には放火するための家を選ぶための選定基準があったってことになるわけだよ」

「無差別じゃなかったってことですか?」

「その基準についてずっと考えてたのよ」

「さっき聞き込みをした二〇〇九年の同日三件の家は息子さんが友人同士だったんですよね」

「でも、それをどうやって犯人は知ったのかってことなんだよ」

「高校生がいる家を狙った、とか?」

「だとしても、どうやってそれを知ったのか」

「……共通の知り合い?」

「でも、十六年色んな場所で続いてるんだよ」

「それを言われると何も言えないですけど、そもそも本当に同じ犯人によるものなんですかね? 放火の手口も新聞に書いてありましたよね」

「そうなんだよね。それを真似た模倣犯の可能性もある。だけどさ、それでも十六年ってスパンは明らかに長すぎるんだよ」

「≪自転車おじさん≫っていう話もありましたけど……何者なんでしょうね?」

「ニートか何かだろう」

「その人が犯人の可能性もありますよね。もしその人が犯人だったら、動機は何でしょうね?」

「社会に対して溜まっている鬱憤でも発散しているのかもしれない」

 そうやって二人がああでもないこうでもないと話をしていると、ドアベルが鳴った。入り口の方を見る瀬田の目が突然、不機嫌そうに細められた。

「辛気臭そうな顔をしてどうしたんだ?」

 ニヤついた顔の摩耶が立花を引きつれてボックス席までやって来た。

「一日に二回もお前の顔を見ると心が腐るんだが」

 瀬田の嫌味を摩耶は鼻で笑い飛ばす。

「腐ってるものはもう腐らないだろ」

 彼はしっかりとセットをした髪を撫でつけながら席に腰を下ろした。

「この店に用でもあるのか? お前用の酸素はないぞ」

「じゃあ、僕が吸わないように酸素をどけておけばいいんじゃないか。君にできるものならな」

 お互いずぶ濡れになるほどの水掛け論に高槻がレフェリーのように割って入った。

「摩耶さん、何か用事があって来たんですか?」

「ああ、そうだ。用事があって来たんだった。バカの相手をしていたから、僕もバカになってしまいそうだった」

「最初からバカだったんじゃないか?」

 瀬田の小言を華麗にスルーして摩耶は先を続けた。

「情報共有会をしようと思ってな」

「情報共有会だと?」

「君のしょぼい情報収集能力では、事件を解決するための手がかりを見つけられないんじゃないかと思うと不憫で仕方なくてな」

「俺の情報を聞きたいだけだろ」

「君の集めた情報を耳にしたら、的外れすぎて笑い死んでしまうかもしれん」

「じゃあ、今すぐ聞かせてやろうか?」

 摩耶は不敵な笑みを浮かべて、ジャケットのポケットから金貨を取り出した。

「この金貨を投げて、表なら僕から、裏なら君から情報を共有する」

 摩耶は人の横顔が彫られた方を表、鳥の絵が彫られた方を裏と説明した。

「なんでお前が表なんだよ」

「ああ、すまんすまん。君はいかにも〝裏〟という感じだからそう決めてしまったよ。仕方ない。ここでくらい君に表を譲ってやるとするか」

 そう言って、摩耶は顔を上の方へ向けて金貨を投げた。しかし、その金貨は消え去ってしまった。瀬田と高槻が呆気に取られていると、摩耶は意地悪そうにクツクツと笑い声を漏らした。

「今のは初歩的なマジックだよ。まだコインを投げてはいない。こんな子ども騙しに気持ち良いくらい引っ掛かるとは、君の能力の低さを如実に見せつけられたよ」

 一瞬、悔しそうな表情を浮かべた瀬田だったが、すぐに歯を見せた。

「引っ掛かってほしそうな顔をしてたから付き合ってやっただけなんだが、お前には伝わらなかったか。マジックを覚えたての子どもだから自惚れが強いんだな」

 摩耶は鼻で笑うと、今度こそ金貨を放り投げて、両掌でキャッチをした。そして、ゆっくりとその手を開くと、横顔の面──表が現れた。

「君の番だな」

「まあ、いいさ。お前にも話してもらうからな」

 瀬田の心の中には、摩耶の情報を得て考える材料にするという算段があるらしい。事細かに今日の収穫について話をした。

「ほお、いいところまで行ってるじゃないか」

 瀬田の情報を聞いても摩耶は眉一つ動かさずに余裕綽々の様子だ。

「じゃあ、次はお前の番だぞ」

 瀬田がそう促すが、摩耶はニヤニヤしたまま金貨をジャケットのポケットにしまい込んだ。

「誰が僕も捜査状況を話すと言ったんだ?」

 これには瀬田もギョッとして、次の瞬間にはテーブルを拳で叩きつけた。

「約束だっただろうが! お前も言えよ!」

「僕は情報共有会といったんだ。共有をするのは君だけだったというわけさ」

「汚いぞ、お前!」

 摩耶は愉快そうに声を上げて笑った。

「勝手に勘違いをしたのは君だろう」

「俺の情報を横取りしようとしやがったな!」

 掴みかからんばかりの瀬田から逃げるように席を立って、摩耶は透明なフレームの眼鏡を指先で直した。

「ご苦労だったな」

 そう言って店を出て行ってしまう。立花が少し行って、くるりと振り返ると静かに頭を下げた。何か言いたげだったが、彼女はそのまま摩耶の後を追って足早にドアを開けて出て行ってしまった。

「なんなんだ、あのカス!」

 テーブルの足を蹴っ飛ばす。

「ちょっとちょっと、壊さないでくれよ」

 カウンターの方で様子を窺っていた菊川が声を飛ばす。

「してやられましたね」

 いつも瀬田を笑いものにしてきた高槻だったが、少しの悔しさを見せた。

「もうあいつとは話さん」

「でも、マズいですよ。あっちに情報全部持って行かれたわけですから」

「あいつはマジで信用ならん。俺たちのところに来る前に事件のことを調べていたに違いない」

「そこまでしますかね?」

「いや、ああいう奴はそういうことを平気でやるんだよ」

「だとしたら、なんでそんなことを……?」

「WeTube界で俺たちが成り上がっていくのに嫉妬しているに違いない」

「いや……まだ僕らはそんなに成り上がった感はありませんけどね」

「未来の脅威になる芽を摘んでおこうっていう算段だろう」

 ここまで来ると自惚れも甚だしいが、瀬田は本気でそう思っているようだ。

「こうなったら、もう先手を打って出ないと瀬田さんに勝ち目がなくなりそうですね」

「そうなんだよな……」瀬田は考え込みながら、腕時計に目を落とした。「こうなったら、網を張るしかない」

 瀬田の目がギンギンにキマッていくのを高槻はちょっと引き気味に見つめた。


* * *


 カメラの前に顔の下から懐中電灯の光を当てた化け物が現れる。

「午前零時だぞ」

 瀬田の声だった。

「うわぁ……気持ち悪いですね」

 高槻の率直な感想に瀬田は懐中電灯を離してブスッとした顔をした。辛気臭い顔に光を当てると本当の亡者のように見えてしまうというのが瀬田の特技なのかもしれない。

 高槻がカメラで周囲を舐める。広い川に掛かる橋の上に二人は来ていた。橋の上を走る道路の両サイドに等間隔に並んだオレンジ色の街灯が温かみのある光を投げかけていたが、それがどこか物悲しさを増長させていた。橋の上を通るのは国道だったが、この時間は交通量が少ない。

「柳川橋に来ましたけど」

 夕方に瀬田から仮眠をしておけと言われたものの、中途半端に眠ったせいで高槻の声は寝起きみたいだった。対する瀬田はやけにテンションがt高い。

「絶好の張り込み日和だな」

「そんな日和があるなんて知りませんでした」

「市内を探してもここ以外に良いポイントはないからな」

「あの……観てる人は分からないと思うんで説明してください」

「今から俺たちは≪自転車おじさん≫をとっ捕まえようと思ってんだよ。だけど、そいつがどこを走り回ってるのか分からないわけだ。ってことで、逃げ場のないこの柳川橋で奴を待伏せしようということだ」

「でも、ここを通るかどうか分かんないっすよね」

「鷺市を一周しようとすれば、、この道を通ることになる。必ず来るさ」

 瀬田が期待しているのは、今のところ放火犯として最有力の≪自転車おじさん≫を尋問することだった。

「でも、≪自転車おじさん≫が犯人じゃなかったら?」

「あのさ、高槻くんさ、君は〝でもでも人間〟か? 仮にそいつが犯人じゃなくても、一個可能性を潰すことに意味があるんだよ」

「そっすね……」

 高槻は寒そうに身震いした。春がすぐそこまで来ているとはいえ、夜中のこの時間は底冷えがする。川の近くだからこそ、余計に気温が下がっている感覚になるのだ。二人はキャンプで使うような折り畳みの椅子を持参してきていて、橋の欄干に背を向けて並んで腰を下ろした。載ってきた車は近くに停めてある。さすがに橋の上で車を路駐するわけにもいかなかったからだ。

 椅子に座って数十分が経過する。車は数分ごとに数台が行き交うだけで、通行人もいない。

「暇ですね……」

 半分寝ながら高槻が言った。

「じゃあ、俺たちがこれからWeTube界でどうやって成功していくか討論しよう」

「いや、なんでここでそんな熱い議論を交わさなきゃいけないんですか」

「この前言ってたじゃん。フォロワーが伸びないって」

「前回のシリーズアップしてからマシになりましたよ。でも、バンバン更新できる内容じゃないですからね、≪名探偵チャンネル≫は」

「なんだ、もっと注目を浴びてる事件に飛び込んで行った方がいいのか?」

「まあ、それが理想ですけど、今くらいのところでやってるのが気が楽だともいえますけどね。でかいヤマになると、絶対厳しくなりますよ」

「俺たちって、なんのためにこんなことしてんだ?」

 ここに来てようやく根本的な疑問に辿り着いたらしい。高槻はしばらく口にする言葉を探していたが、やがて小さく言った。

「一旗揚げるため、ですかね」

「なるほどね」

 いい歳こいて柄にもなく熱くなる火種を放り投げたのか恥ずかしくなったのか、高槻は瀬田に矛先を向けた。

「瀬田さんはなんでWeTubeやろうっていう僕の誘いを受けようとしたんですか?」

「暇だったから」

 雰囲気のせいで瀬田の答えに期待していた高槻だったが、失望したように溜息をついた。

「じゃあ、今この瞬間にWeTube始めないといけないじゃないですか」

「WeTubeで待ち伏せしてる暇な時間に始めるWeTubeが暇になったらどうすんの?」

「そしたらまたWeTube始めればいいでしょ。『暇だから始めたWeTubeが暇になったんでWeTube始めました』っつって……何してんですか、瀬田さん?」

 ガサガサと音を立てながら瀬田が鷺市の地図を広げ始めた。

「マスターから地図借りてきた。これで放火された場所をおさらいしようと思ってな」

「そういうのがあるなら先に出してくださいよ。おじさんの将来の話なんて誰も聞きたくないんですよ」

 瀬田が広げた地図にはすでにいくつか書き込みがあった。

「これ、この前の時の地図じゃないですか」

≪目隠しして事件解決してみた!≫で小学生が電話を掛けた場所を特定する時に菊川が貸してくれたものだ。瀬田はペンで地図上にバツ印をつけ始めた。二〇〇六年以降に新聞で取り上げられたものなので、放火が起きた具体的な住所までは明らかではないが、町名が出ているので大きなバツ印だ。

「こうしてみると、場所がバラバラで次にどこが狙われるかなんて分からないですね」

「ここ見てみてよ」瀬田が指さすのは鷺市の外れにある豊岡町だ。「ここも現場になるってことはさ、市外にも放火の現場があるかもしれないってことなんだよ」

「そうか、別に市内の話とは限らないですもんね」

「もしかしたら、調べる必要が出てくるかもしれんな……」

 暗澹たる気持ちが瀬田の顔に滲み出てきた頃、柳川橋の向こうから無灯火の自転車が近づいてきた。フラフラと走る自転車から微かに歌声が聞こえてくる。

「はい、そこのお前、止まりなさい」

 まるで弁慶みたいに瀬田が自転車の前に立ちはだかる。

「なっ、なんすか?!」

 上下ジャージでに身を包んだ中年の男は、気の弱そうな声を上げた。瀬田が強引に男のハンドルを掴んで橋の欄干に突っ込ませた。シルバーの自転車がガツーンと夜空に金属音を轟かせた。

「あ痛っ! 何するんだ!」

「お前のことを待ってたんだよ」

「オレは待ってないんだよ!」

「やかましい。おとなしく質問に答えないと警察に突き出すぞ」

「何の容疑で?!」

 瀬田はしばらく考えた。

「放火の容疑で」

「なんでオレが!」

「お前が犯人だったらすべてが丸く収まるんだよ」

「ふざけるなよ! そんなことする意味ないだろ!」

 瀬田は男の首根っこを掴んでハンドルに押しつけた。

「おとなしくしろって言っただろ」

「瀬田さん……!」

 高槻が瀬田を制止しようとして声を上げると、男の反応が止まった。

「瀬田? あのWeTuberの?」

 虚を突かれて、瀬田は男の首から手を離した。

「なんだ、俺のこと知ってるのか?」

 男は破顔一笑した。

「いつも観てるよ! どうしようもない人間も頑張ってるんだと思うと、ニートの俺もやっていけそうだとシンパシーを感じるんだよな~」

「褒めてないだろ、それ」

「お仕事されてないんですか?」

≪自転車おじさん≫は事もなげにうなずいた。

「うん。実家暮らし」

 瀬田は顔をしかめた。

「お前……何歳だよ」

「四十五」

「親が悲しんでるぞ」

「そんなことねーよ。家のことだってちょっとやってるぞ」

「せめてちょっとじゃなくて全部やれよ」

 瀬田が正論を吐く日が来るとは読者諸君も思わなかっただろう。しかし、男は目を輝かせていた。

「なに? 放火事件のこと調べてるの?」

「そうだよ、お前が一番怪しいんだが」

「オレは犯人じゃねーよ」

「それを証明するものは?」

「ない!」

「威張って言うことじゃないだろ……。お前、名前は何て言うんだ?」

「金谷幸吉……幸せにおみくじの吉」

「縁起の良さの塊みたいな名前だな……いつもこの時間に自転車で走り回ってるのか?」

「人が少ないからね。この時間の街を支配した気分になる」

「どこに住んでるんだ?」

 金谷は橋の向こうを指さした。

「河原町。今回は何の縛りでやってるの?」

 高槻が答える。

「今回はいつもとちょっと違う感じで、ある探偵から挑戦状を叩きつけられまして……」

「へえ、誰?」

「摩耶大河という──」

「ああ、摩耶大河!」

「なんだ、あいつのことを知ってるのか? ぶっ飛ばすぞ」

 完全な言いがかりをつける瀬田に怪訝そうな視線を向ける金谷は言った。

「有名だよ、摩耶大河って。凄腕の探偵で、企業からの依頼も受けてるとか」

「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

「だって、たまにテレビに出てるよ。観たことないの?」

 二人ともろくにテレビも観ないせいで摩耶のことを知らなかったようだ。

「あいつのことはもういい」吐いて捨てるように瀬田が言う。「お前さ、社会に不満とかないのか?」

「不満? ないことはないけど……」

「なんでニートになったんだ?」

「最初はちゃんと就職もしてたんだけど、全部がバカバカしくなって辞めたんだよ」

「鬱屈した人生を送ってると破壊衝動が芽生えてもおかしくはないよな」

「だとしても刑務所で暮らすのは嫌だけどな」

「親もいるんだろ? この先親がいなくなったらどうするつもりなんだ?」

「まあ……生活保護でも受けるかな。この年になったらどこもオレを採用しないし、肉体労働は無理だろうし」

「じゃあ、若くて希望に満ち溢れた連中を見るとイライラしてくるだろ? 高校生と大学生とか」

「う~ん、基本的にオレが活動してる時間にあいつらとかち合うことないからどうでもいいかな。でも、今の時期とか夏休みの時期はこんな時間でも出歩くだろ、あいつら。それが邪魔なんだよな。せっかく静かな街だったのに。≪小津の社≫にも入ろうとするんだぜ、あいつら」

「なんだ、それ?」

「≪小津の社≫、知らない? 河原町にある曰くつきの場所。禁足地とかいうやつだよ」

 高槻がスマホで検索する。

「なんとよく分からないですね。肝試しに行ったとか面白半分に取り上げてる記事しか出てこないです」

「入ると神隠しに遭うとか不幸が起こるとか言われてんだよ。ひどいのだとこの街の放火も祟りだと言われてる。それなのに、ガキどもが入ろうとする。近所の連中がいつも見張ってるんだよ、あそこ」

「怨霊が祀られてるとかいうウワサがあるみたいですね」

「そんなことはどうでもいい。お前、なんで夜中に自転車を乗り回してるんだ?」

「運動はした方がいいだろ」

「そう思うなら仕事しろよ」

「オレだって頑張ってた時期はあったよ。でも、働きたくても企業がオレを採用しようとしない。企業が悪い」

「仕事を選ばなきゃ腐るほどあるだろ」

「なんで仕事を選ばないのが前提なんだ? 自分がやりたいと思う仕事選んだらなぜいけない? そうやって企業が選り好みした結果、社会保障費が膨れ上がるんだろ。社会貢献とか謳っておきながら外面の良いことしかしてないだろ」

 瀬田と高槻は顔を見合わせた。社会への不満は十分ありそうだ。

「悪いけどさ、オレもう行くわ」

「逃げるつもりか?」

 金谷は自転車を転がし始める。

「河原町にある畳屋の近くがオレんちだから、用事があったら来てよ!」

 そう言い残して金谷は走り去ってしまった。瀬田は肩を落とした。

「なんかめちゃくちゃ疲れた気がする……」

「どうですか、金谷さんの印象は?」

「分からん。逃げようとしなかったのは、奴が犯人じゃないのか、捕まってもいいと思ってるのか……どっちにしろ、怪しいことには変わりないし、他に容疑者らしい奴が現れてないってのが現状だな。フォロー、いいね、よろしく」

 振られてもいないのに瀬田は勝手に締めの言葉を口にして停めてきた車の方へ歩き出してしまった。

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