【時代逆行】文明の利器禁止で事件に首突っ込んでみた EP9

 鷺市民としてみれば、地元でもある鷺中央駅から徒歩一分の場所にあるホテル・サンクエトワールの存在意義があまり見出せないわけだが、ちょっと贅沢なビジネスホテルとして確固たる地位を築いているのは明白な事実だ。

 それなりに豪華なラウンジを要する入口のホールに、この場に似つかわしくない二人の落ちこぼれのおじさんたちが足早に入ってくる。

「安倍川夏子はどこだ?」

 瀬田がホテルのフロントを尋問する。フロントの男性スタッフは落ち着き払った様子で瀬田に問い掛けた。

「瀬田様でいらっしゃいますか?」

 想定していなかった返しに瀬田が戸惑っていると、男性スタッフが言う。

「鷺市警察署の二宮様からご連絡いただきまして、お待ちしておりました」

 瀬田は高槻を振り返った。

「あいつ、なかなか気が利くな」

「そう思うなら、今度会った時にちゃんとお礼言ってくださいよ」

 親が子どもを躾けるように高槻が言った。瀬田はそれを無視して案内をする男性スタッフについていく。エレベータに乗り、最上階に向かう。

 ホテル・サンクエトワールの最上階はスイートルームのフロアになっている。足音のしないふかふかの廊下を進んで行くと、一番奥の部屋の前で男性スタッフが足を止めた。ノックすると、少ししてドアが開く。現れたのは、なんとも派手な虎の顔面がプリントされた服を着た女性……安倍川夏子だった。

「ああ、来たんやね。入って、入って!」

 瀬田と高槻はリビングのソファに座るように促された。

「警察の……あの気弱そうな人いたやろ。あの人からあんたらが来るって聞いてたんや。……なんか飲む?」

 安倍川は早口でまくしたてながら部屋の奥の方に引っ込んで行った。

「強烈なおばはんだ……」

 瀬田が呆気に取られていると、奥の方から缶を三本抱えた安部川が戻ってきた。

「ホテルで出してるジュースみたいなんやけど、柚子ジュース」

 瀬田と高槻の前に一本ずつ置いて、安倍川は自分でもプルタブを開けて一口流し込んだ。

「昔から柚子好きやねん。……えらいおとなしい人らやね」

「すごいシャツ着てますね……」

 高槻が苦笑とともに安倍川の胸元を指さす。牙を剥き出した虎の顔が大写しになっている。

「こういう仕事やから、お化け出そうなとこしょっちゅう行くのよ。お化け威嚇用」

 笑って胸元の虎をバシバシと叩いている。テレビ出演の際にはおとなしい衣装で我慢しているらしい。

「聞きたいことがあって来たんだが」強烈なキャラの前で単なる凡人と化した瀬田が本題に切り込む。「≪赤いコートのカナコ≫が実際に現れたのか?」

「正確に言うと、アレは≪赤いコートのカナコ≫〝みたいな〟もんってとこやね」

「それは傘を差してたからか?」

「そうやね」

「なんで今回現れた奴は都市伝説とか元ネタの不審者情報にない傘を差してたんだ?」

「それが分かれば苦労しないんやけどね。人によったら傘差してなかったりすんのよ。もうバラバラ。でも、赤いコートと赤い靴はみんな共通してんねん」

「それ、全部本当に信用できる目撃情報なんですか?」

 柚子ジュースの缶を手に取って高槻が聞いた。

「中には、又聞きの情報を話す人もおんねん。人と話してるうちに自分が見たもんやと思い込んでまうっていうのは、わりかしよくあることなのよ」

「なんか、傘っていう情報だけはフッと湧いて出たみたいな感じですね」

「そやねん。目撃情報があった頃って、雨全然降らなかったでしょ。晴れた夜に傘差したりしてんねん。めっちゃ不可解やねんな」

「『kanako』を口ずさんでたっていうのも、共通してるんだろ?」

「それが共通してないねん。歌ってるっていう証言が少ないくらいや」

「聞けば聞くほど、≪カナコ≫とズレてるな……」

「そういうズレがなんで起こったのかっていうのも調べてる最中やねん」

 瀬田が柚子ジュースに手をつける。一口飲んで、どうやらお気に召したらしい。もう一口を喉を鳴らして飲み込んだ。

「そもそも、なんで≪カナコ≫は『kanako』って曲を口ずさんでるんですか?」

「好きな曲やったんちゃうん、知らんけど。それは、不審者情報で出て来てることやから、その女の人にしか分からないんちゃうん。もともとからして、めっちゃ女々しい歌やったし、心傷ついてる系の子には受けたんやないかな」

 主人公が大切に思っていた女性との別れを経験してもその彼女のことが忘れられず、新しく出会う女性に前の彼女の影を重ねてしまうという歌詞の世界観を持つのが『kanako』だ。

 安倍川は高槻のカメラを一瞥した。

「それで、お二人も≪カナコ≫のこと調べてるって聞いたけど」

「実はですね……」

 高槻が手短に青藍大学で試験問題が流出した件を受けて調査していることやそれを発端にして≪赤いコートのカナコ≫まで至った経緯を説明した。

「ははあ、青藍大学ねえ……」そう言って安倍川は柚子ジュースの残りを一気に呷った。「ほなら、実際の場所に行ってみよか」

「実際の場所?」

「そら、五年前の不審者情報が出た場所よ」


* * *


 高槻が運転する車で安倍川と瀬田は青藍大学駅周辺の住宅街にやって来た。

「五年前の不審者情報って大学の近くだったんですね」

 青藍大学からは歩いて十分ほどの閑静な住宅街だ。時刻は三時を回ったばかりだが、空を覆う厚い雲や連日の低温注意報のせいで底冷えする寒さが広がっている。

「なんで冬って寒いのかね」

 どうにもならない愚痴をこぼす瀬田を無視して、安倍川はどんどん歩いて行ってしまう。天然パーマなのか分からないが、クルクルの髪の毛を風になびかせて。

「五年前に不審者に出くわした子にも話聞いて、赤いコートの女がいた場所も割れてんねん。当時はてんやわんややったらしい」

「怪しい女が目撃されただけでそこまで騒ぎになるもんですかね?」

 意外と歩くのが速い安倍川を必死に追いかけながら高槻が質問する。

「子どもの間でウワサが広がると大事になるもんやで。口裂け女の時もそうやったし」

「ちょっと……お前ら……ちょっと待て……」

 ヘロヘロの瀬田が十メートルほど遅れてやって来る。安倍川の案内で、瀬田たちは古びたアパートのある路地に入って行く。安倍川が向こうの電信柱を指さした。

「あそこで赤いコートの女が目撃されてんで」

「また不気味な路地だな……」

 寒さではなく恐怖で体を震わせる瀬田。

「あそこに若い女がいたわけですか」

「『kanako』を口ずさみながらフラフラ歩いてたらしいで」

 三人で電信柱の下に立つ。瀬田は安倍川をジッと見つめた。

「なんで俺らをここに連れて来たんだ?」

「あんたら青藍大学のこと調べてるんやろ? 赤いコートの女は青藍大学の学生ってウワサが最近になってSNSで流れてんねん」

「え? なんで急に?」

 高槻が持つカメラが揺れた。

「大学が近いっていうことが一つ。もう一つが、ちょっと行ったとこにマンションがあるんやけど、そこが女性専用の学生寮になってるのよ」

「でもそれだけで断言はできないでしょう」

「そうやけど、ずっとそういうウワサが出てけえへんかったのに、今になってっていうのが引っ掛かってんねん」

 瀬田は周囲をキョロキョロとしている。まだ辺りは明るいが、夕方になれば静けさも相まって恐ろしい気持ちが芽生えてもおかしくはない。まさに逢魔が時というやつだ。

「で、その学生寮の人間は何て言ってたんだ?」

「それ聞こうと思ってた矢先にあんたらが来るって言うからホテル戻ったのよ」

 これ見よがしに困った表情を見せて安倍川はそう嘆いた。

「そうだったんですか……それはすみませんでした」

「ええってことよ。せやから、今から話聞きに行こう思てんけど、どうする?」

 高槻は瀬田と顔を見合わせるとうなずいた。

「僕たちも行きます」

 安倍川は高槻がそう言い終えるより先に歩き出した。ずいぶんとせっかちな人間である。

 前を行く安倍川を追いながら、高槻は瀬田にカメラを向けた。

「ここまで来ちゃったわけですけど、こんなんで≪スプリングタイム≫の正体に迫れるんですかね?」

「分からん。なんか得体のしれないバケモンの正体には迫ってる気がする。俺たち死ぬかもしれないぞ」

「いや、そんなホラー映画みたいなことにはならないでしょ……」

「しかし、もし赤いコートの女が青藍大学の学生だとしたら、これはかなりアレだな」

「アレってなんすか」

「この前の赤いコートの女の出没が試験問題の流出の成功のスイッチになってるわけだよ。でもって、もし五年前の赤いコートの女が青藍大学の学生だとしたらさ、これはもうアレだよ」

「結局アレじゃないですか。でもそうなると、ただの偶然では片付かなくなりそうですね」

「これで意味なかったら人生を無駄にしたようなもんだよ」

「大丈夫ですよ。今までさんざん無駄にしてきたんですから」

「え? どういう意味?」


* * *


 六階建てのマンションは煉瓦のような外壁だ。さっきよりも暗さを増して風を強める空が建物全体に暗い影を落としている。それがどことなく陰鬱な雰囲気を醸し出す。マンションの中に入って、寮長の女性に話を聞く機会を設けてもらうと、会合用の部屋に通された。やって来た穂積という寮長はふくよかな女性だった。穂積は高塚の設置したカメラに一瞬尻込みしたが、説明を受けて渋々了承した。というより、高槻が押し通した。

「私たちあることを調べてまして……」

 安倍川は畏まって標準語を駆使するが、関西のイントネーションは残ったままだ。

「なんでしょう?」

 穂積は人当たりの良い表情で小首を傾げた。

「五年前、この辺りで赤いコートを着た女性が目撃されたと思うんですけど──」

 目に見えて分かるほど、穂積の表情が一変した。瀬田はその変化を目敏く見つけると、鋭く声を飛ばした。

「何か知ってるだろ」

「いえ、私は……」

 顔面蒼白になった穂積はしどろもどろになってしまう。安倍川は諭すように顔を寄せる。

「私たちはね、誰かを責めたいわけじゃないんです。ただ、何があったのかを知りたいだけなんです」

 穂積は長い時間逡巡していたが、やがて自分の心を揉み解すように手を揉みながら少しずつ話し始めた。

「きっと……赤いコートを着た女性というのは、このマンションに住んでいた子だと思います」

「どうしてそう思うの?」

 不安を露わにする穂積に寄り添うように安倍川は聞いた。

「五年前、このマンションで亡くなった子がいるんです」

「亡くなった? なぜ?」

「……自殺だったんです」

 瀬田たちの表情が途端に険しくなる。穂積は記憶の断片をゆっくりと釣り上げるように言葉を口にしていった。

「私はここで住み込みでこの仕事七年ほどやっていますけど、五年前のあの日、夜遅くにひどく憔悴した様子で帰ってきました。泣き疲れた感じで髪も乱れて、私は声をかけることができなかったのを今でも覚えています。あの時、ちゃんと話を聞いていれば、あんなことにはならなかったかもしれないと思うと……」

 安倍川は穂積に身を寄せて、その肩に触れると、優しい声で言った。

「間違ったことなんかやなかったと思うよ」

「でも、あの子、いつも一人でいたから……きっと思い詰めていたんだと思います」

「その人はどうして自殺を……?」

 高槻がそう聞くと、穂積は首を振った。

「警察の方も色々と調べていたみたいですが……。ただ、あの子が大学へ行かなくなってから少し話したことがあるんです。彼女は大学を辞めると言っていました。あんな所にはいたくない、と」

「しかし、なんでそれでそいつが赤いコートを着た女だということになるんだ?」

 瀬田が疑問をぶつけると、穂積は当時を思い出すように眉間に皺を寄せた。

「あの子も赤いコートと赤い靴をよく身につけていたからです」

「そういう奴は他にもいるだろ」

「あの子、大学に行かなくなってから、フラフラと出歩くようになってしまって……いつも思い詰めたような、生気のない顔でマンションを出て行くんです。それも赤いコートと赤い靴を履いて。その直後くらいにあの不審者情報が広がって……」

「もしかして」安倍川が身を乗り出す。「『kanako』っていう曲も……?」

「ええ。あの子、スプリングタイムっていうバンドが好きだったみたいで、よく部屋から曲が流れているのを聞いてました」

「はぁ……」安倍川は力が抜けたように息をついた。「今までよく誰にも言わなかったわね」

「私も、マンションに住んでいた子たちも、誰もそんなことを言えませんでした。食事の時に顔を合わせて、家族みたいなところがありましたし、あの子がああなってしまったことに責任を感じていましたから」

「その人は外に出かけて行って何をしていたんでしょうか?」

 高槻が尋ねると、穂積はまた首を振った。

「分かりません。今から思うと、精神が不安定で自分でも何をしているか分からなかったんじゃないでしょうか」

「それで、外を出歩くようになった後で……その、自分で……?」

「しばらく部屋から出てこなくなってしまって……まわりの部屋の子たちから変なにおいがすると話が合って……それで、警察の方と一緒に部屋へ……そこであの子が亡くなっているのを見つけたんです」

 重い空気が流れる。穂積は五年の歳月を良心の呵責に耐えながら今まで過ごしてきたのだろう。今は静かに涙を流していた。高槻は沈黙の中で口にしづらいままだった質問を、申し訳なさそうに穂積に向けた。

「その人の名前は?」

「相見紗南ちゃんです」


* * *


 学生寮を後にした三人は車に乗って鷺市警察署に向かっていた。学生寮で起きた五年前の自殺について話を聞きに行くためだ。

「しかし、まさか、こんな展開になるとは……」

 運転席で高槻が口を開いた。

「相見紗南さんが当時の不審者情報の人物っていうのは、ほぼ間違いなさそうやね」

 明らかにした真実に暗い過去が横たわっていたことに、安倍川も複雑な表情を見せる。

「瀬田さんはどう思います?」

「まあ、これで≪赤いコートのカナコ≫の正体は見破ったわけだし、これでもう怖くはないよな」

「やっぱり怖かったんじゃないですか」

「たださ、高槻くんさ、問題は五年前の件と今回現れた赤いコートの女と試験問題の流出が全部繋がりかけてるってことなんだよ」

「確かに……全部青藍大学を中心に展開してるというか。今回現れた赤いコートの女って一体何なんでしょうね?」

「愉快犯かもしれへんけどね」安倍川がそう言う。「口裂け女の時も悪戯で話に出てくるような格好をして包丁を持った女の人が出てつかまったりしてんねん」

「なんでそんなことしちゃうんですかね?」

「みんなおかしなってまうのよ……騒動の中で自分自身を保とうとしてね」

 瀬田は流れていく窓の外を無精ヒゲをいじりながら見つめていた。

「何考えてるんですか、瀬田さん?」

「いやね、ここに来てさ、いよいよ≪スプリングタイム≫って名前に意味があるように思えてきたわけよ」

「偶然じゃなくて?」

「相見さんはさ、青藍大学が嫌で自殺しちゃったわけじゃん。その自殺の理由によっては、相見さんを大切に思ってた人にとっては青藍大学は敵なわけよ」

「まさか、それが試験問題の流出ってことですか?」

「そう考えられなくもないでしょ」

「う~ん……だったらもっと別の方法で大学を攻撃しそうなもんじゃないですか? それに、なんで五年経った今になって……」

「いや、まあ、そうなんだけどね……」

「分からへんよ」安倍川が瀬田に助け舟を出す。「人の怨念なんてどこでどう噴き出すかなんて誰にも分からんもんやし。何かがきっかけになって、今っていうタイミングになったっていうことも言えるかもしれへんよね」

 そうこう話しているうちに、車は今日再びの鷺市警察署へ。瀬田はよっぽど相見紗南の自殺についての情報を得たいのか、安倍川よりも速いスピードで署の正面玄関に飛び込んで行った。

 すぐさま二宮がひっとらえられ、高槻のカメラの前に引きずり出された。署の廊下の壁に背をつけて、二宮は怯えた表情を浮かべる。

「すいません、二宮さん、ちょっと調査が進展しまして、新たに聞きたいことが出て来たんですよ」

「な、なんですか……?」

「その前に、瀬田さん、二宮さんにお礼を言ってください」

 知らん振りをしていた瀬田だったが、諫めるようにジッと見つめる高槻の視線についに根負けしたようだった。

「その……さっきは助かったぞ。安倍川夏子に話を通しておいてくれたな」

 目を背けてそう言う瀬田に二宮は嬉しそうにうなずいた。

「お役に立てたならよかったですよ。無事合流されたみたいで……」

 二宮は安倍川に目を向けて軽く頭を下げた。

「そんなことはどうでもいいんだよ」子ども時代に経験すべき人間的成長を少し見せた瀬田であったが、すぐにいつもの調子を取り戻した。「二宮、五年前に青藍大学近くのマンションで起きた自殺について詳しい情報を教えろ」

「ああ、五年前の……アレはですね──」

 すんなりと話し始めようとする二宮に高槻が口を挟む。

「二宮さんって、色んな事件の記憶力凄くないですか?」

「私、無駄に記憶力良いんですよね。……それで、五年前の件ですが、青藍大学心理学部の二年生・相見紗南さんという方が学生寮の自室で首を吊っているのが見つかった件ですね」

「自殺の原因は明らかになってないと聞いたが」

「そうですね。遺書などが見つかっておらず、ご家族や交友関係を当たっても、なぜ自ら死を選んでしまったのか分からなかったそうです」

「遺書がないのに、確かに自殺なのか?」

「遺書のない自殺の方が多いんですよ」

「自殺の動機についてちゃんと調べたのか?」

「調べてるはずですよ。ただ、自殺の数日前から取り留めのない行動を繰り返していて、精神的錯乱状態に陥っていたであろうことは推測されていました」

「取り留めのない行動って、街を徘徊したりとかですか?」

 高槻が聞くと、二宮はうなずいた。

「そうですね。あとは、部屋で音楽を大音量で流したり、大量の食べ物を買って食べたり、泣きながら店員に当たり散らしたり、近くの金物屋で包丁を買ったり、コンビニでレターパックを買ったり……行動がバラバラで」

「相見紗南が≪赤いコートのカナコ≫の元ネタになっていたってのは分かっていたのか?」

「あのウワサですね。警察でも把握していましたが、それを公表するのは故人の尊厳にも関わることでしたので、控えたと聞いています」

「ウワサは妥当だったのか?」

「おそらくは。相見さんの部屋には赤いコートと赤い靴がありましたし、彼女がフラフラと出歩いていたという学生寮の寮長さんの証言を加味すると、ウワサで見られる情報と合致しますからね。スプリングタイムのポスターやCDも彼女の部屋から見つかっています」

「部屋の物は処分されたんですか?」

 高槻が聞くと、二宮は首を振った。

「愛知に住むご遺族が全て引き取られたそうです」

 瀬田が鋭い眼光を二宮に向けた。

「相見さんに兄弟はいるのか?」

「確か、当時高校生になりたての弟さんがいたと思います」

「つまり、今は順当にいけば、大学二年生の代ということか」

「そういうことになりますね」

「そこまで調べ上げていて、なんで自殺の理由が分からなかったんだ?」

 二宮は頭を掻いて、物言いたげだ。

「ちょうど同じ頃に鷺市内の警察が通り魔事件に掛かりきりだったのもあるかもしれません」

「通り魔事件……」高槻は記憶の中の引っ掛かりに手を伸ばした。「確か、青藍大学の警備員さんがそんなこと言ってましたね」

 二宮が目を丸くした。

「きっと、通り魔を捕まえた方じゃないですか?」

「その混乱も相まって≪赤いコートのカナコ≫が強烈に都市伝説化されたんやね」

 安倍川が合点の行ったように深くうなずいた。

「その通り魔ってどうなったんだ?」

 一番詳しくあってほしい探偵の瀬田がそう尋ねる。

「今も服役してますよ」

 瀬田は何かを掴んだのか、腕組みをして眉間に皺を寄せて、脳の奥底から答えに繋がるような考えを引き出そうとしている。

「相見さんの弟に連絡は取れるのか?」

「ご実家の連絡先ならこちらにありますが」

 乗り気になった瀬田に高槻がカメラを向けた。

「電話するつもりですか? 一万円がかかりますけど」

「愛知に行くより電話した方が安いだろ」

「じゃあ、電話するんですね?」

 強い口調でそう聞くと、瀬田は断腸の思いでうなずいた。

「天気も悪なってきたし、そろそろお暇するわ。アタシはもう用済みみたいやしね」

 安倍川が悪戯っぽく笑った。

「すみません、お世話になりました。ありがとうございます」

「ええよ。アタシも有意義な時間過ごせたわ」

 ニコニコ笑って安倍川が去っていく。

「じゃあ、瀬田さん、これから相見さんの実家へ電話を掛けるわけですが、この辺りで一旦動画を締めたいと思います」

「あ、ホントに? ずいぶん長く回したな」

「編集でちょっと短くしときます」

 瀬田はカメラに指毛だらけの人差し指を向けた。

「そろそろ事件も佳境に差し掛かってきた気がするぞ。次も観ろよ。それから、フォローといいねも頼むぞ」

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