第33話

「オリヴィア、例の丘も駄目だ! 貧民街は隅から隅まで探したけど、何処にも居ねえ。閉まってる店も全部探したけど、空っぽ」


ウィルが貧民街の人達を総動員してサイモンを探してくれてる。でも、サイモンは一向に見つからない。


「……やっぱりサイモンは城に捕らえられてるなんて事、ないわよね?」


「それはない。城中を探した。そろそろ父上を誤魔化すのも限界だぞ。婚約解消は仮だと言っても通じなくなってる。定期的に届く贈り物もどこから来てるか不明だし、さすがの父上も訝しんでるぞ。我々が婚約解消した意味はあったのか?」


アイザックとわたくしの婚約解消が発表されて1ヶ月。サイモンは見つからない。


婚約解消を発表したら、お父様が怒鳴り込んで来た。けど、エドワードが上手く誤魔化して仮の婚約破棄だと言ってお父様を説得してくれたわ。サイモンが行方不明とは言えないから、勘当されても良いと思ってたんだけどまだわたくしは侯爵令嬢でいる方が動きやすいだろうからってアイザックまで嘘を吐いてくれた。国王陛下は、お金しか見てないから誤魔化せてる。仕事をわたくしがやるならなんでも良いと仰ったそうよ。アイザックが働くようになったから楽だと笑っているらしい。


これでしばらくは侯爵令嬢のままでいられるけど、婚約が無くなれば捨てると何度も何度も釘を刺された。


そんなお父様の様子を見て今更ながらわたくしに申し訳ないとアイザックはオロオロしているけど、元々父はああだし、わたくしと結婚する気は無いんだから堂々としてればいいと思うわ。そう言ったら、何故かとても落ち込んでしまった。


今のところ、国王陛下にサイモンの行方不明はバレてない。バレそうになると、高額な贈り物が届き国王陛下の目を逸らす。まるでどこかで見ているかのようだとアイザックは言っていた。だから城を探したんだけど、何処にもサイモンは居ない。きっと、使用人達がウォーターハウス商会と繋がってるんだろう。だけどわたくしも、誰が繋がっているか知らない。わたくしの侍女も、いつの間にか入れ替わっていたから唯一の当ても居なくなってしまった。


「オリヴィアが婚約解消したって広めたら心配して出て来ると思ったんだけどなぁ」


「その作戦、オリヴィアが平民クラスに行く前なら通用しましたけど、今はもう無理だって言いましたよね? 婚約解消はオリヴィアの望み通りなんだから、出て来る訳ありませんよ。それより、そろそろ市民の我慢も限界ですよ。ポツポツと市民の数が減ってます。どっかに隠れて、良からぬことを企んでるんじゃねえっすか? 今じゃ国王陛下は市民の敵ですよ。配給は、いつまで保つんですか?」


「もう無理。父上があちこちの商会に声をかけたけど、けんもほろろ。あのウォーターハウス商会が手を引いた所に行く気はないってさ」


「そうなりますよね。税率は変わってませんし、販売したって損するだけですから。さっさと税率戻せば良いんすよ。そしたら、どっかは助けてくれます」


「それが出来たらとっくにやってるよ! 飢饉とかの特別な理由がないと、税率は2年に1回しか変えられないの」


「これ、飢饉と変わんねえでしょ。マジでこの国の法律見直した方が良いっすよ」


「分かってるよ! けどあの人が最高権力者だからできないの!! 国王なら決裁権があるからすぐに税率変えろって父上達と何度も進言したよ! けど完全無視! だからさっさとアイザックを即位させようとしてるんでしょ?!」


「……それなんだが、私は王に相応しくないのではないだろうか……」


「オリヴィアに仕事をさせる為に儀式を受けさせようとしてたくらいツラの皮が厚い癖に、怖気付きました? そうっすよねー。国内はめちゃくちゃですもん。店が全部閉まるなんて前代未聞です。食料品はバカみたいな値段で闇取引されてますよ。経済はズタボロです。商会は面倒がって近寄りませんけど、闇商人は大量に流れ込んでますぜ。貴族の使いだろうなって身なりの奴らが色々買い漁ってますよ」


「……うっわぁ。それ、どこの家か分かる?」


「分かります。リストにしてます。どうぞ」


「見事に全部国王陛下寄りの貴族だね」


「あんなのに擦り寄ってる時点で自分の事しか考えない無能でしょ」


「だよね。ねぇ、これ貰っていい?」


「どうぞ。これは証拠の写真です。好きにお使い下さい。確か、貴族様は有事には民を優先させないといけねぇんすよね。捕まえる理由になりません?」


「なるなる。今は陛下が庇うだろうから放置しておくけど、後で全員それなりの代償を払って貰う」


「お、さすがエドワード様ですね」


「ありがと。ね、もうサイモンはこの国に帰って来る気ないんじゃない?」


「それはねぇっすよ」


「オリヴィアが居るから?」


「ええ」


「はぁー……もういっそオリヴィアと僕の婚約でも発表する?」


「「なんでそうなる!」」


「マーティン、ずっと黙ってたのに急になんなのさ。ウィルもそんなに睨まなくて良いじゃん」


「何故、エドワードとオリヴィアが婚約するんだ」


そうよね!

もっと言ってマーティン!


せっかく結婚しなくて済む平民になろうとしてるのに!


「そうすればサイモンが出て来るかなって。オリヴィアの婚約解消は予想してるだろうけど、僕と婚約なんて予想外じゃん?」


「つまり、婚約するのは誰でも良いんだよな? なら私でも良いだろう?」


「えー……。オリヴィア、どっちが良い?」


なななな……なんなの?!


意味が分からない。なんでエドワードやマーティンと婚約しないといけないの?!

そして、ウィルの目が怖過ぎる。あーあ、貧民街でリーダーやってる時の顔してるじゃないの。せっかく学園では猫を被ってたのに。


「……おい、お前らいい加減にしろよ」


声も怖い。

目が血走ってるじゃないの!


ええ……。これ、いつもより怖くない?

なんでよ!


うぅ、エドワードやマーティンと結婚かぁ。アイザックと結婚するよりよっぽど良いけど……どっちか選べと言われても困る。


「オリヴィア、答える必要ねぇからな!」


「なんで? オリヴィアの意見も聞こうよ。ね、僕やマーティンと婚約すればサイモンはびっくりして出て来るよ。絶対、間違いないよ! 早くサイモンを見つけたいでしょ?」


「オリヴィア、仮、仮の婚約だ。サイモンを見つける為だから、身分の高いエドワードより私の方がなにかと楽だぞ! サイモンが見つかったらまた考えたら良い! だから、私にしておかないか?」


「オレがなんとしてもサイモンを見つけて来るから、そんな事しなくて良い!」


「エドワードやマーティンならアイザックと結婚するより余程良いけど……わたくしは結婚する気はないわ」


「「「なんで?!」」」


えー……ウィルまでなんなの……。そして、アイザックが落ち込んでる。もう、みんなしてなんなのよ……。


「だって、もう面倒だもの。アイザックと婚約破棄した時点でわたくしは勘当されて貴族じゃなくなるわ。今はエドワード達のおかげでなんとか侯爵令嬢の地位が残ってるけど、そのうち勘当されるのは確定よ。エドワードやマーティンと結婚するって言っても捨てられると思うわ。2人は貴族よ。平民と結婚出来ないでしょ」


「そんなの、ロザリーみたいに養子先を見つければ良いじゃない」


ロザリーは例の男爵家と縁を切り、今は公爵令嬢だ。寮も、昨日わたくしの居る特別寮に移って来たそうだから、学園に戻れば一緒に過ごせる。マナーは先生が鍛えて下さってるらしい。


アイザックとロザリーは手紙でやりとりをしてる。けど、アイザックは学園に戻る余裕はない。そもそも、学園は封鎖されててアイザックでも入れない。ウィルは出入りしてるけど、地下水路を通ってるらしいのよね。貴族や王族は地下水路を通れない。あそこは臭いがキツイもの。


「ロザリーは平民だったから良いけど、わたくしを拾えるのは侯爵家より上の貴族だけ。そんな人達はお父様の悪行を知ってるわ。わたくしと縁を結ぶとは思えない」


「そうそう。だからオリヴィアは平民になりたいんだよな」


「ええ、そうなの」


自由が欲しいもの。


「どうやって生きていくつもりだ。平民の暮らしは大変だぞ。なんならうちの養子になるか? 父上の身分は低いが、騎士団長だからな。オリヴィアの家も表立って文句は言わないと思うぞ。もちろん、自由に過ごして貰って構わない」


「ありがとう。でも大丈夫よ。多少の慰謝料は頂けるみたいだから。街での暮らしは慣れてるしね」


「普通、侯爵令嬢が街の暮らしに慣れてる訳ないんだけどね。まぁ、オリヴィアだしね。で、僕とマーティン、どっちにする?」


「さりげなく婚約しか道がないみたいに言うな」


ウィルの低い声が部屋に響く。アイザックは怯えているし、マーティンは剣に手をかけようとするほど殺気が満ちている。


だけど、エドワードだけは平然と笑っている。


「こっわ! それが素?」


「ああ。これ以上余計な事言うならこっちも考えがあるぞ」


「その考えとやら、是非聞きたいな。あ、オリヴィアとアイザックは席を外してね」


「なんでよ!」


「オリヴィアは、城にサイモンが居ないかもう一回探して欲しいんだ。君の父上が城に来てる。アイザックと仲が良いフリをして誤魔化して来てよ。アイザック、お願い」


「分かった。オリヴィア、行こう」


「けど……」


「大丈夫。アイザックはこの部屋では身分に関係なく自由に発言する事を認めてる。ウィルが僕らに失礼なことを言っても罪にはならない」


「そうじゃなくて! ウィル、お願いだから落ち着いて! なんでそんなに怒ってるの?」


「怒ってねぇよ」


「嘘! 殺気が出てるじゃない!」


「あれ? ウィルはオリヴィアに嘘を吐かないんじゃないの?」


「ああ……エドワード様の言う通りだ。オレは怒ったりしてねぇよ」


いつものような優しい笑みを見て、ホッとする。


「だから、アイザック様と一緒にクソ親父を黙らせて来い。まだ侯爵令嬢でいる方が良いだろ? 寮にはロザリー様がいるんだから」


「そうね。早く学園に戻りたいもの」


そろそろ先生の授業を受けたい。ウィルは連絡役をしたりサイモンを探したりしながら課題もしているらしいけど、わたくし達は課題すら出来ていない。


「だよな。ほら、ぼんやりしてたらあのクソ親父は帰っちまうぞ。さっきは西棟の辺りで威張ってたからアイザック様と手を繋いで歩いてる姿でも見せつけてやれ」


「オリヴィア、私と手を繋ぐなど嫌だろうが我慢してくれ。さ、行こう」


アイザックにエスコートされるなんていつぶりかしら? 以前は嬉しくてたまらなかったのに、今は面倒だとしか思えない。だけどわたくしとアイザックを除いた3人で何かを話したいみたいね。


気になるけど、きっと聞いても話してくれないだろう。わたくしは諦めて、アイザックの手を取った。

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