第45話

「ウィル、わたくし……ウィルと指切りしたの?」


「ああ、したぜ。何回もな。こっちの世界では指切りをしないから指切りは誰にもやるなって言ったろ? なのにロザリー様と楽しそうに指切りしやがって。指切りは、オレだけの特権だったのに」


「それって……まさか……ウィルも……?」


「オレもオリヴィアやロザリー様と同じ前世持ちだ。思い出したのは産まれた時だよ。あんな環境だったし、すっかりこっちに馴染んじまったけどな」


「なんで、教えてくれなかったの?」


「オレは人殺しだ。前世持ちは、敬われる神聖な存在。人殺しが前世持ちって事になったら、他の前世持ちの人達……オリヴィアやロザリー様に迷惑がかかる。だから、誰にも言うつもりはなかった。けど、気が変わった。教えるのはオリヴィアだけだ。これからずっと、一生誰にも言わないでくれよ? 約束だ。マーティン様のクッキーの事も誰にも話してないし、オリヴィアは約束は絶対に守るもんな?」


そう言って、ウィルが小指を出す。そっと小指を絡めると、ジッと目を見つめられた。背中がゾクリとするのに目が離せない。なにこれ。こんな感覚、知らない。


小指が離れてしまう。ああ、嫌だ。もっと……。頭が混乱して、どうして良いか分からない。わたくしはこんなにいっぱいいっぱいなのに、ウィルは余裕そうだ。いつもと違う妖艶な笑みで耳元で囁かれると、身体が痺れてしまいそうになる。


「なぁオリヴィア、オレと踊ってくれよ。オリヴィアと踊りたくて、苦手なダンスを必死で練習したんだぜ。なのに、オリヴィアはオレのとこに来てくれねぇんだもんなぁ」


「ごめんなさい……。ウィルは人気者だから……」


「オレと踊りたかったろ?」


「うん……ウィルと踊りたかった……」


「いつまでも待ってるだけなんてつまんねぇだろ。オリヴィアなら、どうしたら良いか分かるよな?」


「……ウィル、わたくしと……踊って下さい……それに……これからも……卒業しても……一緒に居て……」


「勿論だ。もう絶縁されたんだろ? オリヴィアは、自由だ」


優雅に踊りながら、ウィルが優しく微笑む。あんなにダンスが苦手だったのに、とても踊りやすいステップでリードしてくれた。どれだけ練習したんだろう。なんでも出来るウィルだけど、ダンスは苦手だったのに。


「ウィル、なんでわたくしが絶縁された事知ってるの? 誰にも言ってないのに」


「オリヴィアの事ならなんでも分かる。寮に手紙が来てんのは知ってたし、あの親なら手紙ひとつで絶縁するだろうなって予想したんだ。オリヴィアはスッキリした顔してんのに、寂しそうだったしな」


「親の事はとっくに諦めたわ。寂しそうだったのは、ウィルと踊れなかったからよ」


「サイモン達と踊ってた時は、すげえ笑ってたじゃねーか」


「うん。みんなと踊った。楽しかったわ。けど、次はウィルと踊りたいってウィルを探したら……いっぱい人だかりが出来てて」


「なんでそこで諦めちまうんだよ」


「……ごめんなさい。わたくし傲慢な事を考えてしまって……ウィルから来て欲しいって、ちょっとだけ……思っちゃったの」


「最近はオレがオリヴィアの近くに居るのは当たり前だったもんな。だから今日はわざとオリヴィアが来るのを待ったんだ。こんなに待たされるとは、思わなかったけどな」


「どれだけウィルに頼ってたか、ウィルが居るのが当たり前だと思ってたのか実感したわ。わたくし、ウィルが普段どこに住んでるのかも知らない。貧民街もなくなったし……卒業してお城で働くウィルと会う理由が……無いって……」


目から涙が溢れる。親に捨てられるのは構わない。アイザックに好かれなくても別に良い。でも……ウィルと会えなくなるのは……耐えられない。


踊り終わり、泣き出したわたくしにウィルはハンカチを手渡してくれる。そのまま2人でベンチに腰掛けた。


「そんな寂しい事言うなよ。貧民街がなくても、オレとオリヴィアの関係が切れたりなんかしない。今までとは違うけど、ただ会って話すだけの関係でも充分だろ? オリヴィアの家のすぐ近くに部屋を借りてあるからいつでも会える。毎日会って下らない事をいっぱい話そうぜ。オレは前世の記憶もあるから、ロザリー様みたいに遠慮なく話が出来る。だからさ、オレを選んでくれ。オレは……オリヴィアが居ないと駄目なんだ。あの日オレを人間にしてくれたのは、オリヴィアなんだから」


その時、急激に記憶が蘇った。初めてウィルに出会った日の事をわたくしは忘れていた。ウィルが自分の手を汚してわたくしを助けてくれた所までしか、記憶がなかった。凄惨な光景を見たショックだと思ってたけど、違った。


オレは汚れてる、人間じゃねぇって幼いウィルは泣いていた。その時、わたくしは前世の記憶が蘇り……大人としてウィルに対峙したんだわ。


「思い出したわ。わたくし、子どもの頃に一度前世の記憶が蘇っていたのね」


「やっと思い出してくれたか。無理に思い出させちゃいけねぇって神父様が言うから黙ってたんだ。オレは今でも鮮明に覚えてるぜ。あんだけ泣きじゃくってたお嬢様が、急に大人びてオレを抱きしめてくれた。マリーに知られたくなくて、必死で血を洗ってたオレに……オリヴィアは助けてくれてありがとうって手を握ってくれた。オレが殺した奴らに、手を合わせて一緒に詫びてくれた。名前の無かったオレに『ウィル』って名をくれた。あん時初めて、オレは人になったんだ。だから、オリヴィアの為なら何でもしようって決めた。命すら、オリヴィアの為なら惜しくない。オレはオリヴィアが好きだけど、オリヴィアにはもっと相応しい男がいっぱい居るからオレが死んでも構わないって思ってた。けど、ロザリー様と話してるオリヴィアを見てると……物凄く嫉妬しちまうんだ。貴族の顔じゃない、平民の顔じゃない、前世に戻るオリヴィアの顔が見れるのはロザリー様だけ。ずりぃって、思った。オレだって前世持ちなのに。だからオリヴィアにだけは前世の話をするって決めた」


サラリと言ったけど……え、今ウィルはなんて言った?!


「ウィル……わたくしの事……好きなの?」


「いつもはスルーするのに、今日はしっかり聞いてんだな。そうさ、オレはオリヴィアが好きだし、愛してるし、どうしようもなく欲しい」


「ほほほ……欲しい?!」


「……分かるよな?」


「知識だけは……」


「ははっ、その反応なら嫌がられるって最悪の事態は避けられそうだな」


「ウィルを嫌がるなんて、あり得ないわ」


「それ、自惚れそうになるから勘弁してくれ。誰とは言わねぇけど、オリヴィアの事を好きな男はいっぱい居る。すぐオレにしてくれって言いたいところだけど、ちゃんと考えて決めてくれ。オレはこれからもずっとオリヴィアが好きだ。血塗れたオレで良いなら……一生オリヴィアと過ごしたい。オリヴィアが欲しいモンは一緒に働いて買いたいし、いつも勉強してたみたいにお互い支え合い高め合いながら死ぬまでオリヴィアと一緒に居たい。オリヴィアが困ったら助けるし、オレが困ったら助けて欲しい。いざという時は、絶対にオリヴィアを優先するし守るって約束する。オリヴィア……オレと、結婚してくれ」


「ウィル……」


「返事は急がない。近いうちに他の男からも求婚されるだろうしな」


「わたくしに求婚する殿方なんて……」


「相変わらず自分の価値を分かってねぇな。オリヴィアはモテるよ。一体何人の男がオリヴィアの虜になってると思ってんだ。ヒロインはロザリー様じゃなくて、オリヴィアじゃねぇの?」


「わたくしは、悪役令嬢よ」


「オリヴィアが悪役なら、この世界の人間は全員極悪人だな。何度も言うけど、返事は急がない。10年待たせてフッたって良い。ここに確実にオリヴィアを愛してる男が1人居るって事だけ……知っておいてくれ。1人になる気がして、寂しかったんだろ?」


「なんで、分かるのよ……」


「分かるさ。パーティーが終わって帰る時、そんな顔してた。だからここに来たんだ。サイモンを撒くのは大変だったんだからな。そろそろバレるだろうし、2人きりで話すのはここまでだろうな」


「やだ! ずっと一緒って言ったじゃない!」


子どものように拗ねると、ウィルは頭を撫でてくれる。ウィルの手は、いつの間にこんなに大きくなったんだろう。ゴツゴツした豆のある手は、わたくしの知るウィルの手ではない。


「ずっと一緒だ。明日は戴冠式と結婚式。それが終われば、ロザリー様は王妃になってあの家は正式にオリヴィアの物になる。今日はサイモンが手配した宿に泊まるんだろ? オレは城に行かなきゃいけねぇけど、明日もオリヴィアに会いに行く。どんだけ忙しくても、毎日話そう。寂しくなんか、ないから」


ウィルが優しく抱きしめてくれる。華奢だったウィルの身体は、筋肉がついて逞しくなっていた。


「仕事で泊りの事だってあるだろうし、毎日なんて約束しないで。もう、ウィルが居なくなるなんて思わない。これからは会いたくなったら自分からウィルを探して会いに行くわ。例えウィルが何処にいても、地の果てまででも探すわ。どんな手を使ってもね!」


「ははっ、さすがオリヴィアだ。お、サイモン達が来たぜ。うわ、先生まで居る」


「ロザリーもアイザックを引きずってるわね。なんだか怒ってる?」


「いつまでもオリヴィアが帰って来ないからだろうな。ったく、王妃様まで落とすなんてオリヴィアは人たらしだな」


「人たらし?! 何よそれ?!」


「そのまんまの意味だ。オリヴィアに救われたのはオレだけじゃねぇ。みんな、オリヴィアが好きなんだよ。だから……1人になるなんて思うな」


それからは、みんなでワイワイガヤガヤと話した。楽しかったわ。この時、サイモンとエドワードとマーティンと先生は、わたくしに早急に求婚すると決意したそうだ。


後にサイモンから聞いたのだが、この時ウィルと話すわたくしの笑顔は、見た事もないほど眩しかったらしい。

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