【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP3

「睡眠って大事だよね、やっぱりね」

「どうしたんですか、藪から棒に」

 前回の動画の最後で触れられていた通り、三本目の動画は≪梟亭≫のボックス席から始まった。開店間もない店内には、やはりジャジーなBGMが小さく流れていて、ムーディーな雰囲気を醸し出している。

「最近寒くなって来たじゃん。寒いとよく眠れるのよ」

「冬眠的なやつですかね」

「夏は暑いからすぐ目覚めちゃうのよ。で、やっぱり寝ると頭ってスッキリするもんだよね」

「ああ、そうですか」

「高槻くんはさ、そういうの感じないわけ?」

「そうっすね……」カメラの向きとは反対側にいる高槻は冴えない様子でコーヒーを口に含む。「僕、寝起きはあまりよくないんで、スッキリするために寝るっていうのはないですね」

「ふぅん……」

 昨日より濃くなったヒゲをいじりながら、瀬田は気のない返事をした。

「昨日は寝ても疲れ取れないって言ってたじゃないですか」

「疲れが取れないけどスッキリはするの」

「なんかヤバいクスリやってる人みたいなこと言いますね」

「これってさ、まだWeTubeには動画上げてないんだよね?」

「そうですね、事件解決してから編集する予定なんで」

「すげえ面倒くさい奴がいたら、『早く事件解決しろよ』とか言われんのかね?」

「どうなんすかね? あまりに酷ければ言われるんじゃないですか。まあ、そのうち観てくれる人が多くなったら生配信とかもしたいですけどね」

「面倒くさそう」

「まずは登録者を増やさないと意味ないですからね」

「ホントに観てくれる人増えるのかよ」

 瀬田は臭い溜息をテーブルの上にぶちまけて、柔らかい背もたれに寄り掛かった。高槻が手元のメモ帳を見ながら水を向けた。

「昨日ひと通り刈谷さんから事件の状況を聞いたじゃないですか。率直にどう思いました? 犯人は山崎さんなのかとか、目星はつきました?」

 腕を組んで唸り声を上げる瀬田は意外にも慎重に言葉を選んでいるようだった。

「二宮がさ、解決しかかってるとか言ってたのはさ、たぶんもう山崎を犯人だと見てるんだと思うのよね。一応さ、刈谷さんのバッグの中にYtag入れたのはそいつで決定なわけじゃん」

「二宮さんは、山崎さんがYtagを仕込んだこととひったくり犯であることとはイコールじゃないって言ってましたよね。刈谷さんも山崎さんが犯人だと思っていないみたいでした。ホントにそこって繋がらないんですかね?」

 中空を見つめて考えを巡らすと、瀬田はコーヒーカップを口に運んだ。

「まあ、そこなんだよね。結局さ、山崎は刈谷さんと付き合ってたわけだから、家の場所くらい知ってるわけよ。だから、Ytagの情報をもとにして刈谷さんのマンションの前でひったくるっていうのは辻褄が合わないわけ」

「じゃあ、山崎さんは犯人じゃ……」

「いや、それはさ、Ytagとひったくりを結び付けようとしてるからじゃん。刈谷さんの話だと、山崎がYtagを仕込んだ理由は刈谷さんの浮気を疑ってたからじゃん。だったら、浮気を疑って暴走した結果がひったくりに繋がっててもいいわけじゃん」

「ああ……、そうなると、別にYtag云々とひったくりは別に考えられるってことっすか」

「まあ、理論上はね」

「へえ……」高槻はまじまじと目の前のうだつの上がらない男を見つめた。「瀬田さんって意外とよく考えてるんっすね……」

「伊達に鷺市の探偵として恐れられてたわけではないってことよ」

「人を騙してたように聞こえます」

「あとさ」瀬田が話を続ける。「犯人が目出し帽を被ってたっていうのは結構なポイントなわけよ」

「刈谷さんの顔見知りが犯人であるという可能性があるわけですね」

「そう考えると、刈谷さんのマンション前が犯行現場になったことにも理由がありそうに思えてくる」

 高槻はまだ目覚め切れていない脳味噌をフル回転していたが、すぐに降参した。

「ええと、どういう理由ですか?」

「犯人は刈谷さんの自宅マンションの場所を知っている」

 芳しくない反応が高槻から返ってきて、瀬田は困惑気味だ。

「ええと、やっぱり犯人は山崎さんってことですか?」

「うん、まあ、その可能性は依然として高い。だけど、それはつまり、刈谷さんは狙われてたというわけだ」

「……ええと、やっぱり犯人は山崎さんってことですか?」

「あのね、高槻くんね、つまり、計画的な犯行である可能性があるってことなんだよ」

「すいません、瀬田さんが何に興奮してるのか分かんないっす」

 瀬田は指毛の目立つ人差し指を突き立てた。

「つまりはね、高槻くんね、犯行を終えたひったくり犯の行動を見ると、その計画の片鱗が残されているかもしれないということなんだよ」

「公園のゴミ箱に捨てたってやつですね。でも、財布から金は抜き取られてるわけだから、目的は達成してるんじゃないですかね」

「問題はパソコンが破壊されてたってことなんだよ」

「指毛すごいっすね」

「財布から金を盗むのが最終目的なら、パソコンを壊す意味はないだろ」

「それが計画に組み込まれてたってわけですか?」

「まあ、怒りをぶつけただけとも言えるけど」

「いや、どっちなんすか」

 瀬田は自分の手に目を落とした。

「俺の指毛ってそんなにすごい?」

「すごいっす」


* * *


 高槻のワンボックスカーは鷺市を飛び出して大都会にやって来ていた。

「瀬田さん、ここは?」

「新宿だね」

「山崎さんのバイト先がこの近くにあるんですよね」

 刑事課の二宮は瀬田に山崎の自宅の場所の他、彼の基本情報を瀬田に渡していた。とあるバーでバイトをしていることもその中に含まれていた。

「一個予想してることがあるんだけどさ、高槻くんさ」

「なんですか?」

「山崎は事件当時のアリバイがないはずなんだよ。だから、警察は奴を犯人だと見做しているわけなんだよ」

「じゃあ、山崎さんの周囲を叩けば何かホコリが出るっていう見込みがある感じなんですね」

 二人は車を降りて、新宿のビルの谷間を練り歩いた。すぐに目的の雑居ビルに辿り着く。一階エントランスのテナント案内を眺めて、瀬田が“指毛指”を向けた。

「三階の≪ヘブンズ・ドア≫」

 それを受けて高槻が業務的な説明を加えた。

「早い時間にも準備で店員さんが入ってるらしいんですけど、念のため予めアポを入れておきました。店長さんが気さくな方で快く引き受けていただきました」

 動画的にはここでバーの詳細情報がテロップで挿入される。動画の概要欄にもバーのURLが掲載されている。

 エレベーターで三階まで上がると、すぐに赤いドアが現れる。オシャレめいた黒い文字で英語の店名が書かれている。何をトチ狂ったのか瀬田はそのドアの取っ手を掴んで勢いよく開け放った。

「おい、コラァ! ガサ入れだ~!!」

 こめかみに青筋を立てて乱入してきた瀬田を、カウンターの奥の店員が温度の低い眼差しで出迎えた。その店員は、店の奥に向かって声を飛ばした。

「店長、例の方いらっしゃいましたー」

 瀬田は高槻と目が合うとバツが悪そうに立ち尽くして、静寂の拷問を甘んじて受け入れる覚悟を決めたようだった。

「何してんすか」

 高槻の冷たい一言にも瀬田は反論の姿勢を見せることすらしなかった。

 やがて、店長が姿を現した。パーマをかけた長い髪を後ろで縛ったシュッとした男である。

「ひったくりの件ですよね?」

 話の早い店長が瀬田に視線を向ける。瀬田は頭を下げて、

「瀬田です」

 と殊勝な態度を見せた。この男にも多少の社会性が備わっているらしい。しかし、その舌の根も乾かぬうちに目つきをアップデートする。

「おたくに山崎陽平って男がいるのは知っている」

「ああ、はい」この店長は酔っぱらいの扱いに慣れているであろうと思わせた。「陽平くんですよね。気の良い奴なんですけどね」

「問題児だったわけだ」

 店長は苦笑いを返した。

「そういうわけじゃありませんよ。ただ、まあ……顔が広かったんで、色々とね」

 瀬田は高槻を振り向いた。

「これは女性関係だな、高槻くんな。顔も整ってたしな」

 二宮からもらっていた山崎の顔写真を思い出して、高槻はうなずいた。

「まあ、これは店では有名な話なんでアレですけど、確かに色んな女の子と交流がありますね。店に来る子と仲良くなることもありました」

 瀬田が再び高槻を見て話しかける。

「これはアレだな、高槻くんな、刈谷さんにバレたら只事じゃないよな」

 高槻は瀬田の戦略に気が付いて、瀬田は山崎の女性関係が刈谷に伝わっていたのかを聞きたいのだと思い至った。案の定、店長が食いついてくる。

「一回それで陽平くんが彼女と口論になったと言ってましたね。結局仲直りしたみたいですけど、彼女もよく許す気になったなあと」

「まあ、それだけ山崎が離れないという信頼みたいなものがあったんだろうな」

「あ~……どうなんですかね?」

 これ見よがしに首をかしげて見せた瀬田に、店長は声を潜めた。

「いや、ここだけの話、陽平くんは金に困ってまして……結構彼女に色んな支払いをさせてるらしいんですよ。だから、信頼というより……依存ってやつなんじゃないですかね」

 ここで瀬田は思い切った一言を放った。

「だから、刈谷さんのバッグをひったくった……」

 店長は身を引いて首を振った。

「いや、そこまでは俺には言えないですよ。男女の関係性って色々ありますしね」

「警察はね、山崎が事件当時にアリバイがないと考えてるんですよ」

 瀬田はハッタリをかましたが、店長はいとも簡単にうなずいた。

「警察の方ここに来ましたもん。陽平くんのシフトが知りたいって」

 瀬田はまた高槻の方を向いた。

「ほらな、山崎は事件当時、シフトを入れてなかったんだよ」

 店長の訂正は入らなかった。

「まあ、陽平くんはシフトめっちゃ少ないですからね。週に多くて二日とかですから」

「女遊びで忙しいと見た」

「陽平くんは役者の夢を追いかけてるんだって言ってましたけどね」

「役者ねえ……」

 呆れたように眉毛を持ち上げて高槻を見ると、瀬田はもう十分だというようにうなずいた。高槻は店を立ち去る前に尋ねた。

「ただの興味で聞くんですけど、刈谷さんのバッグをひったくったのって誰だと思いますか?」

 店長はしばらく考えていたが、首を捻った。

「さあ……行きずりの犯行ってやつなんじゃないですかね」


* * *


 二人の落ちこぼれは≪ヘブンズ・ドア≫のある雑居ビルを出た後に車に乗り込んで、少し走らせた場所に移動した。

「瀬田さん、ちょっと移動しましたけど、ここはどこっすか?」

「ここはね、山崎の住んでるマンションだね」

 窓から見上げる建物はずいぶん立派だ。瀬田はスマホに目を落としながら難しそうな顔をしている。

「このマンションね、家賃がだいたい十五万くらいなんだよね」

「十五万っすか」

 収入に対する家賃の割合は三割ほどが適正だということはよく言われている。その論で行くと、山崎の適正収入は月に五十万円ということになる。瀬田は唸った。

「どう考えても、あのシフトの入り方と家賃が釣り合ってないんだよ」

「やっぱり、アレっすかね、刈谷さんに……」

「まあ、そうだろうね」

 瀬田は重い腰を上げて山崎の在宅確認をしに車を降りて行ったが、すぐに戻ってきた。

「いないわ」

「待ちましょう」

 二日連続の待ち伏せだ。瀬田は溜息をついて座席に身体を押し込んだ。

「しかし、質問禁止でもなんとか行くもんですね」

「だって俺だぜ」

「ただ、あの僕と喋るやつは結構ギリギリな気がしますけどね」

 瀬田が悲しげな声を漏らす。

「そこは勘弁してよ、高槻くんさぁ……」

「まあ、今はいいですけど、度が過ぎるようだったらナシにしますよ」

「世知辛い世の中になったもんだよ」

「でも、さっきも昨日も使ってましたけど、わざと間違ったこと言うっていう戦法はかなり使えるんじゃないですか」

「ああ、アレな」瀬田の鼻が高くなる。「アレは某巨大匿名掲示板でレスバトルで憂さ晴らしをしてた時代に学んだんだよ」

「なんちゅう不毛な時代ですか……」

「人は他人の間違いを訂正せずにはいられない。それどころか、聞いていないことまで喋る。某巨大匿名掲示板の住人なんてものは捻くれたゴミクズしかいないから、バカ正直に知りたいことを聞いても誰もまともな返答をしない。だから、あえて間違ったことを書いて、連中に訂正させるんだよ。それしか正しい情報を得る手段はなかった」

「まさかレスバトル時代の知見がここで役に立つとは」

「人間万事塞翁が馬というだろ」

「そんな高尚なものじゃないでしょ。っていうか、どんなレスバトルをしてたんですか?」

 瀬田は昔を懐かしむように頬を緩めた。

「『後乗せサクサクのかき揚げをバカ正直に後乗せする奴は情弱』とか『ポイントカードは情報を抜かれるわりにリターンが少なすぎるからポイントカード使うやつは奴隷だ』とか『フードコートで荷物置いて席取ってた奴の荷物をどかして席を取るのは理に適っている』とか、あとは……」

「いや、もういいです。マジで何やってたんですか」

「若気の至りってやつだよ」

「いつの話なんですか?」

「二、三年くらい前かな」

「年寄りの冷や水じゃないですか。若気じゃなくて指毛の至りでしょ」

「人間の細胞は二年で入れ替わるらしいから、あの頃の俺はもはや別の人間だよ」

「本当にそうであってほしいですけどね」

 高槻は腕時計に目をやった。それを目敏く瀬田が察知する。

「ウォレックスのメインマリーナ―じゃん」

「よく知ってますね。親父からもらったんです」

「『高い腕時計してる奴はただ見栄張りたいだけ』っていうレスバトルした時にめちゃくちゃ腕時計に詳しくなったんだよね」

「どんだけレスバトルの恩恵受けてんですか。……で、瀬田さん、そろそろ三本目がもう終わりなんですよ」

「あれ、もう終わり?」

「これから山崎さんを待って話を聞く感じですよね」

「そうね。まあ、色々裏付け取れるかもしれないからね」

 高槻は勢い込んで聞いた。

「瀬田さんの中では、犯人は決まってるんですか?」

 無精ヒゲをいじりながら瀬田は考え込んだ。

「う~ん、まあ、今のところは状況は山崎が犯人だと言っている気はするよね。ただ、まだ確認しなきゃいけないことはいっぱいあると思うよ」

「分かりました。じゃあ、次回、山崎さんに突撃できるか、という感じですね」

「そうだね」

「じゃあ、最後一言お願いします」

 キリッとした目で瀬田はカメラを指さした。

「真実は、いつも一つ!」

「いや、だから、パクるのはやめてください」

「え?」

「ご視聴いただきありがとうございます。フォローといいねをお願いします」

「それ毎回言わなきゃいけない決まりでもあんの?」

「あんの」

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