【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP6
お馴染みの高槻のワンボックスカーの車内である。
「これもう撮影できてんの?」
カメラに瀬田の顔面が大写しになる。やけに肌のきめが細かい。
「もう回ってますよ」
運転席から高槻の声がする。
まだ午前中だが、空には厚い鈍色の雲が立ち込めていて少し薄暗い。なにやらこれから起こることを暗示しているかのようだ。
「瀬田さん、これからどこに行くんですか?」
「昨日さ、罠を仕掛けるって言ったじゃん」
高槻は首をかしげた。
「そんなこと言ってましたっけ」
「君、死ぬほど心閉ざしてたからね、昨日ね。あのね、これから山崎のところに行こうと思うのよ」
「ついに直接対決ってことですか?」
裾から手を入れて背中をボリボリと掻きながら、瀬田は口を歪めた。
「高槻くんさ、昨日の話さ、聞いてなかったでしょ」
「ここから動画観る人もいるんで、説明してもらえますか」
素知らぬ顔で瀬田の言葉をかわす。瀬田は諦めたようにして座席に深く腰掛けた。
「つまりだね、事件の証言からして、裏付けの取れない主張を繰り返している刈谷さんは大いに疑わしいってことなんだよ」
「ああ」記憶の糸を手繰り寄せたらしい高槻が声を上げた。「刈谷さんが山崎さんを庇ってるって話でしたっけ」
「いや……高槻くんさ、先を言うなって昨日も言ったよね」
「ああ、そうでした、そうでした」
記憶喪失から回復した高槻はルームミラー越しに頭を下げた。笑いながら。
「まあいいや。確かに、刈谷さんは山崎を庇っている可能性がある。その理由は説明しなくても分かるでしょ」
「っていうことは、刈谷さんに対して罠を仕掛けようとしてるってことですか?」
「そういうことになるね。まあ、あとは山崎に会ってからのことを見ててよ」
* * *
再び新宿にある山崎の自宅マンション前である。雨の降る気配はないが、相変わらずのコンクリートのような曇天で気も滅入りそうなものだが、瀬田は目を輝かせていた。
動画は山崎がマンションから出てきたところを捉えたシーンから始まる。おじさんが二人して駆け出していくのでバタバタとした足音が周囲に響いて、山崎はそれで危機を察知したようだった。とはいえ、貧相な瀬田を見ると、呆れたように気が抜けるのが目に見えて分かった。
「またあんたらですか……」
「君が行く女の家まで連れて行ってもらおうと思って」
あからさまに不快な気持ちを顔に出すと、山崎は歩き出した。
「これから知り合いがやってる劇団に行くんですよ」
長い脚の歩幅についていくために、二人のおじさんは速足になる。
「そこが君の女との出会いの場というわけだ」
山崎はすぐに立ち止まって瀬田を振り返ると、昨日とは違って燃えるような眼で迎えた。
「僕を悪者に仕立て上げたいみたいですけど、迷惑なんでやめてもらっていいですかね」
立ち止まったのは、瀬田にとって追い風だった。ボサボサ頭が意味ありげに揺れる。
「君を悪く言おうとしてるわけじゃない。むしろ君は被害者だということを俺は言いたわけなんだよ」
予想だにしていない言葉だったのか、山崎は瀬田の心の内を見透かそうとするかの如くその目を覗き込んだ。
「何を考えてるんですか……?」
「またあの話になるけども、君が刈谷さんのバッグの中にYtagを仕込んだのは、紛れもない事実だ。君はそれによって刈谷さんが浮気などしていないという結論に至った」
「そうです。光は職場と自宅を行き来するばかりでしたから」
「俺からすると、その結論には穴があると言わざるを得ない」
「どういうことですか?」
「Ytagは刈谷さんのバッグに仕込まれていたわけだ。つまり、刈谷さんがバッグを持って移動すると、GPSでその位置が分かる。そもそもバッグを持っていなければ刈谷さんの居場所を追うこともできないし、刈谷さん以外の人間の動きを追跡することができない」
山崎は固唾を飲んで瀬田の話を聞いている。
「別の男が刈谷さんの自宅に出入りしていても、君はそれを検知できないということなんだよ」
「そんなバカな。光は出会いの場などないと言っていた」
「浮気相手との出会いの場はその人間の身近な環境にあるんだよ。習い事があるならそれ終わりにどこかに行くだろうし、子どもがいればPTAの集まりで出会うこともある。いつも通っている職場があるならば、そこに出会いもあるだろう。彼女の会社に男が一人もいないと思っていたのならおめでたい頭だ」
「変なことを言うなよ!」
瀬田の視界から逃れるようにして再び歩き出そうとする山崎の背中を声が追いかける。
「考えてもみろ。君は今、ひったくり犯の第一容疑者だ。刈谷さんがどう主張しようとも、君が怪しいことに変わりはない。もし刈谷さんが君を邪魔者として排除しようとしていたとしたら……」
その仮説に高槻も舌を巻いた。
「だから、わざと裏付けの取れないような証言ばかりをしているってことですか?」
「いやいや……そんなこと、あるはずがない」
山崎は自分に言い聞かせるように頭を抱えてうずくまった。瀬田が膝に手をついてその前に立つ。
「なら、刈谷さんに直接聞きに行こうじゃないか」
「……え?」
「俺たちは今から刈谷さんの会社に行こうと思ってるんだ。そこで直接彼女に話を聞けばいい」
たっぷりと時間をかけて迷いを吹っ切ったのか、思い詰めたような顔で山崎がうなずいた。
「わかりました。行きましょう」
こうして、山崎は高槻のワンボックスカーに乗り込むことになった。高槻は湧き上がる興奮を抑えながら、瀬田にカメラを向けた。
「これで刈谷さんのところに乗り込むわけですか」
「そうだね。役者は揃ったっていう感じだね」
「ということは、いよいよ最終章ですか」
「そういうことになるね」
「刈谷さんがボロを出して事件が急展開を見せるのか……瀬田さんの腕の見せ所ですね」
車内に乗り込む瀬田は自信に満ちた顔で歯を見せた。
「まあ、見ててよ」
* * *
鷺市に戻って来たのは、正午頃だった。重みのある冷たい風がセントラルタワーの周囲に渦巻いていた。近くの駐車場に車を停め、山崎を引きつれた二人のおじさんはガラスの摩天楼のふもとにやって来た。
瀬田は正面入り口の前で振り返った。その表情は、意を決したという表現がぴったりだった。
「山崎くんね、刈谷さんの会社は八階にオフィスを構えている。そこには、彼女に気のある男が何人も働いている。もしかすると、刈谷さんは今この瞬間にも君の知らない恋心を密かに燃やしているかもしれないのだ」
ずいぶんと文学的な煽り文句である。高槻が笑いをこらえていると、山崎が肩で風を切って正面入口へ突入した。二人のおじさんは慌てて後を追う。
セントラルタワーの一階、正面入り口のあるホールは広い空間が広がっていた。周囲にはラウンジスペースもあり、今も何人かスーツ姿の影がある。少し先にはエレベーターホールがあるが、その前には駅の改札のようなゲートが設置されていた。昨日、瀬田も弾き出されたように、セントラルタワー内の企業に訪問する人間はゲート脇の受付でビジター用の入館証を発行する必要がある。その入館証も企業側がアポイントメントをもとにあらかじめ申請をしておかねばならず、闖入者はシャットアウトされる仕組みになっている。
山崎は受付に詰め寄り、何かを訴え始めた。案の定、受付の人間が首を横に振る。瀬田と高槻は少し離れた場所でその様子を見守っていた。
「瀬田さん、何を企んでるんですか?」
「まあ、面白いことが起こるから見ていなさい」
無精ヒゲをいじって、瀬田はニヤニヤと事の成り行きに見入っていた。
「いいから、光のところに行かせろよ!」
受付のカウンターを叩いて、山崎が激高した。離れた場所にいた警備員が異変を察知して駆け寄ってくる。ここまでは昨日の瀬田とほとんど同じ流れである。
山崎は近づこうとする警備員を警戒して、ゲートの方へ駆け出した。
「高槻くん、行くぞ!」
「えっ?!」
床を蹴って山崎を追うのと同時に、瀬田はラウンジスペースの方に合図を送った。一人の男が素早く立ち上がって走り出す。山崎はゲートを飛び越えて、エレベーターホールへ。警備員の叫びと受付の人間の咎める声。瀬田も山崎を倣うようにゲートを飛び越えようとしたが、爪先が引っかかって床の上をゴロゴロと転がった。山崎がエレベーターの呼び出しボタンを押す。高槻がゲートを飛び越える瞬間に、立ち上がりかけた瀬田が大声を上げた。
「二宮、後は頼んだ!」
高槻が振り返ると、ちょうどジャケットの内ポケットから警察バッジを取り出して警備員の前に身を滑り込ませる二宮の姿があった。山崎の呼んだエレベータのドアが開いて、三人はその中に勢いよく飛び込んだ。受付の方からは、階上に侵入者が向かう旨を内線で入れる受付の声が響いてきた。
エレベーターのドアが閉まると、瀬田は右膝をさすって床に尻をついた。ひどく息切れしている。
「この歳で……はぁはぁ……急激な運動は……ドラッグより危険だ……」
高槻も焼けるような肺に咳き込みながらもカメラを構えている。
「一体……何がどうなってるんですか? 二宮さんはなんであそこに……?」
「俺が呼んだ」
痛みに顔をしかめる瀬田はしれっとそう説明した。
「瀬田さん……まさか、僕にバレないように二宮さんに質問してないでしょうね」
ポケットをまさぐってスマホを差し出した瀬田は自信に溢れていた。
「疑うならFINEを見てみるがいい。俺が自ら金を払うような真似をすると思うか?」
高槻は息を整えた。たいぶ冷静さも取り戻したせいか、
「いや、信じましょう。瀬田さんは金を払うくらいなら事件が解決しなくても一向に構わないクズですからね」
と断言した。
「その通り!」
最低な同意をして親指を立てる瀬田だが、頭のネジの一本や二本、道端に落っことしてきたのだろう。
山崎はというと、息一つ乱れぬまま、エレベーターの階数表示を見上げていた。その目は嫉妬の炎に燃えて緑色に光っていた。
「二人は邪魔をしないでください」
彼の声は一点の曇りもなかった。
やがて、エレベーターが八階に到着する。山崎が先陣を切って箱を出て、目の前の案内表示に従って、株式会社クラフトパワーの入口へ突き進んでいく。内線電話の置かれた待合スペースを通り過ぎると、カードキーロックのドアが現れる。山崎はそのドアに拳を叩きつけた。
「光! 出てこい!」
その鬼気迫る姿に、瀬田と高槻は後ずさりした。
「わぉ……すげえ気迫……」
高槻がカメラを回していると、電子音がして内側からドアが開かれた。不安に苛まれた表情をした刈谷がそこには立っていた。その向こうには、異常事態に目を丸くした社員たちの人垣ができていた。
「何やってるの、陽平!」
山崎は片手でドアを押さえて、刈谷の腕を引っ張って外に引きずり出すと、入れ替わるように社内へ足を踏み入れた。
「陽平!」
追いすがる刈谷を無視して突き進んでいく山崎。高槻は素早く閉じかけたドアを身体で受け止めた。瀬田がそのまま中に入る。
騒然とする社内の人間を見回すと、山崎は刈谷の両肩をガッシリと掴んだ。
「光、僕は君に色々迷惑をかけたと思う。だけど、君を想う気持ちはだれにも負けない!」
刈谷は怯えた目で山崎を見つめた。
「なんでこんなことを……」
華奢な彼女の体を守るようにその前に立って、社員たちを睨みつける。山崎は鬼の形相だ。
「誰だ? 人の女に手を出した奴は!」
ビリビリと空気を震わす大音声に、誰もが恐怖で身動き一つ取れないでいる。
「やめてよ! 陽平、もう帰ってよ!」
声を張り上げて山崎を引っ張り出そうとするが、圧倒的な力の差の前には無力だった。
「はい。そこまでです」
全員が入口の方に視線を送った。二宮の姿がそこにあった。
「良いタイミングだ、二宮」
不敵な笑みを浮かべて瀬田がそう言うと、二宮は恐縮したように頭を下げた。彼は静々と山崎のそばに近寄って、その肩に手を置いた。
「続きは署で聞きますから」
その言葉に高槻は跳ね上がるように顔を上げた。
「まさか瀬田さん、山崎さんを不法侵入で別件逮捕させてひったくりの件を絞らせようとしたんじゃ……」
「なんですって?」
刈谷が瀬田の顔に鋭い視線を突き刺した。山崎がその腕を掴んで引き寄せる。
「痛い! 何すんの、陽平!」
「僕は信じてる。君が僕を陥れようとなんてするはずがない。そうだよな?」
「瀬田さん、これは一体……」
置いてけぼりを食らった二宮は呆然と立ち尽くすしかできなかった。
すると、突然、ビービービーと警報が鳴り始めた。社員の中から声が上がる。
「ドア閉めないと」
開け放したままのドアのせいで、警報システムが作動したのだ。高槻は慌てて部屋の中に入り、急いでドアを閉めた。警報が鳴り止むと、張り詰めていた空気が緩むのが分かった。
「品川くん」刈谷が叫んだ。「社長たち呼んできて。オレンジの部屋で会議してるから」
人垣の中から周囲をキョロキョロしながら一人の若い男が躍り出た。
「えっと、社長ですか?」
「早く呼んできてよ! こういう時くらいさっさと動いてよ!」
ヒステリックに怒号を上げる刈谷に怯えたようにして、品川は部屋を出ていこうとした。
「ちょっとストップ」
瀬田が手を上げて声を発しただけで、場は一瞬のうちに支配されてしまった。瀬田は品川の手元を指さしていた。品川は訳も分からず、銃を向けられた小市民のように両手を上げて硬直してしまった。瀬田は彼にゆっくりと近づいた。そして、品川の手首に巻かれた腕時計を見つめて、深くうなずいた。
「グランデサイコーの腕時計……二十万はする良い時計だ」
「いや、どんなタイミングで腕時計見てんですか」
高槻は笑ったが、瀬田の目が光った。
「君が犯人だ」
静寂が訪れた。
動画の中央に「つづく」と表示され、いつもより短い尺で終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます