今どきの探偵は縛りプレイで推理配信するもんです
山野エル
【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた!
【名探偵爆誕】一切質問せずに事件解決してみた! EP1
「瀬田さん、ついに始まりましたよ」
瀟洒な純喫茶の一角にあるボックス席で、高槻昇がカメラを回し始めた。カメラが捉えるのは、人間の出来損ないみたいな男だ。無精ヒゲに、最後に整えたのがいつなのか分からないボサボサの髪。
「ホントに始まってんの?」
猜疑心がヨレヨレの服を着たみたいな目つきだ。
「≪名探偵チャンネル≫っすよ」
最大手の動画配信サービス≪WeTube≫……その片隅に登録者なしのカスチャンネルは出来上がっていた。こうなると存在しないも同然である。瀬田と呼ばれた男は無精ヒゲの顎をジャリジャリと掻いている。およそカメラを向けられる資格のなさそうな風格だ。
「なんかチャンネルの名前にめちゃくちゃダサいニオイを感じてるんだけど」
「良い名前が思いつかなかったんでテキトーにつけたんですけど、ダメでした?」
流行に一足も二足も遅れてWeTube界に乗り込んできただけあって、バブル時代のテレビマン──コンプライアンスに忠実に言えばテレビパーソンみたいな出で立ちなのが高槻だ。読者諸君の想像通り、肌は黒く焼かれている。そして、肩から桜の花より淡いピンク色のカーディガンを掛けていた。たぶん袖を通すことはない。
「まあ、名前は後からついてくるっていうし、いいんじゃないかね」
瀬田は風体に似つかわしくない寛大な心を見せつけた。
「で、観てる人は瀬田さんのこと知らないと思うんっすよ。なので、ちょっと自己紹介をしていただければと」
瀬田はカメラに向かって軽く会釈をした。
「瀬田です」
沈黙が流れる。店内に流れるジャジーな曲が二人の男の間に染み渡っていく。
「いや、名前だけじゃ分からないんで、どういう人なのかとか、なんで≪名探偵チャンネル≫なのかとか、そういうことをっすね……」
「俺はね、知る人ぞ知る、知らない人は知らない、という探偵なんですよ」
カメラの向こうにいるか分からない視聴者に鋭い眼光を投げつける。
「いや、普通のこと言ってますよ。そりゃ、知らない人は知らないでしょ」
つまり、無名の探偵というわけで、この男にこうして暇潰しみたいな時間が存在するのにも読者諸君は十分納得してくれるだろう。動画を撮っている暇があれば、アルバイトでもした方が社会のためになろう。ウィリアム・テルの曾孫の曾孫の曾孫くらい的を射ない瀬田の自己紹介に業を煮やして、高槻は≪名探偵チャンネル≫の説明を始めた。
「簡単に言うとっすね、僕が瀬田さんに声かけて、WeTubeで探偵の企画やりませんかって持ち掛けたんですよね」
「懐かしいね。三年くらい前だったっけね」
瀬田は回顧するように目を細めた。
「いや、二か月前っすね。三年前はお互い存在すら知らなかったでしょ」
「二か月を三年のように感じるってよく言うじゃん」
「初耳っすけどね」酔っ払ったおじさん並みにしつこい瀬田の絡みにも高槻は動じない。きっとそれなりの精神力があるに違いない。「で、OKもらったんで、始めようって話になったんですよね」
温くなったコーヒーを啜って、瀬田が解せないというような表情を浮かべる。
「厳密に言うと、ネットで動画配信してる時点で探偵業ではないんだけどね」
「え、そうなんすか。なんでですか?」
瀬田はいつになく真剣な面持ちだ。
「ネットとかのメディアで取材するっていうのは、探偵業から除外されるんだよ」
「へえ……詳しいっすね。探偵みたい」
「あのね、探偵なんだよ」
ロートーンで繰り広げられるおじさん同士の中身のない会話だ。誰に需要があるのか甚だ疑問である。今も瀬田が辛気臭そうに深い溜息をついている。
「高槻くんさ、でも、何やんのよ? 『探偵あるある』とか『こんな依頼人は嫌だ』とかそういうのないよ、俺」
「あ、大丈夫です。そういうクソつまらないのはやりたくないんで」
「何やんのよ……?」
何やら不穏な空気を感じ取ったらしい瀬田の声が曇る。何かしらの気配に敏感なのは、さすが腐っても探偵といえるのかもしれない。高槻の悪戯な瞳が照明を受けてギラリと光った。
「瀬田さんって、WeTubeはよく観ます?」
「同世代の中じゃ、瀬田が一番WeTube観てるっていうウワサが流れてるらしいね」
「ゲーム実況ってあるじゃないですか」
「ああ、なんかゲームやりながら喋るやつね。いつも発売前のゲームやっててズリぃなって思ってたわ」
「小学生みたいなこと言いますね。で、色んなゲーム実況あると思うんですけど、僕が注目したのは、縛りプレイなんですよ」
瀬田が眉をひそめた。
「……俺、どっちかっていうとSなんだけど」
「いや、縛りプレイってマジで縛るわけじゃなくて、プレイに制限をかけてゲームするってやつです。今、誰もおっさんの性癖にメス入れようとしてないです」
じっと高槻の目を覗き込みながら、瀬田は口を開いた。
「高槻くんはさ、SとMどっちなの?」
「まあ、僕もSですね」
深く納得したように瀬田は何度もうなずいた。アホ人間には重要なことらしい。
「それで、どういう女王様のゲーム実況なの?」
「SM女王は出てこないです。脳味噌を歓楽街から連れ戻してください」
高槻の独断で、ここからのくだりは動画上カットされることになった。読者諸君のためにも、ここは割愛させていただく。
「ゲーム実況にヒントを得たわけね」
瀬田がそう切り返す。バッサリとカットしたおかげで彼が切り替えの早いおじさんになったように見える。
「よく言うじゃないですか。別々のものを掛け合わせると面白いって。つまりですね、瀬田さんには事件を解決してもらうんですが、ルールが用意されてまして、それを守ってもらいます」
「面倒くさそう」
「いいじゃないですか。どうせ暇なんだし」
痛いところを突かれて、瀬田は黙ってしまった。
「≪探偵×縛りプレイ≫です」
「でもさ、高槻くんさ、期せずしてルールが破られちゃうこともあるわけだよ。ほら、英語禁止ゴルフしててもみんな英語使っちゃうじゃん」
「また懐かしいこと言いますね……いや、そんなことはどうでもいいんですよ。ルールを破ったら、破った回数×一万円を支払ってもらいます」
「誰に?」
「僕に」
「支払った一万円はどこに行くのよ?」
「僕の懐に」
公園の雑草を煮詰めた汁を飲まされたような顔で瀬田が目の前の男を睨みつけた。
「そんなことをするくらいなら、底辺WeTuberにスーパーコメントした方が六億倍マシだ」
「だから、ルール守ってればいいんですよ」
瀬田にルール厳守の誓いを植えつけさせたところで、高槻はようやく本題に入ることのできる喜びに打ち震えた。初めて女子に告白をして成功をした二十年前のあの日以来の感情が蘇ってきた。
「今回のルールは……≪質問禁止≫!」
高槻が拍手をすると、瀬田もつられて手を叩いた。おずおずと。
「え、なに、どういうこと? 質問しちゃダメなの?」
「事件解決する時って、どうしても人と話さないといけないじゃないですか。その時に絶対に質問しちゃダメです」
「コミュ障みたいに見られちゃうじゃん」
「見た目からしてコミュ障でも不思議ではないんで大丈夫ですよ」
「『どこにいたんですか?』とか禁止ってことでしょ?」
「そうです。飲み込みが早い。だけど、ああいうのはやめてくださいね、自暴自棄になって質問連発してっていうのは。そうすると企画が潰れちゃうんで」
「それは大丈夫。一万払うくらいなら事件解決しなくていいよ」
「何が大丈夫なんですか。それはそれで聞きたくない言葉でしたよ」
曲がりなりにも主人公であるところの瀬田が主人公にあるまじき暴言を吐いたところで、彼は首をかしげた。
「……ちょっと待ってよ。事件解決してもらいますって言うけどさ、事件なんてそこら辺に転がってるってわけじゃないじゃん。どうすんのよ?」
「それなんですけどね、これは提案なんですけど、企画を始める前に……」
* * *
東京のどこかしらにあるというウソみたいな名前の鷺市(さぎし)。
それなりに栄えて、それなりの治安を保ちつつ、それなりの店が揃い、それなりの人々が集まる……。まさにそれなりを絵に描いたような街だ。一説によれば、「全国それなりな街ランキング」にそれなりの順位でランクインしているとかしていないとか。
二人の落ちこぼれは、そんな鷺市の中心部に突っ立っている鷺市警察署の前までやって来ていた。動画の冒頭部分を撮影していた純喫茶≪梟亭≫からは、高槻の車で十分もかからない。どこからでもそれなりに時間のかかる場所にあるのが、犯罪者が建てたのかと誰もが聞き返す鷺市警察署なのである。
瀬田はソワソワしていた。
「なにビビってんですか。行きましょうよ」
高槻に背中を突っつかれ、瀬田は紙相撲の力士みたいに勿体ぶった歩みを発揮した。
「あのね、警察署をキッズスペースみたいに言うんじゃないよ」
「瀬田さん、怪しい粉とか持ってるわけじゃないんですよね」
「粉の胃薬は持ってる」
臭いジーンズのポケットを叩いて粉薬をアピールする。
「胃が悪いんですか?」
「昔から『食べる前に飲む!』って言うじゃん。いつ飲むか分からないから、ずっと持ってるの」
「お酒飲むんですか?」
「かれこれ五年くらいは飲んでないね」
「五年前の粉薬は、それはもう怪しい粉以外の何物でもないでしょ!」
瀬田は考え込んだ。
「いやぁ、どうだろう。誰かが入れ替えてくれてるかもしれないから、そこまで古くないかもしれないね」
「誰が入れ替えるんですか。お母さんの化身でもそんなことしないでしょ」
「なんだよ、お母さんの化身って?」
「いいから、行きますよ」
高槻の言い分はこうである。事件がないならもらいに行けばいい。事件をもらうためには警察署へ行けばいい。つまり、営業を掛けろというわけなのだ。
高槻には、ある程度リスクヘッジの概念が備わっているらしく、鷺市警察署内ではカメラを回さなかった。したがって、警察内部の映像は動画には含まれていない。ここでは、警察署内部の出来事をすべてすっ飛ばして、一人の男が正面玄関から外へ引っ張り出されるところから見ていくことにしよう。
瀬田のやけに筋肉質な、そして毛に覆われた腕に絡め取られて、髪の薄いスーツ姿の男が白日の下に引きずり出された。秋も深まる鷺市には冷たい風が吹いていた。
「もう、分かりました。分かりました!」
男が瀬田の腕を振りほどいて泣きそうな表情を浮かべた。何を隠そう、刑事課の二宮刑事である。気の弱そうなハの字眉毛をピクつかせて瀬田を見る目はほとんど恐怖に支配されているといってもいいだろう。
「協力してくれるな?」
瀬田が顔を近づけると、二宮の額に汗が滲んだ。
「協力しますから、もうアレだけはやめてください……」
「すいません、一つだけ」高槻が口を挟む。「これWeTubeで流すんで、あとで大丈夫かどうか確認しておいてもらえますか?」
「……分かりました」
顔では嫌だと言っている。二宮は感情がすべて顔に出てしまうらしい。よく刑事が務まるものだ。瀬田はそういう他人の弱みに付け込むのが好きらしく、嬉々として二宮に詰め寄った。
「で、俺たちは事件を探してるんだが。ちょうどいい事件を」
「事件ですか……なんでまた?」
高槻がカメラを寄せる。
「この人、瀬田っていうWeTuber探偵なんですけど、知ってます?」
登録者ゼロの瀬田の顔をまじまじと見て、二宮は登録者ゼロのWeTuberに向ける表情を返した。
「すいません、WeTubeはあまり観ないもんで……」
「俺が捜査協力してやろうって言ってるんだ」
凄みを効かせたお節介を繰り出して、瀬田は二宮を圧倒した。何を圧倒したのかは誰にも分からないが、なぜか場は瀬田が治めていた。
「それで事件を探してるんですか……」
「ちょうどいい事件をね」瀬田が釘を刺す。「何か手帳にメモしてるんじゃないのか?」
二宮は言われるがままにジャケットの内ポケットからメモ帳を取り出した。ページを繰りながら、素早く目玉を動かしている。
「ああ、これはどうですか。空き巣、木戸駅から徒歩十二分、容疑者なし……」
「もうちょっとキャッチ―なのはないのか?」
「キャッチ―、ですか……? ええと、じゃあ、車上荒らし、新鷺駅から徒歩六分、駐車場が近くにあります」
「なんで不動産屋さんみたいになってるんですか」
高槻がポツリと言ったが、二人の耳には届いていないようだった。
「なんで車上荒らしがキャッチ―なんだよ。他の物件はないのか?」
「もう物件って言っちゃってるじゃないですか」
高槻のツッコミが飛ぶ。二宮の額の汗が玉のように膨らんでいく。
「ええと……、強盗、西鷺駅から徒歩八分、オートロックあり、モニターホンもあります」
「強盗は怖そうだから別のやつ」
「じゃあ……もうこれくらいしかないですよ。解決しかかっちゃってるやつですが、ひったくり、福富町駅から徒歩十分、目撃者なし」
瀬田はようやく二宮と人間的な距離を取ることにした。何か感じるものがあったらしい。
「どういう事件なんだ?」
いまさらだが、刑事だろうが横柄な態度を取ることができる瀬田には社会的常識というやつが欠如しているのかもしれない。
二宮が恐る恐る話した事件の概要は次のようなものだった。
四日前の十月二十日、夜十時四十分頃、福富町駅から十分ほど歩いた住宅街で帰宅途中の女性・刈谷光(みつ)がバッグをひったくられた。刈谷の証言によると、犯人は彼女が自宅マンションに入ろうとしたところ突然駆け寄って来てバッグを奪った後、走り去ってしまったという。刈谷は手に持っていたスマホで警察に通報し、当局の与り知ることになった。
「犯人は見つかったのか?」
「容疑者は挙がってます。ただ、容疑を否認してるんです」
「容疑者はどんな奴?」
「刈谷さんの交際相手で山崎陽平という男性です」
読者諸君は不安視されているかもしれないが、高槻もバカではないらしい。動画編集の際には具体的な地名や人名は伏せられている。
二宮の答えに瀬田は怪訝そうな顔をした。
「彼氏がひったくりをしたのか? なんで?」
「ひったくられた刈谷さんのバッグは彼女の自宅マンションから少し行ったところにあるみどり公園のゴミ箱の中から見つかったんです。そのバッグの中にYtagというやつが仕込まれていまして……」
「わいたぐ?」
首をかしげる瀬田に高槻がカメラを回しながら答える。
「maple(メイプル)が出してるGPSトラッカーみたいなやつですよ。Yphone(ワイフォン)と連動して、タグの場所が分かるんです」
「で、そのYtagがどうしたんだ?」
「そのYtagから山崎さんの指紋が出まして……しかも彼のYphoneとも同期されていることが分かりました」
残念そうにあくびをして、瀬田は目元をこすった。
「じゃあ、もうそいつが犯人じゃん。それで認めてないの?」
「まあ、Ytagが見つかったからといってひったくり犯だということにはなりませんからね」
「ということは」いくぶん声の調子を上げて高槻が瀬田を見つめた。「その人が犯人だっていう証拠を見つければ事件解決っていう感じですかね」
「そういうことだろうね。ちょうどよさそうじゃん」
「まあ、最初の動画ですからね、そんな重大な事件じゃなくてもね」
「これで行く?」
「これで行きましょうか。じゃあ、事件の概要もだいたい分かったんで、もう質問禁止スタートしますよ」
「え、待って、そんなに急に始まる?」
「なんか最後に二宮さんに質問したいことあります?」
「刈谷さんの自宅の場所と顔写真、それから山崎ってやつの写真とどこに住んでるか知りたい……これって質問じゃないよな。じゃあ始まってからでもOKってこと?」
「ん~……、まあ、それはおいおい判定していきますんで。あまりにひどい場合は『それナシ』とか言うんで。じゃあ、二宮さん、瀬田さんに今の情報を教えてもらって……」
「はい」
二宮にはもう同意する以外の選択肢が残されていなかった。
「それじゃあ、瀬田さん、『一切質問せずに事件解決してみた』、スタートです!」
二人のおじさんが声を合わせる。
「ご視聴ありがとうございます! フォローといいねをお願いします!」
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