【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた!
【視覚遮断】目隠しして事件解決してみた! EP1
「瀬田さん、何食ってんすか?」
瀟洒な純喫茶≪梟亭≫の一角にあるボックス席。そのふかふかの座席に座りながら、店の雰囲気に似合わない小汚い風貌の男がサンドウィッチのようなものにかじりついている。この男が瀬田である。
「チョコクリームサンド」
口をモゴモゴ言わせながらかじり取った断面を見せる。チョコの深いブラウンと生クリームの白が混ざり合ったバーブル模様が食パンの間に挟まっている。
「甘そうですね」
テーブルの上に設置してあるカメラの管理者兼このチャンネルのディレクター高槻は甘いものが苦手らしい。
「そうでもないけどね。チョコが結構ビターでそれを生クリームが柔らかくしてる」
「食レポはしっかりできるんすね」
チョコクリームサンドをめいっぱい頬張ったまま瀬田が喋り出す。このあたりの育ちの悪さは健在だ。
「この前のやつはWeTubeに上げてるんでしょ? 観てる奴なんかいるの?」
世界最大級の動画配信サイト≪WeTube≫……その片隅にひっそりと開設された≪名探偵チャンネル≫という何の捻りもない名前のチャンネルがある。そのチャンネルが八日間にわたって動画を投稿したのが瀬田の言う“前のやつ”……≪一切質問せずに事件解決してみた!≫である。
「まあ……それなりに観てくれた人はいるみたいっすね」
「物好きもいるもんだ」
「コメントもわりと書いてくれてましたよ」
苦み走った顔をするのは瀬田だ。嫌な予感でもしているらしい。
「どうせ変なコメントばっかりだろ」
「いや、そんなこともないですよ。『質問禁止がそんなにキツそうに見えないのすごくね?』とか『ちゃんと事件解決してるのはえらい』みたいなコメントもありますね」
「そうなんだよ」カメラに指毛の目立つ人差し指を向ける。「俺えらいだろ? ちゃんと形にはしたからね」
「……っていうのもありますけど、『新たな迷惑系WeTuberの登場か……』ってのもあります」
瀬田は力が抜けてテーブルの上に突っ伏してしまった。
「おい……ふざけんなよ……ちゃんと観てねーだろ、そいつ」
「そいつ、とか言っちゃダメですよ。観てくれてるんだから」
「お前らね、俺はね、この街を平和にしたいって気持ちでやってんのよ」
瀬田はありもしない正義感を振りかざしてカメラを睨みつけた。
東京のどこかにあるというそれなりの規模の自治体・鷺市(さぎし)。ウソみたいな名前の街だが、それなりの治安が維持されていた。しかし、近年ではその悪化が指摘されていることもあるとかないとか。そのことについて、鷺市警察署署長の早川が「それなりに頑張ってまいります」と発言したところ、SNSでプチ炎上を引き起こしたのは有名な事件だったかもしれない。
高槻は動画のコメント欄に寄せられた発言をピックアップしていく。
「『警察官にこんなことして大丈夫なの? 注意じゃ済まないと思うけど』っていうのもあります」
「なに、それは? 何に対してのアレなの?」
「これは……鷺市警察署の刑事課にいた二宮さんを引っ張り出してるシーンについてですね。どんな事件があるか聞いてたじゃないですか」
「ああ、あれね。アレはこっちで合意は取れてたからいいんだよ」
「あとですね……これが結構多かったんですけど、セントラルタワーに乗り込んだ動画にですね……例えば、カルロスさんっていう人が『ビルに不法侵入したのはマズいでしょ。結構な犯罪だろこれ』って書いてます」
瀬田は溜息をついた。
「お前らね、すぐに悪いところ探す癖は良くないぞ。アレも二宮に対応頼んだから丸く収まってんのよ。そもそも事件解決してるから、俺」
動画視聴者には喧嘩腰の瀬田である。
「事件自体に関しても、色々と意見いただいてますよ。ええとですね……パウエル肛門長官さん」
「なんだその名前」
「『この犯人、動機も自己中心的で見た目もなよなよしてる感じだし被害者の女性がキレるのも無理ないよな。人間関係ろくに築いてこなかった奴が暴走した末路って感じ』っていう、辛辣な意見ですね」
「まあ、色んな人間がいるからね」
「それから、女性も観てくれてるんですかね、『事件以上に被害者の女性がかわいそうすぎた。こんな男とはさっさと別れた方がいい』っていう意見がチラホラありますね。これに返信もついてて、『それな。女遊びしてる上にヒモって最悪の物件』って言われてます」
「あの二人はアレで完結してるのよ。関係性の完結の仕方は人それぞれだからね。いつまでもつかは分からないけど」
「あの二人のその後については何か掴んでます?」
「わかんない。仲良くやってるんじゃないの?」
ピックアップしたコメントに目を通していた高槻が笑いを漏らした。
「瀬田さんについてのコメントもいくつかあるんで、これ紹介したら本題に行きましょう」
「なに? 褒められてる?」
ワクワクする瀬田。
「『全身の毛バリ濃くて草』って言われてます」
「おい、ふざけんなよ。どこに注目してるんだ、お前は? もっと観るべきところいっぱいあるだろ!」
「あとね、これ僕が一番好きなコメントなんですけど、『瀬田ってやつ、男は呼び捨てなのに女はさん付けなの童貞感満載で草』っていうのにスキが二百以上ついてます」
嬉しそうに笑い声を上げる高槻に、瀬田は否定するように手を振り続けた。
「恥ずかしいところ指摘してんじゃねーよ。誰だそいつ?」
「ええと……みかんさんっていう人ですね」
「おい、みかん! なんでもかんでも見つけたら言っていいってわけじゃねーからな! お前の名前覚えとくからな、みかんコノヤロー!」
「観てくれてるんですから、喧嘩売らないでくださいよ」
やや顔の赤い瀬田を高槻は腹を抱えて笑った。
「あとさっきの肛門長官、ちゃんとした名前に変えとけよ」
「それはニックネームみたいなもんですから」
「なんでニックネームに肛門が入るんだよ」
ひとしきり盛り上がって一息つくと、高槻は資料の紙を手元に寄せた。
「それで、やっと本題に入れるわけなんですけど」
「長いよ。今のところで動画途中で観るのやめた人絶対いるよ」
「まあ、動画なんで、途中飛ばせますから」
「それも切ないな」
「で、今回は≪名探偵チャンネル≫の企画第二弾ということになります」
高槻が拍手をすると、瀬田もつられて手を叩いた。
「今回は何やるの?」
「前回、質問禁止ってのをやったじゃないですか。ただ、コメントにあったように、あまりキツそうに見えなかったんですよね。このチャンネルのマインドは≪探偵×縛りプレイ≫なので、見ただけで分かる縛りが必要かなと思ったんですよね」
「俺をモルモットにしてるでしょ」
「そこで、こういうものを用意しました」
瀬田の切実な嘆きを華麗に無視して、高槻はサングラスのようなものを瀬田の前に静かに置いた。
「なにこれ?」
「ちょっと掛けてみてください」
言われるがままにサングラスを掛けると、瀬田は素っ頓狂な声を上げた。
「全然見えないんだが」
「そうです。ということで、今回は≪目隠しして事件解決してみた!≫」
高槻が拍手するが、今度は瀬田は乗り気でない。立ち上がってボックス席から出ると、恐る恐る歩き出したが、すぐに他のテーブルに腰を強打してその場にうずくまった。
「大丈夫? 店の物は壊さないでよ」
カウンターの向こうから≪梟亭≫のマスター・菊川が心配げな視線を寄越した。顔を歪めて腰をさすりながらボックス席に戻ると、瀬田はサングラス型の目隠しを外した。
「これは無理だわ。目のまわりの隙間も埋められてるからマジで何も見えない」
「そうなんです。そのサングラス、レンズの部分は光を通さないブラスチックの板になっていて、視覚を完全に奪うことができるんです」
「歩くのもままならないよ。これさ、せめて移動するための車椅子とかほしいんだけど」
高槻はハッとしたように目を見開いた。
「ああ、じゃあ、それは後で手配しときます。ひとまず、杖みたいなもので我慢してください」
そう言って高槻は腰の後ろからビリヤードのキューを取り出して瀬田に手渡した。
「これを杖代わりにするの? 絶対ビリヤード業界の人から怒られるよ」
「昔、趣味でビリヤードやってたんすよ。マイキューも持ってたんですけど、もう使わなくなったんで……」
瀬田が不安げな表情でキューと高槻の顔に視線を行ったり来たりさせた。
「手近な物で済ませようとしてる空気をバンバン感じるんだけど……。これさ、WeTubeってお金もらえるんじゃないの?」
「そのことなんですけど、つい先日収益化できるようになりまして、ちょこちょことこっちの方は発生してるみたいです」
人差し指と親指で丸を作って高槻はニヤリとした。瀬田はサングラス型目隠しを掛けてキューを構えた。
「高槻くんさ、これさ、すごいハスラーに見られたりしない?」
「強そうっすよ」
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
困り果てる瀬田をよそに、高槻は話を進行していく。
「もちろん、今回も違反をしたらその回数×一万円ということになります」
「出たよ……」
瀬田にとって一万円の出費は事件解決よりも大きな問題だ。この男は、前回の動画で「一万円を払うくらいなら事件解決できなくていい」という暴言を放っていた。
「それで、前回は警察署に行って事件をピックアップしたじゃないですか。今回は、僕の方で事前に打診しまして、ちょうどよさそうなやつをお裾分けしてもらいました」
高槻が鷺市警察署の生活安全課から仕入れた事件は以下のようなものだった。
十二月十日の午後三時二十分頃、鷺市吉沼町に住む小学一年生・石山快斗が母親・なつきのスマホに一本の留守電を残した。無言電話だったが、快斗は泣いており、そのまま電話は切れてしまった。職場でその留守電を確認したなつきは会社を早退。午後四時半頃、帰宅していた快斗に話を聞くが、何も聞き出すことができなかった。快斗には外傷などはない。
「またずいぶん風変わりな事件だね。……事件って言うのか、これは?」
「警察の方に通報があったんですが、事件性なしと判断されたらしいですね」
「まあ、何もなかったならそうなるだろうね。母親は心配だろうけどな。で、なんでこの事件を渡してきたんだ、生活安全課の連中は?」
「それは、警察署に行ったら分かると思います」
高槻はやや渋い顔をしてそう言った。瀬田は怪訝そうに目を細めたが、高槻は気を取り直して進行に戻った。
「というわけで、瀬田さん、そのサングラスを掛けてください」
「もう始めんの?」
慌ててサングラス型目隠しを掛ける瀬田は企画に従順である。
「では、今から≪目隠しして事件解決してみた!≫、スタートです!」
* * *
鷺市警察署には最寄り駅がないといっても過言ではないほど微妙な立地にある。瀬田と高槻の落ちこぼれ二人組は、高槻のワンボックスカーで警察署の訪問者用駐車場に乗り付けた。六階建ての白い建物が冬の日差しを浴びて眩しく輝いている。
「ここに来ると、胃がキリキリ痛む……」
車から降りるなり、瀬田は腹を押さえた。
「過去に何かしたんすか? コメントでも、五年前の胃薬持ってたことに衝撃を受けてる人がいましたよ」
「アレは家に置いてきた」
「いや、捨ててくださいよ」
おじさんがおじさんの手を引いて警察の正面玄関に向かう。瀬田は手に持ったキューを申し訳なさそうに杖代わりにしている。
「これさ、高槻くんさ、目の不自由な人ってホントに大変だね」
「そういう大変な思いをされている方の気持ちになって、瀬田さんもちょっとは成長しましょう」
「え、それどういう意味?」
二人はようやく正面玄関から中に入った。前回は署内でカメラを回すことは避けていたが、今回は早川署長のお墨付きもあり、事前に撮影許可を得ていた。
女性の制服警官が立っていた。
「こちら生活安全課の清水さんです」
カメラは捉えているが、瀬田はキョロキョロしていた。
「どちら?」
「こちらです」清水は不機嫌そうに手を上げた。「清水です」
「俺が署長公認の瀬田だ」
瀬田は何となく清水の声のする方に親指を立てた。署長の威を借りて署内で好き放題やりそうな雰囲気をビシビシと感じる。
「部屋を取ってあるんで来てください」
そっけない調子でそう言うと、清水はさっさと歩きだしてしまう。その気配を察知したのか、瀬田が声を上げた。
「俺、目見えないからね!」
清水は瀬田を一瞥した。
「ビリヤードでもやるんですか?」
苦労して小さな会議室にやって来た瀬田は手探りで椅子を引き寄せてどっしりと腰を下ろした。
「なんで廊下の途中に三段くらいの階段があるんだよ」
ご立腹である。そのせいで、さっきは盛大に転んでしまった。清水は特に何か言うでもなく、席について持参していたファイルを開いた。瀬田を見る目は、とても友好的とは言い難い。高槻が切り出す。
「清水さん、留守電の事件なんですが、なぜこれを瀬田に?」
「上から何か瀬田さんに渡せる事件はないかとしつこく言われたので、最近の通報で認知した件を持ってきただけです」
棘のある言葉だった。瀬田はサングラス型目隠しを虚空に向けながら、キューで清水の方を指した。
「だが、君の中にはこの件がずっと引っ掛かっていたわけだ。なぜだ?」
心の底からダルそうにファイルに目を落とすと、清水は答えた。
「今どき、ちょっと伝えたいことがあったら、メッセージアプリのFINE(ファイン)かなんかでメッセージを送ればいいだけです。それをわざわざ電話を掛けて、留守電まで残したというのは、快斗くんが異常な状況に置かれたからだと考えたからです」
「泣いてしまうような異常な状況?」
「まあ、そういうことになります」
「留守電の音声はここで聞けるのか?」
瀬田の言葉遣いが気に食わないのか、清水は隠しきれない怒りを視線に込めたが、目隠しをした瀬田には伝わっていない。
「事件ではないので、証拠として音声をコピーしていません」
「君は聞いたんだろ? どう思った?」
「声を押し殺して泣きながら歩いていたようで、よっぽど何かを伝えたかったけれど、結局どう伝えればいいか分からずに電話を切ったような印象を受けました」
瀬田は高槻がいるであろう方向に顔を向けた。
「高槻くんさ、これはさ、俺もその留守電の音声聞かないと始まらんよね」
「はい。なので、この後、清水さんに同行していただいて、快斗くんのお母さんに会う手筈を整えてあります」
清水との短いファーストミーティングを終えて、彼女の出発の準備をワンボックスカーで待っている間、瀬田はしきりに不安そうな表情を浮かべていた。
「あのさ、高槻くんさ、清水さんはずっとああいう感じなの?」
「気が進まないけど、上司に言われてやってるっていう感じでしたね」
「めちゃくちゃ殺伐とした空気が流れ続けてて死にそうだったんだけど。何も見えないと空気のピリつきがバシバシ伝わってくんのよ」
「よかったじゃないですか。瀬田さんも空気読めたんですね」
高槻の辛口に瀬田は返す言葉もなかった。
「というわけで、一本目の動画はここらへんで締めましょうかね」
「大丈夫? ちゃんとやっていけるかな、俺たち?」
「大丈夫ですよ。じゃあ、締めの言葉を」
カメラとは違う方を向いて、瀬田は人差し指を立てた。
「観てくれてありがとう。フォローといいねをよろしく」
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