【時代逆行】文明の利器禁止で事件に首突っ込んでみた EP4

≪名探偵チャンネル≫の視聴者にはお馴染みのワンボックスカー内の瀬田がカメラを独占している映像から動画は始まる。彼の座席の隣には大きな袋が座っている。袋には≪エムズベーカリー≫とおしゃれな英字で書かれている。鷺市が誇る唯一のおしゃれスポット鷺中央駅周辺は企業もそれなりに軒を連ねる。いわば鷺市の六本木的な場所だ。

「店の人にビックリされましたよ、『全部ですか?』って」

「よくやった」

 ニコニコ顔で瀬田が言う。彼にしては素直な言葉である。

「昨日は技術屋の友達に話を聞くって言ってましたけど、これからその人に会いに行くんですか?」

「そうだね」

「未だに自分の耳が信じられないんですけど、それ本当に友達ですか?」

「もうずいぶん会ってないけどね」

「それ友達って言うんですか?」

「いいから車を出しなさい」

 意気揚々とシートベルトを締める瀬田を、高槻はルームミラー越しに怪訝そうに見つめる。アクセルを踏み込みつつ、瀬田に尋ねる。

「どこに向かうんですか?」

「西鷺駅の近くなんだけどね」

 車を走らせる高槻は興味が尽きない。

「なんていう名前なんですか、その人?」

「清州って呼んでる。名前は詳しくは知らん」

「本当に友達なのか、ますます怪しくなってきましたね。どうやって友達になったんですか? 技術屋なんですよね?」

「オンラインゲームで知り合った。奴とはM5528SQR10エリアで戦友だったんだよ。激しい戦闘でね、丸二日、寝食を許されない状況の中で、ようやく亜空間フィールドバリアの建設が完了して、蛮族どもを追い払うことができたんだよ」

「よく分からないですけど、それで知り合ったんですね」

「M5528SQR10エリアには移民船団の警護に必須のクォークコアを開発するための資源の一つであるイーサークリスタルが眠る鉱山の掘削権利を持った老人が住んでいて、そこにゲルバラン皇国を名乗る連中が侵攻してくるので、我々ベスティア連合艦隊はM5528SQR10エリアを死守せねばならなかったのだ」

 無駄に流暢な説明を聞かされても高槻には一ミリも伝わらなかった。とにかく、熱かったらしい。

「ゲルバラン皇国の連中を退けるには亜空間フィールドバリアを発生させる反物質コアタワーの建設が──」

「もう分かりました。それ以上情報をぶち込まれると頭爆発するんでやめてください。それで、その清洲さんとはゲーム仲間だったわけですよね」

「ゲームじゃない、≪アスラシオン≫だ」

 オンラインゲームの名前らしい。高槻は面倒な扉を開けてしまったことを後悔した。

「それで、実際に会うまでに至ったわけですよね」

「パソコン関連に詳しいと言うんで、いつかの調査の時に協力してもらったんだよ」

「≪アスラシオン≫のくだり丸々要らなかったじゃないですか」

「あの死闘なくしてこの絆を語ることはできんよ」

 きっと≪アスラシオン≫内のキャラクターの口調なのだろう。この喋り方の時には瀬田の目が爛々と輝くのが高槻には恐ろしかった。

 狂気のゲーマーを乗せた車はしばらくして西鷺駅前にやって来た。

「ここら辺はあまり来ないんですよね……」

 古めかしい雑居ビル街である。少し路地に入れば、一階から最上階まで全てスナックという競合犇めくビルもあれば、コーヒー豆を売る店の上に時計技師が店を構えている統一感のない建物もある。≪スクラップ・タウン≫という別名があるのもうなずける。瀬田が指示したビルは六階建ての蔦が絡まる建物だった。

 二人は車を降りて蔦ビルに向かう。一階にはなかなかカフェバーが入っている。そのビルの脇からは薄暗い地下へと階段が続いていた。瀬田は迷わずその階段を下りていく。

「こんなところに技術屋がいるんすか?」

「大雨の時は水が溜まるんだよ、ここ」

「それ、技術屋にしてみたら最悪な環境じゃないですか」

 階段を下り終えると、錆びかかった鉄の扉が待ち構えていた。扉には≪清州電子工作部≫と書かれたブリキの看板が掲げられている。扉の上には監視カメラが備えつけられていて、やって来る者を睥睨していた。扉の脇にあるボタンだけのインターホンを親指でグイっと押すと、瀬田は持っていた≪エムズベーカリー≫の袋をカメラに向かって掲げた。すぐに、ジーと音がして扉のロックが外れる音がした。重い扉をくぐると、その先では暗く雑多な空間が口を開けている。

『ワンワン、ニンゲン、ワンワン、ニンゲン』

 入口すぐのところに廃材で作ったような犬の置物があって、そいつが喋っていた。

「クロロフォルム二世、元気だったか?」

 瀬田が廃材の犬の頭を撫でた。

「なんですか、それ?」

「クロロフォルム二世。目のカメラで人数を認識してるんだよ。二回鳴いただろ」

「なんすか……ここ?」

 ラックには無数の意味の分からない機械や古いパソコンの筐体、何に使うのか分からないデバイスがいくつも重ね置かれていたり、戦艦のてっぺんについていた巨大な測距儀が転がっていたりする。大昔のビデオゲーム機の上に乱雑に置かれたオシロスコープが謎の波形を表示している。天井には夥しい数のケーブルが大蛇のように這い回っている。暗い部屋の中に無数の光源があり、それらが何色も点滅して、辛うじて明かりがもたらされているような状況だ。

「清州、≪エムズベーカリー≫のクリームパンとメロンパンだぞ」

 そう言いながら瀬田は奥にずんずんと進んで行く。部屋の奥から光が漏れていた。奥まった空間でモニターに向かってもくもくと何か作業をしている人影があった。高槻は目をこすった。長い黒髪の華奢な少女が背中を丸めて座っていた。だるそうに振り返ったその顔は、驚くほど整っている。

「海山(かいざん)、死んだのかと思ってたぞ」

 蚊の鳴くような、しかし、可憐な声だった。清州は瀬田から袋を受け取って中身を確認するとにっこりと笑った。

「最近は戦線に復帰できなくてすまんな」

「近頃の若者は効率を求めてばかりでつまらん。M5528SQR10戦役の頃みたいに、ひりつくような死を感じたいと思わないらしい。移民船団が全滅したんだぞ」

 瀬田は近くから適当な筐体を引っ張って来てそこに腰を下ろした。高槻はライトをつけたカメラを構えながらも、呆気に取られていた。

「あの……瀬田さん、この人が清洲さんですか?」

「そうだよ」

「なんだ、この眩しい奴は?」

 清州は今気づいたかのように高槻に目をやった。光を浴びて瞳が茶色に光る。

「こいつは高槻くんという。一緒にWeTubeでチャンネルをやってるんだよ」

「WeTubeか……ボクが子どもの頃に書いたコードをまだ使ってるらしいな」

「え? WeTubeの開発に携わってたんですか?」

「遊びで作ってただけだよ……」

 清州は面倒くさそうに顔を背けた。

「瀬田さん、なんちゅう人と友達なんですか……」

「で」清州の目つきが変わった。「なんか用なの?」

「そのことなんだけどな、青藍大学でなんとかガイロンの試験問題が盗まれた。たぶんパソコン関連の案件だ。大学の共有サーバからデータが流出した可能性がある」

「警察に連絡すれば?」

「大学側が難色を示してる」

「Fラン大学程度のサーバだったらすぐ侵入できるけどな」

 サラッととんでもないことを口にする。

「そりゃあ、お前ならできるだろうけど、それ以外の方法はないのか?」

「状況が分からない」

「高槻くん、説明してやってくれ」

「なんで僕が……」

 そう言いながらも、高槻はこれまでの経緯を詳細に説明した。話を聞いていた清州は最後にはさっき献上されたクリームパンに手を出していた。瀬田が尋ねる。

「安城が大学の共有サーバに試験問題のデータを置くだろ? その時に、共有サーバの振りをしてデータを搔っ攫うことはできるのか?」

「大学のPCのOSは?」

「OSは?」

 瀬田が清州の質問を高槻に横流しする。

「Rainbows(レインボウズ)でしたよ」

「二つ前提条件がある」清州は前振りもなくいきなりそう答えた。「一つ目は、安城のPCがロックされていないこと。二つ目は安城の研究室に侵入できること」

「瀬田さんが言ったようなことができるんですか?」

 清州はサイドの髪を耳にかけて話し始めた。

「Rainbowsには同じネットワークに接続しているPCがファイルを共有できる。まず、ファイルを盗む人間をインターセプターとする。インターセプターは自分のPCで安城が利用しているLANに接続する。たいていのRainbowsのPCはデフォルトで共有設定がオンになっているから、そうなっていれば設定を変更する必要はない。次に、安城のPCで、既にネットワーク上で共有状態になっているインターセプターのPCのフォルダへのショートカットを作成する。おそらく、ほとんどの人間は共有サーバへのショートカットを作って作業を効率化しているだろうから、本来の共有サーバへのショートカットを削除してしまい、同じ場所にさきほど作ったインターセプターのPCへのショートカットを共有サーバへのショートカットと同じ名前にして置いてしまえばいい。後は、安城が差し替えた試験問題のファイルを大学の共有サーバだと思っているインターセプターのPCへのショートカット先に置けば、インターセプターは差し替えられた試験問題のファイルを手に入れることができる。その後、インターセプターのPCをシャットダウンしてしまえば、安城のPCからインターセプターのPCへのショートカットは機能しなくなる」

 一気にまくし立てた清州に、瀬田はたった一言、

「よく分からんが、できるというわけか」

 となんとも間抜けなコメントした。高槻は青藍大学の手帳を開いて、昨日聞き取りしたことと照らし合わせていた。

「金山さんが言っていた、『安城先生は共有サーバにデータを置いたつもりになっていた』っていう証言は、つまり、安城先生は一度差し替えた試験問題のデータを大学の共有サーバだと思ってインターセプターのPCに置いていたということですね。安城先生は大学の共有サーバにデータがないと指摘されて、ショートカットを開こうとしても繋がらず、一から大学の共有サーバの所定のフォルダを探しに行くことになる」

「無論、共有についての設定変更が必要なら、その操作が必要だし、安城が使っているLANに接続できないのであれば、自分でモバイルWi-Fiルータを用意して、そこに安城のPCを接続させるなど、工夫しなければならないが」

「ええと、つまり、安城先生が接続しているのと同じネットワークに接続できるのかということは確認しないといけないわけですね。それから、安城先生が大学の共有サーバへのショートカットを作り直したかどうかも。分かりましたか、瀬田さん?」

 瀬田は大口を開けてあくびをしていた。

「まあ、そういうことだよ」

「絶対理解してないですよね」

「あのさ、清州さ、じゃあ、そのインターセプターとやらは夜までずっとデータが送られてくるのを待ってたってのか?」

 案外鋭い質問をする瀬田である。高槻は小さく感嘆の声を漏らした。

「LANに接続できる範囲がどれほどかは分かりませんけど、無線で繋ぐにしても最低でも構内にいる必要はありますよね。警備員もいますから、怪しまれてしまう……」

 しかし、この疑問にも清州は即答する。

「インターセプターのPCは安城の研究室の外にでも隠しておけばいい。掌に載るくらいの小型PCならスペースも取らないだろう。ACプラグのあるバッテリーに繋いでおけば一日程度なら放置しておいても問題はない。インターセプターはそのPCにリモート接続をすればどこからでも差し替えられた試験問題のファイルを確認できる」

「そうか……今はブラウザからでもリモート接続できますからね。……分かりましたか、瀬田さん?」

「分かりすぎるくらい分かったね。分かりすぎて逆に分かってないくらいの勢いだよ」

「ダメじゃないですか」

 清州は、まだ終わっていないとばかりに口を開いた。

「仮にインターセプターがモバイルWi-Fiルータを使用していた場合、且つインターセプターがそのモバイルWi-Fiルータに接続するためのパスワードを、差し替えられた試験問題のファイル取得後に変更していない場合、安城のPCからそのモバイルWi-Fiルータへはパスワード入力なしで接続できる可能性が高い。そうなれば、インターセプターのモバイルWi-Fiルータのパスワードを知っている人間が安城のPCからインターセプターのモバイルWi-Fiルータへ接続する操作をしたということになる」

 瀬田が苦み走った表情を浮かべる。

「回りくどい喋り方をする……ゲロ吐きそうだ……」

「ええと、つまり、清洲さんはもし今回の件でモバイルWi-Fiルータが使われていたのだとしたら、今でも安城先生のPCから接続することができると言ってるわけです。要するに、安城先生のPCから接続できるモバイルWi-Fiルータを持っている人物が犯人の可能性が高いという寸法です」

「ああ、そう……」

 話を聞いていただけの瀬田がもう疲労困憊のテイを示している。

「インターセプターが」それでも清州は止まらない。頭の中の言葉を吐き出さずにはいられないようだ。「今回の件で使用したモバイルWi-Fiルータを常用している場合、安城のPCのそばに近寄らせることでインターセプターか否かの判定を行うことができる。安城のPCからインターセプターの疑いのある人物のモバイルWi-Fiルータにパスワードなしで接続できた場合、インターセプターの疑いのある人物はインターセプターの可能性が極めて高い」

「清州さ、君はさ、日本語喋ってるのか?」

「ボクは日本語だって信じてるよ」

「じゃあ、日本語だな」

 清州はその大きい目で瀬田を見つめた。

「海山、なんでこんなことに首を突っ込んでるんだ?」

 高槻はぼんやりと瀬田の下の名前が海山であることを思い出していた。瀬田は答えに窮しているようだった。いつも言っているような、正義のためとかいうお為ごかしを口にしようとしないのは、清州の前だからだろうか。

「まあ、今の俺がいるべき場所なんだろうとは思う」

「……≪アスラシオン≫には戻ってこない?」

 かすかに寂しさを滲ませる清州の目。

「暇があれば戻るさ」

「M5413TTI41に連星作用エネルギーを利用した人工宇宙創成の実験施設跡を見つけたんだ。たぶん≪アスラシオン≫の宇宙は崩壊が目前に迫っている。ゲルバラン皇国の聖典で触れられていた仮想宇宙シミュレーションは現行宇宙からの脱却を示唆していたんだよ。まだ誰もそのことを話題にしてないんだ」

 瀬田は彼女の言葉にじっと耳を傾けていた。何度もうなずいて、最後に言った。

「共有サーバの件、助かったぞ」

「別にこれくらいならいくらでも」

 立ち上がる瀬田を見上げる清州は何か言いたげだったが、口を開くことはなかった。


* * *


「強烈な人でしたね、清洲さん」

≪清州電子工作部≫を後にして車に戻ってきた高槻は興奮冷めやらぬ様子だった。

「昔から変わらず、ああいう奴だよ」

「昔からって、ずいぶん若そうに見えましたけど、彼女。でも、ずっと思ってたんですよね。このチャンネルには華がないって。ようやく見つけた感じですね」

「あのさ、高槻くんさ、また清州を撮影したいわけ?」

「まあ、機会があれば」

「やめといたほうがいいと思うよ。あの調子で喋られたら脳味噌が沸騰する」

「いいじゃないですか、見た目とのギャップが」

「さっき色々説明されたけどさ、結局俺には実行できないやり方じゃん。文明の利器禁止なんだろ」

 高槻はエンジンを掛けて顔をしかめた。

「それなんですよね。そもそもインターセプターを見つけ出さなきゃ始まらないわけですからね」

「まあ、清洲方式で立証できるんだぞと脅しをかけるくらいはできるかもしれないけど」

「ということは、当面の目標はインターセプターを探すってことですね」

「うん、まあ、そうなるよね。そもそもさ、犯人の条件としてはさ、なんちゃらガイロンの受講生であることと、後期試験で良い点を取らないとマズい奴ってのがあると思うんだよね」

「あとは、安城先生を恨んでいるとかですかね」

「容疑者が多すぎる」

 瀬田は天を仰いで溜息をついた。

「とりあえず、青藍大学に向かいますか?」

「うん、そうだね。とりあえず、掲示板のまわりで誰かが何かを目撃していなかったか確かめる必要はあるよな」

「というわけで、瀬田さん、今回もう動画四本目なんですよ」

「あ、もうそんなに行ってた?」

「締めの言葉をお願いします」

「ご視聴ありがとう。いいねとフォローよろしく。……ちょっと甘いもの食べに行こうよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る