【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP6

「まだお昼前ですけど、瀬田さん、これ動画の六本目に突入してます」

お馴染みの≪梟亭≫である。椅子にもたれかかる瀬田はサングラス越しでも疲れているのが分かる。

「高槻くんさ、あんなに怒られたのは、何十年振りかな」

「逆にその感じで何十年も怒られてなかったのが不思議ですよ」

 あれから瀬田は快斗に近づくことを禁止された。もちろん、法的なものではないが、瀬田にとっては今回解決すべき事件の中心人物に接する機会を失った形になる。

「だけど、分かったこともあるよな。快斗はあれくらい揺さぶりをかけても喋ろうとしなかった。それほどあいつにとってはデカいことがあったんだよ」

「でも、それは初めから分かってたじゃないですか。もう快斗くんに話を聞けないのはデカすぎる痛手ですよ」

「まあ、そういう気持ちも分かるけどさ、高槻くんさ、夢が失踪したことは快斗も知ってるわけよ。それでもなお喋らないってのは意味があるよ」

「そうですかね……。子どもたちが言ってましたけど、夢くんは快斗くんを子分みたいにしてたらしいじゃないですか。だったら、三日前の帰り道でも許容できないことをされて泣いていた可能性は高いですよね」

「どうだろうね。夢はいつも乱暴だったと言ってたから、快斗はいつも嫌なことをされてたかもしれない。だったら、なぜ三日前に限って留守電を残すようなことをしたのか……」

二人は黙ってしまった。

 遅々として進まない調査。夢が置かれている状況。一刻を争うかもしれない現状に焦ることすらできない自分たちを恥じているのかもしれない。

「これ、瀬田くんが関わってるやつじゃない?」

 天井からぶら下がったモニターに流れるミュートのニュース映像を、カウンターの菊川が指さした。彼はリモコンで音量を上げた。

『──……人体制での捜査を行っています。警察によれば、失踪した当日の島田夢くんや不審人物、不審車両の目撃情報を当たっていますが、現在のところ、直接、島田夢くんの居場所に繋がるようなものは見つかっていないとのことです。これを受けて鷺市警察署では、島田夢くんの行方に繋がる情報を受け付けるホットラインを設置たということです。田宮さん、こうした失踪事件についてですが……──』

「全国級のニュースですよ、アレ」

 高槻が苦い顔をした。とんでもない事件に首を突っ込んだという自覚があるのだろう。そこにはこれで名を売るという思いよりも、踏み入ってはならない領域の境界線が見えているようだった。ニュースを音だけ聞いていた瀬田は唸り声を上げた。

「あのさ、高槻くんさ、鷺市の紙の地図って持ってる?」

「いきなり言われても持ってませんよ」

「あるよ」

 カウンターで菊川が声を上げた。カウンターの引き出しを開けて地図を取り出すと、二人の席まで持ってきた。高槻が礼を言うと、瀬田は笑みを見せた。

「準備がいいねえ」

「たまに道を聞かれることもあるからさ、紙の地図置いてるんだよ」

 カウンターに戻る菊川に頭を下げた高槻は地図を瀬田の手元に置いた。

「瀬田さん、目が使えないわけじゃないですか、地図なんてどうするんですか?」

「俺が見るわけじゃない。高槻くんが見るのよ」

「何するんですか?」

「快斗が電話を掛けた場所を特定する」

「えっ?!」高槻は素っ頓狂な声を出してしまった。「そんなことできるんすか?」

「できるか分からんけどやれないことはないだろ」

 高槻は逸る気持ちを抑えながら、借り物の地図を極めて慎重に広げた。

「快斗くんが電話を掛けた場所を特定して夢くんの居場所が分かるんですか?」

「快斗の留守電と夢の失踪は少なからず関係してると思うのよ。だったら、快斗が電話を掛けた場所の近くに何かヒントがあるかもしれないだろ」

「なるほど。で、何か手掛かりはあるんですか?」

「留守電の音声だよ」瀬田はテーブルに両肘を置いて指を組んだ手に口元を押しつけた。「まず、留守電の音声を考える前に、地図上で考慮する範囲を絞り込もうと思うんだけどさ、快斗が母親のなつきさんに電話を掛けたのはだいたい自宅から五キロ圏内だと思うのよ」

「またずいぶん具体的ですね」

「快斗が電話を掛けたのは午後三時二十分だろ。なつきが午後四時半に帰宅した時には快斗は家にいたわけだから、七十分で自宅に戻ることができる距離ってことなのよ。で、不動産業者は八十メートルを徒歩一分としてるじゃん。だから、八十かける七十で五千六百……五・六キロになる。子どもの足だからやや少なめに見積もって五キロ」

「はあ……なるほど」

 高槻は地図上で石山宅の場所を探し出した。椅子に置いたバッグからペンを取り出すと、カウンターの菊川に言った。

「この地図に書き込んじゃってもいいっすか?」

「好きに使っていいよ」

 高槻は礼を言って石山宅の場所に赤いペンで丸をつけた。それから、地図の縮尺に合わせて自宅から半径五キロの不格好な円をフリーハンドで描いた。

「まあ、正確じゃないですけど、こんなもんですかね。かなり広範囲ですね」

「留守電の音声からすると、結構車の通りが多い道路を歩いてたのよね」

 高槻は地図を眺めて言う。

「国道は円の中に二本ありますけど……わりと鷺市って国道以外も交通量多いですよね。地元で裏道的に使われてる道もあると思います、まだ絞り込めない気がします」

「一応、国道付近は気にしといてよ。……で、留守電に入ってたじゃぶんっていう水の音なんだけどさ……」

「柳川を渡って南北に国道が走ってますよ。柳川も五キロ圏内です」

「いや、そういう大規模な水場じゃない気がするのよ。じゃぶんって音だから、なんか……側溝とか排水路的な」

「それだと、腐るほどあると思いますけどね」

 瀬田は腕組みをしてう~んと考え込んだ。

「……用水路かな」

「用水路ですか?」

「吉沼町って田んぼが多いじゃん。しかも、この時期って田んぼに水を張っとくこともあるのよ。田んぼに水を引いてきてる用水路的なものがあると思うんだよね」

「ああ……」高槻は立ち上がって地図を見下ろした。「じゃあ、乱暴に国道沿いに田んぼがあるエリアをピックアップしていきましょうかね」

「それだと、何箇所かに絞れる?」

「ちょっと待ってくださいね……」

 円の中に条件を満たす場所を素早く探して国道を赤い線で塗り潰していく。

「五箇所……ですかね」

「結構あるな……」

 高槻は思い出したように人差し指を立てた。

「アレはどうなんですか、カラカラいってた音は?」

「アレさ、高槻くんさ、アルミ缶っぽい音だったじゃん。だから、ランドマーク的なやつじゃないと思うのよ」

「じゃあ、特定には役に立たなそうっすね。でも、じゃあ、この五箇所に直接行ってみるしかないんじゃないですか。一刻も早くヒントを見つけ出さないと」

「そうだね」


* * *


 時計の針が午後一時を回ろうとしている。見慣れた車内の映像だ。車は二人が地図上で絞り出したポイントのうちの一つに向かっている。

「瀬田さん、一応、五箇所絞ったわけじゃないですか。見つからなかったらどうします?」

「そりゃあ、国道以外にも目を向けるしかないんじゃないかね。でもさ、仮に通学路から外れてたとしても、子どもならある程度デカい道路を選んで歩くと思うんだよね」

「分かりませんよ。僕なんか、小学生の頃は民家の隙間みたいなところを探して歩くの好きでしたもん」

「いや……そうなったらお手上げだよね。別の方法を探すしかない」

 高槻はルームミラー越しの物憂げな瀬田の表情を一瞥した。

「瀬田さんって、どんな子どもだったんすか?」

「斜に構えたガキだったと思うよ。同級生はバカしかいなくてさ、ずっと『俺はこいつらとは違う』と思って生きてた。気づいたら、変人扱いだよ」

「いや、紛うことなき変人だと思いますけど」

「じゃあさ、高槻くんはさ、どういう子どもだったのよ? 友達はいた?」

「まあ、普通にいましたよ。今もやりとりしてる奴もいますし」

「ふ~ん」気が抜けたようにシートに体を預ける。「俺は学校なんて消え去ればいいと思ってたけどな」

 瀬田が今も一匹狼でいるその理由が高槻には分かったような気がした。

 ここからは動画は短く編集されている。

 最初に到着したポイントを高槻が瀬田の車椅子を押しながら歩き回ってみたが、交通量は申し分なかった。しかし、そもそもスマホのマイクで拾えるほど道路に近い位置に用水路や排水溝がある場所が存在していなかった。田んぼには水は張ってあったが、その水は流れがなく、水音がする気配もなかった。

「なんでこの時期に田んぼに水張ってるんすかね?」

「ミミズが湧いて土壌を豊かにしたり、そのミミズを食いに鳥が来て糞をして、それが肥料になるとかいう考えらしい。色んな考え方もあるらしいけど」

「へえ、よく知ってますね」

「子どもの頃、気になって調べたことがある」

 次のポイントは、道路沿いに用水路はあったが、そもそも田んぼに水を張っておらず、おまけにどこかで水門を閉じているのか用水路に水が来ていなかった。

 また別のポイントでは、条件を満たす環境ではあったものの、近くにガソリンスタンドがあり、そこから流れてくる音楽はスマホのマイクでも拾える音量だった。これならば、快斗が電話を掛けた際にもその音を拾っていなければおかしい。

 二人が次に向かったのは、石山宅から直線距離で八百メートルほどの場所だった。アスファルトの割れ目から雑草が伸び、車道との間には背の高いガードパイプが走っている。周囲は数件の民家と田んぼ、そして道路脇に用水路が走っている。

「水の音もするね」

 車椅子で押されながら、瀬田は耳をそばだてた。

「交通量も多いですね。このポイント結構可能性高いんじゃないですか?」

「そうだね。一応ここを候補……──ちょっと止まって」

 突然瀬田が手を上げた。険しい顔で冷たい風の吹く中空に顔を向けている。

「変な音がする……」

 車の通過音の合間に、カラカラ……というアルミ缶のような音がする。高槻は急いで周囲を見渡した。そして、思わず声を上げた。

「あっ!」

「なに?」

「音の正体が分かりましたよ」

 高槻の目線の先にあったもの、それは、田んぼの真ん中に立てられたプラスチック製のポール。そのポールの先端からアルミ缶をぶら下げた紐がいくつも伸びている。

「音で害鳥を遠ざけるみたいな……手作りのやつですよ。……っていうか、田んぼに水張ってんのに、鳥よけ置いてあるんですね。ずっと置いたままにしてんですかね」

 瀬田はそのアルミ缶が風に揺れてカラカラと鳴るのを聞いて確信した。

「ここで間違いない」

 高槻は持参していた地図を広げた。吉沼町にある石山宅からは北の方向にあるポイントだ。もっと北に行くと柳川にぶつかる。その川の向こう岸は河原町だ。

「あの手作りの鳥よけが決め手になるとは……」

「通学路からは外れてる場所だったよな?」

「そうですね。通学路はもっと東の方向なんで」

「問題はどっちに向かって歩いてたのかってことだな」

 高槻は愚問だというように顔をしかめた。

「南の方向でしょう。自宅がありますし、北の方に行くと川越えたら河原町ですよ」

「夢の自宅に向かってた線は?」

「いや、ないっすね。全然違う方向なんで」

 瀬田は無精ヒゲをジャリジャリと言わせた。考えあぐねるせいで指の摩擦だけでヒゲがなくなりそうな勢いだ。

「快斗は何をしてたんだ……?」

「だいたい子どもが泣いてる時って帰り道っすよね。それか迷子か」

 瀬田が歯を見せた。

「面白いこと言うね、高槻くん。じゃあ、快斗が自宅に戻る途中だったとすると、北の方から歩いてきたってことになる。北の方には何がある?」

「何と言いましても……」地図に目を落とす高槻だが、その反応は芳しくない。「かなり歩いて川があるくらいで、あとは家と田んぼくらいしかないっすよ」

「ん~? 柳川とここってかなり距離があるってことだよね」

「まあ、そうっすね」

「ちょっとさ……高槻くんさ、用水路の水ってどっちから流れて来てるか分かる?」

 高槻は用水路を覗き込んだ。

「北の方からですね」

「その水を辿って行ってくれない?」

「いいですよ」

 高槻は車椅子を押して国道を北上していった。用水路はしばらく歩くと国道から外れていった。その辺りに来ると、背の高い草が目立ち始める。

「ああ、向こうになんか草ボーボーの……フェンスがありますよ」

「たぶん、ため池だな」

 高槻は車椅子を押しながら、今はスマホで周辺地図を見ている。

「確かに、近くにも何個か池みたいなのがありますね……瀬田さん、まさか地図見ました?」

「断じてそんなことしない。絶対に一万なんか払わんぞ」

 守銭奴としての意地だろうか。

「じゃあ、この辺りの地理に詳しかったんですか?」

「そういうわけじゃないんだけどさ、吉沼町って名前さ、吉沼って葦が生えてる沼って意味なのよ。つまり、この土地にはそういう水場があちこちにあるんだろうと思っただけよ」

 高槻は感心したように車椅子に座る瀬田のボサボサの後頭部を見つめた。

「瀬田さんって、意外と鋭いですよね」

 二人は草が生い茂るため池のそばにやって来た。

「高槻くんさ」瀬田の声は少しばかり重苦しかった。「フェンスってどういう状態?」

「状態ですか……」高槻は車椅子を置いて、生い茂る草むらに足を踏み入れた。「ああ、結構ボロボロですよ、錆びてて。しかも、穴開いてますからフェンスの意味ないです」

 フェンスには古びたプレートがかけられている。直射日光のせいで色あせた「あぶない! たちいりきんし!」の文字が説得力なく風に揺れている。

 瀬田が静かに口を開いた。

「高槻くん、警察を呼んでくれ」

 画面に「つづく」の文字。動画はここで終了した。

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