【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP4

「今、山崎さんを自宅マンション前で待っている状況です」

 ワンボックスカーの座席でコンビニのラーメンをセッティングしている様子がカメラに収められている。どうやら具を綺麗に盛り付けないと食べ始められないようだ。

「瀬田さん、どうせ食べちゃうんだからそこにこだわり発揮しても無意味ですよ」

 不機嫌そうな瀬田が高槻を睨みつける。

「あのね、高槻くんね、料理ってのは見た目も大切なんだよ」

「それはそうなんですけど、もう五分くらいいじってるんで、さすがに言いたくはなりますよ」

 深い溜息をつくと、瀬田は観念したように天を仰いだ。そして、目を瞑りながらラーメンを食べ始めた。

「何してんですか、瀬田さん?」

「頭の中に綺麗なラーメンをイメージしてるから実質俺の勝ちなんだよね」

「誰と勝負してたんですか……。まあ、食べながら聞いてください。今回のこのシリーズの動画って、僕たちが警察に行って事件を選んだわけじゃないですか」

「二宮が教えてくれたからな」

 スープを啜って、盛大に麺を吸い込んだ。

「なんですけど、事件を確保できない時もあると思うんですよ。なので、この動画を観てる人に『この事件解決してほしい』とか『身の回りで変なことが起きてるんです』みたいなことを募集したいんですよ」

「三億円事件とかな」

 煮卵を一口で頬張る。

「そこなんですけど、募集するのは、あくまで視聴者さん自身が直面している事件限定ということにさせていただきます。そうしないと際限なく来ちゃうんで」

「ホントに観てる奴いるのかよ」

「というわけで、動画の概要欄にメールフォームのURLを載せてますんで、そこに気軽に送ってください。行けそうだなっていうのがあったらこちらから連絡するんで」

「依頼料とか取るの?」

 下世話な話を臆面なくすることができる図太い神経という点でのみ評価できる質問を瀬田が放つと、高槻は首を振った。

「そういうのは一切取りません。動画に広告付けられるようになったらそんなの簡単にペイできるだろうっていう見込みだけでやってます」

「そのうちジリ貧になりそうだな」

「まあ、ほとんど趣味でやってるような……──ん?」

 唐突に窓の外に顔を向ける高槻に瀬田がキョトンとした視線を送った。もうラーメンは完食間近だ。

「どうしたの?」

 高槻が窓の向こうを指さしている。

「あれ、山崎さんじゃないですか?」

「そうだな」

 高槻はカメラを担いで瀬田の背中を押した。

「待てって……汁がこぼれる……!」

 残ったスープを一気に呷って車の外に躍り出た瀬田は、山崎の前に立ちはだかった。

「やあ、ひったくり犯の山崎」

 いきなり変人と遭遇したせいで山崎はギョッとして立ち止まった。背の高い爽やかな好青年という感じで、シンプルな服装が映える。役者志望と聞いても違和感のない男だ。読者諸君に分かりやすく説明するならば、瀬田と正反対の人間というところだろうか。

「やめてください……」

 山崎は生気の衰えた声で応じた。足取りもどこか重さを感じさせ、憔悴しているであろうことが見て取れる。

「状況証拠が君を犯人だと言っている」

 正義の味方ぶったセリフを吐く瀬田だったが、山崎はそんなことよりも高槻の持ったカメラに意識を向けていた。

「何を撮影してるんですか? テレビですか?」

「WeTubeです」

 高槻が短く答えると、山崎は肩を落とした。

「ああ……そういえば、光が言ってましたよ。変な二人組が話を聞きに来たって」

 瀬田はなぜか嬉しそうだった。

「俺たち有名人だぞ、高槻くん」

「いや、そういうわけじゃないと思いますけど……」

「僕を犯人だと決めつけているらしいですね」

 疲労の中にも怒りを滲ませて、山崎は仁王立ちした。ガリガリの瀬田が前に立つと、その貧相な姿に涙を禁じ得ない。貧相な男は不敵な笑みを浮かべている。肉が付いた死神といっても差し支えないかもしれない。

「ひったくりの容疑者として君が最右翼なのは、弁解できない事実だと思うがね」

「あのですね……」山崎は心労を口から吐き出した。「ここ数日ずっと警察で尋問されて疲れてるんですよ。どこの馬の骨かも分からないあなたにまで言われる筋合いはないです」

「あくまで言い逃れしようってわけか」

 顎を突き上げて詰め寄る瀬田だったが、どうも威厳が足りない。

「そこまで言うなら証拠でも見せてみろよ」

 いつでもボコボコにできるという余裕のせいだろうか、山崎は瀬田に負けずに胸を張った。

「刈谷さんのバッグの中に君の指紋のついたYtagが仕込まれていた。しかも、そのYtagは君のYphoneと同期されていた」

「いやだから」山崎は苛立ちを隠せない様子だった。道を行く人の視線が集まってくる。「僕が犯人だったら、そんなもの残したままにするわけないでしょ!」

「君がYtagを仕込んだのは事実なわけだ」

 相手の心を見透かすような瞳を輝かせる瀬田に、山崎は気圧されてしまう。彼は渋々口を開いた。

「それは僕がやりましたけど……」

「君はYtagで刈谷さんの居場所を確認しながらひったくりの機会を窺っていた」

「光の家の場所くらい知ってますよ!」

 頬を紅潮させて叫んだ山崎は怒りを露わにして鼻息を荒くした。瀬田はそれでも動じない。

「じゃあ、そもそもYtagは必要ないよな」

「ずっとあいつと会えなかったんだ! 仕事が忙しいとかで! だから誰かと浮気してんじゃないかって思ったんだよ!」

「話し合いもしないでGPSで監視とはストーカー気質でもあるんだろうな、君には」

「怖かっただけだよ! だから、言葉で聞く前に確かめたかっただけだ!」

 余裕のある様子を見せつけながら、瀬田は山崎のまわりをフラフラと歩きだした。

「お前の女は昔から浮気してたもんな」

 質問ができないというルールが、瀬田を酷く他人の心を踏み躙る人間に変えてしまった。もともとそうだったかもしれない。山崎は歯を剥きだして瀬田の胸を小突いた。

「デタラメなこと言うなよ! あいつはそんな奴じゃない!」

「でも、Ytagは仕込んだ」

 瀬田はヘラヘラとニヤけつつも食い下がる。覆せない事実を突きつけられてしまうと、山崎には返す言葉がなくなる。瀬田はさらに畳み掛ける。

「穿った見方をすれば、君が刈谷さんのバッグの中にYtagを残したままにしたのは、犯人ならYtagを残したままにするはずがないという考えの逆を突いたということもできるわけなんだよ」

 山崎は看過できないというように首を振った。さきほどよりは落ち着きを取り戻したようだった。

「それはおかしいでしょう。考えの逆を突くとはいえ、自ら疑われに行くようなことをする意味がない。ナンセンスな仮説ですよ」

 カメラを回していた高槻も、山崎の主張に同意せざるを得なかった。

「今の瀬田さんの話聞いて、それは一歩を踏み出し過ぎかなと思いましたよ。さすがに無理があるというか……」

 瀬田はブスッとして高槻を睨んだ。

「あのさ、高槻くんさ、君が俺に反論することもあるの? なんかめちゃくちゃ寂しいんだが。俺たちチームだろ」

「すいません。ただ、瀬田さんにしてはめちゃくちゃ短絡的なロジックだなと思ったもんで……」

 瀬田は咳払いをして場を仕切り直すと、今度はいくぶん柔らかい口調で山崎に話しかけた。

「ただ、刈谷さんの浮気を疑ってYtagを仕込むっていうのは、どうかと思うぞ」

 諭すような口振りに山崎も自分の浅慮を認めるしかなかった。

「まあ、それはそう思います。やりすぎましたよ」

「さっき君は刈谷さんは浮気をするような奴ではないと言ったな。つまり、Ytagで浮気の兆しを見つけられなかったということだ」

「ええ……光は自宅と会社を行ったり来たりして、あとは自宅近くのコンビニやスーパードラッグストアに寄るばかりで、怪しい動きなんて一つもしてませんでした。本当にただ仕事が忙しいだけだったんですよ」

 すっかり背中が丸くなってしまった山崎を前に、瀬田は肩をすくめて高槻を見た。山崎は、疲れ切ったように言う。

「これで俺が犯人じゃないって分かってくれましたか」

 この場が収束に向かう雰囲気が漂い始めた。ところが、瀬田は終わらなかった。

「君がひったくり犯である可能性は消えたわけじゃない」

「はい……?」

 嫌気の差した顔を上げて瀬田を見る山崎。一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。

「≪ヘブンズ・ドア≫に行ったよ」

 その店の名前だけで、山崎はぐったりとしてしまった。

「シフトは多くて週二回。君の住んでるこのマンションは、その稼ぎには似つかわしくない。君は刈谷さんに家賃を肩代わりさせているんだ」

 山崎は今度は口を閉ざしたままだ。その表情はピクリともせず、心をも閉ざしてしまっているようだ。

「君は金に困っていた。刈谷さんと金の話でこじれて、今の生活水準を落としたくなかった君はひったくりを……」

「そんなことはしない」

「どうだろうか。金の切れ目は縁の切れ目。君はそれを恐れて犯行に踏み切った。金の無心を断られるのを恐れ、彼女のバッグをひったくって財布から金を抜いたんだ」

「違う!」山崎はまとわりつくような瀬田の体を振り払った。「光は僕の夢を応援してくれている。この前だって、二十万くらい貸してくれと言ったら否定はしなかった」

 瀬田は呆れたように高槻を見た。

「こいつはダメだ。ヒモ根性が染みついてしまっている」

「瀬田さんにそこまで言われるのは相当ですね」

「え、どういう意味?」

「役者として成功したら」山崎が涙を浮かべていた。「役者として成功したら、もちろん全部返すつもりですよ……。いいじゃないですか、それくらい。僕だって苦労してるんだ。今のこの苦労が何年後かに笑って思い出せればそれでいいじゃないですか」

「それでやってることが女遊びなら世話はないと思うがね」

 瀬田は溜息をついて歩き出した。山崎をその場に置いて。


* * *


 後部座席に固定したカメラが瀬田の姿を映し出す。窓の外は陽が傾いてオレンジ色に染まっていた。風のように過ぎ去る景色を眺めながら、瀬田は黄昏ている。

「金ってのは、人間を変えるんだろうね」

「しみじみ言いますね」

 運転席でハンドルを握る高槻が応じる。

「泥棒の常習犯ってさ、自分の財産と他人の財産の間に境目がないっていう意識が芽生えてるらしいんだよね。だから、自分の金がなくなっても、他から持ってくればいいと考えてる」

「その考えだと、山崎さんも自分の金と刈谷さんの金の間に壁がないのかもしれないっすね」

「そこなんだよね。だから、刈谷さんの金を取ることに抵抗感はないはずなんだよ」

「じゃあ、やっぱり瀬田さんの中でも山崎さんが犯人であるっていう考えがデカいんすか?」

 瀬田は窓の外に目をやりながらじっと考えた。寝ているのかと思って高槻がもう一度話しかけようとした時に、瀬田は口を開いた。

「高槻くんさ、警察はさ、なんで山崎を逮捕できないんだろうか」

「さあ……僕に言われても分かりません」

「犯行の動機や機会はある」

「アレじゃないですか、盗まれた金が見つかってないとか。ひったくりがあってから山崎さんがまとまった金を遣ったり、口座に動きがあったりしていなければ、決定的な証拠にはならないですよね」

「う~ん……」

 往年の名探偵みたいにボサボサの頭を掻きむしって、瀬田は苦悶の表情を浮かべた。

「そんなに気になるなら、聞いてみればいいじゃないですか。二宮さんと連絡先交換したんでしょ」

「質問禁止のせいで、どう聞けばいいのか分からないんだよ……」

 深刻そうな顔でスマホを取り出してメッセージアプリのFINE(ファイン)を開くと、二宮にアプリで電話を掛けた。

「瀬田さん、マイクに聞こえるようにスピーカーフォンにしてください」

「はいはい。分かってますよ」

 数コールで二宮が電話に出た。

『もしもし』

 覇気のない声がスマホから流れ出る。

「瀬田だ」

『どうも』

「山崎を逮捕しろ」

『なんですって?』

「山崎を逮捕しろ」

『急にそんなこと言われましても……』

「証拠が挙がってるならできるだろ」

『いえ、証拠がなかなか挙がらずに困っているんです』

 瀬田はルームミラー越しに高槻と目を合わせた。

「山崎は金銭的な問題を抱えている……これが動機だ。さらに、山崎には事件当時、アリバイがなかった。おまけに、山崎は刈谷さんの自宅マンションの場所を知っている。刈谷さんのバッグには山崎の指紋のついたYtagが仕込まれていた……逮捕できるはずだ」

『それがですね、刈谷さんのバッグの中の物で山崎さんの指紋がついていたのはYtagだけなんですよ。せめて財布の中にも彼の指紋があればいいんですが』

 瀬田は頭を抱えてしまった。小さな声でブツブツと何か言っている。

「そもそも犯人は手袋をしてた。最初から指紋なんか残るはずがない」

『それに、刈谷さん自身が山崎さんは犯人ではないとおっしゃっているんですよ』

「なんだと、二宮ふざけるなよ」

『いや、なんで私が……』

 瀬田は電話を切ってスマホを座席の上にポイ捨てした。シートの上で大きくバウンドした彼のスマホは弧を描いてドアと座席の狭い隙間に飛び込んで行った。

「ああ、くそったれ……!」

 座席の隙間に腕を突っ込むのを見て、高槻は苦笑いした。

「何してんすか」

 座席の隙間に突っ込んだ指先に神経を集中させながら、瀬田は呪詛のように口を開いた。

「状況証拠ばかりで決定的な物的証拠がないんだ。だから逮捕まで踏み切れない。そんなもんいい具合にでっち上げればいいのにな」

「なにしれっと最低なこと言ってんですか」

 ようやくホコリだらけのスマホをサルベージしてシートに深々と身を預ける。険しい表情のまま、瀬田は動かない。

「考え中のところ申し訳ないんですけど、もうそろそろこの動画終わります」

「あのさ、高槻くんさ、もし俺が道の向こうから目出し帽被って手袋して歩いてきたら、俺だって分かる?」

 突然の質問だが、ルールには抵触しないと判断して、高槻は空中を見上げた。ちょうど車は渋滞にハマって停まっている。

「もっと付き合いが長ければ動きとかで分かるかもしれないですね」

「警察は刈谷さんが山崎は犯人ではないと主張したことを重要視しているのかもしれない。付き合っている間柄なら、相手の動きを見れば顔を見なくても分かると踏んでいるんだろう」

「なるほど。一理ありますね」

「一理あっちゃ困るんだよ。……高槻くんさ、刈谷さんの勤め先分かるよね」

「二宮さんが教えてくれましたね」

 昨日、鷺市警察署で刈谷と山崎の情報を受け取った際、二宮は山崎と同じように刈谷の勤め先の情報も併せて寄越してきていたのだ。遅々として進まない車列に注意を向けつつ、高槻はFINEを開いて二宮とのやり取りを表示した。

「ええと、株式会社クラフトパワー……あの事務用品の会社、鷺市に本社があったんですね」

「今からその会社に行こう」

「今からですか?」

 時計の針は夕方四時半を指している。

「刈谷さんに詳しく話を聞かんといかん」

「分かりました。じゃあ、次回、刈谷さん再びということで……」

 瀬田はプロレスラーみたいにポーズを決めてカメラを睨みつけた。

「待ってろよ、刈谷さん!」

「めちゃめちゃ張り切ってるよこの人。……ええと、ご視聴ありがとうございます。フォローといいねをお願いします」

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