【時代逆行】文明の利器禁止で事件に首突っ込んでみた EP7

 お馴染みの≪梟亭≫から動画は始まる。瀬田は落ち着いた様子でコーヒーを啜っていた。つい昨日、二万円を失ったとは思えないほどである。

「瀬田さん、あの映像の切り抜きを掲示板に出してからずっとここであの二人の学生が現れるのを待ってるわけですが……」

 時計の針はもう午後五時を回っている。

「高槻くんさ、ずいぶん焦ってるように見えるね」

「さっきこのシリーズの尺計算をしてたんですよ。このままだとたぶんシリーズで一番長くなりそうなんですよね」

「まあ、これがうまくいけばもうすぐ終わるよ。心配しなさんな」

「ホントですかぁ?」

「じゃあさ、高槻くんさ、あの二人組が現れるかどうか賭けをしようじゃないか」

「嫌です」

 瀬田からの悪魔の誘いをピシャリと切り捨てて、高槻は青藍大学の手帳に書き殴ったメモに目を落とした。

「思えば、試験問題を盗み出した人間を特定するまで、かなり時間かかりましたね」

「言われてみると、なんでこんな手間取ってるんだろうね。文明の利器禁止はともかくとして、事件の構造自体はめっちゃシンプルだよな」

「あの、アレじゃないですか、ドミノ式にブレイクダンス部が広場に移ることになったのを瀬田さんがやけにしつこく突いたからじゃないですか」

「アレはね、一万円を死守するために仕方なかったのよ」

「でも、結局全部で三万いかれてますから」

「いかれてるっていうか、高槻くんに持って行かれてるんだが」

「まあまあ、いいじゃないですか。視聴者のコメントにもありましたよ。『全然罰金払わないの、観ててつまらん』って」

「こっちは必死なのよ。もう金は払わんからね」

 しょうもないプライドを掲げたところで、≪梟亭≫のドアベルが店内に鳴り響いた。二人の学生が店内をキョロキョロしている。マスターの菊川が彼らと二言三言かわすと、瀬田たちのいるボックス席を指さした。

「やっと来たか」

 瀬田が座席の奥に詰めて、開いた二人分のスペースに学生たちが腰を下ろした。あの防犯カメラの映像に捉えられた二人組に間違いなかった。

「ここに来いとあったんで来ました」

「お前らが試験問題を盗み出したの?」

 二人は躊躇いがちにうなずいた。摂津と本山と名乗った二人組は、断頭台に上ったように思い詰めたような表情をしていた。

「どうやって盗み出したんですか?」

 高槻が尋ねたが、摂津の方がカメラの方を気にしていた。

「これ撮影してるんですよね?」

「撮影してるからなんだよ。お前らは何のためにここに来たんだ?」

 瀬田が厳しい言葉を放つと、摂津は言い返す術を失ってしまった。高槻が優しい表情で言う。

「二人の顔や声が直接公開されるわけではないので」

「いや、いいですよ。喋りますよ。ずっとビクビクして過ごしてきたんです」

 本山は初めから覚悟していたようだった。

「じゃあ、改めて……どうやって試験問題を盗み出したんですか?」

「少し前に別の先生が言ってたのを覚えてたんです。試験問題のデータを大学の共有サーバに上げないといけないんだって。その先生がノートパソコンを開いている時に、共有サーバのフォルダを開いているのも見たことがあって……それを利用できるかなと考えたんです。同じネットワーク上であれば、PC間のファイル共有ができるので、こっちのPCへのショートカットが作れるんです。なので、僕のモバイルWi-Fiルータに安城先生のPCを接続して、僕のPCへのショートカットを大学の共有サーバへのショートカットに偽装して安城先生のPCのデスクトップに置いたんです」

「その仕掛けを建物の裏の茂みの中に隠したんだろ?」

 瀬田がそう言うと、二人は驚いた。

「そうです。なんで分かったんですか?」

「お天道様は見てるんだよ」

 二人は後悔に打ちひしがれた顔で俯いた。

「それを実行したのが一月十六日ですか?」

 摂津が気落ちしながらもうなずく。

「そうです。安城先生が大学の共有サーバに試験問題のデータを置くきっかけを作らないといけなかったので、まずは掲示板に封筒を貼りつけて、試験問題が入っていたように装いました」

「それで試験問題を作り直させたわけですね」

「はい。もう一つの理由が、安城先生を研究室の外に誘導することでした。そうすることで、安城先生のPCをいじれるので」

「あのさ、君たちさ、安城が研究室から出てこなかったらどうするつもりだったの?」

 瀬田が疑問をぶつけると、二人は顔を見合わせた。まるで、そんなことなど想定していなかったかのように。

「その時は……そうですね、諦めていたかもしれないですね」

「つまり、一種の賭けだったわけですか?」

「そうかもしれないです」

 沈黙が流れる。店内のジャズのBGMがその隙間を埋める。瀬田はゆっくり息を吐いて、背もたれに寄り掛かった。

「こういうことだよ、高槻くん」

 一件落着という空気感だ。高槻は肩の荷が下りたような摂津に質問を投げかける。

「どうしてこんなことを?」

 摂津はたっぷりと時間を取って答えた。

「気に食わなかったからです、安城先生が」

「それでこんなことを?」

 摂津は力のない笑みをこぼした。

「今思えば、僕だってそう思いますよ。でもあの時は我慢の限界だったんです。あんなに人の気持ちを考えられない奴に成績を左右されたくなかった。ムカついて、いつか痛い目に遭わせてやりたいと思ったんです」

 真に迫った告白だった。狭い世界しか見ることができなかった若者が、直面している大学という世界が全てだと思い込んで突っ走ってしまったが故の過ち。

「そういうことですね、瀬田さん」

 想定していた事件の姿と違わぬ結末に、高槻はやるせない表情を浮かべた。しかし、瀬田はジッと本山の顔を見つめていた。

「君はさ、こいつが喋ってる間ずっと黙ってたけどさ、名乗り出たくなかったわけでしょ? 満足してたわけだろ、安城を罠にハメて」

「違いますよ」不貞腐れた顔で本山は食い下がる。「俺たちだけが悪いわけじゃない。この計画はBlabberのグループDMで何人かと考えてたんですよ。そいつらも同罪です」

「他に何人くらいが関わってるんですか?」

「四、五人です」

「Blabberで試験問題のデータを買ったという学生もいましたけど、そういう人ですか?」

「違いますよ」本山は鼻で笑った。「そいつらはおまけみたいなもんです」

「そいつらの名前は?」

 踏み込んだ瀬田を本山は軽くいなす。

「分からないですよ。みんな本名じゃないから。俺らは友達同士だったからお互いが分かりますけど、あとの奴らとはBlabberでしか会ったことがない」

「そんなんでよくこんなこと実行できたな」

 本山は肩をすくめた。

「熱くなってたんですよ。みんなで不満を言い合ったり、将来のこと話してるうちに。で、そのうち、誰かが今回の計画のことを提案して……」

「でも、そういえば……」ここで摂津が口を開いた。「その中にリーダーみたいな人がいて、その人が言い出したんですよ。試験問題を盗み出そうって。それから、みんな冗談交じりに案を出し合っていくようになったんです」

「Blabberのアカウントは分かりますか?」

「いや、もうアカウント削除してるんで、詳しくは分からないですけど、≪スプリングタイム≫っていう名前でBlabberをやってました」

「≪スプリングタイム≫……?」

 瀬田が無精ヒゲをいじりながら首を捻った。

「青藍大学の学生ですか?」

「たぶんそうだと思います。大学のことに詳しかったし、確か安城先生を外に誘導する方法を考えたのもその人だったと思います」

「≪スプリングタイム≫……」瀬田がボサボサ頭を掻き毟る。「なんかどっかで聞いたことあるな……なんだっけね、高槻くん?」

 高槻が曖昧に返事をしていると、本山が答える。

「アレですよ、何年か前にちょっと流行ったバンド」

「ああ」高槻が手を叩いた。「あの……付き合ってる恋人が実は死んでたみたいなドラマの主題歌の」

「そうです。『listen』っていう曲を歌ってたバンド」

 瀬田はそれでも記憶を絞り出そうとしている。そのせいで、なんともひどい顔になっている。

「どうしたんですか、瀬田さん?」

「いや、あのさ、なんだっけ……あの……なんか怖い奴らじゃなかったっけ?」

「怖い奴ら?」

 摂津はピンときたようだった。

「アレじゃないですか、『kanako』っていう曲が怪談になったっていう」

「ああっ! それだぁ!」骨ばって毛だらけの人差し指で摂津を指さす。「≪赤いコートのカナコ≫のやつだ!」

 大声を上げて興奮する瀬田を高槻は白い目で見つめた。

「なんすか、それ?」

「何年か前に話題になったんだよ! な?」

 瀬田が二人の学生に問い掛けると、うなずきが返ってくる。

「≪赤いコートのカナコ≫っつって、そいつがその歌を口ずさんでんだよ。しかも、鷺市にも出るってウワサだったんだよ! な?」

 瀬田が二人の学生に問い掛けると、またもやうなずきが返ってくる。

「アレのせいで、毎日夜中にコンビニにミルクプリン買いに行ってたのに行けなくなったんだぞ、俺は」

「その前になんですか、その習慣は……」

「でも、その時、小学校とかはボランティアを通学路に立たせてたりしましたよね。ニュースにもなってました」

「何年前の話ですか、それ?」

「たぶん、五年くらい前じゃないですかね」

「ああ、その頃はまだ会社にいたから知らないんだ」

 テレビの制作会社にいた高槻は、その頃の私生活では一切メディアというものに触れていなかった。

「まあ、そんなことはどうでもいいんだよ」ひとしきり盛り上がったところで、瀬田は我に返った。「お前らがやったことは、ごめんなさいで済む話じゃない。大学には俺たちから話をする。処遇は大学が決める。それでいいな?」

 摂津はうなずいた。本山は身動きしなかった。

「他の奴らも捕まえてくださいよ」

「分かった、分かった。そいつらを全部見つけてから、大学には話す。お前らも逃げるなよ」

「分かってますよ」

「じゃあ、まあ、二人も何か新しい情報があったら知らせてもらって……」

 高槻が名刺を渡そうとしたが、本山は手を引っ込めた。

「WeTubeやってるんですよね、そこのメールから送るんでいいですよ」

 高槻の表情が険しくなる。

「名刺は差し出されたら受け取りなさい」

 有無を言わさぬ様子で二人に名刺を握らせた。


* * *


 摂津と本山の二人が≪梟亭≫を出て行くと、瀬田は深い溜息をついた。

「ずいぶん落ち込んでますね」

「いや、あのさ、高槻くんさ、こっちはもう事件解決した気でいたわけよ。まだ続くかと思うと、気が滅入るよ……」

「黒幕みたいな奴がいたんですね」

「たかが試験問題を盗むくらいで大袈裟なんだよ」

「全然〝たかが〟じゃないですけどね。それで、これからどうしますか? ≪スプリングタイム≫を探すわけですけども」

「それなんだけどさ、高槻くんさ、まだ文明の利器禁止なんでしょ?」

「禁止ですね」

「Blabberは見れない。見れたとしても、もうそいつはアカウント消してるわけでしょ」

「でも、青藍大学の学生っぽいという話でしたけど」

 瀬田は腕組みをした。

「また掲示板に出すか? ……でもなぁ、アレは画像があったからできたわけだしな」

「また大学で情報収集しますか?」

「……今は五時過ぎてんでしょ?」

 高槻は腕時計に目をやる。

「もう六時前ですよ」

 渋り切った顔で瀬田がスケジュールを絞り出す。

「……じゃあ、明日、大学行く?」

「めちゃくちゃ嫌そうですね」

「いや、でもさ、金山さんから謝礼もらうには解決しないといけないわけじゃん。俺には選択肢がないんだよ」

「お金もらうために調査続けるんですね」

「そりゃ、そうよ」

「じゃあ、また明日ということで……ちょっと今回は短いですけど、ここで締めましょうかね。では、瀬田さん……」

 高槻が締めの言葉を促す。

「ご視聴ありがとうございます。フォローといいねをお願いします」

「もうちょっと感情入れてくださいよ」

「もう疲れたのよ」

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