【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP7

「急になに言ってんすか、瀬田さん」

 動画は前置きもなく前回の続きから始まった。瀬田は周囲の視線をほしいままにしている。たっぷりと間を取ってから、瀬田は続けた。

「ずっと引っ掛かってたわけなんだよ、どうしてひったくり犯は刈谷さんのバッグに入っていた社外持ち出し用のノートパソコンを破壊したのかということが」

 品川が目を瞠って棒立ちになる。

「それは僕もずっと気になってました」

「あのさ、高槻くんさ、今回の事件は計画的な犯行である可能性があるって言ったじゃん」

「言ってましたね」

「その計画ってどういうものだったのかというと、刈谷さんが自宅マンションに入る前にバッグをひったくって逃走して、ノートパソコンを破壊することだったんだよ」

「え?」刈谷が驚いたように声を上げた。「一体どういうことですか?」

「犯人の条件は二つあって、一つは目出し帽を被る必要のある人間……つまり刈谷さんと顔見知りであること。もう一つが、社外持ち出し用のノートパソコンを破壊する理由がある人間だった」

 顔を見せられないのか、品川は俯いている。

「犯人には、刈谷さんがノートパソコンに保存したデータを自宅に持って帰られては困ることがあった」

「え?」

 刈谷は困惑したように瀬田と品川の間で視線を行き来させた。

「単純なことで、品川くんは仕事上のミスか何かを犯してしまった。そのデータを自宅で精査する刈谷さんに見られたくなかったんだよ」

「たったそれだけのことで、あんなことを……」

 驚きと怒りと悲しみをないまぜにしたような目を品川に向けて、刈谷は口元を押さえた。そうでもしなければ、叩きつけたいいくつもの言葉が口を突いて出てしまうと思ったのかもしれない。

「それだと、その場しのぎにしかならなくないですか?」

 当然のように浮かぶ疑問を高槻は口にした。

「その場しのぎでいいんだよ。次に刈谷さんが会社でデータを確認する前に修正しておけばいいわけだからね」

「でも、たったそれだけのことで、犯罪に突き進むとは到底思えないんですけど」

「それはもちろん、俺もそう思うけどね、彼の腕時計を見て、仮説が確信に変わったのよ」

「腕時計?」

 全員の視線が品川の手首に集中する。彼は咄嗟に腕時計を反対の手で隠してしまう。

「さっき、犯人の目的はノートパソコンを破壊することだと言ったけど、公園のゴミ箱から発見された財布からは金が抜き取られていたよね。彼が金を抜き取ったのは、ついでに過ぎないんだよ」

「ついで? じゃあ、ホントにあくまで目的はパソコンを壊すことだったってことっすか?」

「そういうこと。目的を達成した彼は興奮状態にあった。財布の中には金が入っている。そこで、彼の中に沸々と怒りが湧いてきた。それまで抑えつけて鬱積した負の感情だ。財布から金を抜き取って現場から去る。思いがけずに手元に舞い込んだ金を見て、彼は衝動的にその腕時計を買った」

 刈谷が憤怒の声を上げて品川の胸元を掴んだ。

「いつも会社で私に怒られてるからって、最低な真似しやがって! 仕事で怒られてるなら、仕事で見返してやろうって思えよ!」

 掴んだ品川を突き飛ばすと、若い男の体はいとも簡単に床の上に倒れた。二宮が間に入って壁になるが、刈谷は涙を流して膝をついた。山崎がその肩を優しく抱く。

 急転直下の展開に興奮を抑えきれない様子の高槻は、瀬田にカメラを向けた。

「罠っていうのは、このことだったんですね」

「君が人の推理を横取りするもんだから、いかに先回りされないようにと考えていたんだよ」

「あ、それ、ずっと気にしてたんすね」

「たぶんね、世の中の探偵はみんな俺に同情してくれると思うよ」

「はあ、そりゃあ、よかったですね」

 床にへたり込んでいた品川が嗚咽を漏らした。

「僕だって、うまくやりたいんですよ……でも、思い通りにいかなくて……どうにかちゃんとやろうって焦ってるところに、口を挟んでくるから、できるもんもできないんだよ!」

 涙とよだれを垂らして何度も床を叩きつけた。二宮が両腕を掴んで抑えるまで、会社の人間たちはひどく憐れんだような目で、もはやこの場所にいられないであろう若者を見つめていた。

 長い時間をかけて、立ち上がれるようになった品川が二宮に肩を押されて部屋を出ていく。居合わせた会社の首脳陣たちも壮絶な光景を目の当たりにして、言葉を失っていた。

 沈んだ表情を浮かべてもの言いたげな刈谷に瀬田は慰めるように声をかけた。

「まあ、世の中には色んな人間がいる。あいつも必死でやってたんだろう。それは君も同じだ。同じ勢いでぶつかり合って、向こうが弾き飛ばされただけだ」

 刈谷は何も言わず、ただ山崎と抱き合って静かに涙を流した。


* * *


 高槻のワンボックスカーの中。満足そうな表情の瀬田がカメラの前で腕組みをしている。例のごとく、運転席から高槻の声が届く。

「というわけで、無事に事件解決しましたね」

「解決するもんだね」

「ちなみに、これ、もう動画の七本目に突入してると思います」

「あれ、動画またいだ?」

「あとで良い感じに編集するんで、どっかで動画またぎしてると思います」

「おお、いいじゃん。盛り上がりそう」

 高槻が咳払いをして喉を整える。

「そして、これで、『一切質問せずに事件解決してみた』……終了でーす!」

 ハンドルを握る高槻の分も瀬田が拍手をする。

「これで質問し放題だな」

「でも、案外スムーズにやれてた印象がありますけどね。今後も質問禁止は継続でいいんじゃないですか」

「それはマジでやめてくれ。でも、アレなのかね、観る人によってはアンフェアだろとか言われんのかね?」

「なんですか、アンフェアって? 和菓子のフェア?」

「やっぱりさ、高槻くんさ、この動画も一応ジャンルとしてはミステリーなわけじゃん。ミステリーってそれなりにルール的なやつがあるのよ」

「面倒くさいんすね」

「いや、そういうのがないと、何でもありになっちゃうからね。今回で言うとさ、あの品川ってのは最後まで出てこなかったじゃん」

「そうですよ、めっちゃびっくりしましたよ」

「そういうのがさ、観てる人も実は一緒に考えてて、それぞれ考えたりしてるわけじゃん。犯人が誰だとかさ」

「ああ、ドラマの考察動画的な」

「そうそう、そういうやつ。そういう人たちにとってはさ、品川っていう奴がいるなんて勘定に入ってないわけじゃん」

 高槻が大きくうなずいた。

「ぼったくりバー的な」

 あまりにも下世話なたとえに瀬田は考え込んでしまった。

「う~ん……違うんだけど、まあ、合ってるような気もするな……。とにかくさ、『いや、そんなこと知らんよ』っていうのがあったらダメなのよミステリーって、基本的に。だから、これ観てる人もそう思ってんじゃないかっていう危惧がね」

 しかし、高槻は同意しかねるようだ。

「いや、でも、現に瀬田さんは解決できたわけじゃないですか。それなりの理由があるんでしょ?」

「あるよ」

 瀬田は鼻高々だ。

「じゃあ、その解説も撮りましょうよ。さっきのだと、まだ細かい部分説明しきれてないわけじゃないですか」

「じゃあ、そうする?」

「やりましょう。撮れ高は多い方がいいっすからね」

 そう言ってフロントガラスから空を見上げる。結局雨は落ちてこない。

「でも、一個疑問があるんですよね」

「なんじゃらほい」

「あの品川くんって、なんで刈谷さんの自宅の場所を知ってたんすかね。だって、僕も昔は会社勤めしてましたけど、同僚の住んでる場所なんて知らなかったですし、ガンガン来る上司の家なんて知りたくもなかったですけどね」

「まあ、そこは警察の方で聞き出してくれるでしょ」

「じゃあ、そこも含めて、後日、振り返りを撮りましょうかね」


* * *


 見慣れた≪梟亭≫のボックス席である。

 見慣れた瀬田の顔の他に二宮の姿がある。カメラを回した高槻が話し始めた。

「事件解決から……四日、ですかね?」

 二宮がうなずいて、瀬田が口を開いた。

「四日経ったね。三日くらいの感覚だったね」

「あんまり変わってないじゃないですか。それで……ええと、二宮さんです」

「あ、どうもこんにちは。ご無沙汰してます」

 律儀に頭を下げる。今日もスーツに身を包んで真面目な空気感を漂わせているが、今日は非番らしい。

「今日はですね、この前の事件の振り返りっていう感じで……七本目の動画の尺がね、若干短くて、七本目の後ろからくっついてる感じです」

「じゃあ、地続きで繋がってるのね?」

「そうです。で、振り返りってことなんですけど、まず聞きたいんですけど、二宮さんってあの逮捕の日、なんであそこにいたんですか?」

 お冷で喉を潤してから二宮が答える。

「あのですね、あの日ですね、瀬田さんからFINEでメッセージが来まして。『セントラルタワーに来い』という感じで」

「それで素直に来たんですか?」

「『なんでですか?』と返したところ、山崎さんが会社に突撃しようとしてると言われまして……で、一階のホールのところで呼ぶまで待ってろと、そういうわけなんです」

「マッチポンプみたいなことしてたんすね」

「いや、高槻くんさ、重要なのはさ、犯人を炙り出すことだからね」

「その時にはもうすでに品川さんを犯人だと考えてたってわけですか」

「品川のことはあの日あそこで会うまで知らなかったけどね」

「え? どういうことですか? そんな状態なのに、二宮さんまで巻き込んだって、どんだけ勝算あったんすか」

 コーヒーゼリーを突きつつ、瀬田は首をかしげた。

「勝算というか、なんていうの……刈谷さんの会社に行けばOKだと思ってたからね」

「ちょっとそこのところを順を追って説明してほしいんですけど」

 うなずくと、瀬田は座席に座り直した。

「まずね、俺も普通に山崎を疑ってたのよ。警察は証拠不十分で逮捕に踏み切れないでいると思ったの。だけどさ、やっぱりYtagの件が無視できないのよね。奴が犯人なら、絶対にバッグから抜き取っておいた方がいいわけよ。まあ、それは山崎自身も言ってたけどね」

「で、刈谷さんに目を向けた、と」

「うん」コーヒーゼリーを一口。「目出し帽をつけた犯人像ってのがウソっぽく感じられてさ。その上、タバコの匂いがどうとか言うわけじゃん。一応、仮説を組み立てるとそれなりに辻褄は合うんだけど、ずっと社外持ち出し用のノートパソコンが宙ぶらりんなの」

「破壊されてましたからね」

「そう。で、そもそものことを考えたのよ。刈谷さんも山崎も、第三者から見ると関係は破綻しているように見えるけど、本人たちはお互いに依存し合ってて、それはそれで成立してるわけよ。だから、犯行の動機として考えられる男女の仲とか金の問題って、あの二人にしてみたらそれほどデカい問題じゃないのよ。つまりさ、二人ともひったくりに関係する意味がないわけ」

「ああ、もうそれで二人が容疑から外れると」

「考えてみたらさ、刈谷さんは山崎に金を無心されて金を用意してるわけよ」

「そんなこと言ってましたっけ?」

「山崎は二十万の無心をしたら拒否されなかったって言ってたし、刈谷さんも金を下ろしたって言ってたじゃん。刈谷さんの財布には二十万が入ってたはずなのよ」

 高槻が天を仰いだ。

「ああ……そういう……」

「で、パソコンの話に戻るわけなんだけどさ、わざわざぶっ壊すっていうのには意味があるわけ。社外持ち出し用の備品だからさ、絶対その中のデータがカギになるってことになるわけじゃん。そうなると、もう刈谷さんの会社に関係する人間っていうことになるのよ、必然的にさ」

「産業スパイの可能性は?」

 鋭く突っ込んだ高槻だったが、瀬田は意に介さない様子だった。

「そこまで考えてないけどね。だって、それ以上にあり得そうなものが見つかったから」

「なんです?」

「犯人は刈谷さんの顔見知りで、会社のデータを破壊する理由があるっていう条件がある。そして、そいつは刈谷さんの会社の人間だと考えてた。そんな時に刈谷さんとセントラルタワーで会った時に条件に適合した人間を見つけたわけなんだよ」

 高槻はあの時のことを思い出してはみたものの、思い当たる節がない。

「そんな出来事ありましたっけ?」

「彼女は電話で誰かを怒っていた。眉間に皺を寄せてしかめっ面でね。で、その後、話を聞いていく中で、金のことが話題に挙がった。彼女は眉間に皺を寄せてしかめっ面をしながら、金があっても使えない人間はいると力説した。その表情で、彼女が怒っていた相手と金のある無能が一つに繋がったわけなんだよ」

「そこまで見てませんでしたよ」

「会社で働く他人が金を持っているかどうかを判断するポイントはそう多くない。自分の収入を基準にして、今どれくらいもらっているかを推測することはできるけど、その他の財産については別に情報が必要になる。一番分かりやすいのが腕時計だ」

 高槻は合点が行ったように声を漏らした。

「だから、あのタイミングで腕時計を……」

「使えない部下を事あるごとに怒る上司……部下にしてみれば、一つのミスが命取りになる。だから、ミスをしたままのデータを持ち帰られるわけにはいかなかった。俺はそいつの顔が見てみたくなった。おそらく犯人だろうと思ったからね。実際に奴を見て確信した。刈谷さんの財布から消えた二十万円と二十万するグランデサイコーの腕時計が繋がったわけなんだ」

 ずっと黙っていた二宮が恐れ入ったように苦笑した。

「思い切るにはかなりの勇気がいる判断だったと思いますね。断定するには、まだもう少し情報がいるかなと……」

 瀬田が二宮を睨みつけた。

「だってしょうがないじゃん。質問禁止されてたんだから」

「ああ……そっか、そうですよね……」

「結果オーライだよな?」

 瀬田が詰め寄って来るので、高槻は仕方なく認めてやることにした。

「ところで、二宮さん、品川くんってなんで刈谷さんの自宅の場所を知ってたんですか?」

「ああ、そのことなんですけど、犯行の動機にも関わってきていまして、もともと彼は刈谷さんに好意を持っていたらしいんですよ。それで、まあ、自宅を割り出して。彼が言うには、キツく当たられてはいたけれど好きだった、と。だから、仕事上のミスも隠すようになっていったらしいんです。ただ、最近は怒られることが増えて、正常な判断ができなくなっていた……まあ、一種のパワハラによる萎縮みたいなことになっていたようでした」

「なるほどね」瀬田は得心が行ったようだった。「なんで盗んだ金で腕時計を買ったのか不思議でならなかったんだが、会社で刈谷さんに見栄を張るためだったというわけだ」

 高槻は複雑な表情を浮かべていた。

「しかし……恋愛感情がこんな形の結末を迎えるとは。人生ってのは分からないもんですね……」

「人間ってのはそんなもんさ」

 訳知り顔で瀬田はうそぶいた。

 撮影が終わる。ジャジーな音楽の中で、三人は余韻に浸るようにその場に座っていたが、やがて二宮がお暇の時間となった。

「あ、そうそう」二宮は≪梟亭≫を出ていく前に言った。「瀬田さんに良いことがありますよ」

 彼はニコリと笑った。

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