【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! 後日談
「瀬田さん、すごく様になってるじゃないですか」
「撮影してんのかよ」
鷺市のテイラーの中にある試着室から瀬田がおずおずと歩み出てきた。天然のボサボサ頭はそのままだが、ヒゲを剃って仕立てられたスーツに身を包んだ彼の姿は見違えるようだった。ちなみに、指毛も剃ったらしい。
薄いストライプの入った濃紺のスリーピース。落ち着いたグレーのネクタイに手をかけてたたずむ様子は、瘦身ということもあり、絵になる。落ちこぼれた男に過ぎなかった彼のこのような姿は、読者諸君としてみると残念に思うところもあるかもしれない。クズはいつまでもクズでいてほしいと。
「首が詰まって仕方がない。窒息死したら訴えてやる」
「死んでも法廷に行くんですか。似合ってますよ」
「あのね、高槻くんね、探偵なんてナメられるくらいの恰好でいた方がいいんだよ」
「それもルールっすか」
「こだわりだよ」
そう言って得意げに歯を見せた。
* * *
二人の姿は、鷺市警察署の署長室にあった。部屋のど真ん中で直立する瀬田だが、説教を食らっているわけではない。鷺市警察署署長の早川が厳かに歩み出る。手に持った書状を読み上げる。
「『瀬田海山(かいざん)殿……貴殿は去る十月二十日に発生した福富町における路上窃盗事件に際して、平和秩序の安定のために捜査協力を申し出るばかりか、その類稀なる洞察力に裏打ちされた活動によって、同月二十六日、品川宏樹容疑者を窃盗及び器物損壊罪で逮捕することに大いに寄与した。よって、ここに感謝の意を表する……十一月四日、鷺市警察署署長早川慶雲』……ありがとう」
早川から手渡された賞状を緊張気味に受け取ると、胸の前に広げた。署長室に詰め掛けていた数社のメディアがカメラのフラッシュを瞬かせる。瀬田は下手糞な微笑を浮かべて写真に納まったが、後に恥ずかしくてその写真を見ることができないと言っている。
写真撮影が終わり、瀬田と高槻は早川に連れられて応接室にやって来た。取材陣もついてきて、署長と新進気鋭のWeTuber探偵との談話を記事にしようと構えている。
「時代も変わったもんだねえ」
豪快に笑い声を上げてソファに腰を下ろす早川に、瀬田は小さく頭を下げた。早川は高槻のカメラを指さした。
「WeTubeっていうんでしょ、これ? 今も撮影してんの?」
「してます」
高槻がうなずく。あらかじめ撮影許可は取ってある。
「それにしてもね、色々ね、署内でも意見あったんですよ。だけどね、あなたたちみたいにね、そういったものをね、平和活用するっていうのはね、私はとても良いことだと思うんですよね」
「まあ、世の中を平和にするために立ち上がりたいなんて思ったもんでして」
カメラのシャッターが切られる。真面目な顔でウソをつく瀬田の頭を高槻は思い切り叩きたい衝動にかられたが、すんでのところで我慢することができた。
「ああ、素晴らしいですね」
「それに、正義のための活動を面白おかしくWeTubeで観てもらって、特に若い世代なんかには世の中をより良くしていく行動を起こしてもらいたいと思いますね」
再びババババッとシャッター音。早川はうんうんとうなずいているが、すべては瀬田の口から出まかせである。
「ということは、これからもWeTubeで活動をしていくつもりですか?」
「そうですね。世の中から悪が消えない限り、この瀬田海山はどこにでも現れます。この鷺市を拠点として、これからも活動をしていくので、皆さんには金ヅル──じゃなくて、動画を観てもらいたいなと思います」
「署長としては、どうお考えなんでしょうか?」
記者からの質問が飛ぶ。
「うん、そうですね。このような素晴らしい方にこうして行動を起こしていただいたことは大変感謝していますし、今後も我々から捜査協力をお願いするということがあるかもしれません。その時は、よろしく頼みますよ」
早川が手を差し出す。瀬田はニコリと笑ってその手を握り返した。
「こちらに目線をお願いします」
カメラマンが手を上げる。企画のスタート時点からでは想像できない着地に、高槻はやや引いていた。とんでもないことになった、と。瀬田にせっつかれて、高槻は早川と瀬田をカメラに収めた。
「大変恐縮なんですが、この紙に書いていある文章を一緒に読んでいただきたいんです」
高槻はそうやってカンペを出した。
「うん? これを読めばいいの? いいよ。じゃあ……」
「ご視聴ありがとうございました。フォローといいねをよろしくお願いします」
二人の声がユニゾンを奏でた。
「なに? これでいいの? これで私もWeTuber?」
早川の笑い声が響き渡った。
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