【時代逆行】文明の利器禁止で事件に首突っ込んでみた EP6

 二日が経った。お馴染みの≪梟亭≫のボックス席には、ようやくフラットな状態になった瀬田が座っていた。

「高槻くんさ、あの一万円はどうしたの?」

「パチスロで速攻溶けました」

 想像していたよりもひどい使い道に瀬田はガックリと肩を落とした。

「ドブに捨てた方がまだマシだったわ……」

「まあ、いいじゃないですか」高槻が他人事のように慰める。「四十分くらいは持ちましたから」

「負けてるじゃん。せめて勝っててくれよ」

「そんなことはどうでもいいんですよ」

 高槻の非情な話の進め方に、せっかく立ち直った瀬田も泣きそうである。

「どうでもはよくないよ……」

「今日、ここで撮影するって言ったじゃないですか。その時に、伝えたことがあるんですけど、覚えてます?」

「ああ、なんか、メールかなんかが来たんでしょ、このチャンネルに」

「そうなんです。ただですね、そのメールはある情報を持ってるというタレコミだったわけですが……」

「どういう情報?」

 身を乗り出す瀬田に高槻が意地悪な笑みを向ける。

「気になりますよね? でも、メールって、文明の利器ですから、瀬田さん見れないんですよ」

「おい、まさかまたパチスロ資金をせびってるんじゃないだろうな」

「僕はそんな鬼じゃありません。この情報提供者とですね、実際に会う手筈を整えました。なので、直接情報提供者に話を聞くことができます」

「おお、やるじゃないの」

 もともと何の制約もなしに読めるはずのメールなのに、今の瀬田は高槻の術中にハマってありがたみを感じていた。

「その情報提供者について少しだけ話しておきますと、まず、自分のやったことを誰にも告発しないと約束するように言ってきてます」

「あのさ、高槻くんさ、もしそいつが犯人だったらどうすんの?」

「その時は瀬田さんにお任せしますよ」

「気まぐれシェフになっていいの?」

「どう料理してもいいです。それから、その情報提供者は顔出しNGで、顔を隠してくるそうなんですが、動画上でもモザイクと音声の加工をするように言ってきています」

 瀬田は顔をしかめた。

「ははあ、こりゃ、そいつ退学レベルのことをやってるかもしれないね」

「で、最後に、この情報提供者は≪ディープ・スロート≫と名乗っています」

「え……?」瀬田の眉間に皺が刻まれる。「急にエロい話?」

「違いますよ。知らないんですか? ≪ウォーターゲート事件≫のことを」

「なにそれ?」

「一九七二年にアメリカで起こった政治スキャンダルですよ。その時に内部情報を新聞社に流していた人物が≪ディープ・スロート≫と呼ばれていたんです。たぶん、それに倣って名乗ってるんだと思いますが」

「ふ~ん、で、その≪ディープ・スロート≫とはどこで会うの?」

「ここです。もうすぐ約束の時間なんで、反故にしない限りはやって来ると思います」

「しかしまたずいぶん大袈裟だね、そいつも」

「調べたら、青藍大学にジャーナリズムの科目もあるみたいで、もしかしたら、そこで≪ディープ・スロート≫のことを知ったのかもしれないですね」


* * *


 瀬田のコーヒーカップが空になる頃、≪梟亭≫の入口のドアが開いてベルが鳴った。姿を見せたのは、上下黒いジャージ姿で、顔はマスクとサングラスをした短髪の人物だった。高槻が挨拶をすると、その人物は足早にボックス席にやって来た。高槻に促されて瀬田の隣に腰かける。

「お前が≪ディープ・スロート≫?」

「そうです」

 男の声だった。高槻が青藍大学の手帳を広げてペンを構える。

「じゃあ早速話を──」

「ちょっと待ってください。本当に約束は守ってくれるんですよね」

 瀬田と高槻が声を揃える。

「もちろん」

 あまりにも軽い返事だったからか、≪ディープ・スロート≫は少し躊躇っていたが、やがて意を決したようにうなずいた。

「分かりました。話します」

「じゃあまず、どうして瀬田さんに情報提供したいと思ったんですか?」

「大学のあちこちで調べ回ってると聞いたんで……掻き回されて大事になる前に、と思って……」

「もう大事だけどね」

 相手の反応を探るように瀬田が言う。≪ディープ・スロート≫は素直に、

「そうですよね……」

 と返した。高槻は先を促す。

「それで、どういう情報を話してくれるんですか?」

「人間科学概論の試験問題の情報を買ったんです」

「買った?」瀬田が目を丸くする。「どこで?」

「Blabberです」

「Blabberで売ってたのか?」

「いや、そういうわけじゃないんですけど……ある時、Blabberに安城先生の悪口を書いたんですよ」

「あのおっさん、ホントに嫌われてんだな」

「評判悪いですよ。急に問題出してきて、答えられないと嫌味を言ったりとか……喋ってても俺たちのことを下に見てるのが分かるんですよ」

「おまけに出席も取らないで試験を出してくる、と」

 瀬田が相槌を打つと、≪ディープ・スロート≫は大きくうなずいた。

「そういうのもあって、試験前にBlabberで安城先生の悪口を投稿したんです。そしたら、同じ大学の奴が結構反応してくれたんです。『そうだよな』みたいな。で、そのままタイムラインで話すのが気になったんで、DMのグループを作って、そこで愚痴を言い合ってたんですよ。そしたら、そいつらが、試験問題の情報を買うとかいう話で盛り上がってて……」

「ちょっと待って。それって、いつの話?」

「ええと……十七日です」

 掲示板に封筒が貼られた翌日のことだ。

「誰から買うって?」

「さあ、そういう話が回って来てたらしいんですよ」

「いくら?」

「五百円です」

「安いのか高いのか分からん。それで、買ったんだろ? そいつらに会ったわけだろ?」

「いや、会ってないです。半信半疑でしたけど、Blabberで電子マネーを送ったら、データが送られてきて……それだけです」

「内容は? 同じ試験問題が出たのか?」

「出ました。問題と答えがそのまま」

「話が回って来たってことは、そいつらもデータを誰かからもらったってことだろ?」

「そうです。俺にもそのデータを誰かに売っていいと言ってきました」

「売ったのか?」

「売りませんよ。その時は本物かどうか分からなかったし、騒ぎがデカくなるのは良くないと思って……」

 その声色からは後悔の念が見て取れた。高槻が尋ねる。

「前期の試験の点数が良くなかったんですか?」

「そうですね。だから、単位落とすのが嫌で……。来年も概論を取るのは最悪ですから」

「誰が試験問題を手に入れたんだろうな」

「分かりません」

「Blabberでそいつらに聞けないのか?」

「もう繋がってないですよ。やり取りしてたのが誰だったのかも分からないです」

 瀬田は深く溜息をついた。咎めるような沈黙に≪ディープ・スロート≫は不安になったのか、再び言った。

「約束は守ってくれますよね?」


* * *


≪ディープ・スロート≫が帰って行った後、瀬田は難しそうな顔でおかわりしたコーヒーをボーッと眺めていた。

「インターセプターは金儲けのためにやったってことが分かりましたね」

「いや、違うでしょ。金儲けのためだったら、データを売った相手に又売りできるようにはしないでしょ」

「じゃあ、どういう目的が……」

 瀬田はコーヒーに手を伸ばした。

「たぶんね、安城にデカいダメージを与えたかったんだろうね」

「掲示板の件があった翌日にはBlabberに広がってたわけですから、インターセプターはデータを手に入れてすぐに誰かに売りさばいたってことですかね」

「そうだろうね。別に独り占めしようとしてたわけじゃない」

「もはやそうなると、インターセプターが人間科学概論の受講生だったかも怪しくなってきますね」

 瀬田はボサボサ頭を掻き毟った。

「高槻くんね、そういうことなんだよ……。だけど、少なくとも、安城と関わりがないとこうはならないと思うんだよね」

「単純に、人間科学概論を毎年二百人が受講するとして、四年生まで含めると八百人ですか」

「分からないよ。全く別のところで恨みを買ってた可能性もあるわけだし」

 脳味噌を回転させてジッとしている瀬田を見て、高槻は感慨深そうにつぶやいた。

「これだけ時間がかかって未だに手掛かりも掴めないなんて、瀬田さんにしては珍しいですよね」

「だって、パソコンの話なんだもん」

「そんな子どもみたいに言わないでくださいよ」

 これまでにない壁を感じているらしい瀬田だったが、事件解決のための手段をひとつだけ封印していた。


* * *


「防犯カメラですか?」

 青藍タワーの廊下に呼び出された金山は気乗りしていない瀬田の質問に鸚鵡返しした。

「うん。構内にあるだろ?」

「ありますけど、具体的な位置までは……」

「研究室棟への出入りが分かる場所にあればいいんだが」

 意外なアイディアに高槻は驚きを隠せない。

「インターセプターの姿が映ってないか確認するんですか?」

「それしかないよ」

「いいんですか、一万円?」

 瀬田は曇り切った表情だ。

「よくないよ。まずはさ、良い場所に防犯カメラがあるかどうか聞くだけだよ。なかったらそれでいいんだよ」

「いや、よくはないでしょ」

「それで、防犯カメラのことを知っている奴はどこにいる?」

「警備員さんですけど、案内しましょうか?」

 瀬田はたっぷりと時間を取ってうなずいた。

「頼む」

 金山によれば、構内の防犯カメラは青藍タワー内にある警備室で一括管理されている。瀬田たちは彼女に先導されて、青藍タワーの地下一階に下りて行った。広い廊下の途中に白い扉があり、そこに警備室と書かれていた。

 ドアをノックすると、一人の警備員が顔を見せた。金山が事情を話すと、一同は警備室のベンチに腰掛けることになった。室内には防犯カメラの映像を表示している複数のモニターが置かれている。三島と名乗った警備員に高槻が質問を始めた。

「この大学の警備体制というのはどうなっているんですか?」

「まず、門が三つあります」日に焼けた皺だらけの指を三本立てる。「門衛ってのが、一人ずついるわけです」

「僕たちも大学に入る時にお世話になりました」

 三島が目尻の皺を際立たせて目を細めた。微笑んでいるのかもしれないが、表情は乏しかった。

「それが八時間二交替。朝六時から夜十時ね。夜十時から朝六時の間は、基本的に閉門します」

「出入りはできないんですか?」

「夜十時以降に中にいる人は、我々に申請してもらうんです。その時に、専用の出口で使うカードを貸出するんです。門の脇にドアがあるんですが、そこのカードリーダに通せばドアが開くようになっています」

「そのカードは後で返すんですか?」

「そのドアの脇にポストみたいカード専用の返却口がありまして、そこに投函してもらいます」

「その返却口からカードを取り出すことは?」

 ずっと黙っていた瀬田がそう尋ねた。

「中の構造がそうできないようになってますんで」

「夜十時以降に中に入ることはできないんですか?」

「警備室に電話を掛けていただければ、個別対応させていただいております」

「構内には、夜十時以降も警備員さんがいるんですか?」

「三人いますね。巡回したり、施設の確認をしたり、ここで防犯カメラの映像を確認したりとかですね」

 防犯カメラという言葉に瀬田がピクリと反応する。さっきから防犯カメラの映像を映し出しているモニターの方を見ないように手でガードをしている。よほど一万円を払いたくないらしい。

「その防犯カメラなんですけど、構内に何台くらいあるんですか?」

「十六台ですね」

「屋外のカメラもありますか?」

「というか、主に屋外にあります。屋内はセキュリティが必要な場所にだけ設置されているので」

 高槻は瀬田の様子を一瞥してから、メインの質問を繰り出した。

「研究室棟にも防犯カメラはありますか?」

「ありますよ。中にはないですけど、外観を映しているものなら……」

 そういって三島はモニターの方を指さしたが、瀬田が頑なにそちらを見なかった。高槻はモニターを確認して、

「ああ、あの一台だけですか? 裏手とかは?」

「もともとひと気がないところなんで、カメラはないですね。我々が巡回の時に目視でチェックするという感じですね」

「映像って、どれくらいの期間保存されてあるんですか?」

「四十五日間ですね」

「それより古いものは削除される?」

「そうですね。上書きされていきます。もちろん、何かあれば別途保存することもありますけどね」

 つまり、一月十六日の映像はまだ確認できるということになる。希望の光が見えたことに高槻は表情を明るくしたが、瀬田は俯いていた。

「故障などで映像が途切れているということはないですか?」

「故障があったらすぐに通知が来るようになっているので大丈夫ですよ」

「ここ一か月ほどは故障もなかったですか?」

 瀬田がなかなか切り出さないので、高槻は場を繋ぐために質問を投げ続けるしかなかった。

「滅多にないですよ、故障なんて。最後に故障したのは……」

「五年前かな」

 奥の部屋から制服姿の大男が現れた。三島が男の方に手を伸ばした。

「幸田です」

 高槻が頭を下げる。

「休憩中でしたか。すみません、お騒がせしておりまして」

「いや、いいんです。例のアレでしょ、試験問題の?」

 試験問題の流出はもはや一部では周知の事実になっているらしい。

「そうなんです。それで、ちょっと話を聞いて回ってまして……」

「それなら、映像確認した方がいいんじゃないかなあ」

 そう言って幸田はモニターのところに近寄って行った。

「ちょっと待った」瀬田が幸田を制止する。「もう少しお喋りしよう」

 まだ一万円を払う決心がつかないらしい。

「お喋り?」

 幸田が白い歯を見せた。瀬田も笑みを見せたが、こちらは取り繕うようなぎこちなさがある。

「カメラはなんで故障するんだ?」

「色々ですよ。五年前は、アレは雷の影響でやられてたんだったかな」

「五年も前のことをよく覚えてるな」

 思い出したように手を叩いて、三島が幸田を指さした。

「この人、五年前に連続通り魔を捕まえたんですよ。その時に怪我しちゃったんですけど、病室からこっちの状況を教えろ教えろとうるさくて……。ちょうどその時に防犯カメラが故障してたもんだから、それで覚えてるんですよ」

「仕事熱心だと言ってくれよ。あの時以外は皆勤賞なんだから」

 幸田はモニターに向かいながらキーボードの操作をしている。

「誰か休みが出たら、その時間のシフトの人は大変なんじゃないですか?」

 高槻が聞くと、三島は首を振った。

「そういう時のために、臨時で人を派遣してもらえるようにしてあるんですよ」

「大学のことを何も知らない頼りない奴が人数合わせで来るだけだ」

 向こうの方から幸田が横槍を入れる。

「防犯カメラがないところは我々が目視しないといけないんですけ、そういう場所がいる色あるんでね……」

 三島が苦笑する。

「さっき一月十六日って聞こえたんですけど、ここで映像見れますよ」

 幸田が立ち上がって高槻の方を見た。高槻は瀬田を見た。瀬田は金山を見た。

「……え、私ですか?」

 瀬田が苦悶の表情を浮かべた。

「あのさ、高槻くんさ、映像確認してもらって、その内容を教えてもらうってのは……」

「罰金対象ですね」

 瀬田は唸り声を漏らす。『考える人』よりも考えているといっても過言ではないが、考えている内容には雲泥の差がある。

「あ、そういえば」金山が声を上げた。「今回の件で、調査が終了したら瀬田さんに謝礼をお渡しするつもりだったんです」

「なんだと?」

 瀬田の目の色が変わった。

「ええと、それは大学側から出していただけるっていうことですか?」

「ささやかではありますが、外注費として計上する予定で……」

「高槻くん、見よう! 防犯カメラチェック。俺は悪を許さないぞ」

 瀬田が立ち上がって腕をブンブンと振り回している。

「出費が許せないんでしょ」

 瀬田は高槻の指摘を無視して幸田の隣に陣取った。

「掲示板に封筒が貼りつけられていたのが、確か夕方の四時頃だったと思う」

 幸田は当日四時頃の映像を呼び出した。全十六台のカメラ映像が一斉に表示される。

「ああ、広場で盛り上がってますね」

 青藍タワーそばの広場に人垣ができていて、その只中でブレイクダンスを踊り合う二人の姿が見える。

「こいつら何が楽しいんだ?」

 人生に楽しみを見出せなかった男が嫌味ったらしくつぶやいた。

「あ!」高槻がモニターを指さす。「この広場の横を走っているのが、僕たちが話を聞いたあの二人じゃないですか?」

 高槻が指し示すのは芦屋と島本だった。二人はそのまま五号館と八号館の間の小路に向かっていく。

「もうすぐこのカメラに映りますよ」

 研究室棟を画角に収めるカメラ映像を幸田が指さす。その言葉の通り、二人は研究室棟へ入って行く。

「ここで安城に説明してるはずだ」

「ちょっと倍速にしますね」幸田が映像を二倍速にすると、すぐに二人の学生と安城が飛び出してきた。「一分半くらいで安城先生が出て来てますね」

「清州の話じゃ、安城の部屋がガラ空きになったこの時間で犯人は作業してたことになる」

 腕組みをして見つめる瀬田の前で、モニターの中に動きがあった。安城たちが飛び出して行ってから三分十九秒後に二人組の男子学生が研究室棟の入口に現れた。二人は何かを喋りながら走り去っていく。

「こっちに行きますよ」

 幸田が指さす画面に二人の学生が現れる。特に焦った様子もなく、二人は広場でしばらくブレイクダンス部のパフォーマンスを眺めて、最後は正門の方へ向かって大学を出て行った。

「ちょっとね、四時より前に戻してほしいんだけど」瀬田がそう言うと時間が巻き戻って四時になる。「そこから時間を遡って行ってほしいのよ」

 時間が逆行して学生たちが後ろ向きに歩き出す。その時はすぐに現れた。研究室棟の入口から背中向きに出てくる二人の男子学生……さっき安城の研究室が空になった時に現れた二人だ。時刻は午後四時ジャストだ。後ろ向きに歩く二人はそのまま研究室棟の裏手に消える。そこから一分ほど遡ると再び後ろ向きで歩く二人が戻って来る。二人はそのまま研究室棟の前から青藍タワーの方へ移動していく。

「そこから普通に再生して」

 二人の男子学生は青藍タワーの方からやって来て、研究室棟の裏手に行き、研究室棟の正面に戻って来て建物の中に入って行った。その後は、さっき見たように、芦屋と島本が掲示板のところから駆け出して……という流れになる。

「こいつらが最初に研究室棟の前に現れたところ出してくれ」

「了解しました」

 幸田が素早く操作してその映像を表示させる。瀬田の指毛だらけの人差し指がモニターをコツコツと叩く。

「こいつら最初はこのポシェットを持ってるんだけどさ、一回裏手に消えた後は手ぶらなんだよね」

「あ、ホントだ!」高槻が思わず声を上げた。「裏手のあの茂みにポシェットを隠したのか」

「それポシェットじゃなくてサコッシュですね」

 金山がそう指摘する。瀬田が彼女を見つめる。

「どっちも同じだろ」

「ポシェットは女性用でサコッシュはユニセックスです」

「どうでもいいだろ、そんなこと……」

「でも、これで清洲さんの説が現実味を帯びて来たんじゃないですかね」

「そうだね。こいつらはポシェ──サコッシュを茂みに隠して、安城が部屋をガラ空きにした隙に潜り込んで、安城のパソコンを茂みに隠したモバイルWi-Fiルータに接続したってわけだ」

 言い淀むことなく言ってのける瀬田に、高槻は彼がちょっとは勉強した形跡があることを感じ取った。意外と真面目なところがあるらしい。

「この二人がインターセプター……」

「あのさ、金山さんさ、この二人誰だか分かる?」

「いや……ちょっと分からないですね」

 知っている顔なら判別がつくという絶妙な画質だ。

「この大学の学生でしょうから、聞き込みをすれば見つけられるかも……」

 そう言いながら、高槻はそれはあまりにも多くの労力を要することに思い至っていた。静止した防犯カメラの映像をジーッと見つめていた瀬田は思い切ったように息を吐いて言った。

「この画面さ、こいつらを拡大して印刷してもらえない?」

「いいですよ」

 慣れた手つきで画面を加工すると、近くにあったプリンターからプリントアウトが出力された。

「瀬田さん、これでもう一万追加ですよ」

「分かってる。マジックペンあるか?」

 三島がペン立てに手を伸ばして瀬田に手渡す。瀬田は二人の男子学生が映し出されたプリントアウトの下半分にペンを走らせた。

『お前たちのことは分かっている。≪梟亭≫まで来い』

 書き殴った文字を見下ろして瀬田は満足そうだった。

「こいつを掲示板に貼り出してやる」

 プリントアウトを片手に警備室を出て行こうとする瀬田を高槻が呼び止める。

「瀬田さん、一旦動画締めたいんで、お願いします!」

「観てくれてありがとう! フォローといいねをよろしく!」

 そう言って瀬田は颯爽と部屋を出て行った。

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