第43話

「もうすぐ卒業ね。学園祭も楽しみだわ」


「ゲームだと学園祭で攻略対象に告白されたりするのよね。先生だけは、卒業してからだけど」


「そういえばそんなのあったわね。ロザリーはアイザックと過ごすんでしょ?」


「それがさ、アイザックは学園祭に出てる場合じゃないみたんなんだよね。なんとか卒業式と卒業パーティーには出るらしいけど。最初は卒業式だけ出るって言ってたんだけど、この間あたしが倒れたフリしたじゃない? アレのおかげで色々考えてくれたみたいでさ。卒業パーティーも出席してくれるって」


「良かったわね。でも、学園祭は無理だったのね」


「仕方ないわ。連日だしね。その分、学園祭で貴族の皆様にバッチリ顔を売ってくるから」


アイザックは、以前より学園に顔を出してくれるようになったが、やはり執務が優先だから学園に通う頻度は少ない。けど、この間の最終試験は4位だった。1位は相変わらずのウィル。2位はエドワードで、3位はサイモンだった。ロザリーとわたくしは、同点で7位と8位。マーティンは15位。


平民クラスの試験は難しい。最終試験の結果が発表されると、アイザックは一気に貴族の跡取りから支持されるようになった。上位3人の優秀さは有名だから、アイザックの4位がどれだけ凄いか理解していない人は居ない。凄い人だと、心酔する貴族まで出る始末だ。


「学園祭の後すぐ卒業式だものね。学園祭の準備は先生がしてくれて生徒は楽しむだけとはいえ、ちょっと過密スケジュール過ぎない? この学園、生徒会とかないもんね。出店したかったー!」


「学園に居られるのは1年しかないし、平民クラスは勉学優先だからね。今まで勉強ばかりだったから、最後は学生らしく思い出を作って欲しいっていう学園の気遣いでしょうね。わたくし、1年で物凄く成長した気がするわ」


「あたしもそう思う。平民クラスの試験に合格して良かったよー! 本当にここの先生方はみんな凄いわよね。あたしもなんとか認められつつあるしね。おっと、わたくし……だったわね」


「ロザリーは努力家ですもの。社交的だし、わたくしより王妃に向いてるわ」


「腹黒い交渉はまだまだだけどね。心強い先生達が居るからなんとかなりそう」


「そうなの? どなた?」


「内緒。バラしたら殺されそうだし」


「どんな人よ……。まあ、もうすぐ平民になるわたくしは聞かない方が良いわよね」


「オリヴィア、お父様がうちの養女にならないかって言ってたよ。特に何か頼む事はないし結婚もしてもしなくても良いって。オリヴィアが平民なんてとんでもないって言ってたんだけど……」


「有難いけど、お断りして。王妃になるロザリーと、国王と婚約解消したわたくしが同じ家なのはバランスが取れないし、絶対に父が難癖付けてくるわ」


「そう言うと思ったよ。オリヴィアの希望を確認してくれって言われただけだし断っておくね。みんなオリヴィアの事心配してるんだよ。わたくしが受け入れてもらえたのも、オリヴィアと親しいからだから感謝を忘れないようにっていつも言われてる」


「そんな事ないわ。全てロザリーの努力の賜物よ」


「王妃教育はほとんどオリヴィアがしてくれたじゃん。普通はあり得ないってお父様やお母様に散々言われたわ。しかも、サイモンがしれっと連れて来るからお父さん達にも会えるし。おかげで頑張れたよ。これから王妃になっても定期的に会わせてくれるって。堂々と親とは名乗れないけど……それでも嬉しいよ。あの男爵様は放置する癖に家族を捨てて親に会うなって言ってたから怖くてお父さんやお母さんに会えなかったし」


「イザード男爵家はもう存在しないわ。ロザリーを脅かす人は居ない」


「あの騒ぎで逃走したんだってね。多分ろくな暮らししてないだろうなー。あのままイザード男爵の養女になってたらどうなってたかと思うとゾッとする。それにしても、オリヴィアのお家はなんで逃げなかったの? 国王派の筆頭だったじゃん」


「わたくしが王妃になるから、ですって。いい加減現実を見て欲しいわよね」


「腹黒トリオが徹底的に情報統制してるからねー。知らなくても仕方ないよ」


腹黒トリオって誰かしら?

サイモンとエドワードと……あとは誰? マーティンではないだろうし、先生も違うわよね? まさか、ウィル? それともわたくしの知らない誰かかしら。


でも、もう貴族ではなくなるわたくしがあまりつっこむのもよろしくないわよね。それより、今後の予定をロザリーに伝えておかないと。


「うちは存在するだけでアイザックの治世を脅かすわ。情もないし、卒業してロザリーが結婚したら取り潰して貰うつもり」


「取り潰し……って、本気?」


「本気よ。脱税してたらしいわ。本当なら父は処刑だけど、戴冠式の直後なら恩赦があるから死刑にはならないって。母も関わってたらしいわ」


「オリヴィアは罪に問われたりしないよね?」


「大丈夫よ。わたくしは関わってなかったから」


「オリヴィアがそんな事するなんて疑ってないよ。脱税で処刑って結構厳しいよね」


「貴族だけだけどね。平民は脱税しても処刑にはならないわ。この代わり、貴族の気まぐれで虐げられたり時には命を奪われたりするけどね」


「前世の感覚から言うと、チグハグだよね。アイザックもおかしいと思ってるから、いずれなんとかしたいわ。証拠を集めたのって、サイモンとウィル?」


「エドワードとマーティンもよ。モルダー先生もご協力下さったらしいわ」


「うわ、攻略対象大集合じゃない。ハイスペックが集まったらなんでも出来そう」


「そうね。生まれついての才能もあるだろうけど……みんな相当努力してるわよね」


「だよねー。マーティンの鍛錬とか、すっごいよね。エドワードもサイモンも先生もずっーと勉強してるし。攻略対象の人達のハイスペックは努力の成果なのよね。ただ、ウィルはちょっと……チートだよね」


「チート?」


「うん。ウィルってチートキャラだよね。オリヴィアに化けられるくらいに美少年だし、頭はエドワードより良いし、マーティンより強いし、サイモンより腹黒いし、先生よりカリスマ性があるし、アイザックより努力家だし。これで攻略対象じゃないなんておかしいって。続編の発表がある筈だったし、案外……」


「未来の王妃様にそこまで褒められるなんて嬉しいっすね」


「ひぃ! 出た!」


「あら、ウィルいらっしゃい」


「オリヴィア、サイモンがクッキーの新商品を出したいらしい。なんか良いアイデアがないかってさ」


「んー……今すぐは難しいわね。来週まで待って」


「了解。あとこれ、届けもんだ。卒業パーティーで着るドレスな。こっちがオリヴィアで、これがロザリー様の分。ロザリー様の分は、王家でも買えねぇ最高級の絹織物ですから、扱いに気をつけて下さいね。ピッタリサイズの筈ですけど、ちゃんと試着して不備があればすぐ言って下さい。だそうです。デザインはアイザック様が仕事の合間にしたそうですよ。いやー、愛されてますねぇ」


「ありがとう! でもここ、一応特別寮なんだけど! 警備呼ぶわよ!」


「無駄っすよ。その前に逃げます。ロザリー様の使用人は外出中だから証人は居ません。俺は寮でサイモンとお勉強中って事になってます。モルダー先生はアイザック様の特別講義で不在ですからね。他の先生なら騙せます。下手に騒いだらロザリー様の資質を疑われますよ」


「もうヤダこのチートキャラめ!」


「アイザック様の方がよっぽどチートですよ。あの方、あっという間に貴族の8割、市民の9割の支持を獲得したんっすよ。これも愛の力ですね! ロザリー様が隣に居れば頑張れるそうですよ。いやー、愛の力って凄えっすね」


「歯の浮くようなお世辞は要らないわよっ!」


「なんだか、2人とも仲が良いわね」


「「どこが?!」」


「その、息の合ってるところとか」


「……オリヴィアの言葉は全肯定したいところだけど、断じて違う。オレはロザリー様と親しくない」


「そうよ! わたくしの親友はオリヴィアよ!」


「オリヴィアはもうすぐ平民になります。貴族の友人をお作り下さい。未来の王妃様」


「きー! 身分が変わってもオリヴィアはわたくしの親友なんだから!」


「王族になるんだから貴族様と付き合えよ。あっという間にオリヴィアに取り入りやがって。オレはアンタを認めた訳じゃねぇからな」


「ウィル、ロザリーは素晴らしいご令嬢よ」


「んな事分かってますよ。けど、オレはオリヴィアの方が王妃に相応しいと思ってる。あんなに……頑張ってたんだからさ……」


「……う、ごめんなさい。オリヴィア」


「ロザリー様は悪くありませんよ。あの見境なしの国王陛下が悪いっす」


「それは同意。一生かけて償わせるわ」


「だったら一生オリヴィアに関わるな。王族がウロチョロされたら困るんだよ」


「い・や・よ! オリヴィアだってわたくしと会えなくなるのは寂しいわよね?!」


「ロザリーと話す時は、前世の事も色々話せるから楽しいわ。説明無しで前世の話が出来るのはロザリーだけだしね。けど、王妃様とは気軽に会えないんじゃないかしら」


「大丈夫! 作戦は立ててあるから! 王妃になっても定期的にお茶をしましょ!」


「そうなの? それは嬉しいわ!」


「そうか……。邪魔して悪かったな。オリヴィア、またな」


そう言って、わたくしの頭を撫でるとウィルは消えるように去って行った。ウィルの目は、どこか寂しそうだった。なにか、おかしい。急激に胸が騒つく。


ロザリーとの話が頭に入らなくなってしまったので、謝罪して部屋に戻った。ウィルが届けてくれたドレスは品の良い美しいものだった。所々に黒と青の宝石が散りばめられている。黒い宝石は、ウィルの瞳の色にとても良く似ていた。


学園祭でウィルと話したいわ。そう、思っていたのに。


それから卒業パーティーまで、一度もウィルと話す事は出来なかった。

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