【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP5

 コーヒーの残り香のようなBGMが流れるここは、お馴染みの≪梟亭≫だ。予定より遅いスタートで高槻がカメラを回した。

「あのさ、高槻くんさ、始まるの遅いよ」

「いや、すいません。これ確保してたんで……」

 折り畳みの車椅子を席の隣に抱える高槻にサングラス型目隠しをした瀬田がニヤリとした。

「救世主が来たか」

「それから、清水さんから連絡がありまして、夢くんが特異行方不明者に認定されたそうです」

 特異行方不明者とは、簡単に言えば、警察が捜査に乗り出す要件を満たした行方不明者のことである。

「まあ、そうだろうね。子どもだしね」

「見ました? 市内にも夢くんの失踪をアナウンスして捜索に出ているパトカーが何台もいましたよ」

「子どもの足でも二日あればどこまで行ったか分からんし、市内全域が捜査範囲だろうな。隣接する場所とも連携してるだろう」

「ニュースにもなってましたし、かなりデカい事件になりましたね」

「ってことはさ、嫌な想像だったけど、島田家のどこかに隠されてたわけじゃないわけだよね」

「隅々まで調べたって言ってましたよ」

「まあ、ひとまずは安心か」

 のんきにコーヒーを啜る瀬田を高槻は不思議そうに見ていた。

「どう考えてます? 快斗くんの件と夢くんの失踪について」

「う~ん……どうだろうね」

 いつも以上に歯切れの悪い口振りだ。高槻は思い切って自分の考えを披露することにした。

「やっぱり、この二つの件は深く関連してると思うんですよ」

「理由は?」

「そりゃあ、まずなにより、快斗くんが泣いて留守電を残したタイミングと夢くんが失踪したタイミングが同じだということですよ。夢くんの部屋にはランドセルがありませんでした。それはつまり、家に帰っていないということから、下校途中に失踪したということになります。一方の快斗くんも帰り道で電話を掛けたということは明白です」

「どうして快斗は何も言わないのか」

「何か恐ろしいことがあって言えないんじゃないですかね」

「恐ろしいことって?」

 高槻は重要なことでも喋るかのように一人前に咳払いなどして見せた。

「誘拐ですよ」

「誰が?」

「分かりません」

「何の目的で?」

「身代金とか」

 瀬田は溜息をついた。

「あのさ、高槻くんさ、身代金目的の誘拐なんてもうほとんどないんだよ」

「そうなんですか?」

「高槻くん、ニュースよく見るって言ってなかったっけ。ニュースでそんな話もう聞かないでしょ」

「……確かに」

「子どもを誘拐する目的はめちゃくちゃ変わってきたからね。性の捌け口にされることもあれば、社会的弱者の代表として犠牲になっちゃうこともあるわけよ」

「じゃあ、やばいじゃないですか」

「う~ん……そうなんだけどねえ」

 煮え切らない瀬田といつまでも膝を突き合わせていても埒が明かないと思ったのか、高槻は本題に移行した。

「それで、今日はこれからどうしますか? 快斗くんの件を調べていくんですよね」

「それなんだけどさ、嫌なんだけど、また学校でグループ下校してた連中に話を聞きたいんだよね」

「まだ何か聞きたいことがあったんですか?」

「うん、ちょっとね」


* * *


 高槻は快斗の担任教師に連絡を取り、再び質問の場を設けることに成功した。さっそく車に乗り込み、≪梟亭≫から出発した。

「瀬田さん、前回の事件で僕が瀬田さんの推理を横取りしちゃったじゃないですか、あのことがあるから言い渋ってんですか?」

 サングラスの奥の瞳に問い掛けた。

「そういうことじゃないよ、今回は」

 やや空気が重苦しくなる。高槻も深く聞くことはせず、車はやがて鷺市立第二小学校近くの駐車場に到着する。

 瀬田は車椅子を車外に出して広げ、自分で手探りで歩いてそこに身を収めていた。ずいぶん風変わりな光景である。彼が自分で両手を使って車椅子を動かし、高槻が方向を指示するというスタイルがすぐさま確立された。

「電動の車椅子がよかった……」

 両腕を前後に動かし続けて疲れ果てた瀬田を見かねて高槻が車椅子を押すことに。

「それは予算の関係で勘弁してください」

「車椅子の人も大変だこりゃ」

 車輪を操作するハンドリムを掴んだり離して赤くなった掌を瀬田がブルブルと振っていると、その背後で高槻が声を上げた。

「学校の前にパトカーが来てますよ」

 校門の前に一台のパトカーが停まっている。

「まったく、俺の真似をしやがって」

「絶対違うと思います」

 二人は校門を通り、職員室まで向かったが、すぐに会議室に通されることになった。先導する教師が会議室の引き戸を開けると、すでに事情聴取が始まっていたらしく、昨日顔を揃えていた子どもたちと塚本、年配の教師、清水、他にもう一人の警官が一斉に二人の闖入者を見た。

「なんでここに来たんですか?」

 清水が立ち上がった。

「お前たちが俺の真似をしてるだけだろ」

「そんなわけないでしょう!」

 瀬田は自分で車椅子を動かして、勝手に警察側の一席に加わった。瀬田といえば、鷺市警察署では知らぬ者はいない。同席した警官も唖然と口を開け放したものの、仕方なく受け入れるしかなかった。清水も手間をかけたくなかったのか、

「邪魔だけはしないでくださいよ」

 と釘を刺すに留まった。

「車椅子になったの?」

 西大路が無邪気に聞いた。

「そうだ。カッコいいだろ」

 西大路は分かりやすく首を捻っただけだった。瀬田にはそのリアクションは見えなかったが、微妙な空気が漂ったのは感じただろう。そんなしらけた空気を払拭するかのように、彼は虚空を見つめて言った。

「ここに快斗はいるのか?」

「いませんよ」清水が冷たく突き放す。そして、声色が変わる。「それじゃあ、さっきの続きから始めるね。昇降口でみんなが合流して、島田くんが点呼を取ったんだよね」

「そうです」

 西小坂井がうなずいた。二年生で、比較的しっかりしているせいか、清水の質問には彼女が答える流れになっているようだ。

「下校した時はいつもと変わらなかった?」

 五人がバラバラにうなずく。

「誰かと会わなかった?」

 今度は首が横に動く。

「じゃあ……知ってる人には会った?」

「お花のおばあちゃん」

 一年生の能登川がそう言った。

「お花のおばあちゃん?」

 西小坂井が能登川の代わりに答えた。

「帰り道の途中のおうちでお花を育ててるおばあちゃんがいるんです」

 塚本が「もしかしたら」と小さく手を上げる。

「学校のそばにお庭が綺麗なお宅があるんです。その家の方じゃないかなと思います。いつも家の前を通る子供にお声がけしてくださるんです」

 清水は手帳にペンを走らせて礼を言った。

「お花のおばあちゃんの他には知ってる人に会った?」

 今度は五人が首を振った。

「変なことは起こらなかった?」

 また子どもたちは首を振る。

「変なことって具体的になんだ?」

 瀬田が口を挟む。

「色々ですよ」

 清水が顔も向けずに即答した。昨日打ち解けた彼女は今ではもう別人のようだった。

「大人はその質問でも分かるかもしれんが、子どもには難解かもしれんよ」

「瀬田さんは黙っていてください。事は一刻を争うんです」

 瀬田は声を発さずに「お~」と口をすぼめた。彼女が高槻と同様の考えを持っていると確信したのかもしれない。

「石山くんのことなんだけど、みんなは三日前の下校の時に石山くんが泣いてたのを見た?」

 五人は顔を見合わせた。西小坂井が心配そうな声を漏らした。

「石山くん泣いてたんですか?」

「そうよ。それで石山くんのご両親が心配していたの」

「……やっぱり」

「どういうこと?」

 清水が尋ねると、西小坂井は恐々と口を開いた。

「きっと、島田くんが泣かせちゃったんだと思います」

「どうして?」

「だって……いつも乱暴だったから」

「島田くんが?」

 西小坂井以外の子どもたちもうなずいた。

「島田くんはいつも石山くんに乱暴してたの?」

「いつも偉そうだった」

 夙川がそう言うと、隣の枇杷島も呼応した。

「私たちも言うこと聞かないと怒られた」

 二人の教師が不安そうに小声でやり取りして、塚本が取り繕うような笑みを浮かべた。

「グループ通学の班長だったから、ちょっと厳しかったのかもしれませんね」

 これ以上の問題はないと言いたげな口振りだった。しかし、能登川がムッとしたように声を上げた。

「違うもん。石山くんは子分にさせられてたもん」

「島田くんに?」

 清水が顔を突き出すと、能登川は強くうなずいた。

 それを合図とするかのようにチャイムが鳴り響いて、一度休憩が入ることになった。瀬田は塚本に声を掛けて廊下に出た。高槻がカメラを回す中、瀬田は言った。

「教室の夢の机を見たい」

 この後も事情聴取に立ち会うだったのだろう、塚本は困惑した表情を浮かべていたが、すぐに笑顔になった。

「教室に案内しますので、あとはご自由に見てください」

 一階の階段下に車椅子を置いて、ゆっくりと二階に上がる。高槻に手を引かれながら、塚本の先導で三年二組までやって来た。塚本は頭を下げて会議室に戻って行った。休み時間の教室の中は騒がしかった。

 瀬田が教室に入ると、声が上がった。

「あっ、昨日の!」

 昨日校庭で出会った子どもたちだった。瀬田は突進してくる子どもたちを受け止めながら聞いた。

「夢の机はどこだ?」

 子どもたちは窓際の一番後ろの席まで瀬田を引っ張っていった。二つくっつけておくべき隣の席の女子は、夢の机との間に少し隙間を開けていた。瀬田は手探りしながら夢の椅子に座って、そのことに気づくと、怪訝そうな顔の女子に尋ねた。

「なんで席をくっつけない?」

「別に」

 どこかで聞いたような冷たい物言いだった。

「嫌いだからだろ」

 意地悪な笑みを浮かべて瀬田が言うと、女子は頬を膨らませた。

「だって最低なんだもん」

 机の中に手を入れた瀬田は首をかしげた。

「教科書もノートも入ったままだぞ。俺が子どもの頃は全部持って帰らなきゃダメだったんだが」

「今もダメだよ」

 瀬田を引っ張ってきた子どもたちが言う。

「なんだ、不良か、夢は」

「不良じゃないよ。ヤンチャなだけだから」

「お前らはさ」瀬田のまわりを子どもたちが取り囲んでいる「夢はどこに消えたんだと思う?」

「わかんない」

 ノータイムの回答に瀬田は肩を落とした。

「ロッカーはないのか?」

 教室の後方には腰の高さの蓋のないロッカーがズラリと並んでいて、出席している子どもたちのランドセルが顔を覗かせる。

「あるけど……夢のロッカーは空だよ」

「高槻くんさ、教科書とかノートにメモみたいなのは書いてあるかな?」

 ごっそりと机の中身を取り出すと、高槻に押しつけた。高槻は面倒くさそうにパラパラと教科書やノートのページを繰っていった。

「いたずら書きとか板書の内容とか……特に何があるというわけじゃないですけどね」

「いたずら書きってどういうやつ?」

「どうって……子どもが描くような絵ですよ」

「巻きグソってこと?」

 瀬田がそう言うと、子どもたちはキャッキャと笑った。つくづく子どもたちにはハマる男である。

「あとは変なモンスターみたいなやつとか棒人間が出てくるパラパラ漫画とかですね」

「ふ~ん……」

 瀬田は夢の教科書類をそっと机の中にしまった。

「おじさん、夢のこと調べてんの?」

「そうだぞ」

「なんで?」

「俺は探偵なんだよ」

「マジで?!」

 ざわつく子どもたちを置いて教室を出ようとする瀬田だが、無数の手が伸びて来て彼を引き留めようとする。

「遊ぼうよ!」

「ええい、邪魔だ」

 子供たちの手を振りほどこうとした瀬田の肛門に一人の男子のカンチョーがクリーンヒットする。

「ぐがっ!」

 潰れた渋柿みたいな顔で瀬田が膝をついた。

「誰だ、俺の一触即発の肛門にアタックしやがったのは?」

 ダメージを食らうおじさんに子どもたちは涙を流して笑い転げた。手探りで犯人を捕まえようとする瀬田だが、子どもたちは音もなく距離を取って容易く逃げてしまう。

「お前らな、そんな悪いことしてると怪物がやって来てお前らなんか全員粉々だぞ」

「サギドンが倒すからいいもん」

「なんだ、そりゃ?」

「おじさん知らないの? サギドンだよ」

「知らん、特撮の敵?」

「ちげーよ! 川とかにいるんだよ!」

 子どもたちの輪の中で胡坐をかいた瀬田が首をかしげる。

「高槻くん、知ってる?」

「いや、知らないっす」

「おじさん二人が知らねーってことは、そんなものいないんだよ」

「いるっつーの!」

 子どもたちからの大ブーイング。

「サギドンはこの街の守護神だから」

「どうせネッシーみたいなやつだろ。誰も見たことないに違いない」

「見たことはないけど……いるから!」

 騒ぎ立てる子どもたちに瀬田は降参した。

「分かった分かった。いるいる。すげーいる。死ぬほどいる」

「信じてないだろ」

 子どもたちの野次に追い立てられるように教室を逃げ出す。そのまま瀬田は高槻とともに途中階段の下で車椅子を回収して会議室まで逃げおおせた。

 会議室に戻ると、子どもたちの姿はなかったが、何やら空気が変わっていた。

「本当ですか?」

 清水が身を乗り出して聞き返す相手は、瀬田たちが席を外していた間にやって来たであろう原だった。

「ん? 何があった?」

 瀬田の声に清水が睨みを利かせた。

「原先生に話を聞いてたところです」

「俺も仲間に入れてくれよ」

 瀬田が車椅子を滑らせて二人の近くまで行くと、原はうなずいた。

「その……島田くんのことなんです。こういうことがあったから思い出したわけなんですが、あの子の身体によく傷がついているのを見ることがありまして……念のために共有した方がいいかと」

「どういう傷ですか?」

 清水が手帳を構える。

「擦り傷だったり痣だったり……しょっちゅう怪我をしているなとは思っていたんです」

 清水は神妙な面持ちだ。

「今まで児童相談所に連絡は?」

「いえ、しませんでした。その……それほど深刻なものだとは考えていなかったので」

 ずっと喋らなかった年配の教師が当惑したように原に詰め寄った。

「どうして会議でも言わないんだ。変な問題が起こったらどうするつもりだったんだ?」

「す、すみません……」

 会議室に暗い雰囲気が立ち込める。虐待。その二文字がそこにいる者たちの頭をよぎった。

「取り込み中に悪いんだけど」瀬田はいたって平静だった。「快斗に話を聞きたいんだよね。いいかな?」

「今、それどころじゃないんですけど、分かってます?」

 白い目の清水。だが、瀬田は折れない。

「快斗に話を聞きたいのよ」

 清水は諦めたように塚本を見た。

「先生、この男を案内してやってください……」


* * *


 教室の中から廊下に呼び出された快斗は車椅子にサングラス、ボサボサ頭に瘦せた体という男を前に恐れをなしているようだった。無理もないことだ。

「石山くん、この人が聞きたいことがあるんだって。……瀬田さん、どうか穏便に」

 瀬田はそれ以上何かを言おうとする塚本を軽く手を上げて制した。

「快斗、俺はお前が何を知っているか知っている。何を言っているか分かるな?」

 虚空に顔を向けてそう発する大人は怖いものだ。快斗の眉尻はみるみる下がっていった。

「瀬田さん……」

 塚本が間に割って入ろうとするが、瀬田は続ける。

「夢がいなくなったのは知ってるだろ。それにお前も関わっているかもしれない。それでも何も言わないか?」

 圧力のある言葉に快斗は泣き出してしまった。

「泣くな。お前が知ってることを話せばいいだけだ」

 声を上げて泣く快斗に、塚本が動いた。

「瀬田さん、もうやめてください」

 快斗の前に膝をついて肩をさすると優しい声で慰めてやる。そこへ会議室から出てきた清水が近づいてくる。

「どうしたんですか?」

 塚本は何も言わずに瀬田を見た。事情を察した清水は、強い口調で言った。

「瀬田さん、出て行ってください。今すぐに」

 画面の真ん中には唐突に「つづく」のテロップが出て、すぐに動画は終了した。

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