第44話
卒業パーティーは、華やかだった。
平民クラスの方にもドレスやタキシードが貸し出されるから、みんなドレスアップしてソワソワしていたわ。
ダンスタイムもあったから、たくさんの人と踊った。サイモン、エドワード、マーティン……先生方も生徒達と踊っていたからモルダー先生とも踊った。とても楽しかった。
だけど……。
「ウィル、次はわたくしと踊って!」
「次は私!」
学園中の生徒と踊ってるんじゃないかって勢いで、ウィルの周りには女生徒が集まっている。
「凄いわね。みんなギラギラしてる」
ロザリーは呆れ顔だ。
「……ホントね」
なんだろう。物凄く、モヤモヤイライラする。
「オリヴィアが行けば、ウィルは喜ぶでしょ。行って来なさいよ。ウィルとも踊りたいんでしょ?」
「……別に良いわ。また会えるし……」
「ウィルは戴冠式の後すぐに城で働く予定だから、忙しくて会えなくなるわよ」
分かってる。ウィルやエドワードは宰相様と仕事をするんだから、間違いなく激務になる。今みたいに気軽に会えなくなるだろう。マーティンも正式にアイザックの護衛騎士になる事が決まってる。学園を卒業すれば、モルダー先生と会える機会も減る。
学園という括りがなければ、みんなバラバラになってしまうだろう。サイモンとは、仕事をする関係上みんなよりたくさん会えるだろうけど……サイモンだってたくさんの店を経営しているから忙しい。今より会えなくなるのは間違いない。
アイザックとロザリーは国王と王妃。みんな一斉に会えるのはおそらく今日が最後になるだろう。明日は戴冠式。ロザリーは正式にアイザックの妻となる。そして、わたくしは親に捨てられる。望んだ結果なのに、寂しい。わたくしなんて我儘なのかしら。
「平気よ。ウィルとは踊りたいけど、あの中に入るのも面倒だもの。ほら、もうすぐ終わりよ。アイザックと踊ってらっしゃいな」
「う、うん。本当に平気? アイザックにウィルを呼んでもらおっか?」
「まだまだ信頼を積み重ねないといけない時期なんだから、万が一にでも恨まれそうな事はしない方が良いわよ。ウィルと踊れなかったご令嬢の恨みは買いたくないでしょう?」
「確かにそうね。オリヴィアが良いなら良いの。オリヴィアは誰と踊る?」
「わたくしはもう良いわ。ラストダンスを踊ると目立つからお相手の方にご迷惑だもの」
「オリヴィアと踊りたい人、まだまだ居るだろうけどね。確かにラストダンスを踊ったから特別だとか言われたら面倒だもんね。分かった、また寮に帰ったらゆっくり話しましょう」
「最後に図書館に寄りたいから遅くなるわ。ロザリーも、ご両親方がいらしてるからお邪魔したくないし」
「そんなの気にしなくて良いのに」
「わたくしが気にするの。養女の話をされても困るしね」
「分かった。でも勝手に退寮するのは無しだからね。最後は一緒に寮を出ましょう」
「ええ、約束、ね」
「約束」
2人で指切りをする。こちらの世界にはない風習だ。あれ? でも子どもの頃に誰かとやったような……?
ロザリーと別れ、ぼんやりと考えたけど思い出せなかった。視界の隅にウィルに群がる女生徒が見える。ウィルの姿は見えない。
遠目から見たウィルの正装はとても素敵だった。その時ふと思う。卒業してもウィルと会えるだろうか。
ゲームと違ってウィルはわたくしの部下ではない。ウィルと明確な繋がりは、ない。
エドワードとマーティンは、卒業しても会おうと約束した。サイモンとは、仕事で会える。学園に文具を納品する予定だからモルダー先生とも会える。
だけど……。わたくしはウィルの住んでいる家も知らないし、連絡手段もない。いつも、ウィルが来てくれていたから話せただけなんだと気が付いて悲しくなった。
パーティーの最後にアイザックが挨拶をしている。大盛り上がりだ。ウィルだけじゃなくて、サイモンやエドワード、マーティンもたくさんの生徒達に囲まれている。パーティーはもうすぐ終わる。ウィルと話せるのは、今日が最後かもしれないと嫌な事を考えてしまう。
そんな事ない。ウィルはわたくしを第一に考えてくれる。
心の中で自分勝手な悪役令嬢が叫ぶ。違う、ゲームとは違う。身勝手な自分を、叱咤して閉め出す。
ゲームのオリヴィアは、ウィルに命令すれば良かった。でも、今のわたくしには何もない。貴族の地位も失う。仕事をして生きてはいけるだろうけど、以前のように貧民街の方達を助ける事は出来ない。いや、もうそんな必要ないんだった。
貧民街の方達は税が元に戻れば人出はいくらあっても足りないからとサイモンが全員雇ってくれた。だからもう、貧民街は存在しない。
わたくしが助けなくても良い。わたくしはもう、必要ない。
そう気が付いたら急に寂しくなった。それからどうやってパーティー会場から離れたのか、覚えていない。色んな人と挨拶はした。だけど、心ここに在らずだった。
ふらふらと寮に戻ると、ロザリーは養父母と実の父母の4人に囲まれて楽しそうに微笑んでいた。そうだ、わたくしは図書館に寄るって言ったのに……。慌てて離れようとすると、ロザリーの楽しそうな声が聞こえて来た。チラリと窓から見えるご両親は、どちらも優しそうだ。わたくしの親とは違う……幼い頃に区切りを付けた筈なのに、涙が出た。
実は誰にも言ってないけど、わたくしはもう勘当された。さすがに明日結婚式となれば誤魔化すのも限界だ。むしろ、よく今まで誤魔化せたと思う。父は今朝まで愛人と旅行していたらしい。だから誤魔化せたのだろう。
さっき卒業式が終わった後に部屋に戻ったら紙切れが一枚届いていて、王妃にならない娘は要らない。勘当だ、もう帰って来るな。そう書かれていた。卒業式は親も学園に来る事が出来るけど、当然父も母も来なかった。
わたくしは、両親に愛されなかった。だから婚約者になったアイザックに一方的に愛を求めた。頑張れば、立派な王妃になれば愛して貰えると思っていた。
だけど前世を思い出して……アイザックに愛されないと知ってしまった。吹っ切れたのも、前に進めたのも、ウィルが居てくれたからなのに。ウィルを巻き込みたくなくて、離れようとしたのに……ウィルは心配だからってわたくしから離れなかった。
ウィルは、わたくしの大事な人。
一番踊りたかった人と踊れなかった。ドレスアップするのはきっと今日が最後なのに。
「会いたいよ……」
気が付くと、空っぽのパーティー会場に戻って来てしまっていた。
そこには、会いたくてたまらない人が佇んでいた。
「やっぱりここか。オレに会いたくて戻って来たのか?」
「……そうよ。ウィルに、会いたかったの。なんでここに居るって分かったの?」
「今日、ずっとオレを見てただろ? いつ来てくれるかなって待ってたのに、来ねえんだもん。だからさ、なんとなくだけどここで待ってればオリヴィアが来るんじゃねえかって思って」
「ウィルはいつもそう……わたくしをすぐに見つけてくれる。かくれんぼだって、ウィルが鬼の時はすぐわたくしを見つけてくれた」
「オリヴィアは昔っから、かくれんぼでオレが鬼をする時だけは近くに隠れてた。だからいつも、すぐ見つけられたんだ」
「そうだったの?」
「ああ。離れないって指切りしたでしょって言ってくっついてたよな」
そうだ。指切りをしたのは……ウィルだ。
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