【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP2

「瀬田さん、これ動画の二本目になります」

 二人の落ちこぼれが高槻のワンボックスカーに乗り込んだところから動画はスタートした。瀬田は大きなあくびをしながらお尻を掻いていた。

「もう二本目? 早くない?」

「一応、一個のやつを分割していきたいなと。で、一個一個もあまり長くならないように、動画で言うとだいたい十分くらいっていう感じですかね」

「もっと長くすればいいのに」

「やっぱり時代柄、短い方がいいみたいっすよ。すぐ観るのやめちゃうみたいなんで」

「でも、一本目何も始まってないよね」

「初回なんで自己紹介とかもありましたからね」

 ふいに苦み走った顔をして瀬田は高槻を睨みつけた。

「これさ、高槻くんさ、最初の挨拶決めたりとかしないよね」

「ああ、やります? WeTuberっぽいやつ」

「ブンブン! ハローWeTube!」

 徐に全力を出し切った瀬田にやや失望しつつ、高槻は溜息交じりに応じる。

「パクったやつはやめてください。そういうので簡単に炎上しちゃうんで」

「いいじゃん。炎上商法で有名になれるって聞いたよ」

「それダメなWeTuberの方法論っすね。極力リスクは減らしてかないと」

 案外ビジネスライクなことを言う高槻だが、瀬田はしぶしぶ了承した。さっきまでの警察署前の狼藉は十分炎上に値しそうではあるが、二人の脳味噌ではそこまで考えついていないらしい。

「それで、さっき二宮さんに軽く話聞いたじゃないですか。当面の目標としては、山崎さんっていうのが犯人だっていう証拠を見つけるっていうことになると思うんですけど」

「あのさ、高槻くんさ、これって俺が高槻くんに質問するのはOKなの?」

「まあ、事件に関することじゃなければいいんじゃないですか」

「俺なりにシミュレーションしてみたんだけどさ、質問禁止って結構ツラいぜ」

「だから企画にしたんですけどね」

「さっき二宮の連絡先ももらったじゃん。何か聞くっていうのができないよね」

「苦労しそうですね」

 高槻は意地の悪い笑みを浮かべた。無精ひげをジャリジャリやりながら、瀬田は今後の方策について話し始めた。

「とりあえずさ、被害者の刈谷さんって人に会おうかなと思うんだよね」

「山崎さんじゃなくて?」

「事件の細かい部分って全然分かんない状態だからさ。被害者から話聞くしかないのよ」

「じゃあ、福富町に向かいますか」


* * *


 五階建てのマンションのエントランスから瀬田が頭を掻きながら出てきた。

「刈谷さんいないわ」

「あ、ホントですか」

「一応『火事だ!』とかも言ってみたんだけど、反応なかったわ」

「いや、何してんですか」

「なんか知らないけど、隣の家の人にめっちゃ怒られた」

 不可解だというように口をへの字に曲げる。

「理由が分からないのは致命的だと思いますよ」

 マンションのエントランス前で瀬田は辺りを見渡した。

「ここがひったくり現場だな」

「ホントに自宅の目の前っすね」

「小学生の頃、おしっこ我慢しながら学校から帰って家の玄関で漏らしたの思い出したわ」

「どこの記憶の引き出し開け放ってんですか」

「自宅前で気が緩んだ隙を狙ったのか」

 瀬田は画面バリバリのスマホを取り出して周辺地図を呼び出した。

「二宮が言うには、犯人はここでバッグをひったくって……」瀬田は道の向こうを指さした。「向こうに行ったことになる」

 瀬田は足早に歩きだした。その後についてカメラを構える高槻は、周囲を見回した。

「閑静な住宅街ってやつですね」

「夜十時だと目撃者がいないのも分かる」

「住人が当時の声とか聞いてるかもしれないですね」

「だとしても、聞き出すのが難しそうだから無視無視」

 早速質問禁止の弊害が出ているようだ。二人は五分ほど歩いてみどり公園までやって来た。それなりの大きさの公園で、柵に囲まれた園内には名前に恥じないくらいの木々が生い茂っている。入り口から広場に向かうと、瀬田は周囲に視線をやった。

「外からは公園の中が見えないな」

 広場のまわりにはポツポツとベンチが置いてあり、その一つのそばにゴミ箱が設置されている。よく管理されているのか、ゴミが溢れているというわけではなく、捨てられている内容も常識の範囲内に収まっている。それなりの治安が維持されているらしいことが窺える。

「ここにバッグが捨てられていたのかもしれないですね」

 渋い顔をして瀬田は立ち尽くしていた。

「どうしたんですか?」

「ひったくり犯がバッグを捨てるというのが、引っ掛かるんだよな」

「なんでですか?」

「バッグを捨てるって、めちゃくちゃ異様な光景なわけよ。もし誰かに見られていたらと思うと、そんなことはできない。それに、盗まれたバッグは売られることも多い。なぜ犯人はバッグを売らなかったのか」

「足がつくのを恐れたんじゃないですか」

 瀬田は唸り声を漏らしながらゴミ箱の周囲に視線を落としながらウロウロしている。

「バッグを捨てたせいで足がついたんだけどな」

 ひったくられたバッグの中にはYtagが仕込まれており、そこから検出された指紋が山崎との繋がりを裏付けた。

 結局、みどり公園でめぼしい収穫を得ることができず、二人は刈谷のマンション前まで戻ってきた。改めて彼女の不在を確認して、張り込みを開始することとなった。高槻が車を持ってきて、二人してその中で刈谷の帰宅を待つ。

 取れ高がほしいのか、高槻は張り込みの間もカメラを回していた。

「でもあれですね、ひったくりってなんか久しぶりに聞いた気がしますね」

 近くのコンビニで買ってきたきな粉餅をボロボロ粉を落としながら頬張っていた瀬田がパサパサの喉で咳き込んだ。

「高槻くんね、ひったくりってめっちゃ減ってるのよ」

「え、そうなんですか?」

「十五年くらいでひったくりの通報件数は九割くらい減ったんだよ」

「激減じゃないですか」

「まあ、その分、特殊詐欺とかが増えたって言われてるけどね」

「ダメじゃないですか」

「街頭の防犯カメラが増えたっていうのもひったくりが減った理由の一つらしい」

「ひったくりっていうと、今回みたいに女性が被害に遭うっていうイメージですね」

「女性の被害者は八割くらいだね。肩から提げたバッグが車道側にあると、スクーターか何かに乗ったまま持って行かれるケースもある」

「じゃあ、気をつけないといけないですね」

「なんか社会派のWeTubeになってきたな」

「こういう情報も小出しにしていきましょう。犯罪に遭わないために気をつけてもらうようにね」


* * *


 車窓からはすっかり暗くなった住宅街の景色が見える。

 シートを倒してこの世の終わりみたいないびきをかいている瀬田の顔面に雑誌を振り下ろして、高槻はカメラを回した。

「……今殴った?」

 寝ぼけ眼の瀬田に道の向こうを見るように促して、高槻は言う。

「アレ、刈谷さんじゃないですか?」

 起きたてのおじさんみたいに鼻息荒くスマホを見て、瀬田は、

「もう十時過ぎてんじゃん」

「四時間くらい寝てましたよ、瀬田さん」

「四時間も五分も一緒だってアインシュタインが言ってたぞ」

「黙って行きますよ」

 二人はのそのそと車から出て行ったが、突然現れた不審な男たちに刈谷は死を覚悟したみたいな表情を浮かべて硬直してしまった。瀬田は逃げられないように先手を打った。ゆらゆらと躍り出る。

「ひったくり事件で警察に捜査協力をしている者です」

 刈谷は絶句したままだ。汚いおじさんとバブル期のディレクターみたいな色黒男がカメラを向けてくるのだから、無理もないことだ。高槻もその空気感を察知して、慌てて趣旨説明を始めた。ひと通り話を聞いて平静を取り戻した刈谷は顔をしかめた。

「え…………なんでそんなことしてるんですか」

 企画の根幹を揺るがす一言に数秒間言葉を失ったおじさんたちは、何とか持ちこたえてファイティングポーズを取った。

「あの日、あなたはここでひったくりに遭った」

瀬田は思わず事件当時のことを質問しようとして思い留まった。その結果、英訳したセリフみたいになってしまった。

「そうです。未だに誰かが後ろから近づいてくると恐怖感があります」

「警察は、あなたの彼氏が犯人だと言っている」

 質問禁止の煽りを受けて瀬田はぎこちない話しぶりを発揮した。刈谷は不機嫌そうな声を返す。

「警察が言ってるだけです」

「あなたは犯人の顔を見た」

 あまりの瀬田の醜態に我慢しきれず、高槻が口を挟んでくる。

「瀬田さん、ロボットみたいになってるんで、ちゃんと喋ってください」

「いや、あのね、高槻くんね、これ思ってる以上にアレなのよ」

「頑張ってくださいよ」

瀬田はここにきてようやく厳しい現実に直面したように口を結んで大きな溜息を鼻から放出した。刈谷の方を見て、少し思案した後に言葉を発した。

「犯人は顔を見られてるわけだから、もう決まったも同然だろう」

「誰がそんなこと言ったんですか」心外だというように刈谷が声を上げた。「私は犯人の顔を見てないです。犯人は目出し帽を被っていたんですから」

 瀬田が鋭い眼を向けた。

「顔見知りだから顔を隠していたという考え方もできるな」

「陽平さんはそういうことをするような人じゃありませんから。それに、犯人は手袋もしていました。もし、陽平さんが犯人なら、私の物に彼の指紋がついていても不自然ではないと思います」

「Ytagを仕込むのはさすがにおかしいと思うが」

「それも彼に直接聞きました。あまり会う機会が多くないので、私が浮気しているんじゃないかと不安になってやったんだと言っていました。ちょっとした考えのすれ違いですよ。あなたには分からないでしょうけど」

「失礼な。俺にだって男女の機微ぐらい分かるぞ」

 刈谷は怒りを滲ませて鼻で笑った。

「どうでもいいですけど、陽平さんを犯人だと言いがかりをつけるなら、もう話はしたくありません」

 途端に悲しそうな表情を浮かべて、瀬田がせがむように膝をついた。

「それはさぁ、こっちだって質問できない中頑張ってるんだから多めに見てよぉ~……」

 刈谷は顔を引きつらせて後ずさりした。早くこの場を切り上げたいのかもしれない。

「それで、何を知りたいんですか」

 考えを巡らせて瀬田が次の一手を繰り出す。

「物を盗まれるなんて大変だなあ」

 瀬田の言葉の真意を測りかねるように刈谷は眉間に皺を寄せた。急に難問を出題された人みたいだ。高槻が小声で「頑張って」と応援している。誰がこの状況を作り上げたと思っているのだろうか。

「そう……ですね、物を盗まれるのは……大変です」

「公園にバッグが捨てられていたらしいな」

「ああ、そうです。財布の中身が抜かれていて、会社のノートパソコンも壊されていました」

 呆れたように首を振りながら、瀬田が言う。

「いるんだよ。このセキュリティが叫ばれる世の中で会社のパソコンを持ち帰って情報流出させる連中が」

「いや、ナメないでくださいよ。うちの会社はちゃんと社外持ち出し用のパソコンを用意してますよ。必要なファイルだけコピーして、パスワードロックもちゃんと掛けてますから。まあ、捨てられたパソコンのHDDは使い物にならなくなってましたから不幸中の幸いでしたけど」

 瀬田は刈谷の出で立ちに目をやった。ブラウンアッシュのロブヘアにパンツスーツ姿、肩からはアイボリー色のバッグを提げている。瀬田はそいつを指さした。

「それが盗まれたバッグだ」

「なわけないじゃないですか。あれはもう警察の方に事が済んだら処分してくださいと伝えました。財布も」

「まとまったお金が急になくなるのは金銭的なものより精神的なショックの方がでかい」

 刈谷は肩をすくめた。

「まあ……それはあります。お金下したばかりでしたし。カードも再発行したり、大変でした」

「カードが勝手に使われたわけだ」

「いや、使われてませんが。お金が抜き取られただけで、後はそのままゴミ箱に捨てられてたんです。念のために再発行しただけです」

 そろそろ瀬田の集中力も底を尽き始めていた。仕事帰りということもあり、さっさと刈谷を解放しなければ警察沙汰に発展しかねないと直感した高槻は場を撤収する気配を見せた。ここで、瀬田と刈谷の連絡先交換の機会が与えられた。

「これさ、高槻くんさ、アプリで色々聞けちゃうわけじゃん。それはいいの?」

「いいわけないでしょ。後でそういうの見つけ次第、十倍支払ってもらいますよ。あと、筆談とかもダメですからね」

 ゲロを吐く直前のような絶望感を滲ませて、瀬田は了解した。晴れて刈谷は解放されて、マンションの奥に消えていった。

 二人は車に戻って、動画の締めを撮影し始めた。

「瀬田さん、刈谷さんに話を聞けましたが」

「アレで聞けたっていうレベルなのか」

「まあ、初めてやったにしては上出来なんじゃないですか。ということで、二本目はそろそろ終わりですけど、どうですか、やってみて?」

 苦み走った表情を見せて、瀬田は遠い目をした。

「思ってる以上に神経使うから疲れるね」

「死ぬほど寝てたじゃないですか」

「いや、俺は寝ても疲れ取れない人間だから」

「もうおじいちゃんじゃないですか」

「明日、≪梟亭≫で三本目始めるんでしょ?」

「一応そういうスケジュールです。っていうか、瀬田さんが決めたんですよ」

 瀬田は無言のままカメラに向かって手を振った。

「どういう終わり方ですか。……あ~、ご視聴ありがとうございます。フォローといいねをお願いします。ということで」

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