【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP3

 清水と高槻が瀬田の両腕を掴んで歩かせるせいで、まわりから見るとひどくやつれた宇宙人が捕まったというような印象があったかもしれない。さすがの瀬田も校内に杖代わりのキューを持ち込むのを断固拒否したのだが、そのせいである。学校の敷地が近づくと、瀬田の体が強張るのを二人は感じた。

「ああ……子どもがいっぱいいる音がする」

 サングラス型の目隠しをした顔をキョロキョロとさせる。

「何してるんですか、サッサと行きますよ。きっとちょうど休み時間だから、校庭に出て来てる子が多いんですよ」

 足の重くなった瀬田をグイグイと引っ張って清水がそう言う。

「俺ダメなんだよ、子どもがさ……」

「瀬田さんにも苦手なものがあったんすね」

「あのね、高槻くんね、俺も曲がりなりにも一人の人間だからね、苦手なものくらいあるよ」

「子どもの何がダメなんすか?」

「あいつらって人間の機微を知らないだろ」

「それ、あなたが言います?」

 キツい清水の一言に組み伏せられて瀬田は黙ってしまった。

 校門から中に入り、アスファルトで舗装された道を歩いていくが、すぐそばにはサッカーのゴール付近で遊んでいる子どもたちがいる。

「くわばらくわばら……アブラカタブラ……ええと……南無大師遍照金剛……それから……羯諦羯諦波羅羯諦……」

 瀬田は思いつく限りのありがたそうな言葉を口走っていたが、そのせいで子どもたちの視線が集まってしまう。

「なんだ、あいつ!」

 サッカーをしていた子どもたちが駆け寄ってくる。

「マズい……高槻くん、今だけ裸眼解除! 今だけ裸眼解除! 逃げよう! ……あれ? 二人とも?」

 清水と高槻はニヤニヤしながら瀬田の腕から手を放して瀬田を遠巻きに見つめた。あっという間に小学生の集団に取り囲まれた瀬田は戦闘態勢を整えた。制服姿の自分が脇に追いやられていることが、清水は少しだけ悔しかった。

「なんでサングラスしてんの?」

「芸能人?」

「なんでそんなに指毛濃いの?」

 質問攻めに遭ってたじろぐかと思えば、瀬田はしゃがみこんで低いトーンで話し出した。

「あのな、お前たちな、このサングラスは特殊な材質でできてるんだ」

「どこ見て喋ってるの?」

 明後日の方向に顔を向ける瀬田に小学生の疑問が飛ぶ。

「目見えないの?」

「大丈夫?」

 瀬田は声のするようにしゃがみ直した。

「人間の目ってのは、常に力が放出されてるんだよ。分かるか? 俺の目から出ているエネルギーが強すぎてこれで封印してんだよ」

「なにそれかっけえ」

「強い力の代償で目見えないの?」

 妙に理解のある小学生たちは興味津々だ。

「そういうことだ。体の中のエネルギーの巡りが激しすぎて、新陳代謝もその影響を受けてんだよ。だから、毛がすぐ伸びちゃうの」

「すごっ……」

 羨望の眼差しを向ける小学生たちをよそに瀬田はゆっくりと立ち上がる。

「俺はちょっと職員室に行きたいんだが」

「こっちこっち!」

 小学生たちは瀬田の手を取って案内していく。その光景を見ていた清水と高槻は顔を見合わせた。

「子どもと気は合うんですね」


* * *


 清水が事前に学校側に連絡を入れていたおかげで、瀬田たちはスムーズに快斗のクラスの担任教師・塚本との面会の機会を得ることができた。得意げな顔で詰め寄る清水を無視して、瀬田は高槻の肩を掴んで応接室に飛び込んで行った。

 塚本はショートカットにブラウンの縁の眼鏡をかけたおとなし気な女性だった。

「石山くんのことでいらっしゃったんですよね」

「ええ」清水が場を取り仕切る。「といっても、電話でお話ししたように、何かがあったというわけではなくて、何かがあったかもしれないということで、念のために調べているところなんです」

「快斗は今どこに?」

 瀬田がテーブルの向こうに座る塚本に問い掛ける。

「さっきチャイムが鳴ったので、今は教室にいると思います。今は副担任の先生に授業を願いしているところです」

「お忙しいところすみません」

 清水が頭を下げた。

「いえ……。でも、本当に石山くんに何かあったんでしょうか。一昨日から特に変わったところはないと思いますが」

「人間の心の中が分かるわけでもあるまい」

 口を挟んだ瀬田の胸に水平チョップをぶち込んで、清水は先を続けた。

「それで、こちらの学校では児童が登下校する際はグループ単位でされていると思うのですが」

「はい。基本的に部活動をしていない児童がグループとなって登下校しています」

「それで、石山くんが誰と登下校をしていたかを知りたいんです。それから、具体的な通学経路も」

「……はい。ちょっとお時間いただくことになるかもしれないですが」

「すみません」

「登下校はどういう流れになってる?」瀬田が真面目な質問を投げた。「登校の時はどこか決まった場所で待ち合わせするのか?」

「場所によって違いますね。最初に待ち合わせする場合もありますけど、それぞれの児童が家の近くで待機して、やって来た児童と合流するタイプもあります」

「下校は?」

「下校の時は昇降口の近くで児童同士が待ち合わせをして、全員が揃ったら出発します。あとは、登校の時と同じように待ち合わせ場所まで行って解散するか途中で徐々に別れていくかという感じになりますね」

「ふ~ん……」

 塚本は快斗の登下校グループとその通学経路を調べるために応接室を出て行った。清水は何食わぬ顔で正面を見てじっと座る瀬田を睨んだ。

「誰に対してもそういう態度なんですか?」

「俺が子どもの頃はそんなルールあったけなぁ……」

 清水を無視して瀬田は伸びをした。

「鷺市も治安悪化の傾向にあるってニュースで出てましたからね」

 高槻がそう言うと、署長の失言で割を食うハメになった清水が静かに俯いた。

「治安悪くなってんの?」

「なってるって聞きますよ。というか、社会が高齢化の先の展開を見せてるってよく言われますよね」

「高槻くん詳しいね」

「まあ、これでも一応ニュースとかちゃんとチェックしてるんで」

 う~ん、と唸りながら瀬田が言う。

「ニュースって面白くないから観たことないわ」

「別に面白さ求めて観てないですからね」

「なんで高齢化の先が治安の悪化に繋がんのよ?」

「市内にも独居老人宅とか空き家が増えて来てるらしいんすよ。そういう場所って、市民の監視の目が届いてないから悪い連中が出入りするらしいです。なので、柳川(やながわ)の向こうの河原町とかはなるべく子どもに近寄らないように言ってるって話ですよ」

「高槻くんって結婚してたっけ?」

「いえ。ただ、僕の大学の頃の友達が市内に住んでるんすよ。そいつ子どもいるんで、心配してましたよ」

「近頃はパトロールもしてますから、大丈夫です」

 胸を張って清水が言った。


* * *


 授業中ではあるが、塚本が快斗と同じ登下校グループに属していた子どもたちを会議室に集めてくれた。瀬田は快斗も連れてくるように要請したが、清水の強い反対に遭い、断念せざるを得なかった。女子三人、男子二人の五人が不安そうな表情で長テーブルに寄せた椅子に腰を下ろして一列に並んだ。子どもたちの視線は、二つくっつけた長テーブルの向かい側に超然と鎮座している瀬田の姿に集中していた。

「ということは、快斗も合わせると全部で六人か」

「いえ。もう一人三年生の男子がいるんですが、昨日から病欠でして……。なので、全部で七人ですね」

 そう言って、塚本は市内の地図をテーブルの上に広げた。赤いマジックペンを右手に、彼女は地図の上に小さな丸を描いた。

「これがこの学校ですね。この子たちの通学ルートは、学校から右に向かって……──」

 道に沿ってペンで赤い線を引いていく。児童たちは、南西の方向へ向かっていく。その通学路周辺は田んぼが多く、民家は多いが、商業施設や店舗は少ない。出来上がった赤い線は曲がりながら学校から南西方向に延び、直線距離ではおよそ一・六キロほど、全長では二キロほどに及んだ。

「この一番遠いところが石山くんの自宅です」

「毎日歩きで二キロか……」

 自分が歩くわけでもないのに。瀬田が苦い顔をする。瀬田を居ない者として扱いたいのか、清水がすぐさま塚本に顔を向けた。

「それで、登下校のスタイルはどうなんですか?」

「途中で合流パターンですね。なので、帰りも徐々に別れていく形になります」

「ってことは、お前らの中に真実を知ってる奴がいるわけだ……」

 物騒な言葉を振りかざす瀬田を押しのけるように、清水がにこやかな顔を子どもたちに向けた。

「お姉さんたちはね、みんなが下校する時にどういう順番で別れていくか調べてるの。教えてくれるかな? まず最初にバイバイするのは?」

 お互いに顔を見合わせた後、一人の男の子が手を上げる。

「お名前は?」

「西大路王子です」

「おうじぃ~?」

 瀬田が素っ頓狂な声を上げた。清水はそれを無視する。

「王子くんは何年生?」

「一年生です」

 ハキハキと回答する辺りは王子らしい貫禄といったところで、ここに世代を超えた瀬田との格の違いというものが如実に表れているといえるだろう。

 次に手を上げたのは、小学二年生の女子だった。

「西小坂井優希です」

「坂井でも小坂井でもなく、西小坂井……」

 いちいち名前が気になるらしい瀬田を放置して清水は素早く話を進めていく。

「次にバイバイするのは誰かな?」

 目配せをした女子が同時に手を上げた。

「二人で一緒にバイバイするの?」

「途中まで一緒なの」

「お名前は?」

「夙川さくらです。二年生です」

 瀬田の眉がピクついたが、声を上げるほどではなかったらしい。清水はもう一人の女子を見た。

「あなたは?」

「私も二年生です」

「お名前は?」

「枇杷島飛鳥です」

「びわじまぁ~!?」

 間の抜けた声を発して腰を下ろしたまま仰け反った瀬田はそのまま椅子ごと床の上にダーンとひっくり返った。子どもたちはキャッキャと声を上げて爆笑した。高槻が手を貸して身を起こしてやると、瀬田はズレたサングラス型目隠しを直して、

「珍しい名前の子どもでも集めたのか?」

 と呟いた。

 最後に手を上げたのは、一年生の男子・能登川亜門だった。

「……もう普通の名前に思えてきた」

「ということは、最後に石山くんと病欠の子が一緒になるんですね」

 塚本が名簿に目を落とした。

「島田夢くんという三年生の男の子です。この中で一番年長なので、班長ということになっています」

「年少組ばかりか……」

 瀬田がそう呟くのは、聞き取りがスムーズに行えるか不安視しているのが理由でもあったが、ここでも高槻の鷺市情報が炸裂する。

「吉沼町は十年くらい前に宅地開発をして住宅街がポツポツできたんすよ。その影響じゃないですかね」

「みんなは石山くんと島田くんが一昨日の帰り道、どんな様子だったか覚えてるかな?」

 笑顔を絶やさずに清水が尋ねたが、子どもたちはうんともすんとも言わなかった。

「能登川くんはどう? 二人と別れた時、何か気になったこととかある?」

 能登川は首を捻って、横に振った。

「わかんない」

「変な人を見かけたとか、そういうことはなかったかな?」

 これも芳しい反応はない。

「石山くんと仲の良い子は?」

 誰も手を上げない。塚本曰く、一年生でもクラスが違うらしく、登下校のみで一緒になるだけで仲が良いというわけではないらしい。

「お前たち」サングラス探偵が粛然と声を発する。「帰り道は遠回りしたくならないのか? 道草を食ったりとか、駄菓子屋に寄ったりとか」

 子どもたちは一斉に首を振ったが、瀬田には見ることができない。

「お前たちに聞いてるんだぞ」

 瀬田が圧力をかけるが、子どもたちは何も言わない。静かな時間が流れる。

「……え? みんな帰った?」

 瀬田がわざとらしく顔をキョロキョロさせると、また子どもたちは嬉しそうに笑った。小学生の笑いのツボは心得ているらしい。


* * *


 子どもたちを教室に帰した後の会議室は静けさに包まれていた。思っていた以上に情報を得られなかったことが清水には重荷となっていたようである。

「わざわざお時間を取ってくださったのに、すみません」

 何度目か分からないお詫びを口にして頭を下げた。それでも、瀬田は悠然と腰かけたままだ。

「ただね、快斗が一昨日のことでクラスの友達に何か話しているっていう可能性もあるわけよ」

「そうですね」塚本がうなずく。「あとで話を聞いてみます」

「何か分かりましたら、私の携帯に連絡をください」

 申し訳なさを滲ませて清水がそう頼み込む。

「その夢って奴に電話で聞こうよ」

 瀬田が図々しい提案をする。清水は塚本の手前、恐縮してしまう。

「病欠だって言ってたじゃないですか……」

「だってさ、君さ、そいつが最後まで快斗と一緒にいたわけだよ。そしたら、何か知ってるとしたらそいつの可能性が高いじゃん」

「そうですけど……」

 塚本がスマホを取り出して、何やら操作している。

「島田くんの担任の原先生をお呼びしました」

 しばらくして、会議室に中年男性がやって来た。原だ。彼は簡単な自己紹介の後、清水から事情を聞き終えると、渋い顔をしながらも島田の親に電話する旨を了承した。彼はスマホをスピーカーフォンにしてテーブルの上に置いた。

『もしもし』

 女性の声。原によれば、夢の母親・茜の携帯電話に発信をしたという。

「あ、もしもし、お忙しいところすみません。二小の原ですが」

『ああ……いつもお世話になってます』

 瀬田は電話の向こうの音に首をかしげた。原は続ける。

「夢くんの体調はどんな感じですか?」

『いえ……まだちょっと、熱が下がらないみたいで……』

「奥さんね」急に瀬田が口を挟んだ。「今、外にいるでしょ」

 かすかに電話の向こうから風の音がする。

『ええと、どなたですか?』

 原が慌てて説明を加える。

「あの……ちょっと込み入った話になっちゃうんですが、一年生の男の子がね、一昨日の帰り道でちょっとトラブルに遭ったかもしれなくてですね、そのことでちょっと色々調べているところなんですよ」

『何も知らないですけどね……』

「というわけで、瀬田です」

『あ、どうも……』

 茜の声がやや警戒色に色づく。

「夢とね、話がしたいのよ」

 少しの間が開く。

『でも、風邪ひいてるので……』

「今、外にいるよね」

『……はい』

「夢は家で一人なわけだ」

『……そうです』

 少し声が震えている。

「一昨日の帰り道のことを知りたいだけなのよ」

『あの、ごめんなさい。あの子、体調が悪いので……』

「風邪はいつから?」

『……三日前からです』

 砂利を踏む音がする。ゆっくりと歩いているらしい。

「三日も熱が下がらないというのは、結構なアレだね。インフルエンザだったりするんじゃないの?」

『いや……違うと思います』

「病院に行ってない口振りだね」

原がこれ見よがしに肩をすくめたが、瀬田には見えなかった。

『あの、でも、すぐに治ると思うので』

「熱が長引く場合はちゃんと病院に掛からないと学校には来れないでしょ」

『そういう重大な病気じゃないと思いますので……』

「島田さんね」たまらずに原が口を開いた。「病院で診てもらわないと、学校としても、島田さんの旦那さんの職場としても、ちゃんと処置しないと大変なことになる可能性があるということは、昨日もお話ししたと思うんですよ」

『でも、大丈夫ですので……』

 茜は頑なだった。瀬田が咳払いをする。

「今はまだ夢とは話せないと?」

『そうです。すぐに治ると思いますので……』

 瀬田がお手上げのポーズをするので、原が後を引き継いで通話は終了した。高槻が苦笑いを浮かべる。

「なんか……様子がおかしかったですよね」

 会議室に集まった面々から声のない返事がある。

「家に乗り込むか」

 瀬田が静かに言った。

 ここで画面に「つづく」の文字が現れると、「フォロー、いいねお願いします」とテロップが出る。そこで動画は終了した。

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