【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP7

「瀬田さん、これ七本目です」

「いつの間にか動画またぐっていうのが当たり前になって来たね」

 二人はさきほどのため池のそばに移動させたワンボックスカーの中で待機していた。

「ちょっと大変なことになりました。その時の様子はちょっとカメラ回せなかったですけど。今はね、警察の捜索隊がこの周辺のため池を虱潰しに調べてるところですけど、順を追って話すと……瀬田さん、どういう考えだったわけですか?」

 瀬田は深く息を吸った。

「実はね、ずっと嫌な予感がしてたのよ。つまりさ、最悪の展開ってやつよね」

「つまり、それが夢くんがため池にっていう……」

「子どもってのは冒険が好きなわけよ。だから、快斗が通学路から外れた場所から電話をしてきたって確信してからさ、快斗と夢は道草を食ってたんだろうなと考えてたわけ」

「でも、二人は仲良いわけじゃないんですよね」

「快斗が無理矢理連れ回されてたんだろうけどさ、まあ、そういう乗り気じゃない関係ってのは子ども時代にもあるわけでさ。でね、子どもが冒険する場所なんて田んぼだけの町にはないだろうって思ってたんだけどさ、吉沼町って名前とか川から離れた場所に田んぼがあるとかさ、そういうのを考えていくと、たぶん近くにため池があると思ったのよ、農業用水を溜めとくやつ」

「立ち入り禁止の場所って子ども好きですもんね……」

「で、そこのため池はフェンスが壊れてて子どもなら入れるだろうし、なかなか見つからない子どもがどこに消えてしまったかと考えると……まあ、あとは言わなくても分かるだろうけどさ」

 苦い顔をして瀬田はそっぽを向いた。

「それで、警察を呼んだんですよね」

 車窓からは警察車両と大勢の警察官が駆け回っているのが見える。その向こうの空は、夕日に赤く燃えている。そろそろ暗くなってくる時間だ。

「鷺市が管理してたため池だから、もし万が一のことがあったら責任を取らされるだろうな」

 瀬田が呟いていると、向こうから清水が走って来るのが見えた。彼女は血相を変えてワンボックスカーのドアを開けた。手にはスマホを持っている。

「大変です……! 水べりでこんなものが見つかって……」

 清水がスマホの画面を高槻に突き出した。紫色の汚れたお守りだ。金色の糸で「吉沼稲荷神社」とある。紐の部分は千切れている。

「これがどうしたんですか?」

 話を先に進めようとする高槻の腕を引っ張って瀬田が口を挟んだ。

「え? なに? 何が見つかったの?」

「お守りですよ、吉沼稲荷の。見えないんですか」

「いや、君が見ちゃダメって決めたんでしょうが」

「念のために夢くんのご両親にメールで確認を。そうしたら、夢くんがランドセルにつけていたものだ、と……」

 清水は顔面蒼白になってそう言った。高槻の溜息が漏れる。

「夢の両親はどうしてるの? ここに来ちゃうんじゃない?」

 瀬田が尋ねると、清水は生気のない顔でうなずいた。彼女は思い詰めた様子で、車の中に入り込んでドアを閉めた。

「夢くんの母親の茜さんには、六年前、酒に酔って暴行した前科がありました。どうやら家庭でもトラブルを抱えていたようで、近所の住民は母親が声を荒げているのを聞いていたようです。夫婦喧嘩だったり、夢くんを怒る声だったり、近所ではちょっと有名だったみたいです」

「それでさ」瀬田は無精ヒゲをいじりながら聞いた。「清水さんはさ、何が言いたいわけなの?」

 清水の目は血走っていた。

「分かりませんか? 夢くんの体の傷、家庭の状況、母親の前科……今回の失踪も母親が関係しているかもしれないということですよ」

「まさか、そんな……」

「とりあえず、夢くんの母親に関しては気になる点が多いですから、署で詳しく話を聞く必要がありそうです」


* * *


 翌日の午前中、前日には陽が落ちてしまっためできなかったため池の中を浚う作業が開始された。マスコミはヘリを飛ばし、この様子を中継した。しかしながら、池の水を抜いて大規模な捜索をしたにもかかわらず、夢は見つからなかった。

≪梟亭≫のテレビでその様子を見ていた高槻と、ニュースを聞いていた瀬田はやるせない気持ちを抱えていた。テレビでは、ため池の危険性を紹介する映像が流れている。

「清水さんは……というか、警察としては、夢くんの両親が失踪に関わったか、もっと悪い読みでは殺人の線も見ているそうです。つまり、夢くんの遺体をどこか別の場所に隠したかもしれない、と。今は刑事課と連携しようとしているとか」

 そう言って啜るコーヒーは高槻には苦すぎた。ずっと頬杖を突いてテレビの音に耳を傾けていた瀬田は静かに口を開いた。

「これで事件は解決だ」

「えっ?! どういうことですか?」

 思わず立ち上がった高槻と裏腹に瀬田はじっと椅子に座っている。いつもなら、ここで瀬田の話が始まるはずだが、彼はなかなか切り出そうとしない。

「何を考えてるんですか?」

 椅子に腰を下ろして、高槻が声を潜める。

「俺が語ることじゃない」

「どういうことですか?」

 足を組んで椅子の背もたれに肘を乗せた瀬田は、高槻を試すような質問をする。

「高槻くんさ、今回に限らず、事件の落としどころってどこにあると思う?」

「いきなり難しいこと聞きますね……なんですかね、やっぱり真実を白日の下に晒すってところじゃないですか」

「まあ、それも一つの考えだと思うけどさ、落としどころってのは、自然とそうなるのが一番理想的なわけよ。で、俺の見立てだと、もうすぐ事件は解決する」

「つまり……夢くんの両親が犯人ってことですか?」

「そうじゃない。いや、仮にそうだとしても、自然と事件は解決することになるんだよ」

 まるで禅問答のようなやりとりに、高槻は閉口してしまった。

「いや、でも、これ、≪名探偵チャンネル≫ですからね」

「もちろん、俺がそれなりの落としどころに持って行くことはできるよ。でもさ、それはこのタイミングじゃないんだよ。まあ、高槻くんには分からんと思うけどさ」

「たぶん観てる人も同じだと思いますよ。早く言えよってコメント書かれてそう」

 高槻がそう言い終わるや否や、彼のスマホが震えた。画面には「清水さん」の文字。高槻は急いで電話に出た。

『今すぐ警察署に来てください。急展開です』

 清水はそれだけ言って一方的に電話を切ってしまった。彼女が大きい声でまくし立てたので、瀬田の耳にもその言葉は届いていた。

「じゃあ、行こう」

 その姿には目が見えなくとも全てを見通しているような凄みがあった。


* * *


 最初に清水とやり取りをした鷺市警察署の小さな会議室に六つの顔が揃った。清水と快斗、その母親のなつき、そして会社を早退してきたのかスーツ姿の父親・喜助、最後に瀬田と高槻である。快斗はひとしきり泣いた後なのか、ぐったりとした様子で隣のなつきが背中を優しくさすっている。車椅子にサングラスの瀬田が室内に滑り込んでくると、喜助は目を丸くした。

 清水が説明を始める。

「こちらは、警察に捜査協力をしていただいている瀬田さんです。夢くんのお守りをため池で見つけるきっかけになってくださいました」

「ついに話したのか、快斗」

 瀬田のセリフは文字にすれば冷淡に見えたが、その声にはどこか優しい響きがあった。

「未だに信じられないですが……」

 なつきが声を震わせる。さっき快斗が話した内容をもとに、清水が話を始める。

「快斗くんが留守電を残した十二月十日の下校中、夢くんは快斗くんと二人きりになったタイミングで寄り道をしようと言い出したんだそうです」

「それで、その時も断ろうとしたんだな?」

 瀬田の顔は正面を向いたままだったが、言葉は快斗に向けられていた。彼が答えあぐねていると、瀬田はゆっくりと言い含めるように先を続けた。

「快斗、お前が自分の言葉で話さなきゃ、意味がないぞ。自分で夢のことを話そうと決めたなら、最後まで貫け。お前ならできるはずだ」

 その言葉で快斗の目つきが変わった。意を決したようにうなずいた。

「島田くんに誘われて断ると、いつも怒るから……嫌だったけど、ついて行った」

 なつきは声を押し殺して涙を流し、喜助はいたたまれないというように俯いていた。清水が先を促すように言葉を継いでいく。

「それで、あのため池に行ったんだよね?」

「うん。良い場所があるって言ってた」

「きっとフェンスが破れているのを見つけてたんだろう。それで、その後どうした?」

「中に入ろうって言われた……嫌だったけど、一緒に中に入った」

「お前は日頃から夢に好き放題されてイライラしてたはずだ」

 泣くのを堪えるように快斗の口角がグッと下がる。

「命令ばっかりするから、もう嫌だって言ったの」

「それで引き下がるような奴じゃないだろ、夢は?」

 まるで快斗が話すその先を知っているかのような口振りで瀬田はそう聞いた。快斗はうなずいた。

「言うことを聞けって言われたけど、帰ろうとして……そしたらランドセル掴まれて転ばされて……」

「喧嘩したんだな」

「すごいムカついて、思い切り島田くんにぶつかったの……」

 高槻の口がぽっかりと開いた。

「まさか、それで夢くんがため池に……」

「テレビでも言ってただろ。ため池ってのは構造上、一度水に落ちると這い上がりづらくなってる」

 その時のことを思い出して快斗が嗚咽を繰り返した。なつきがその小さな体を抱き寄せた。鼻を啜る音の方に顔を向けて、瀬田は言う。

「ため池に落ちた夢を見て、怖くなって逃げ出したんだな?」

 快斗はうなずいた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 呂律も回らないほどの状態だったが、快斗は何度もそう口にした。悲劇的な結末に高槻は声を失いかけていた。

「それで、あの留守電に繋がるわけですね」

「何か言いたかったけど、うまく言葉にできなくて、そのまま電話を切ったわけだ。事がデカくなるほどに喋れなくなって、でも今こうして話そうとした。快斗、よく話してくれたな」

 石山親子を会議室に残し、瀬田たちは廊下に出た。少し彼らに落ち着く時間を与えようというわけだ。

「分かってたんですか、瀬田さん?」

 開口一番に清水が言った。

「まあね」

「なんでもっと早く言ってくれなかったんですか! そしたら、もっと早くため池を探せてたはずですよ!」

 怒りを露わにして清水が声を張り上げたが、瀬田は冷静に受け流した。

「だけど、実際にはあのため池から夢は見つからなかったわけだよ。おまけに、快斗の話は裏づけが取れないものだよね」

 さらっと言ってのける瀬田に拍子抜けしたのか、清水は険しい顔で聞き返す。

「……どういう意味ですか?」

「快斗が罪を犯したか否かは誰にも分からないというわけだよ」

「快斗くんがウソをついてるとでも?」

「そういうことを言ってるんじゃない。分からないならそれでいいけどさ」

 そう言い残して、瀬田は車椅子のハンドリムに手を伸ばした。遠ざかる彼の背中に清水が問いかける。

「まだ何か知ってるんですか?」

 瀬田は振り返らなかった。

「本当に事件が終わる。もうすぐね」


* * *


「そろそろ話してくださいよ。一体何が起こってるんですか?」

 ワンボックスカーに折り畳んだ車椅子を積み込んだ高槻は、瀬田にそう迫った。

「俺が話すよりも何かが起きるのを待った方がいいと思うよ」

「いや、瀬田さんはそれでいいかもしれないですけど、こっちからすると心の置きどころがないというか……冷静じゃいられないっすよ。子どもの命が懸かってるんですよ」

「そうなんだけどさ、高槻くんさ、もう自ずと事件の真相は分かってるはずなんだよ」

「そんなことないっすよ」

 即答されて、瀬田は困ってしまった。

「高槻くんはさ、目が見えてるわけじゃん、この事件の調査中ずっとさ。その点、俺よりも遥かに優位な状態だったと思うのよ」

「まあ、それを言われると何も言えないですけど。っていうことは、別に視覚情報が必要だってわけじゃないんですか」

「地図を見ないであのため池に辿り着けたかはちょっと分からないけどもね」

「じゃあ、それ以外は……」

「夢がどういう人間かってことよ」

「あまり好かれてる感じじゃなかったですよね」

 瀬田は失望したように溜息をついた。

「あのさ、高槻くんさ、君は子どもってものをよく分かってないよね」

「薄暗いジメジメした子ども時代を過ごしてた瀬田さんには言われたくないですね」

 瀬田は笑った。

「日向にいる人間は日陰を見ないもんだよ」

 意味深な言葉を掛けられて、高槻は煙に巻かれてしまった。

「じゃあ、まあ、この辺で一回締めましょうかね。久しぶりな気がしますけど、締めの言葉をお願いします」

瀬田は不敵な笑みを浮かべた。

「観てるお前たちはもう分かってるだろ? フォローといいねをよろしくな」

「……釈然としないんだよな」


* * *


 翌日、鷺市は日本の注目を浴びることになった。

 吉沼町と川を隔てた河原町で、汚れた格好でランドセルを背負った子どもが地元住民の通報で警察に保護された。島田夢だった。

 大きな怪我も病気もなく両親のもとに戻った夢だったが、失踪について聞かれるとただ一言だけを口にしたという。

「サギドンが助けてくれた」

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