第32話
「オリヴィア、寝て」
アイザックの所から戻ったエドワードは、手際良く命令書を送付してくれ、わたくしに飲み物を渡してくれた。
「……ホットミルク……」
「好きでしょう? 蜂蜜は寝る前だからやめておこうね」
「ありがとう。でも、まだ寝れないわ」
これからなにが起きるか分からない。出来る事はまだたくさんある。
「目を瞑って横になるだけで良いから。ほら、侍女達も待ってるよ。僕も寝たいんだ。オリヴィアが寝てくれないと心配で休めない。アイザックもマーティンも心配してたよ。ウィルも先生も、ロザリーだってオリヴィアを大事に思ってる。それにね、サイモンが帰って来て倒れたオリヴィアを見たら、間違いなく国が終わるから寝て欲しいんだ」
「そこまで言われたら、休むしかないじゃない」
「良かった。成功だ。ね、オリヴィアはいつからミルクと蜂蜜が好きなの?」
「いつだったかしら……?」
思い出せない。いつの間にかミルクと蜂蜜は一番好きな食べ物になった。ロザリーが言うみたいに、アイザックから貰ったりなんてしてないのに、なんでかしら?
「僕と初めて会ったパーティーでは、ミルクが苦手で飲めなかったよね? なのに次に会ったら美味しそうにミルクを飲んでてびっくりしたのを覚えているよ。僕もミルクは苦手だったから、悔しくて克服したんだ」
「覚えていないわ。ずっとミルクは好きだと思ってた」
「オリヴィアは侯爵令嬢にしては素朴なものを好むよね」
「だって、前世は庶民だったもの」
「思い出したのは最近でしょ? でも、ミルクが好きだったのは子どもの頃からだよね? その時から前世の記憶があったんじゃない?」
「ホントだわ。よく見てるわね。でも、子どもの時に前世の事を思い出した記憶はないわよ」
「オリヴィアに教わってから、前世持ちについて徹底的に調べたんだ。徐々に記憶が戻る人とか、一度思い出してもすぐに忘れて、何年もしてからまた思い出すとか、一気に思い出すとかいろんなパターンがあるみたいだよ。一度でも前世を思い出すと、性格が変わる人も多いらしい。オリヴィアは初めて会った時はオドオドしてたけど、その後は今みたいにしっかりしてた。もしかして、子どもの時に前世を思い出したんじゃない?」
「そうなの?!」
知らなかったわ。さすがエドワード。
「心当たり、ありそうだね」
「ええ。確かに幼い頃の記憶が曖昧な部分があるわ」
「やっぱり。それっていつ?」
「ウィルに初めて会った時よ。屋敷を抜け出した時に助けて貰ったのは覚えてるんだけど、細かいやりとりを覚えてないの。ウィルに確認しようとした事もあるんだけど、教えてくれなくて。きっと、お互い夢中だったから記憶が曖昧なんだと思うわ」
あの時は、わたくしもウィルも血だらけだった。ウィルを傷つけたくないから、もうあの日の話は出来ない。
「ふぅん……そうか。ウィルも覚えてないんだ。本当かなぁ?」
「ウィルは嘘は吐かないわ」
「そう……オリヴィアはウィルを信頼してるんだね」
「ええ」
「ねぇ、僕は?」
「え?」
「オリヴィアにとって、僕は信用できる男かな?」
いつも自信満々のエドワードが、不安そうに聞く。
「どうしたの? エドワード」
「教えて」
泣きそうな顔をしてる。こんなエドワード、初めて見るわ。ちゃんと答えないと。
「エドワードの事は、信用してるわ。一緒にいっぱい勉強したし、仕事も支え合ってやってきた。わたくしはアイザックが好きだったけど、信用しているのはエドワードよ」
以前のわたくしは、アイザックの事を愛していたけど信用はしてなかった。ただ彼に尽くす事だけ考えてた。そんなところが、うまくいかなかった理由かもしれないわ。
「だよね。じゃあさ、ウィルよりも僕の方が信用出来る?」
「え……」
「ははっ。オリヴィアは分かりやすいね。そっか、まだウィルには勝てないか。ねぇ、なんでそんなにウィルを信用してるの?」
「……それは、子どもの時から一緒に遊んだし……」
「僕だってオリヴィアと一緒に遊んだよ」
「そうね。けど……」
あれ? どうしてわたくしはウィルを信用してるのかしら? エドワードは、長年一緒に学んできたから人となりが分かるから信用出来る。マーティンもそう。サイモンだって商会を立て直す時に色々あった。
エドワードの言う通り、わたくしは人を信用するまでに時間がかかる。
だけど……ウィルだけは、出会った時から信頼してた。助けて貰えたからだと思ってたけど、そもそも警戒心の強かったわたくしが、どうして初対面のウィルを信用したのかしら?
「やっぱり、ウィルは特別なんだね。ああ、あとロザリーもか。彼女とも初対面だったのに、ずいぶん親しかったよね。アイザックを奪おうとしたんだから、もっと罵っても良いと思うけど」
「正直、アイザックを引き取ってくれてありがとうとしか思わなかったわ」
「あははっ! そこまで嫌われたか」
「そもそも、なんでわたくしはアイザックが好きだったのかしらね?」
「うわぁ……それ言われるの物凄く恥ずかしいね。ねぇ、ロザリーは王妃が出来ると思う?」
「わたくしより向いてそうよ。見てこれ。ロザリーが自分で調べたのよ」
リリア様達の資料を見せる。ロザリーが描いた似顔絵付きだ。
「うわ。見事だね。これを自分で調べたの?」
「彼女の情報収集に協力する貴族がいると思う?」
「居ないね。そっか、自分で調べたのか。だとしたらかなり優秀だね。マナーがなってないとは聞いてるけど、どうなの?」
「彼女は元々平民なのよ。だから、基礎を知らないの。教えてあげれば大丈夫だと思うわ。前世では賢い人が通う学校の制服を着てた。きっと頭は良いわ。言葉遣いはまだまだだけど、立ち振る舞いは綺麗だし、鍛えれば問題ないと思うわ。平民出身の王妃は前代未聞だけど、今のまま混乱が続けばそんな事言ってられなくなるでしょうしね」
ゲームでも、ロザリーは王妃になれた。きっと道はある。
「そうだね。そうか……サイモンの狙いはそれか」
「え、どういう事?」
「サイモンは、オリヴィアの婚約解消を願ってたよね」
「そうね。それがわたくしの願いだったから」
「オリヴィア、今すぐアイザックとの婚約を解消しない? そして、それを大々的に発表するんだ」
「嬉しいけど、どうして?」
「そうすればサイモンが出て来るかも。だって、サイモンはオリヴィアが解放される事を願ってるんでしょ?」
「あ……ああ、なるほどね! 確かにそれは良いかもしれないわ!」
「勘当されても平気?」
「平気よ! むしろ嬉しいわ!」
「なら、一か八か、やってみようか」
次の日、アイザックとわたくしの婚約解消が発表された。
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