【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP4

 高槻のワンボックスカーには、清水に加えて島田夢の担当教師の原が乗り込むことになった。この≪名探偵チャンネル≫のメインキャストが瀬田なので、瀬田と清水が座席の一列目に座り、原がその後ろの列の座席に身を収めた。

「ずいぶん大所帯になったもんだね」

 瀬田は遠足気分である。

「瀬田さん、たぶんこれ、動画またいで四本目に突入してるかもしれないっす」

「ああ、そうなの?」

 気のない返事を受けて、車は発進した。原の案内で高槻はハンドルを切っていく。

「先生」清水が後部座席の原を振り返った。「夢くんはよくお休みするんですか?」

「いや……私の記憶してる限り、元気な子ですよ。休んでる印象もないですね。まあ、春から担当してるので、去年の今頃のことは分かりませんが」

「病院に行くようにっておっしゃってましたけど」

「そうなんです。島田さんには何度かそう言ってるんですけどね」

「瀬田さんはどう考えてます?」

「あのね、高槻くんね、引っ掛かってることがあるのよ。茜さんは外で電話を受けたわけでしょ。まあ、買い物程度なら出かけるだろうけどさ、歩き方が気になったのよ」

「歩き方ですか? 音だけでしたよ」

「砂利の上を歩く音がさ、ゆっくりしてたのよ。歩いてんじゃなくて、ふらふら歩くみたいな感じ。だから、どこかに行くとか、どこかから帰ってるとか、そういう感じじゃなかったのよ」

「そうっすか。全然分かりませんでしたけど」

「なんせこっちは耳が研ぎ澄まされてるからね」

 そんな話をしているうちに、原が島田宅を指さした。二階建てのごく普通の一軒家だ。車から降りて、原が先頭に立って、玄関のドア横にあるインターホンを押す。しばらくして、茜の声が返ってくる。

『はい』

 原はインターホンに顔を近づけた。

「さきほどお電話しました、二小の原です」

『ちょ、ちょっとお待ちください……』

 ガチャリとインターホンの受話器が置かれる音がした。何も見えないだろうに空を見上げていた瀬田が、

「慌ててる」

 と小さく言った。すぐに玄関のドアが少しだけ開いて、警戒心をそのまま表情にしたような茜が顔を見せた。その視線は原の後ろにいる制服姿の清水に向けられた。

「ええと、何のご用ですか?」

「ちょっと島田くんの様子が気になりまして」

 茜は家の中を振り返る。

「でも、あの子、寝込んでいまして……」

 埒が明かないと思ったのか、圧力のある笑みを浮かべて清水が言った。

「夢くんは静かに寝ていただいて、少し中でお話できますか」

 躊躇が見えたが、茜は断り切れないと判断したようだった。茜は靴を二足、沓脱の端へ寄せると四人を玄関からリビングに通した。リビングには一人の男性が立っていた。

「主人です」

 茜が紹介する。男は詮索するような目を四人に向けながら頭を下げた。

「島田宗也です」

 リビングの低いテーブルのまわりに茜が座布団を置いていく。清水は苦労して瀬田を誘導すると隣り合って座った。

「ご主人は、今日はお仕事はお休みで?」

 座布団に腰を下ろしながら原が聞いた。

「え、ええ。この前の休日に出勤して、その振替で」

 その答えに瀬田は疑問を抱いたらしく難しい顔をした。しかし、その疑問の代わりに顔を天井の方に向けて尋ねた。

「夢は二階で寝てる?」

 宗也はキッチンに引っ込む茜の背中を振り返ったが、すぐにうなずいた。

「そうです。ちょっと体調が悪いみたいで」

「島田くんは食事はちゃんと摂れてますか?」

 原はリビングを見渡した。整然とした空間だ。

「まあ、食べられる分だけは」

 しばらくして、茜が人数分のお茶を持ってきた。

「すみません、ちょっとお茶菓子が見当たらなくて、お茶だけなんですが……」

「いえ、お構いなく」

 一同は湯呑をテーブルの上に置かれ頭を下げたが、瀬田はまた奴の人間性を見せた。

「さっき食べたバウムクーヘンを思い出すな……なあ、清水さん?」

「なんで私に言うんですかっ」

「すみません」茜はズボラ人間のせいで恐縮してしまった。「お菓子があったはずなんですけどね」

「お茶の匂いを嗅ぐとせんべいが食べたくなるんだよな……なあ、清水さん?」

「お忙しいところすみません」賢明なことに、清水は瀬田を無視した。「ちょっとご家庭の状況が心配という声があったものですから」

 茜と宗也は視線を交わらせた。

「特に変わったことは……」

「一昨日のことなんですけど」

 清水がそう切り出した途端、宗也がソワソワと目線を彷徨わせた。茜は少し声を強めた。

「うちの子は特に何もありませんでした」

「夢くんは一年生の石山快斗くんのことについて、本当に何も知らないと?」

「知らないと言っていました」

 沈黙が漂う。瀬田が胡坐をかいた膝に頬杖をついて、静かに口を開いた。

「あのね、二人ともね、俺が間違っていたら言ってほしいんだけどさ、玄関に靴が二足あったでしょ。夢の靴だけないんじゃないの?」

 さっき茜が玄関で靴二足を脇に除けたのを、瀬田は耳聡く聞いていたらしい。島田夫妻は固まってしまった。

「いや、分かるのよ。毎日履く靴は靴箱に戻さないで置いたままにするのは俺もよくやるからさ。この家も普段から履く靴は出しっぱなしにする文化なんだと思うわけよ。たださ、そうなると、靴が足りないと思うんだよね」

「あの子、寝込んでしまってるので、邪魔になるかと思ってしまってるだけですよ」

 笑顔でそう返す茜だが、瀬田の表情は晴れない。

「ご主人はさ、今日は家でゆっくりしてたの?」

「ええ、まあ、そうですね」

「さっきさ、奥さんさ、電話で言ってなかったっけ? 夢は家で一人で寝てるってさ」

 手探りでテーブルの上の湯呑を手に取って口に運ぶ。すぐに顔をしかめる。

「茶葉入れすぎじゃないの、これ?」

「そうでしたか? すみません……」

「考え事してる時にやりがちだよな。塩かけすぎたり、目玉焼き焦がしたり……。他のことで頭がいっぱいだとそうなるんだよ」

 再び沈黙。

「夫婦で食い違う話、入れすぎた茶葉、二足しかない玄関、あてもなく外を出歩いていた奥さん、奥さんの顔色を窺うご主人……頑なに子どもに会わせない理由がありそうだなと思うわけなんだよ」

「失礼ですが、ご家庭の状況はどうですか?」

 清水が核心を突いた。

「何も問題ありません」

 感情を閉ざしたような茜の返答を見て、原は悲しそうに声を上げた。

「どうされたんですか……? ずっと心ここにあらずという感じで、様子がおかしいですよ。ちょっと島田くんの様子が見られればそれでいいんですよ」

 宗也が脂汗を滲ませる。清水が決定的な言葉を口にする。

「私はあなたたちが虐待に関わっているんじゃないかと考えています」

 それがきっかけだった。茜が飛び跳ねるようにしてその場にうずくまって脇目も振らずに泣きだしたのだ。

「僕たちが虐待だなんて……そんなことするはずないじゃないですか!」

 おとなしかった宗也が声を張り上げる。清水も原も高槻も、目を見開いて島田夫妻がひどく狼狽しているのを見るしかできなかった。瀬田はさきほどまでと変わらない様子でお茶を啜った。

「いや、この家に夢がいないことはもう分かってたから。問題は二日間、二人掛かりで探し回っても見つからないってことなんだけどさ」

 島田夫妻が揃って顔を上げた。その瞳には驚きが映し出されていた。

「瀬田さん、分かってたんですか?」

 高槻がカメラを向ける。

「だってさ、子どものことを聞かれて声が震えたり、あてもなく出歩いたりなんて、子どもを探しているとしか思えなかったじゃん。子どもがいなくなったことを言いたくない事情があったんだろうけどさ」

「夢くん、いなくなったんですか?」

 清水の問い掛けに茜がボロボロになりながらうなずいた。

「どうして警察に言わなかったんですか!」

「私のせいなんです……!」拳が白くなるくらい握りしめて茜が声を絞り出す。「主人は再婚なんです。あの子は主人と前の奥さんの子どもで……私……どうしても可愛がれなくて……それであの子、きっと嫌になって出て行ったんです……!」

 泣き崩れる茜の背中をさすって宗也が言う。

「つまり、その……夢との関係があまり良くなくて、そういう状況が知られることに気が引けて……だったら自分たちで探そうと……」

「島田くんがいなくなってるのに、どうしてそんなことしか考えられないんですか!」

 原が今にも泣きだしそうな顔で島田夫妻を怒鳴りつけた。良い教師なのだろう。清水が肩の無線機で警察署と交信する。その目つきが鋭くなる。

「夢くんの失踪に気づいたのは一昨日ですか?」

「そうです……」

 袖で涙を拭って茜が堪える。声は震えていた。宗也が後を継ぐように言う。

「夕方の六時半頃になっても夢が帰ってこないので、さすがにおかしいと。夕食は一緒に食べることにしてますし、いつもその時間には夢は家にいますから」

 清水がメモ帳にペンを走らせる。

「それで、二人で探しに行ったんですか?」

「いえ。夢が帰って来るかもしれないので、妻は家で待機させて、僕が」

「その日は見つからなかったわけですよね。その時点で警察に連絡しなかった理由は?」

「……すぐに見つかる、と。大事にしたくなかったのもあります……」

 宗也の言葉に茜が嗚咽を漏らす。後悔の念が心を切り刻んでいるに違いない。いたたまれない溜息が重く漏れ出る。

「翌日からは会社を休んで探していました。それでも見つからず……今日も……」

 そこまで言い終えて宗也は顔をクシャクシャにして声もなく涙を流した。

「昨日目撃された不審者ってのは、この人のことだな」

 瀬田が宗也の方を曖昧に指さした。

「念のために、夢くんの部屋を見せてください」

 清水は立ち上がってそう言った。今度は有無を言わさぬ空気をまとって。

 階段を上るのに難儀した瀬田を待って宗也が夢の部屋のドアを開いた。狭い部屋の中にはシングルベッドと窓際の端に学習机、その向かい側にはタンス、腰の高さの本棚が並んでいる。ここにはテレビもゲームもパソコンもない。宗也と茜に続いて清水が、そしてカメラを構えた高槻が入って行く。瀬田は所在なげに部屋の外に立っていた。

「瀬田さん、見なくていいんすか?」

「いや、高槻くんのせいで見れないんだよ」

「何か見てほしいものあります?」

「絵本ある?」

「ありますよ」高槻が本棚にカメラを向ける。「エリック・カールに……がらがらどんに……ジュール・ヴェルヌに……イソップ物語に……マーク・トウェイン……色々ありますよ」

「ランドセルがないということは……」清水が部屋の中を見回す。「やっぱり、一度も帰ってきてないということですね」

 清水は無線で警察署とやり取りをして情報を加えていった。事態が深刻化していく様子を感じて、茜は床の上にへたり込んだ。もたれかかるベッドは綺麗にメイキングされている。帰らない息子を思って罪を償おうという心の表れだったのかもしれない。

「これから署の人間が来て、何度かお話を聞くと思いますので、ご協力ください」

 泣き腫らした目を清水に向けて島田夫妻がうなずいた。

 島田家に清水を残して瀬田たちが島田宅を出る頃には、近所の住人が奇異の目を向けるようになっていた。原を学校へ送り届けると、あたりは逢魔が時を迎えていた。

 ワンボックスカーの中で瀬田一人の画は久々のようだ。

「瀬田さん、ちょっと思いがけない展開になっちゃいましたが」

「高槻くんね、今日はちょっと疲れたね」

「まあ、色々ありましたからね。快斗くんが泣いていた理由なんて吹っ飛んじゃいましたね。ただまあ、夢くんの件は警察が徹底してやってくれるでしょうから、僕たちは引き続き快斗くんの方をって感じっすかね」

「うん、まあ、そういうことになるんだろうけどさ、高槻くんさ、まあ、観てる人も思ってるだろうけど、快斗が泣いていた理由ってのは、きっと夢の失踪にも少なからず繋がってるだろうなという予感はあるよね」

「確かにそうっすね。となると、警察とは別のアプローチで事件に関わっていく感じですかね」

 瀬田は鉛のような溜息を漏らした。

「なんか……嫌な予感がして気が進まないんだよなぁ……」

 さすがの瀬田も心がないというわけではなさそうだ。

「やっぱり、子どもが絡んでくるとアレですか?」

「こんなこと言いたくないけどさ、高槻くんさ、行方不明になった人の中で死んじゃってるのが分かる割合ってのがあってさ」

「うわ、聞きたくないっすね」

「いや、でもさ、これ観てる人もさ、身近に子どもいるかもしれないじゃん」

「ああ、社会派の側面を……」

 ふざけたことをやっている自覚があるのか知らないが、二人は動画の中で真面目な話をすることがある。高槻はそのことを言っているのだ。

「注意喚起としてさ、五パーセントくらいは死んじゃってるのが見つかるわけよ。まあ、実際はもう少しいるとは言われてるけどね」

「五パーっすか……高いような低いような……」

「まあ、とにかく、今日のところは警察に任せて、明日からまた続きやろうよ」

「そうですね。……じゃあ、瀬田さん、締めの一言を」

 カメラのライトを受けて瀬田のサングラス型目隠しが光を返す。

「観てくれてありがとう。フォローといいねをよろしく」

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